寝ても覚めても忙しい 2
世間話に華を咲かせて、いざ予約席へ着席します。
スパイスの香るナマスカール。店主の故郷・ナマス国の伝統工芸品が飾られていて、訪れる人々を明るくエスニックな空気に包み込む。
カラフルな糸で編まれたタペストリー。
神仏を象った木彫りの像。
照明やインテリアも異国情緒に溢れ、見るだけで時間を忘れてしまいそうになる。
そしてなんといっても目をひくのが、店内のど真ん中に置かれた小さな蓮の池。流れる水は涼やか。今はまだ葉だけが水面に浮かんで顔をのぞかせる。
これが夏前になるとかわいらしく、かつ華やかな花びらをつけるのだ。
その姿は花言葉の通り神秘的で美しい色合い。今からとっても楽しみです!
「ようこそ、おいでくださいました。わたくしはナマスカールの店主の娘で、アイシャ・ハリッシュと申します。誤発注の件では本当に助かりました。今日も試食していただけるということで、感謝の念が絶えません」
ミステリアスで理知的な、蓮の女神様みたいな女性が現れた。
伝統的な衣装が非日常感を演出する。
「こちらこそ。わざわざ呼んでくれてありがとう。当初予定していた人数より多くなったけど、大丈夫?」
「ええ、もちろん。沢山の人に食べてもらって、沢山意見をもらえると助かるわ!」
笑顔の素敵なお姉さん。褐色の肌と優しそうな目元、金髪碧眼がチャームポイントの少し背の高い女性。長い前髪を左右に分けて、後ろで結んで三つ編みにしてる。
立ち居振る舞いもすらっとしていてかっこいい。
やっぱり長髪っていいなぁ。ルーィヒさんも長い髪をサイドテールにしたり、シニヨンにしたりとおしゃれの幅が広い。
手入れがたいへんだと言ってたけど、私ももっとおしゃれがしたい。
よし、髪を伸ばそう!
シルヴァさんとアイシャさんは同い年ということもあり、幼い頃から両親が出席する飲食組合の会合などで顔を合わせるうちに仲良くなったのだとか。
今日までずっと仲が良く、グレンツェンの美食を求めて仲間と一緒に食べ歩きをしてるらしい。私も参加したい。
すぐに用意すると厨房に隠れたアイシャさんの背中を見送って、ヤヤちゃんがぽつりとひと言。
「『アイシャ』という名前の人は料理好きな人が多いのかなぁ」
なんでも、ヤヤちゃんの故郷にもアイシャという名前の女性がいて、その人も料理が大好き。
ヤヤちゃんの故郷の食堂の料理長をしているとのこと。しかも私たちと同い年。
それはなんというか、ぜひお会いしたいです。同い年というだけで、なんだか特別感を感じちゃう。その年に同時に生まれるって、それだけで運命的な出会いを感じる。
そう考えると、ペーシェさんやルーィヒさんたちと知り合えたのは運命としか思えない。運命的な出会い。なんだかとっても素敵な響き。
おまたせしましたと滑り込んだ皿には、春巻きのような姿の揚げ物。
こんがり揚げられておいしそう。中には何が入ってるのだろう。
今年のフラワーフェスティバルの屋台で提供するというテイクアウトのカリー料理。
今年は2種類を提供予定。全粒粉を使ったロティの中に挽肉たっぷりのドライカリー。ここまでは共通していて、一方はチーズを入れてコクをプラス。もう一方は角切りされたニンジン、カボチャ、レンコンを混ぜて野菜の旨味を足し算。
お肉の旨味とチーズor野菜。
説明を聞いた瞬間に彼女の情熱を理解した。
鼻をくすぐる香り。
カリカリのロティとスパイシーな具がお口の中でランデブー。
おいしくってほっぺが落ちてしまいそうです♪
スパイシーなカリーに抜群の組み合わせ。小麦粉を使った香ばしいナンも良いけれど、揚げてパリパリにして生地の香りを楽しむならロティが良いと、あえて癖が強いとされる全粒粉を選択。
汁気の少ないドライカリーのチョイスもさすが玄人。テイクアウトの最適解。
揚げたてパリパリのロティ。
弾力の強い挽肉。
スパイスたっぷりのカリー。
とろ~り伸びる金色のチーズ。
噛むほどに甘味がにじむ角切りの野菜。
どれをとってもおいしいのひと言。
それと、かすかに香るかぐわしい匂いは……?
「むむっ! これは、乾燥させて細かく砕いたローリエの葉が入ってる。かすかだけど、ふわっと香るこの感じ。相当研究してる (すみれ)」
「分かる!? そう、そうなの。ローリエはスパイスのひとつで、香りづけと肉の臭み抜きに使うんだけど、今回はローリエの香りを活かしてみたくって、実験的な意味も込めて試行錯誤したの。普通は材料を鍋に入れた時に一緒に葉を入れるのだけど、今回は、それこそ砂粒くらいにすり潰して、量を調節したり、入れるタイミングを変えてみたりと色々考えてみたの。この微妙にふわっと、無意識レベルで感じる絶妙な匙加減が難しくって、検証するのに半年かかっちゃった♪ (アイシャ)」
「半年。とんでもない執念なんだな。うまうま (ルーィヒ)」
「凝り性とは聞いてたけど、半年って凄いな。プロセスが気になる。うまっうまっ (ペーシェ)」
「分かります。よりおいしいものを作りたいと思うのが料理人ですッ! (ヤヤ)」
「ヤヤちゃんに言われるとすごい説得力なの (ヴィルヘルミナ)」
「素晴らしいわ、ヤヤちゃん! (シルヴァ)」
密度と満腹感の強い揚げ物。本番で提供する予定のものとは違い、試食サイズということで半分の分量。
でも2つ食べたので実質1個まるまる。おいしいのでぺろりとたいらげた。
総じて高評価。食べ慣れないレンコンについては賛否両論。だけど、甘い野菜ばかりだと、味が単調になるかもということで入れた変化球。
試食という名目でありながら、ここまで考えて作った料理を私たちがどうこう言っても、アイシャは変えることはないだろうという旧知の仲の言葉で会話が変わった。
結構なボリュームだった。でも個人的には少しだけ物足りない、というのも計算しての分量。
物足りないと腹を鳴かせて、だったらさっき食べたものと違うものを食べようと、もう一方を食べようと思わせて売り上げをアップすることが目的だった。
なんという商魂の逞しいことでしょう。本当に徹底してる。
白鳥のように優雅に、しかし足元でしっかり努力をする。
そして心は機械のよう。
機械仕掛けの美しい白鳥のようだ。
ともあれ、お腹の虫が寂しがり屋さんな私たちは、メニュー表を眺めてパーティー料理に飛びついた。
4種のカリー、素揚げの野菜盛り。色彩鮮やかなディップカリー。
食べやすいサイズにカットされたパプリカやカボチャが素揚げになって盛り付けられ、それらをカリーにディップしながら食べるというもの。
色とりどりの旬の野菜をカラッと揚げ、4種類のカリーにつけて食べる。
ちょっぴり辛めなキーマカリー。マイルドなバターチキンカリー。などなど、ルーと野菜を楽しめるパーティーメニュー。しかもルーは32種類もの中から選べる。1種類300ピノで追加もできる。
生野菜やサラダのオプション付き。見た目も映えておいしいと、最近話題の新商品。
目を輝かせ、我先にと争奪戦♪
お腹いっぱい胸いっぱい。たらふく食べて両の手を合わせた頃には13時を迎えようとしていた。
時間を忘れて食事を楽しむほど、みんなとの会話は楽しくてキラキラしてる。
さぁさそろそろ戻りましょうかと、シルヴァさんの号令でアイシャさんに手を振って、ナマスカールをあとにした。
「いやぁ~おいしかったんだなぁ~。カリーってグレンツェンでは異国の料理だけど、ナマスカールのおかげで、すっかり市民権を得てるんだなぁ (ルーィヒ)」
「そうですね。聞くところによると、オープンしたばっかりの頃は色々と大変だったそうですよ。香りが強いので、匂いの届く近隣の店からは苦情が多かったとか。でも店主さんの人柄の良さもあって、お店はすぐに繁盛しちゃったんですって。もちろん、料理がおいしいからというのもありますが (すみれ)」
「まぁテナントが大図書館の1階の時点で繁盛はほぼ確約されてるの。あそこは市が運営する施設なわけだし、グレンツェンの顔でもあるの。一等地を勝ち取るためには厳正な審査があって、審査に通らないと、いくら高額なテナント料を提示されても受け付けないの。定期的に品位を確かめる覆面調査なんかも入っててたいへんなの (ヴィルヘルミナ)」
「え、そうなの!? つまりあそこに並んでる店は、市が審査したうえで入ってるってことか。それは知らなかった (ルーィヒ)」
「しかもヘラさん基準で。噂では相当厳しいらしいわ。ヘラさんってそういう細かいところは厳しいから。ゴミの分別しかり。環境問題しかり。従業員同士の仲がいいかとかも採点されるみたい (シルヴァ)」
「それはまた。ヘラさんらしいと言えばらしいんだな (ルーィヒ)」
「ヘラさんは優しくて面倒見がいい人だと思うけど、他人に厳しかったりするのかな? (すみれ)」
「実際優しいし、うちらの事をしっかり気にしてくれるよね。企画して丸投げしてるみたいって、すごく申し訳なさそうにしてた。とりあえず、プライベートと仕事の切り替えは落差あるっしょ。あたしたちの前では子供っぽく振舞ってるけど、あれは多分、あたしたちに合わせてそんな風に演技というか、意識的に語り口を変えてくれてるんじゃないかな。向こうは意識しなくても、やっぱりこっちは『偉い人』と思って遠慮しちゃうかもだから。素を楽しみたいんだと思う。それでいて、年上の貫禄というか、カッコイイ大人の背中はきちんと示す。って、気をつけてるんじゃない? ただまぁ、見た目は本当に詐欺だけどね (ペーシェ)」
それはちょっと思います。
下手をしたら私たちと同じくらいにしか見えない。
小じわのひとつも見つからない。ローザさんが、『もう少し老けてほしい』と望むのも無理はない。姉妹に見られると、自分が親より老けてると思われるから。
いくら成熟した女性が理想の女性像のひとつといえど、親と比べられるのはキツイそうです。
「あぁ、マジでボクたちと同い年か、下手をしたら年下に見えるんだな」
ルーィヒさんは苦笑い。
「特殊な体質だって噂されてるけど、真実は今だ闇の中ね」
シルヴァさんも苦笑い。
「40歳になってるのに、どうやったらあれだけの肌のツヤを維持できるのか知りたいの。ヘラさんなら『毎日が青春だからッ!』とか言いそうだけど」
ヴィルヘルミナさんの言葉にみんなが相槌を打つ。
「「「言いそうっ!」」」
他愛のない談笑の中でヘラさんの過去が話題になる。
お祭りの形態を改革し、反対もあったけど乗り切って、さらに大きなイベントへと昇華したこと。
環境問題が軽視された時代、率先して面倒と思える取り組みに着手したこと。
それまであった学校教育の在り方を見直し、個人が自分の夢を抱き、叶えられるように努力したこと。
ひとつひとつ手に取って、彼らは武勇伝のように語らった。
そして最後には決まって『グレンツェンの市長がヘラさんで良かった』。そう締めくくる。
なんだかそれって、とってもすごいことなんじゃないだろうか。
本人のいないところで、その人を褒めてくれる人がいるだなんて、とっても胸の熱くなるような思いになる。
ヘラさんと出会った時からそうだった。
いつもニコニコ笑顔。手に取る温もりは優しくて、背中は小さいけど見上げるほどに大きくて。あぁ、きっとこんな人が素敵な女性なんだなって、憧れた。
そう、これは憧れ。
こんな人に自分もなりたい、目指したいという憧憬の想い。
カッコいい大人の女性になって、それから――――それから、私はどうしたいんだろう?
今はまだ答えが出ない。でも、ゆっくりでも、着実に、前へ進めば、見つかるはず!
なんだかやる気が出てきたぞぅっ!
1人で納得して、1人でガッツポーズを作って、『1人で何やってんの?』と面白そうに顔を覗く4人。
ちょっぴり恥ずかしくなって頬が赤くなっちゃった。




