距離は遠くとも、心は近く、温かく 2
わなわなと震えて理性を保とうとするも、横で旨そうにビールを飲む悪魔たちの姿に負けて彼女も立派な悪魔になった。
最初は1本だけと言っておきながら、結局3本開けやがった。
さすがにそれはちょっとどうかと思ったけれど、彼女はアルコールを分解する酵素が多く、缶ビール程度なら1時間もすると酔いが醒める。
飲み始めてテンションが上がってやや泥酔気味。しかし数分もすると素面に戻り、すぐにアルコールが抜けるという酒飲みには羨ましい体質。
「ぷっはぁ~っ! 肉にはやっぱりコレだねぇ! こっちのラザニアにはワインが合いそう。サンドイッチもマスタードがよく効いててうまい! 本番に向けてお試し価格とはいえ、500ピノとは大盤振る舞いだよねぇ!」
酒を飲むと口調がおっさんくさくなるところが玉に瑕。
「予行演習も兼ねてのプレオープンってことだからね。必ずしもレスポンスする必要はないらしいけど、こんな素晴らしいお土産を持たせてくれるなら張り切るわ。それにしてもこの鯨の骨で作ったっていう机と椅子。めちゃくちゃ綺麗だしかっこいい。おいくらするのかな」
「それなのですが、フラワーフェスティバルで使用した鯨の骨の椅子と机は抽選販売する予定です。運が良ければ手に入るかもですよ?」
満面の笑みのヴィルヘルミナが購入を催促してきた。欲しいとは思う。思うがしかし、エキュルイュ製の家具は、値段が、ちょっと、いやかなり…………。
「抽選販売か。しかし中古とはいえエキュルイュの家具でしょ。想定価格っておいくら予定なの?」
「ええと、装丁の有無で少しずつ価格に差をつけると言っていたはずですので、ものによってまちまちですね。今使ってるこれは一番高かったはずです。机の縁に鯨のひげを使っていて、しかも彫刻が施してあります。エイミィさんの座ってる椅子にもひげが使われていて、ひげが使われてるものは高価だと言ってました。彫刻も施されてるとさらに高価。エキュルイュの工房で販売するものの10分の1で…………だから、ええと、この椅子は50万ピノほどになると思います」
「………………えっ? ということは、私は今、実価格500万ピノの椅子に座ってるということ? さらに机は、おそらくもっと高価なわけで、そんな超高級家具でお肉を食べてビールを煽ってるということ?」
500万の椅子だと?
うちのは1脚2000ピノのやっすい椅子だというのに。
どうりで座り心地が抜群なわけですな。一見すると固く、しかし座ってみるとわずかな弾力と温かみを感じる。いいものとは人を惹きつけてしまうものなのだ。
でも価格が高すぎて、ちょっと腰が浮いてしまう。
「超贅沢なお昼ご飯です。あ、ちなみになんですが、ここだけの話し、お祭りのあとの家具はおそらく傷がついたりするので、簡単なメンテナンスを施した上で値段がつけられます。それでも良いならですが、もっとお安く手に入るかもです。抽選販売は最終日の14時から。15時までに参加していただいて、それから抽選。当選者は商談から入って搬入の手続きという流れになっています。ふるってご参加下さい♪」
お、おう…………ヴィルヘルミナの丁寧な説明が頭に入ってこないほどに、7桁の数字がお尻と椅子の間を吹き抜けていく。
一番乗りして、ひと目見てすっごくカッコいい椅子とテーブルがあると陣取った。
結構なお値段がするんだろうなぁとは予想していた。
まさか7桁とは。想像を遥かに超える値段に目が回る。酒による酔いではない。値段からくるめまいだ。
お尻が浮く。
ついていた肘も浮く。
缶ビールからしたたる雫も気になりはじめる。
なんか無意味に緊張してきた。
「そ、そんなにかしこまらないで下さい。楽にして、お昼を楽しんで下さいね」
ヴィルヘルミナの笑顔、マジフェアリー。妹にしたい。
彼女の真心に抱かれて、私たちは楽しいお昼を過ごすことができました。
さぁお楽しみのお土産選びタイム。エキュルイュ謹製カトラリー。スプーンとフォークの二択を迫られる。
なんというか、お金を出すからスプーンとフォークの一択にして欲しい。
大量生産されたものかと思いきや、それぞれ微妙に形が違う。持ち手の先とかくびれの部分。スプーンの先っちょの丸の形も、フォークの先のトゲトゲも同じものがない。
宝石のように輝くワンポイントも個性的。
彫りを入れただけのシンプルなデザインも捨てがたい。
どれを選べばいいんだ。
どれも素敵すぎて、全部欲しいんですけど。
カトラリーはエキュルイュの玄人職人を筆頭に、新人の技術向上も兼ねて、彼らが思い思いに掘り出したもの。
エキュルイュは基本的に依頼主からのオーダーを受けて仕事をするため、あまり職人の趣味嗜好が反映されにくい傾向にある。
本当はこうしたい。個人的にはここをこう変えたほうがカッコイイ。そんな思いを押し込んで、職人として、商売人として仕事をした。
そんな彼らが解き放たれた瞬間、『好き』を表現する職人のイマジネーションが爆発する。
それがこのカトラリー。美しく洗練されたデザインが無防備に腰を振っていた。
本番当日にはプレートの販売もあるという。これはもう3日通い詰めるしかないじゃないか。
とりあえず、ワンセットを揃えるために朝から並ぶか。うん、そうしよう。
綺麗に並べられた芸術品を値踏みしながら、どれにしようか決めかねる。
そうしているうちに、気になっていたもののいくつかが旅立っていった。
あくまで早いもの勝ち。だけど右に左に目移りしてしまって仕方がない。
「早く決めないと、どんどんなくなっていくよ。同じものは殆どないみたいだし」
「いや分かってるけど、一期一会だと思うと迷うじゃん。同じものがないと言われるとなおさら迷う。くふぅ…………あれもこれもかわいい。こっちのキラキラした黄色いお星様のワンポイントも素敵だし。あっちの赤いハートも捨てがたいっ!」
「分かります。とっても迷ってしまいますよね。どれもこれも素敵で、キラキラしていて困ってしまいます」
カトラリー担当のベレッタも、自分が選んだ時には相当迷ったらしい。
ベレッタだけではない。ほかのみんなも楽しく悩んだという。
「だよねだよね。むしろ一発で決められるリナがどうかしてる」
「どうもしてないよ。こういうのは目が合ったやつって決めてる。ふっと振り返って、最初に目についたやつ」
「なるほど。それはいい方法かもしれませんね」
「マジか。このままじゃ埒が明かないし、それでやってみるか」
ぐるぐると回ってヴィルヘルミナの姿が見えたタイミングで足を止める。振り返り、キラッと輝く君に決めたっ!
それは1本のフォーク。くびれが深く、先が長めのスマートな彼。持ち手はまっすぐと伸びてシンプル。絵の縁にそって溝が掘られ、お尻の部分にはピンクの丸いワンポイント。
かわいいじゃないかっ。よし、この子を大事に使ってあげよう。
ようやく出会えた愛しの君を抱きしめて、我々は笑顔で手を振った。




