新感覚?
今回はアルマたちがすみれとハティたちのために晩御飯を作ったりする回です。
なんにでも興味を持つ三人は料理もお手の物です。特に子供たちの相手をよくしてくれるギルドが経営しているフレナグランの厨房の人々に料理を教えてもらったり、横目で見ながら覚えています。メリアローザの子供たちの行動は、体を鍛える、勉強、遊ぶ、大人の手伝い、と言った具合です。お小遣いも自分で稼ごうとするので食堂へ行っては掃除や配膳、食器洗いなどをやっています。彼女たちもそんなふうにして料理を覚えていきました。
シェアハウスでは料理をしてくれるすみれからの料理の手ほどきもあり、描写をしていないだけで相当な腕になっています。
今思うとちゃんとした料理キャラであるすみれがいなかったらこの家はヤヤの甘口料理とハティの糖分の塊スイーツで危ないことになっていたかもしれません。
人間の体は自分が食べたものでできていますから注意が必要ですね。
以下、主観【アルマ・クローディアン】
ライ麦パンが食べたいな。
酸味の効いた丸いやつ。
黒くて固いあんちくしょう。
パンの耳もたくさん買って、3時のおやつにしちゃいましょう。
揚げて砂糖にダイブして、ホットココアでティータイム。
これぞ我らの優雅な時間の使い方。
ただいまと扉を開いて、キキちゃんとヤヤちゃんのおかえりなさいが響き渡った。
待ちきれないと袋をのぞいて鼻をつっこみ、う~んと空気を吸い込んで、ごちそうさまと勇み足。
今日はアルマを含めた我々3人で晩御飯の支度をするのです。いつもはすみれさんに厨房に立ってもらっているけれど、たまにはもてなさないとバチが当たるというものです。
それぞれ作り置きして晩御飯の際に披露しようということで、それまで誰が何を作ったのかはその時まで内緒にしておく。
でもだいたいは匂いで分かる。ひとつは冷蔵庫に入っていて布で隠してあって分からない。
もう1つは調理台に堂々と置かれている寸胴鍋。匂いから察するにシチューかな。蓋の隙間からとってもいい香りがする。
さてさて、アルマも晩御飯の支度といたしましょう。
お題目はニラレバ炒め。そう、レバーです。モツです。おいしいやつです。
アルマは魔法が得意なので魔法で料理をします。ここで注意すべきは、アルマはマジカリストではないということ。
魔法は大好きだけれど、マジカリストのように魔法でなんでもかんでも、それこそ魔法を介したものを認めないだなんて偏屈ではありません。なぜならアルマは職人さんたちを尊敬しているからです。
彼らが作る道具は本当に素晴らしい。機能を求めると究極的な美しさにたどり着く。
そこに至るまでの技術、時間、情熱。魔法の探求と比べて遜色あろうはずない努力の結晶。これを賛美せずにいられようか。
彼らがいなければ、アルマは今日ここにいられなかったに違いない。
嗚呼、素晴らしきは職人魂!
でも今日のところは魔法で調理します。魔法を使うのが好きなのでっ!
玉ねぎの皮むきだって、魔力を操作してあっという間にぱらりんちょ。
ニンジンだってばらりんちょ。
ニラもレバーもおてのもの。
油をひいて野菜を炒め、レバーを滑らせ塩と胡椒で味を調え即完成。
野菜を切って炒めて和えるだけ。
簡単。おいしい。素晴らしい。
三拍子揃った完璧な料理。
このまま3時のおやつも仕上げてしまおう。
2人にも手伝ってもらってシンプル・イズ・ザ・ベストスウィーツの出来上がり。
ココアを並べていただきます。
ふふふ。ちょっとお姉さんしてるかもです。
双子がクッキーを食べながら机に広げたのは基礎魔法学の本。
ユノさんが担当する講義のひとつ。とても砕けた表現を使っていて、ストーリー仕立てになっていて読みやすく理解しやすい。そのままメリアローザの魔法教育に採用したい。
「2人は基礎魔法学の本を読んでるんだ。一度読んだけど、メリアローザの子供たちって大人の真似をしながら魔法を覚えていくっていうスタンスだから、理路整然としながら1つずつ積み重ねていくグレンツェン式は、理屈っぽくて小難しく感じるかもだね。丁寧に覚えていくのは熟達するうえで大事だけど」
「ですね。しかし洗練されているだけあって、『相手に伝える』ということに関して、とても上手に工夫されていると思います。書物だけでこれなら、実際の講師の手ほどきがあると思うと、使い慣れない魔法でも使いこなせるようになれそうです」
「キキもアルマお姉ちゃんみたいに魔法をいっぱい覚えて使えるようになる。すみれさんとスタートが同じだから一緒に頑張るもん。もんもん!」
キキちゃんは今までは戦うことを避けて魔法を覚えようとしなかった。
だけどアルマが空中散歩の企画を進めていく中で、キキちゃんの心に、魔法は戦うだけじゃないって強く印象づけられたらしい。
おかげで距離を置いていた魔法を受け入れようとしてくれてる。
魔法至上主義のアルマとしてはこれほど喜ばしいことはない。
魔法で人を幸せにできる。
そう感じて、感化されて、魔法を好きになってくれる人がいる。
アルマにとってそれがなにより幸せなこと。
もっともっと好きになってもらいたいな。
そういうわけで魔法の知識を深めるべく、アルマは魔法関連の講義を片っ端から履修予定なわけです。今最も関心があるのはこの話題。
【都市型魔導防殻】
はい、先日、怒りのままにアルマがぶっ壊したアレです。
いやもうほんとに、穴があったら埋まりたい。
都市を丸ごと覆って魔導災害から街を守るために機能している防護壁。それが都市型魔導防殻。
通常、津波や台風などは自然災害として世界各地に存在する。
魔導災害とは、龍脈と大気を漂う魔素が混合され、魔力の付加された災害のこと。その威力たるや絶大。魔素を含んだ自然災害は、何が起こるか分からないのが特徴。
例えば、倭国を襲った台風は炎系の魔素を含んだものがあり、強い風と雨に高い温度が加わって高温の雨と、フェーンの如き風で激甚たる災厄をもたらした事例があった。
不幸中の幸いか、本土に上陸することはなく、進路の9割は海上だったために、予想された被害よりは少なく済んでいる。
それでも走り去った暴威と、置き去りにした後遺症は、世界が目を覆いたくなるほどの被害であった。
そのような脅威から身を守るべく作られたのが魔導防殻。
一定以上の威力をもった魔素の侵入を防ぐというもの。魔素を含んだ台風から通常の台風へと弱体化させるのが目的である。
ただし、物理的な防御として機能できないデメリットがある。それでもあるとないとでは大違い。
各国は己の土地を襲う魔導災害に対して、日々、魔導防殻の研究と改良を行っているのです。
こう言っては不謹慎かもしれないけれど、魔導防殻は国を守る特性上、その国の威信と文化が反映されていて、多種多様な色が浮き彫りになって非常に面白い。
グレンツェンのものはハニカム型のプレートがドーム状に配置され、外側からの圧力に極めて強い耐性をもっている。
これは時折発生する竜巻や霜から街を守るために設計されたもの。
【霜】と聞くとただたんに、葉や土に結晶が降りるだけと思われがちだが、魔素を含んだ自然災害となると話しは別。
冬場、北からの寒冷前線に乗ってやってきた氷属性の魔素を含む霜が街を襲うと、日中に陽が照っているにも関わらず、霜は溶けず延々と温度が下がり続けて草花を枯らしてしまうという、とんでもなく恐ろしい事態が起こるのだ。
街中に花が咲き乱れ、美しい景色を観光の目玉にするグレンツェンにとっては死活問題。
魔導災害から街を守るための魔導防殻はなくてはならない存在なのです。
個性的な魔導防殻を紹介するとすれば、先に述べた倭国の防殻。一般的な防殻は頑強さを追求し、脅威に真っ向から耐えるものが採用される。
だけど倭国のものは、文化なのか国民性が反映されてなのか、なんとお餅のように柔らかい。
柔らかく受け流し、衝撃を吸収・放出することで台風・地震・津波などなど災害大国を苦しめる魔導災害から身を守っている。
欠点としては斬撃や刺突系の衝撃に弱いということ。しかし空から槍が降ってくるわけでもなし、暴風とはいえ鎌鼬が起こるわけでもない。つまり弱点はないに等しい。
他にも面白いものがある。砂国にはアラベスク模様を象った魔術回路を循環生成させ、常に強固な守りを可能としているもの。
雪国には世界一美しいと言われる、白い宮殿の姿をした魔導防殻が聳えている。
形も作りも用途も違う。同じ魔導防殻なのに、全然違って個性的。
魔導防殻を巡って世界中を旅して回るっていうのもいいかもしれない。
そういえば、暁さんも世界を見て回ったって言ってたっけ。
アルマももう少し大きくなったら、世界を見て回りたいな。
キキちゃんとヤヤちゃんはどんな世界を見たいのだろう。
「キキちゃんとヤヤちゃんはさ、世界を見て回りたいと思ったら、何を見たい?」
「世界旅行ですか? 私はやっぱりおいしいもの巡りですね。世界中にはおいしいものに満ち溢れています。同じような食材でも、異世界を渡った途端に全く別の料理になっていたりと、興味が尽きることがありません。きっと同じ世界でも、場所や考え方の違いで違った色が出ているはずです。ほらこれ。【グレンツェンの郷土料理】の講義とか【世界の郷土料理】という講義もあって受講予定なんです。アルマさんもぜひ一緒にどうですか?」
「んー。お料理には興味はあるけど、アルマはまずは魔法関連かな。あんまり受講しすぎて私生活がいっぱいいっぱいになったらたいへんだし。その代わり、ヤヤちゃんにお料理を作ってもらいたいな」
「おまかせください。おいしい料理を学んで、私風にアレンジしたおいしい料理でもてなしてみせます!」
アレンジが前提の料理。
楽しみと不安のドキドキが止まらない。
「うん、楽しみにしてるね。でも最初は普通の料理で食べてみたいな。比較対象という意味で」
「ヤヤはすぐにオリジナリティを出したがるよね。それでおいしい料理だから、まだいいけど」
「キキちゃんは世界を回りたいと思ったら、何しに行く?」
「う~ん…………そうだなぁ。お婿さんを探してみたいな」
「キキにはまだ早いです」
即返答。
珍しく真顔のヤヤちゃん。本気で言ってるな。
「そんなことないもん。素敵な彼氏をつくって、幸せな家庭を築くんだもん。そのためには暁さんみたいに、カッコいい女性になるためにいっぱい勉強して、たくさん経験を積まなきゃ!」
「そうですね。お婿さんはともかく、今は精進あるのみです」
「ヤヤちゃん。どうしてそこまでかたくなに?」
曰く、『キキはまだ世界の荒波を知らない。異性交遊だなんて論外』という建前。多分、本音のところは一心同体たる、守るべき妹的存在を手放したくないからだろう。
かわいい妹を手放したくないという気持ちは理解できる。しかもキキちゃんとヤヤちゃんの関係は極めて特殊。
キキちゃんは妹、ヤヤちゃんは姉と自己紹介をしているが、事実は逆。キキちゃんが先に生まれ、ヤヤちゃんは後から誕生した。
それもキキちゃんの固有魔法【偽金】の能力で――――――。
時を遡ること2年ほど前。
キキちゃんはある小さな村で生まれ、決して裕福ではないけれど、それでも幸せな家庭で過ごしていた。野盗に村を襲われ、全てを炎で失うまでは。
幼い彼女にとって、あまりに残酷するぎる結末。
唐突すぎる別れに、心は引き裂かれ、それでも生きることを望んだ彼女は、辛い記憶の全てを新しく生み出した命に預け、心が壊れることを免れた。
キキちゃんの固有魔法は2つ。
1つは対象の命と似て非なる存在を創造する【偽金】。
2つ目は魔力の前借りを行う【将来性への投資】。
どちらも使い方を間違えれば、世界が傾くほどのスーパーチートユニークスキル。
それを無意識に発動させて、生き永らえようとした。記憶は掻き消え、頼るものは己を守るために生まれた姉のみ。
姉もまた全てを理解し、彼女に尽くした。尽くし続けて、ヤヤちゃんはある恐怖に直面する。
もしもこのまま彼女が大人になって、自分が必要なくなってしまったら…………必要とされなくなったなら、私は消えてなくなるのではないか。死と同義の消滅。彼女は恐れ、不安に苛まれ、半ば洗脳に近い形でキキちゃんの心を支配した。
キキにはヤヤが必要だと。私がいないと貴女は何もできないと。
守るはずの存在が、心を蝕む者になっていた。
暁さんに出会い、その不安は解消されたのだけど、なかなかどうして人間というのは、過去にこびりついた悪癖というものを払拭しきれないでいる。
それはアルマも同じなのであまり大きな声では言えないけれど。
ヤヤちゃんが時々見せる束縛癖は、あからさまにキキちゃんの機嫌を損ねる原因だった。
むっすりと顔を膨らませるキキちゃん。
しまったと慌てるヤヤちゃん。
これは甘いもので片付きそうにありません。
しばらく見守っていよう。うん、火の粉はどんどん燃え広がっていく。
ヤヤは洗濯物を片付けなくて散らかりすぎだとか、キキが晩御飯を内緒にしようと言ってたのに、匂いが漏れていて全然隠せていないだとか。罵倒の応酬が始まってしまった。
ヤヤちゃんは涙目。
キキちゃんは思いっきり地団太を踏んで…………これはもうアルマが火消しに行かないと山火事では済まなさそう。
大噴火です。
2大火山がボルケーノです。
しかし、アルマは喧嘩はしても喧嘩の仲裁などしたことがありません。
イッシュやネーディアのようなアホなら魔法の1つや2つで悪☆即☆斬。
だけど年下の女の子を相手にそれはご法度。どうしたものか。
こういう時は暁さんを参考にしよう。彼女はどうやって言い争いを解決したか。
う~ん…………鉄拳?
荒くれ者には力を示して従わせた。
いやいや、これじゃない。これじゃない方法。
アルマがおこぷんぷんになった時なんかはどうしてたっけ。
そう、思い出した。けどちょっとなんか恥ずかしいなぁ。まぁそうも言ってられないか。
キキちゃんの怒りが爆発寸前。高速ヘッドバッドは突進の合図。それを避けるつもりでいるヤヤちゃん。きっと怒りに拍車がかかる。
その前に、その前になんとか止めなくては。ええい、ままよ!
2人の間に割り込み、キキちゃんをキャッチ。
ぎゅっと抱きしめてキキちゃんのいいところを賛美。もみくちゃにしまくりながらいい子いい子と褒めまくる。
次にヤヤちゃんを捕獲。2人同時にアルマの長く広いフリル裾の中へ誘い込んでヤヤちゃんを賛美。もみくちゃの刑に処する。
さらに2人を賛美。ぎゅう~っと抱きしめ、2人の気持ちが紛れたところで喧嘩の仲裁に入る。お互いの悪かったところを認めさせ、諭し、仲直りさせた。
落ち着きを取り戻した双子はきちんとごめんなさいをして仲直り。
仲直りの喜びを分かち合うために再びぎゅう~☆
まんざらでもない様子の少女の背中を押して、帰宅したすみれさんとハティさんを迎えに玄関へダッシュ。
アルマも一緒にダーッシュ!
すっかり調子を戻した2人は元気いっぱいに走りだした。
それにしても暁さんはよく、人をもみくちゃにして褒めたあとに諭すという方法をとる。
アルマもよくもみくちゃにされたものだ。
もしかしたら、最ももみくちゃにされたかもしれない。つまり一番、諭され続けてたということか。
――――うん、それは置いておこう。
ともかく、暁さんの真似をして2人をもみくちゃにしてみたけれど、なかなかどうしてよいではないか。
はぎゅっとされるのは結構好きだと思ってた。
はぎゅっとするのも癖になりそうです。
新たな自分に目覚めたかも?
しれっとキキの秘密が暴かれました。
ヤヤはキキの生存本能によって生み出されたクローン人間だったのです。なのでいつもキキとヤヤを表記する際は姉のヤヤが先ではなく、妹のキキが前でした。小ネタです。
今では不安も払拭されて生き生きと生きています。それはもう超元気です。好きなことに一生懸命になれるって素敵なことですね。
アルマが暁の行動を思い出してハグしました。人は抱きしめられると安心する生き物です。
もみくちゃにすることで相手の思考を停止させ、褒めることで虚をつきます。抱きしめて安心させてから心を落ち着かせ、諭すという流れを意識的にやっています。個人的にハグするのが好きだという理由もあります。
もちろん、これは相手との好感度によって成功確率が大幅に変動するので注意が必要です。




