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距離は遠くとも、心は近く、温かく 1

本日、本番に向けてのプレオープンが開催となりました。

本来であれば提供側目線が一般的なのでしょうが、客観的にプレオープンを体験するという点で客視点で話しが進行していきます。新キャラです。前半はショコラの常連さん視点で進んでいきます。

後半はキッチンのリーダーをしているエマ視点で総括。

最後はお転婆なお姫様が駄々をこねる様子を描きました。



以下、主観【エイミィ・リードリィーリアン】

 今日は朝からわっくわく。目が覚めて、カーテンの滑る音が心地よい。お天道様におはようを叫んでベッドから飛び降りた。

 キッチンのプレオープンは11時。それまではお店の準備に励みましょう。


 申し遅れました、私はエイミィ・リードリィーリアン。グレンツェンで父が経営するビールバー【ゲニーセンビーア】の看板娘 (自称)です。

 スポーツ観戦を楽しみながらビールやおつまみ、ダーツやビリヤードなどのアナログゲームを嗜む大人の社交場。と言えば聞こえはいいけど、ようは酒飲みが集まるストレス発散の場なのです。

 小さい頃から子供のようにはしゃぎまくる大人たちの姿を見て、何かに熱狂できる姿って、見ていてなんだかいいなぁと思い、自然な流れで店を手伝ってるという次第です。


 さてさて仕込みも終わったことだし、待ち合わせをしてる幼馴染のために外で待っていてやろうかな。

 扉を開けて鍵をかけ、振り返るとそこによく見る顔。薄い緑色の髪をシニヨンでまとめ、いかにもできる女といった様相。

 すらっと伸びた背筋。

 できる女を思わせる白いワイシャツ。

 カジュアルでありながらフォーマルなジーンズ。

 むやみやたらに育った胸。

 どうして同じ人間なのに、こうまで差がでるのか。

 世の中は不公平だ!


「おはよう、リナ。今日もいいお胸ですなぁ」

「相変わらず胸と会話するのやめてくんない? 言うほどあんたも小さくないじゃん」

「いやいや、上を見ると自分が下に見えるもんなの。隣の芝は青いんですわ。それにしてもいつもきっちり決めてるよね。気合い入りまくりじゃん」

「当たり前じゃん。私は仕事の休み時間に来てるんだから。お昼を食べたら仕事に戻るの。特に私の相手は見た目を気にするから」

「いやぁさすが、優秀な公務員はたいへんですなぁ」

「エイミィだって気楽そうだって言われるけど、結構たいへんでしょうに。酔っ払いの相手は特に」

「まぁねぇ。今はパパの拳骨があるけど、いずれは私がするんだよねぇ。一応、魔法の練習はしてるけど」


 昨日も鉄拳が飛んだ。

 アレをいつか、私がやるのか。グローブを買っとかないとね。


 ただの酔っ払いならあまり問題ではない。バーの性質上、スポーツ観戦をしていれば否応なくヒートアップする。

 いい方向に酔えばいいんだけど、自分が応援するチームが負ければ大炎上。そこに敵チームのスポンサーがいれば大乱闘。

 間に入って仲裁をするのがマスターの役目とはいえ、お酒は楽しく飲んでほしいものですね。

 余計な仕事は増やさないでほしいですね。


 友人のリナはお酒好き。アルコールを分解するスピードが人より異常に早く、飲んでも1、2時間で酒が抜ける。

 ビールは大好きでよく飲み交わす。彼女が泥酔した姿を見たことは一度もない。羨ましすぎる体質の持ち主。


 くわえてスレンダーなボディに豊満な胸とは、これいかに。天は二物を与えずという。どうやら例外はあるらしい。

 さらにさらに、彼女はグレンツェンの公務員。しかも公務員の中でも飛びぬけて優秀な企画課の職員というんだから引く手あまた。


 企画課とは、フラワーフェスティバルの運営の中枢を担う存在。通常の仕事もさもありなん。彼らは起業をバックアップするうえで重要なサポートをしてくれる頼もしい存在。

 いわゆるコンサルテンィグをなりわいとしている。

 ヘラ市長曰く『どうせ起業してグレンツェンを楽しくしてくれるなら、潰れないようにサポートしてあげればいいじゃない。庁舎は情報の宝庫。成功に導いてあげる手伝いをすれば、起業する人も成功する確率が上がる。グレンツェンには税金が入る。観光客も来てくれるようになる。外貨も稼げる。いい事尽くしのカーニバル。グレンツェンで起業しなくたって、企画課の助けがあって成功したって事実が広まれば、グレンツェン自体の名も上がる。わっしょい!』とのこと。


 実際、既得権益を守りたい人以外は得をすることしかないヘラ氏の考え方は大当たり。今のグレンツェンの繁栄は、彼らの助力があってのことと言っても過言ではない。

 当然、コンサルを担う彼らは人一倍の努力をした。

 マネジメントから衣食住などのあらゆる文化、行動特性、既存の業種の数や特色などなど、全て頭に入ってるのだから頭が上がらない。

 そんな友になぜ彼氏がいないのか不思議でならない。

 いたらいたでムカつくけど。

 できる女すぎて男が寄り付かないのか。

 過ぎたるは及ばざるが如しということか。


「人の顔を見て何を考えてるの?」

「いやぁ~。なんでリナには彼氏がいないのかなぁって」

「彼氏ねぇ。男もいいけど、今はバリバリ仕事をしたい感じ。早い内から結婚して、子供を作ったほうがいいって言うけど、もう少し人間として成熟してからのほうがいいと思うんだよね。ほら、私たちってまだ22歳じゃん?」


 いや、私は今すぐにでも彼氏が欲しいですけど?

 選ばれる自信のあるやつは言うことが違いますな。


「くっ。さすがコンサルの海千山千は言うことが違うな」

「そんなことより、そろそろ時間でしょ。向かわなくても大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫。場所はすぐそこだから。まぁせっかくだし並んでおこうか」


 そう言って指差した場所は、実家のバーから100メートルほど離れた大図書館1階部分。今はシャッターが閉まってる。時間になればおいしいランチが顔を出す。

 彼らの様子に目を見張り始めたのは、みんなの妹・ヴィルヘルミナが出入りしてるところから。

 15歳になったばかりの心の妹。お祭りの企画に参加してるなぁと、バーの小窓から眺めてた。日が経つにつれ、聞こえてくる声も、端から見える内装も、どんどん賑やかになっていく。


 極めつけは前祝なる催しの時。それはもうたまらなくおいしい匂いが漂ってきて、部外者の私が仲間内だけのイベントに突撃したくなる心を押さえつけるのに、どれだけの苦労があったことか。

 それが、今日、抽選で選ばれた100人が、プレオープンの試食会に参加できるというのですから、当選した時からにやけ顔が止まりませんわ。

 きゃわいいきゃわいいヴィルヘルミナもお出迎えしてくれるかと思うと、心も踊るというものです。


 ちっくたっくと短針みじろぎ、焦らし上手な弟さん。

 せっせせっせと長針(せわ)しく、私の心をかき立てる。

 まだかなまだかな11時。

 あともう少し。

 それ頑張れ頑張れ、もう少し!


 ガラガラと音を立て、銀色のシャッターが天を目指す。笑顔で迎えてくれる少年少女。緊張しながらも楽しそうな表情を浮かべた。

 いらっしゃいませ、と大きな喝采。一番乗りは気持ち良いですなぁ!


 さっそくのお出迎えは巨大な鶏の頭の剥製。掛けられた壁には胴体が描かれていて、等身大のコカトリスがそこにいるような迫力がある。

 いきなり巨大な剥製とは、インパクト強すぎでは。ちょっとびっくりしたじゃんか。


 行列待ちを考慮してか、壁一面には彼らが辿った足跡が描かれていた。南の島を思わせるジャングルにはコカトリスと恐竜の壁画。

 次に北国・アイザンロックの街の風景。

 白いお城と繋がって、超巨大な一角白鯨。体の部分は平面のパーテーション。

 角の部分は展示物に穴が空いていて、後ろから前に通して立体的に見せている。

 お触り可の展示物。せっかくなので触ってみた。生物の骨という説明だから、ゴツゴツザラザラしてるのかと思いきや、研磨されてピカピカに磨き上げられたそれはツルツルスベスベ。

 白地にうっすら青いグラデーションがまた美しい。


 食券機の前ではプレオープン用のチケットを手渡された。

 1つはメインの鉄板焼きとラザニアの引換券。

 2つ目はジュースとサンドイッチの絵が描かれている。

 最後の紙はアンケート用紙。プレオープンの感想を書いて出して欲しいとのことです。

 上手なことにこの用紙。書いて出してくれればお土産と交換というにくいやつ。意見や感想を回収する方法としては上の上。

 企画課のリナも、上手な方法をとっていると太鼓判。

 私としてはなにもなくてもアンケート用紙は出すのだけれど、交換してくれるお土産がエキュルイュ謹製のカトラリーなのだから気合いが入る。

 しかもしかも、鯨の骨を使ったというのだからたまらない。展示で触った角と同じ。並べられている、青白く優しく輝く特注の机や椅子と同じ素材だというのだから、絶対に持って帰らねばならぬ。

 忘れたら、きっと一生後悔するだろう。

 後悔する自信があるッ!


 プチ美術館のような導線を渡り、商品の受け取り窓口にはショコラでお馴染み、長女のシルヴァ。咲き誇るような笑顔でお出迎え。

 これだけで満足感がぱないですわ。エルフと言われても納得してしまうような安心感のある優しさ溢れる笑顔はグレンツェンの華。

 さすがグレンツェンの2大看板娘と言われるだけある。


 隣には最近よく見る三色髪の女の子。小柄だけど髪色も服の色も個性的。ビジュアルが目立つ彼女は最近、巷で噂されてる謎の美少女。

 外国から来たからなのか、見かけるといつもきょろきょろして忙しない。

 だけど花を愛でて微笑む姿。初めてのものを見て驚く姿はかわいいと話題になっていた。

 名前から察するに倭国人。小柄なせいもあってとてつもなく幼く見える。

 弾ける笑顔も相まって、ヴィルヘルミナと並べて愛でたい存在として注目していた。


 チケットを渡してプレートと交換。じゅうじゅうと音を立て、かぐわしくも野性的な湯気が襲うそれはキッチン・グレンツェッタの看板メニュー。

 シンプルな鉄板焼きに使う肉が超一級。オープンキッチンスタイルということもあって、少し焼きにムラができたり焼きすぎたりとかあるかもと心配していたけれど、見るからにいい具合に火が通っていた。

 さすがアルバイトとはいえ、ヘイターハーゼで厨房に入る2人が鍋を振るうだけある。

 肉に絡まる砕いたナッツと胡椒のパンチ力も見逃せない。こんな心地よいジャブを打たれたらもう…………ビールが欲しくなるじゃないか!


「ヴィルヘルミナちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「はぁ~い。なんでしょうか?」

「ここって、持ち込みアリ?」

「物にもよりますが、何を持ち込まれますか?」

「缶ビール」


 告げると途端、肩が重くなった。

 振り返ってみると、険しい表情をした、昼休憩を堪能しようという女がいる。

 なにをそんなに震えることがあるのか。


「おいちょっと待て。これから仕事をする私の前でビールを飲むのは反則だろ。我慢しろ。私のために我慢しろ!」

「ええと、お祭り当日にもビールの持ち込みはあるはずですから、それはかまいませんが」


 ヴィルヘルミナ、マジフェアリー!


「よっしゃ。すぐに取りに戻るから。私の家、目と鼻の先だから!」

「おい、マジでちょっと待て! おいいいいぃぃぃぃぃッ!」


 必死に止める友人の声は遠く、私は音速で家へ帰り、キンキンに冷やしたビールを抱えて戻った。

 ドンッと光る銀の柱。

 お肉をほおばり、カシュッと心地よい音を奏で、ぐびぐびとそれを飲み干す悪魔の所業。

 昼間から酒を煽る背徳感。

 まさに至福の時とはこのことよ。

 うまいと叫んで欲望のダムがあちこちで決壊。

 俺も私もとビールを持ってブーメラン。人が悪魔へ成っていく。


 肉。酒。肉。酒。酒。酒。プハァーッ!

 たまりませんなぁっ!


 おやおやどうしたことでしょう。

 私の隣人は肩を震わせ、せっかくのクールビューティーフェイスを崩しているではないですか。

 我慢することはない。

 悪魔の誘惑はキモチイイよぉ?

 仕事を再開する頃には酒も抜けてるでしょうよ。

 1本くらいならいいじゃないか。

 さぁさぁ飲んでしまいなさいよ♪

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