紅色☆ランチと意地悪魔法 2
ちょっとひと休みと椅子に深く腰をかけ、時計を見ると11時。買い物組が帰ってくるかな。
噂をすればなんとやら。玄関の扉が開いて元気な声が4つ聞こえた。
小さな体に似合わぬ量の買い物袋を抱えてキッチンへ赴き、台所に並ぶ新鮮な食材に目を奪われるちびっこたち。
この様子だとハティさん、食材をもらってきたことを4人に伝えてないな。
食材倉庫に入りきるのだろうか。野菜類は常温でも大丈夫そうだけど、海産物はどうするのだろう。生簀に移すとか。そんなものはないか。捌いちゃうか。
瞳を爛々とさせるすみれは包丁と鮮魚を得た料理人。
「わぁ~♪ おいしそうなエビにイカにホタテですね。でも冷凍庫に入りきらないので、小さくしてしまいましょう」
「捌いちゃおうで捌けるのすごいんだな」
すみれの料理スキルの高さが異次元すぎる。
「ではアルマはパエリアの準備をしますね。キキちゃんとヤヤちゃんも手伝ってくれる?」
「「もちろん!」」
まさか今から調理開始か。追加で食材の下処理とはまた大変だ。と思ったら、恐ろしく手際のいい動きで食材が料理になっていく。
大きなイカはあっという間にまっ平になってしまう。ロブスターは生きたまま容赦なくばっくりされて茹でられる。ホタテはそのまま冷凍庫へいってらっしゃい。
お米を炊く間に具材の準備だとか、ボルシチのためのお肉や野菜の下ごしらえとか、すみれが中心になって指示を出しながらテキパキと作業を終えた。
なるほど、アーディさんが彼女にリーダーを任せようとしたのは、こういうところを見込んでのことだったのか。
最初にすみれに任せようと考えていたと聞いた時は、人選ミスなんじゃないかと思った。やれやれ、間違ってたのはボクのほうだったんだな。
こと料理に関して言えば知識は深い。視野も広いし各人の状況把握もしっかりこなして目配りしている。仕事の洗い出し・指示出し・進捗のチェック。マネジメント3Cを完璧に使いこなしていた。
司令塔が優秀だと仕事の正確さと速さは段違い。
なにより自信に満ちた人とは一緒に行動していて楽しいということ。これが何より大事。
判断が優秀でも、普段から尊敬しあってないと笑顔ではいられない。
省みてみるとキッチン・グレンツェッタは凄い優秀なチームと信頼で成り立ってた。
いじり合っても最後には笑顔で締めくくられる。
困った時は積極的に助け合う相互扶助の関係が出来上がっていた。
グレンツェンで育ったせいか、個人個人の能力が比較的高いということもあって、問題が見つかってもすぐに対処して解決できている。
正直言って、即席のチームとは思えない連携と力を発揮してる気がした。
毎日キッチンに出向くのが楽しくてしょうがない。そう思う自分がいる。
だからだろうか。ゲストだということは分かってるのだけど、彼女たちが楽しく踊る舞台に飛び込みたいと思ったのだ。
手伝いを申し出て、お願いされたのは鍋の見張り。いかんせん、彼女たちは背が低い。寸胴鍋の相手をするには脚立を使う必要があって結構しんどいらしい。
任せてちょーだいなっ!
焦げないようにお鍋の底をくーるくる。
沸騰しすぎないように弱火に変えて、くーるくる。
澄んだビーツの赤色が映えるボルシチの味は、野菜と牛肉の旨味がぎっしり詰まって、たいへん美味でございます。ボルシチはサワークリームを溶かしながら一緒に食べるのが王道。
隣で作る2種類のパエリアの香りもたまらない。
1つは晴れやかな香り。もう1つは強烈な香りを放ってる。
ユカの言葉にもあった。普通のサフランは水に溶けると黄色くなるはず。だけどこれはどっちも赤いまま。品種改良されたものなのかな。なんにしてもどっちもおいしそう♪
待っていると長いもの。だけど、手を動かしていると時間はあっという間に過ぎていく。
食材は放り込まれ、30分もしないうちに食卓へ。紅色ランチのお出ましです。
そしてこれから口の中へご招待。
トマトジュースをコップに注いで、いただきます!
「んむぅっ! 絹袋のパエリアは後味スッキリでいくらでも食べられそうなんだな。ガラス細工の箱のパエリアは香りも味も濃厚。どっちもしっかり魚介の旨味が出てておいしい! 個人的には優しい香りがする絹袋のパエリアが好きなんだな」
「本当に、とってもおいしいです。わたしは断然、濃い味派!」
ユカと同じ感性でなくてよかったと思ったのは内緒。
「う~ん、デリシャス! ボルシチも上手にできました。ルーィヒさんがしっかりお世話をしてくれたおかげだね」
満面の笑みをこぼすすみれを見ると、こっちまで笑顔になってしまう。愛嬌があるって素晴らしいんだな。
「え、いやボクはただ焦げないようにくるくるしてただけだけど」
「ルーィヒさんが手伝ってくれたおかげです。ありがとうございます」
ヤヤちゃんが深々とおじぎする。ほんと、礼儀ができてらっしゃる。親のご尊顔を拝見したい。
「そ、そう? いやぁ~、照れるなぁ」
いやぁ~、真正面から褒められると照れますな。
「お鍋をくるくるしてただけじゃない」
「うるさいわい。ユカは何もしてないじゃん」
「わ、わたしだって、食器を並べる手伝いをしたもん」
コップにトマトジュースを注いで回っただけじゃん。
「おかげで早く食べられるようになりました。それより、ゲストなのに手伝わせてしまってすみません」
ヤヤちゃんはボクとユカの2人に視線を移しながら会話に気遣いを持たせる。2人ともに、平等に感謝をするという態度の表れ。
マジでできた子だ。この年でそんな対人技術、どこで覚えたの?
というのは置いといて、ここは素直な気持ちを答えましょう。
「いや、いいのいいの。みんなを見てたらなんか、こっちまで楽しくなっちゃってさ。やっぱりこういうの、いいなぁ……って」
「ええ、ほんとうに。とても楽しいです」
どこか遠い目をするヤヤちゃん。
「楽しそう、ですか? アルマたちは毎日楽しいです。こうやってお友達と一緒にご飯を食べるなんて夢みたいです。本当に、ありがとうございます」
自慢のツインテールと首を垂らすアルマちゃん。
こちらこそとお礼を返し、笑顔で感謝の言葉を贈ろう。
「ボクもみんなと知り合えて本当によかった。そういえばさ、話しが変わるんだけど、ハティさんに教えたっていう文字を書いて使えるようになる魔法? って言えばいいのかな。できればそれを教えて欲しいんだな。子供たちのレクリエーションに使ったらすっごい盛り上がりそうな気がするの!」
するとアルマちゃん。驚いたような表情を見せてしばし沈黙。何か困らせるようなことを言ってしまっただろうか。
そんな言葉は使ってないはず、なのだけど。こうなると少し怖いな。大丈夫だろうか。ちょっと焦る。
席を立って体をゆすってみようとすると、目が覚めたように飛び起きて、是非活用して欲しいと逆にせがまれた。
嬉しい反面、異様な推しの強さに何かを感じざるをえない。
教えてくれると言うことだし、どうしてそこまで奇妙な態度をとるのかと聞くのは野暮だろう。
それもそのはず、アルマちゃんが作ったオリジナルの結界【文字ジャー・ハント】。
彼女が幼少の頃、周囲の心無い大人たちは、アルマちゃんを子供だからと言ってバカにした。だから強烈な意趣返しを込め、文字の読めない脳筋をバカにするために作った魔法。
文字が読めるからなんだってんだ。そのようにバカにした奴らへ、文字の読み書きができないことをバカにするために作った、アルマちゃんの意地悪心の発露の結晶。
対象の空間内の人間の行動を制限するという末恐ろしい結界を作ってしまった。
アルマちゃんは、そんな意地汚い理由で作られたなんてことは口が裂けても言えない。自分の評価に関わる。
同時にこんなことも考えた。
そんなゲスな理由で作った魔法を誰かのために有効活用してくれる人に出会えて超ラッキー。そういう使い方ができるとしたら、他の魔法も見方を変えると素晴らしい使い方ができるかもしれない。
そんなことを考えて自分の世界に入り込んだのだった。
雑念を掻き消すように、声を大にして真剣な表情を見せる。
「それはいいのですが、これは複数の魔術回路を複雑に組み合わせてるので、マスターするのに時間がかかるであろうことは覚悟しておいてください」
「オーケーオーケー。最初に見た時からかなり難しいタイプだとは思ってたから――――――――な、なるほど…………空間把握。鑑定。物体認識。言語認識。光学系術式。その他諸々…………相変わらずやべぇ魔法なんだな。接続と変換式の難解さと量もマジパネェわ…………」
どういう脳みそしてんだと驚かされるばかり。情報量の多さに圧倒される。
「ひとつひとつを理解しようとすると頭がパーになっちゃうので、そういう1個の魔法だと思って使うといいですよ。まぁ結局は慣れです。慣れ」
「ぐぬぬっ。やると言ったからには絶対にマスターしてみせる。それがいい女の条件なんだな!」
「その意気です! アルマでよければいつでもご助力いたします!」
よっしゃあ、なんだかやる気出てきた。
ハティさんの言う『おねえちゃん、すご~い!』と言われたいという気持ちはボクにもよくわかる。
義務講義に代打で出る時なんかは、講義の最後にお礼を言われるのが何より楽しい。
ボクも子供たちによいしょしてもらいたい。
なればこそ、やってやるしかあるまいて!
ボクだってカッコいいお姉さんになるんだな!
作中に出てきたパエリアに使っているサフランは特殊仕様で、通常のサフランは水に溶かすと黄色くなります。ファンタジー設定です。むしろ赤い結晶が水に溶かすと黄色くなるって不思議ですね。
今回はすみれ家の日常パートでした。
次回はすみれ家でディナーです。日常パート連投です。ゆるい感じをお楽しみください。




