紅色☆ランチと意地悪魔法 1
赤い色をした食卓が並びます。
赤色の食べ物というと真っ先に辛い食べ物が浮かぶかと思います。ぴり辛は好きですが激辛は苦手です。
小鳥遊すみれは赤色が大好きなので、無意識に赤い食べ物に吸い寄せられる習性があります。今回はそんな彼女たちのランチが展開されます。
主観はハティに文字を教える約束をしたルーィヒです。ペーシェの従姉妹です。語尾に『だな』をよく付けますが本人は自分の癖に気づいていません。
以下、主観【ルーィヒ・ヘルマン】
プレオープンもひと段落。いよいよ明後日は監査の日。
最後の追い込みに向けてブラッシュアップ…………と思ったのだけれど、みんなの企画力のおかげもあって大幅な変更は特になし。
あったといえば、サンドイッチの中身を変えること。ビールサーバーを用意してビールの提供を追加するといった具合。
ホールスタッフの動きも問題なかった。
キュレーターとしての評判も上々。
厨房スタッフも問題なく機能している。
ホールマスターの評価も高い。
そういった理由もあって、シルヴァさんたち要人たちは忙しくしてる。ありがたいことに、我々のような雑兵は休暇をいただいた次第です。
次に会う時には彼らのためにお菓子を用意しておきます。
そんなわけで、ボクとユカはハティさんの家で文字のお勉強をすることになりました。
久しぶりのハティさん家。文字を教える代わりにお昼ご飯をいただく約束をしてるのでとっても楽しみ。
なんてったってハティさんにすみれにヤヤちゃんと、シェアハウスには料理上手が3人も揃ってる。それはもう楽しみで楽しみで仕方がない。
しかし隣の少女は花より団子。ランチより金水晶が欲しかったといまだにごねる。
先日はユカもボクも欲しいと取り合いになり、『それなら半分にしよう』と、なんと金水晶を真っ二つに切断してしまった。
それはもう綺麗な切り口。超高性能ダイヤモンドカッターで両断されたかのように、熟練の技で研磨されたが如くツルツルの表面。
これで1個が2個になった。満面の笑みを浮かべて一件落着と満足したハティさん。
対して宝石商の娘は真っ白。両断された奇跡を、絶望を宿した眼で見下ろした。
モノの価値を知らないとはこれほど恐ろしいものなのか。だからこそできることがあるのだろうけど、ユカの前で宝石を2つにするのはマズい。
その価値を知ってるからこそ、彼女は死にかけてしまう。
真っ白になって死んだと勘違いしたハティさん。
すかさず復活の魔法をかけるも効果なし。
そりゃあ死んでないから効果はないでしょうよ。どういう状況かを細かく説明すると、とにかくユカが死んでないことに安堵し、時間を逆行させて金水晶を元に戻した。
色々とツッコミたい。だけど、まずはユカの意識が戻ってきたことを喜ぼう。
結局、喧嘩をするならなかったことにしようということで落ち着いた。
当然、ユカは金水晶が欲しいとぼやく。ボクだって欲しいよ。
しかし、文字を教える代わりに世界に1つしかないような宝石と交換だなんて釣り合わないにもほどがある。
そもそもあの日はお昼ご飯を奢ってもらったじゃん。どんだけ強欲なんだよ……。
そりゃあハティさんにとって文字を覚えることは、グレンツェンに来るほどの重大な目的ではあるだろう。
彼女がどれほど感謝してるのかは表情から分かる。それでも、教授でもない我々が金銭を要求するのはなんか違う気がした。
友達だから。
良き隣人でありたいから。
ハティさんとの繋がりのほうが、金水晶なんかよりよっぽど価値がある。まぁ、くれるというのなら欲しいけど。金水晶。
せめてあんな大きなものでなくていいから、小柄でかわいらしいサイズでいいからないものかなぁ。
「結局、ルーィヒだって金水晶が欲しいんじゃん」
「そりゃあ欲しいよ。あんな綺麗な水晶。見たことないし。インテリアにしたら最高に映えるんだな」
「うぅ~…………なんとかして手に入れられないものか」
「買えば?」
「値段が分からない。し、ああいうのはプレゼントで贈られるのが素敵なの!」
「無茶言うよねぇ~……」
誕生日プレゼントに欲しいと言ったらくれそうだけど。とは言わない。
仮に言おうものなら、ボクも伝えて相殺する。下心丸出しで人に集るのは好きではない。
そういう意味でも、ボクはハティさんの横について見張ってようと思います。
なにからって?
傍若無人な強欲女からですよ。
ユカは無邪気に強欲。平然とおねだりをしかねない。普通の人なら限度をわきまえてかわすだろう。
さりとて、ハティさんは底抜けのお人好し。いいなりになりかねません。
さてさて呼び鈴を鳴らして…………出てこないな。
たしか、すみれを筆頭に、ちっこいズがお昼の買い出しに出ると言っていた。
まさかついて行ったとか?
さすがにそれはないか。約束を忘れたり違えたりしたことはないハティさん。ちょうど手が離せない事情があるのでしょう。おトイレとかね。では仕方ない。待つとしましょう。
待つこと10分。妙に焦ったように息を切らせてのいらっしゃい。
呼び鈴を鳴らしてからの短い間に何があったのだろう。その理由はすぐにわかった。
彼女はアルマちゃんに文字を覚える手助けをしてもらってる。方法として、なにをするにも文字を書かないと物を使うことができないように制限する結界を張っていた。
例えば、椅子を引くにも【椅子を後ろに引く】と文章を魔力で書いて、正しい文法とスペルであればそれが使用可能になる。間違っていれば延々と使えない。
そういう理由で、インターホンを押せはしたものの、映像を見たり相手と対話したりができなかったらしい。
急いで出ないといけないと思って、インターホンを諦めたはいいものの、扉を開けたりスリッパを揃えたりするにも時間をとられてなかなか出てこなかったのだ。
その話しを聞いて感心と驚きの両方をもって尊敬の念を覚えた。
ハティさんは本気で文字を覚えようとしている。そうでなければ、日常生活に支障をきたしかねない方法を使ってまで勉強をしようだなんて思わない。
これはひとえに、彼女の本気度と意欲の高さを物語っている。
そんな彼女の姿を見て、ボクたちはいっそうのやりがいを感じた。やる気のある人に教鞭をとるほど、教え甲斐のあることはない。
彼女の姿勢には見習うものがある。ボクは本当に素晴らしい友人をもったんだな。
それにしてもこの魔法、言うは易しだけど相当複雑な魔術回路を使ってるはず。さすがアルマちゃんにハティさん。魔法の理解の深さは底が見えない。
己に枷をはめる荒療治に見えるこの方法。視点を変えれば、楽しいレクリエーションとして機能しそうな予感がする。
体験を交えながら脳と手で物を覚える。
問題をクリアすれば、モノゴトが使えるようになるというのは、クイズを解いて報酬のお菓子を貰うような感覚。
うん、これ、子供たちに受けるかも。ボクも是非に覚えたい。
玄関を抜けてリビングに出ると、テーブルの上には見たこともない綺麗な箱と布が1つずつ。
ここに来るまで金水晶の話しをしたためか、ごうつくばりな心がざわめく。
もしかしたら、ボクたちに用意してくれたお礼の品なのではないだろうか。いやいや期待するな。というか求めるな。それは友のすることじゃない。
「わぁ~! この箱も布袋もとっても綺麗。これはなんですか?」
ユカは目を輝かせて袋を手に取る。ひっそりとポケットに入れないか監視。
「これはすみれが欲しいって言ったサフランが詰まってる。今朝、友達のところに行ってもらってきた」
「今朝ッ!? って、いまさっきってこと?」
相変わらずの行動力。転移系の魔法が使えるようになると彼女みたいになってしまうのか。
「そう。アルゴル・ディージャとクーペ・ラ・マンチャにいる友達。それから、アルゴルで今朝獲れた新鮮な魚介類と、クーペの野菜ももらった。ほら」
ほら、と言って指さされた台所に行くと、籐籠に入ったロブスター、コウイカ、ホタテなどなどの魚介類。蔓籠の中身はハンドボールのような丸いトウモロコシにナツメヤシ。バナナの房とバナナのドライフルーツが敷き詰められている。が、前者はともかく後者はこれ、野菜なのか?
まぁ彼女が野菜というのだから野菜なのだろう。
魚介類は…………新鮮なために生きてる。まだ動いてる。
生きた鮮魚を動画で見たことはある。実際に動いてる姿は初めて見る。これを食べるのか。どんな料理になるのだろう。
相変わらずハティさんには興味が尽きない。ワープとやらの魔法でお出かけになったのだろう。それにしても、ほいほい外国に行けるだなんて羨ましすぎる。
しかも乾燥地帯で育つ野菜に海で獲れる魚介類。全く別々の場所に出かけたらしい。
テレポートですら相当な魔力と技術が必要なのに、本当に底が知れない。面白い!
ついでにこれ、今日のランチになるのかな。だったら最高にラッキーなんだな!
「今日のお昼はサフランを使ったパエリア。ボルシチ。トマトジュースにするって言ってた」
「それはまた……すみれの大好きな紅色ランチになりそうなんだな。そんな景色は見たことがないけど」
赤色への執念がすさまじい。
「でもサフランって水に溶けると黄色になるんじゃなかったっけ?」
「あ、たしかに。でもこの前、ペーシェが自慢した、アポロンが作ったパエリアは赤かったけどなぁ」
「他に何か赤色のものを使ったんじゃない? トマトとか」
「トマトであんなになるかなぁ。でもめっちゃおいしかったらしい」
ユカの疑問はもっともだ。赤の金は水に溶けると黄色になる。
不思議な疑問の答えを知るハティさんは赤色のパエリアを思い出して目をキラキラと輝かせた。
「アポロンの作ってくれたパエリアはすっごくおいしかった! たくさんケチャップ使ってた!」
サフランにケチャップ?
それってまさか。いや、おいしかったなら言及はすまい。
「そういうことか。ハティさんがそこまで言うってことは相当おいしかったんだな。是非とも食べてみたい。それで、そのサフラン。見てもいい?」
「いいよ。木箱のほうがすっごく香りが強くて力強い味がする。絹袋に入ってるほうは香りが柔らかくて後味にキレがある。どっちもおいしくて好き」
ガラス細工の施された木箱のサフランは強烈な香りを放つ。開けた瞬間にぶわっと襲い掛かってきて、とても力強く主張した。
きっと味もパンチが効いて濃厚なのだろう。想像しただけでよだれが出てしまう。
対照的に、精緻な綾織りの絹袋の中身は朱色のような優しい赤。香りがふわっと立ち上る。上品で柔らかな印象。不思議と優しく見える赤。
お昼ご飯に期待を膨らませながら小一時間。目的にした文字の勉強は、想像以上にスムーズに進む。
この調子であれば文法をマスターしてしまうのも時間の問題だろう。あとは固有名詞や物などの単語を覚えていけば読み書きには困るまい。
接続詞や間接詞なんかは使い方を覚えてしまえば当てはめるだけでいい。でも、単語だけは地道に覚えていくしかない。
それにしても、アルマちゃんの助力もあって、予想を超えたスピードで上達してる。さすが子供たちに絵本を読んであげて、『おねえちゃん、すご~い!』と喜ばれたいという強い動機があるだけ意欲が高い。
これだけ聞くと本当に単純な動機。
彼女としてはそれでやる気がでる。
やる気がでるならなんでもいいのだ。




