寝ても覚めても忙しい 3
キッチンに戻ってみると、なんと全員集合してた。
みんなは午後から各々の打ち合わせを予定してたみたい。
どうやら不安なのは私だけではないようです。ちょっと安心しました。
それからスタッフ役とお客役に分かれてロールプレイングを重ねること2時間。
集中力が切れたと言っておやつタイム。ベレッタさん、ガレットさん、ローザさんは午前中に集まって作ったお菓子を振舞う。
ティレットさんは紅茶の差し入れ。
スパルタコさんは駄菓子の詰め合わせと用意がいい。
「お前、本当に駄菓子が好きだな」
ペーシェさんがつっこんだ。
言われてみれば、間食にはいつも駄菓子だった。
ヤヤちゃんがいつも目を輝かせて眺める。
「安いしうまいし種類があるから楽しいじゃん。それにヤヤちゃんたち空中散歩のメンバーが道具を預けに来るって聞いてたから、一緒にいるなら駄菓子はアリだと思って。彼女たちは? (スパルタコ)」
「アルマたちは午前中に買い出しと荷物の預けを済ませて、お昼ご飯を一緒に食べて、そのまま帰ったの。晩御飯の支度をするんだって。それからお祭り明けに履修する予定の講義の予習。勤勉すぎるの (ヴィルヘルミナ)」
「すげぇな。てか、結構余裕なんだな。どっちにしても、どっちも頭が上がらん思いだ (ルージィ)」
「アルマちゃんたちは試行錯誤と並行して、本番の練習もしてるみたい。アクティビティ系はそういうところが有利ですね。飲食系とは勝手が違うようです。それに全体の流れ自体は単純ですから、トラブルさえなければ滞りなく運営できるはずです (エマ)」
「あぁ確かに。客を並べて、振り輪を振って宙に浮かべて、あとは降りてくるのを待つだけだからな。準備物や危険予測は多いけど、揃っちまったらあとは本番を待つのみってか。なるほど、作業になる部分は意外に単純。俺たちとは逆パターンか (ルージィ)」
「ま、普通はそうなんだろうけど、僕たちは準備する過程も過酷だったね。今思えば楽しかったけど (アポロン)」
「それは良かったっ! (ハティ)」
一同沈黙のこと30秒。
脳裏によぎる恐竜の咆哮。
頭の吹き飛んだ毒羽鶏。
太陽を隠す白鯨の巨影。
金牛の心臓を食べる金獅子。
過酷を強いた本人は、褒められたと思って満面の笑み。
悪気はない。それにもう終わったことだ。実際、彼女のおかげでここまで来れたのだ。いともたやすく波乱の嵐を巻き起こすその無軌道性はだけは、なんとかして欲しい。
切に願う我々でした。
何か話題を逸らさなくてはと考えて、思い出したかのようにペーシェさん。一昨日のヘラさんの言葉を繰り返す。
『明日に発表があるから楽しみにしていてね』
お酒を飲んで寝て、プレオープンのことで頭がいっぱいになって誰一人として覚えてなかった。
なにやら売り上げ勝負の景品が変わるって言ってた。何に変わるのだろう。
グレンツェンアプリを起動してみるが個人宛てには届いてない。すると全体通知欄だろうか。
色々渡り歩いてみて、結局一番最初に表示されるスタート画面の下。よく見かける【お知らせ】欄に景品の改定についての記述が追加されている。
景色のように同化してしまって見てなかった。
ヘラさんのことだから、みんなはアプリを開いた瞬間に別ページに強制移動させられて、否応なくヘラさん撮り卸しの動画を突き付けられるものだと思ってた。
特にローザさんは母親の奇行を自信満々に予測しただけあって、爪を噛む音から悔しさが響き渡っている、ような気がした。
「おっ、本当に賞品が変わってるな。しかも1位から3位まで全部。どれどれ、ほぉ~…………ほっほっほっ (笑)」
「キモイ」
「キモイな」
「今のは、え、笑い声ですか!?」
スパルタコさんの奇声に対するペーシェさんとローザさんの評価が酷い。酷い笑い方だったから仕方ない。
エマさんは笑い声とすら認識できてない。
「そんな……顔を真っ青にしなくても……。それよりだ。エマ、落ち着いて聞いてくれ。ウォルフ、エマの隣にいてやってくれ」
「いや、ちょっと、何それ。訃報を知らせる父の戦友みたいな死亡フラグ立てるなよ」
「あの、意味を理解しかねます」
嫌な予感のするウォルフさん。エマさんは首を傾げて身を縮ませる。
「戦争映画の見過ぎで頭が湧いたんじゃない?」
ペーシェさんが幼馴染特有のえげつないつっこみを炸裂させた。
「戦争映画より恋愛映画派だし。お前の笑い方って本当にムカつくな」
「恋愛……映画………………だとッ!?」
眉間にしわを寄せたのはクスタヴィさん。
普段つっこまない人がつっこむとシュールである。
「そこ、驚くところなの?」
「スパルタコさんって、いい人なのに日頃の行いのせいで、常にマイナス域に身を置いてますよね」
「ふぐはぁッ!? まさかアダムに……そこまで言われるとは……。お前、ローザのどくz
「んん~~~~~~~~~ッ???」
満面の笑みのローザさん。しかし、目が笑ってない。微かにのぞく瞳はブラックホールのようだ。
「な、なんでもないです…………。もう俺はダメだ。すみれ、これを読んでくれ」
「わ、私ですか!? わ、わわわわかりました。頑張りますっ!」
死に体のタコさんから携帯を預かり、表示されている文章を朗読します。
「え~っと、3位のチームは、変更前が目録10万ピノ。変更後は目録10万ピノに加えて、黄金琥珀の蜂蜜酒が1本。蜂蜜酒?」
黄金琥珀の蜂蜜酒ってなんだろう。お酒、だよね。目録の額が変わらず、追加の賞品だけがあるってことは、実質の上方修正。
これはとても良いことなのではないでしょうか。
なるほど、タコさんがエマさんを気にかけたことはこういうことかな。
彼女はリーダーであり責任のある立場。成果として得られる賞品はもちろん欲しい。でもリーダーとして欲に目がくらんで無茶をしかねないから、先に釘を刺した、と。
だとすれば、タコさんからスパルタコさんへレベルアップですね。
言い終わって、次の言葉を発するよりも早く絶叫が響き渡る。
誰の声か。音のする方へ向いてすぐに分かった。エマさんが椅子から崩れ落ちて過呼吸になってるではないですか。
綺麗好きなエマさんが、クッキーを床に落として砕いてるにも関わらず、掃除を始めない。
いつも冷静沈着なエマさんが、取り乱して激しく肩を上下させる。
何が起こってるんだ。一体……何が起こっているというのか…………ッ!?
息絶え絶えのエマさん。
椅子に落ち着くなり最初の第一声が、
「す、すみれさん……それは本当なのでしょうか。本当に【黄金琥珀の蜂蜜酒】と書いてあるのですか…………?」
「え、うん。そう書いてあるけど。賞品は目録と黄金琥珀の蜂蜜酒って」
「はうあッ!?」
「え、エマさんッ!?」
再びひっくり返って絶叫。
大丈夫だろうか?
「大丈夫。ここには私もローザもいる。治療は任せて!」
ハティさんが自信満々でガッツのポーズ。
割って入るはローザさん。ハティさんにエア平手打ちをしてつっこむ。
「これね、治療術じゃ治らないから。お酒好きは自分でなんとかしなくちゃ。なんとかする気もないのだろうけど」
なんとかする気がないエマさんは目を白黒させながら語る。すごい勢いで。
「だってだって【黄金琥珀の蜂蜜酒】と言ったら1本で10万ピノはくだらない代物なんですよ。黄金琥珀の蜂蜜酒は10年前から製造販売が開始されたわけですが、その当時から世間の話題をかっさらい、琥珀の蜂蜜と共にグレンツェンの名を世界に周知させた要因の1つと数えられるほどです。その製造工程は極秘に包まれ、ごく一部のマエストロ以外は樽もお目にかかれないほど厳重に管理されている代物。元々、琥珀の蜂蜜の製造量が少ないことから、蜂蜜酒の製造は現実的ではないとされてきました。ヘラさんの施策で蜂蜜の採取量を増やしても、実験段階にこぎつけるのがやっとの製造量。それがやっと近年になって完成したわけです。最初は1本12万ピノで販売してましたが、年々、品質と量の向上によって値段の鎮静化を図ってもなお、一般市民には手の届きづらい代物です。しかも世界中に知れ渡ってしまったことから、各地のディーラーや愛好家たちがこぞって買い求めるようになり、一時は販売停止も検討された魅惑の蜂蜜酒。今は完全抽選式になって騒動は収まってます。しかしやはりその倍率は高く、年間に安定して250本を供給しているところ、昨年は263倍の倍率がつきました。ちなみに今年の倍率は既に300倍を超えています。ちなみにティレット様、ガレット様、ウォルフの名前も使って予約しています」
「超詳しいな……って、最後のところ、聞いてないけどッ!?」
エマさんからまさかのカミングアウト。
「お酒に対する情熱が凄いです。さすがです!」
「手に入ったらみんなで乾杯ね♪」
楽しみがわくわくなティレット家。黄金琥珀の蜂蜜酒で乾杯したなら、きっと忘れられない日になるだろう。
歓喜に湧く4人を横目に、ペーシェさんが疑いの目を向けた。
「ねぇねぇ…………エマって16歳だけどさぁ、絶対に未成年の時から飲酒してるよね?」
すかさずウォルフさんからフォローが入る。
「エマがそんな違法をしてるとは思えないけど、これはもう疑われても仕方ないレベル」
あんまりフォローしてなかった。
「ほへぇ? つまりとってもいい事なんだね。やったぁ♪」
「まぁ、1本手に入ったところで、この人数で飲み回してたら楽しめる量じゃなくなっちまうな」
「だね、もしかしたら2位と1位はもっとすごいかも。すみれちゃん、続きをお願い」
「あ、はい。2位はですね。目録20万ピノが10万ピノに減額。で、黄金琥珀の蜂蜜酒が
「ふはぁッ!?」
再度倒れるエマさん。
もうこの話しはやめておいたほうが良いのでは?
「しっかりしろ、エマ。とりあえず蜂蜜酒って聞いて興奮するな。マジで心配するから」
エマさんには前科がある。なので、ウォルフさんは心臓ばくばく。
2人の呼吸が整ったところで、続きを話します。
「えぇっと、黄金琥珀の蜂蜜酒がですね、3本です」
「「「「「3本……だと…………ッ!?」」」」」
驚きのあまり、みんなの心がひとつになった。
黄金琥珀の蜂蜜酒は1本750ml。これは一般的なワイングラス6~7杯相当。3本もあればみんなで仲良く楽しめる。狙っていくなら2位以上が理想。
サイレント上方修正のなんと大盤振る舞いなことか。昨年までは目録だけだったのに、今年からは付加価値の高いワイン付き。
それも運否天賦で手に入るか分からない代物が、自分たちの頑張り次第で手に入る。
チャレンジ精神を燻らせるやり方が実にヘラさんらしい。
全体の価値についても大幅上昇。現金の額は減ってるけど、お酒の値段を加算すると例年の倍額。
抽選をパスしてお酒が飲めるのもメリットが大きい。くわえて、我々のデメリットがない。
なんという棚から牡丹餅。否、ヘラさんから蜂蜜酒。やる気にさせる方法が美味い。
問答無用の大喝采。2位でこれなら1位はもっとすごいに違いない。5本か、10本か。期待に胸が膨らんで、普段からポーカーフェイスなルージィさんやアポロンさんも湧き立っている。
黄金琥珀の蜂蜜酒。
見たことも飲んだこともない魅惑の美酒。
こんなにも人を喜ばせられるものであるならば、是非ともお目にかかってみたいものです。
急かされるままに最後の発表。1位はなんと、目録30万ピノ、そして黄金琥珀の蜂蜜酒がひと樽。
黄金琥珀の蜂蜜酒がひと樽。
その言葉で、エマさんは声を上げる間もなく昇天。
ハティさんの必死の救命措置が始まった。
嵐の前の静けさとはこのことか。現実を受け入れられない一同は沈黙し、スマホの画面をのぞき込み、何度も口に出して復唱する。
本物だ。
間違いなく記述していた。
ならばつまり、夢ではない。
現実だ。凄い、マジでか、信じられない!
喜びの嵐が再来!
しかしきょとんとして動けない小鳥遊すみれ。喜びを共有したいのに、それがどんなものなのかが分からなくて困惑する。
樽ってなんだろう。
ボトルより量が多いのはなんとなく、みんなの表情からして分かった。ぽか~んと取り残されたみたいで居心地が悪い。
よし、エマさんに聞いてみよう。きっと詳しく説明してくれるに違いない。
「はッ! ここは誰ッ!? 私はどこッ!?」
「エマ…………感動していいのか、呆れるべきなのか、あたしはこんなに頭を悩ませたことはないよ」
「エマ……はぁ、無事だったんだね」
「それはこっちの台詞だ。代弁するな。なぁハティ、蘇生した際に頭がパーになるなんて副作用なんてないよな?」
「頭がパー? 頭でじゃんけんするってこと?」
「いや、大丈夫ならいいんだ…………それより、エマ、すみれが聞きたいことがあるって」
「え、えぇと、樽とボトルの違いってなんだろうって思って。お酒ってボトルとか、パウチに入ってるよね?」
エマさんの饒舌スイッチが入る。
「はい、その通りです。樽とボトルの違いですか。ありていに言えば提供形態の違いです。まずは製造過程を踏んで説明します。黄金琥珀の蜂蜜酒の場合、材料を樽の中に入れて、一定期間の間、熟成・発酵させます。一般家庭に届ける際に樽では大きすぎるので、持ち運びのしやすいボトルやパウチに分配して提供します」
「なるほど。小さいほうが持ちやすいもんね。パウチなんかもすっごく軽い」
息を吹き返したエマさん。
水を得た魚が如き饒舌。
「そうです。単純に量が多すぎるので、樽で提供される場合は業務用やワイン工房で試飲会が行われる場合です。ワインボトルは1本750mlが相場です。樽は225ℓ。ボトル300本分になるので、一般家庭では消費しづらいですし、その量になってしまうと値段が高くなりすぎて買えませんし売れません。そしてなにより――――――なにより、大きな違いは香りですッ!」
「香り?」
お酒の話しをするエマさん。
めちゃくちゃ楽しそうでキラキラしてる。饒舌は続く。
「そうです。樽に使われる木の香りがワインに移ります。それはボトルに入れても残りますが、時間が経つにつれて薄くなったり濁ってしまったりします。栓に使われるコルクの香りも足されて、樽の時に味わえる香りとは違ったものになります。それはそれでいいんですが、黄金琥珀の蜂蜜酒は、酒場のビール樽のように樽での販売・飲酒の機会は今のところありません。樽の状態で飲酒できるのはごく一部の関係者のみです。それが、売り上げ勝負で1位になれば、世界中の誰もが憧れる、樽状態の蜂蜜酒を、飲むことができるのですッ! それもひと樽まるまる楽しめるッ!! それこそ溺死するまでッ!!!」
「溺死はするなよ?」
ウォルフさん、本気のつっこみ。
感情豊かなエマさんは頬を紅潮させ、前のめりになるほど興奮する。
こんなエマさんは初めて見た。本当にお酒が好きなんだなぁ。ただただ感心する以外にない。
好きなことで溺死できるなら、それは幸せなことなのかもしれない。
死んじゃ嫌だけど。
でもそれほどまでに必死になれる。
そんな笑顔がとっても素敵。
つられてこっちまで笑顔になっちゃう。
頑張るぞって気合が入る。
やっぱり、エマさんがリーダーでよかったな♪
♪ ♪ ♪
今日も本当に楽しい1日だった。
朝目覚めて、明日のことを考えて不安になってしまった。今はもう、あわあわよりもドキドキが勝ってる。
ペーシェさんたちとおしゃべりできて、シルヴァさんたちと一緒にお昼を食べて、それからみんなで手を取り合って明日へ挑む。
明日はどんなわくわくが待ってるのだろうか。
今から胸の鼓動がばくばくです!
「上機嫌ですね、すみれさん。何かいい事があったんですか?」
楽しいを共有したいアルマちゃんも楽しそう。
食卓の準備を済ませて料理の到着を待つ。
「それはもう、全部ぜぇ~んぶ、楽しかったよ! ペーシェさんとのおしゃべりも楽しかったし、お昼ご飯もみんなで丸くなって、オーッ、ってやったのも。今はどんな晩御飯がでるのかなぁって、楽しみ♪」
今日はアルマちゃん、キキちゃん、ヤヤちゃんの3人が厨房にたってくれた。
3人の“大好き”を堪能させていただきます。
「ふっふっふっ。いつもはすみれさんにもてなしていただいてばかりですからね。たまには我々も腕を振るわないとバチが当たってしまいます。さて、本日のメニュー。まずはライ麦パン。次にクラムチャウダー。ささみのチーズ巻き。ニラレバ炒めです」
「クラムチャウダーはキキが作ったんだよ。なので何の変哲もなく、普通においしいです。ライ麦パンはカントリーロードのパン屋さんのものなので超おいしいです。どやっ」
「アルマはもちろん、ニラレバ炒め。普通においしいです。どやっ」
「ささみのチーズ巻きは私の自信作です。アーモンドチーズを大葉で巻いて、それをささみ肉で巻いたものです。普通においしいです。どやぁっ!」
「「普通においしそうっ!」」
いい意味で裏切られた2人。
悪い意味で裏切られたヤヤちゃんはじっとりと2人を見た。
「…………あのですね、食べられないものを作ったことはないはずですが?」
「ヤヤも料理が上手。みんな凄い!」
「ハティさんの料理もおいしいです。大きさがハティさんサイズでいつもびっくりします」
「大丈夫。食べられなかったら、私が全部食べる。食べ残しはしないっ! どどどやぁっ!」
「さすがです、ハティさん!」
「「(さすがなのかなぁ?)」」
いただきますをして、ごちそうさままでとっても幸せ。
鼻歌まじりで湯舟に浸かり、きらきらお星様とおしゃべりタイム。
おやすみ前のホットミルクを飲み干して、素敵な夢の中へ一目散。
寝ても起きても忙しい。
ああ、なんて素晴らしい日和かな♪
エマが恐ろしく饒舌になりました。
誰だって好きなものの話しになると前のめりになって話し込むものです。
でもあんまりがっつきすぎられるとスルーされるので要注意です。
次回は、今回晩御飯を作った3人のお話しです。




