寝ても覚めても忙しい 1
今回は小鳥遊すみれ視点で進むお話しです。
グレンツェンはおろか、育った島から出たことのなかったすみれ。
見るもの感じるもの全てが新鮮で色鮮やかに映っていることでしょう。
今回はそんな彼女の前で【好き】をエマが炸裂させます。
やりたいことを探しているすみれは、やりたいことを見つけられるのでしょうか。
以下、主観【小鳥遊すみれ】
今日は朝からガタンゴトン。フラワーフェスティバルのため、シルヴァさんと一緒にキッチン周りの資材の確認。それからお昼ご飯を一緒に食べようと誘いました。
なにせわたくし小鳥遊すみれ。ご飯を食べに行くことはあるけれど、お店の中に入って、誰かをもてなすだなんてことはしたことがない。
なにが起こるか分からない。
不安で不安で仕方がないのです。
だから少しでも安心するために、もう少し当日の動きの練習をしておきたいのです。
それにもしかしたら、不測の事態が起こって他の人のフォローに入らないといけない、なんてこともあるかもしれない。
そういう時になってあたふたすると困るから、そうなった時に代打が回ってくるであろう、食洗器と調理場の資材確認をしておこうということなのです。
ご教授いただくかわりにお昼ご飯を提供しますと申し出ると、タイミングの良いことに、シルヴァさんの友達が作った料理を試食してくれる人を探してるとのこと。
それはフラワーフェスティバルの屋台で出す新作料理。
世界中から人が来るものだから、できるだけグレンツェン生まれでない人に試食を頼もうと考えたらしい。
運のよいことに互いの利害が一致。くわえて、アルマちゃんたちもキッチンの倉庫に空中散歩で使う資材を収めに行くということで、ランチの招待をいたしました。
ナマスカールの新作料理が食べられる。昨日からテンション上がりっぱなし。やったやったと飛び跳ねた。
一番乗りとキッチンへ飛び込んでみると、シルヴァさんとヴィルヘルミナさん。学芸員のペーシェさんとルーィヒさんが待ってた。
扉を開けて大声で叫んでしまい恥ずかしい。
シルヴァさんは小さく笑って席を立つ。
「すみれちゃんは相変わらず元気ね。さて、さっそくだけど、使い方も含めてキッチンの中を再確認しましょう」
「あ、ボクたちもいいですか? 一応見ておきたいので」
ルーィヒさんも席を立って横に並ぶ。
「もちろん。いざという時に知ってると知らないのとじゃ、全然違うから」
厨房に入って探検だ。
食洗器は業務用ということもあってとてつもなく大きい。上下で2段になってる。
厨房はIH対応のものと直火が噴き出すものの2種類。キッチンで使うものはオープンキッチンということもあって、直火が噴き出すガスタイプ。
屈強な男子が鉄鍋を振るって炎の芸術を描き出す様は、人々の食欲をかきたてることでしょう。
冷蔵庫は相変わらずの肉の壁。だいぶん減ったとはいえ、景色はいまだ鯨のお腹の中を思わせる。
なんとか発掘した棚の上には、小分けにされた肉のトレーが並んだ。予定ではアダムさんがトレーを取り出して、鍋を振るう3人へ配給する手筈。
さっと渡して鍋に放り込めるように工夫された。
夕方になると部屋の中は暗くなるから、照明のスイッチの位置も要確認。
テーブルに備え付けられてる調味料のストックも、きちんと並べて準備万端。
…………思っていた以上に、早く終わった。
効率を求めた現代科学とは素晴らしい。機械なんかは特別な知識がなくても、スイッチひとつで簡単操作。
もともと食堂として機能していただけあって、すでに環境整備された棚。おかげさまで右も左も分からない少女でも、だいたい見れば分かるように仕上がっている。
これを考えた人は超凄いっ!
初見のルーィヒさんも安堵のため息を漏らす。
「もっと難しい機械とか設備とかあるのかもって思ってたけど、これならボクでも操作できるんだな。食洗器とか食器を入れてボタンひとつとか、楽勝なんだな」
「はぁ。すごいです。スイッチをひねるだけで火が点くなんて。故郷では薪を割って火を焚いて吹いて、すごい大変だったのに。シェアハウスもそうだけど、グレンツェンの道具は全てスイッチで火が点くのでしょうか…………」
驚く私の言葉に、シルヴァさんが驚いた。
「ま、薪ッ!? すみれちゃんの実家って随分と古風なのね。今時、薪で料理する家庭なんてないと思う。ここで薪を使ってるところがあるとすれば、ヘイターハーゼの窯焼きピッツァくらいじゃないかしら」
衝撃の雷が額に落ちた。
なんて便利なんだろう。
わざわざ薪を割って、火を点けてをしなくても料理が作れる。つまりきっと、お風呂だってそうに違いない。
料理をしたあとの火の点いた薪を、風呂場用の窯まで移動させなくてもいいということ。
なんて便利なんだ!
いつかきっと、この設備を故郷に持って帰ろう。
そうしたらおじちゃんたちの生活がもっと豊かになるに違いない。
頑張って勉強して、私を育ててくれた3人に喜んでもらいたいな。
さて、お昼まで時間ができてしまった。なのでペーシェさんたちのお仕事の手伝いをしようと思います。
まずは張り紙。どこにどう並べればよいか、何をどう使うのかを視覚的に理解できるように工夫されたピクトグラムが描かれた紙を並べて張り付ける。
このお方には私もたいへん助けていただきました。
故郷の島から船を降り、空港からトイレに至るまで、どこにでもいて、いつでも私を助けてくれる心強い味方です。
万国共通のそのお方は、それこそ世界中にいて、多くの人々を手助けしてるというのですから頭が上がりません。ありがたや。
次にお客様役になって案内の練習。
入り口から入ってコカトリスの頭の剥製。
コカトリスの剥製は無料で剥製にしてもらう代わりに、お祭りが終わったあとに剥製屋さんに譲渡するという条件で作ってもらった。
なのでドント・タッチ。
壁面にはキッチンのみんなで歩んできた道程が広がる。
中盤には大きな鯨。2階の天井まで広がる鯨の頭からは、立派な角が生えている。実物の角。ハティさんが記念にと言って、狩猟した白鯨の角のさきっちょを譲りうけてくれた。
研磨され、つるつるのてらてらに輝く白鯨の雄。
白い角はお触り可。来場してくれた人にも触ってもらい、少しでも楽しんでもらいたいという意図なのです。
見上げるほどに大きな壁画。実物はもっと遥かに大きかった。彼の姿を見るとあの日の優しい眼差しを思い出す。
思い出して、なんていうか、うまく言葉にできないけれど、涙が出ちゃう。
「ちょ、すみれ、大丈夫? どうしたの、いきなり (ペーシェ)」
「す、すみません。彼を思い出すと、なんだか涙があふれちゃって、言葉にできないんだけど、胸が熱くなるの (すみれ)」
「あぁ、ボクも思い出すよ。なんていうか、とっても優しい瞳をしてたよね。だからこそ、ハティさんは前祝の時に『命に、感謝を』ってね。きっとその胸に抱く熱は大事なものだから、大切にしよう (ルーィヒ)」
「はい……っ! (すみれ)」
「たっだいま戻りましたぁ~♪ って、どうしたんですか、すみれさん。何かあったんですかッ!? (アルマ)」
買い出しを終えたアルマちゃんたちがキッチンに帰ってきた。
彼女たちはお祭り当日分の物資の買い出しを雑貨屋さんで済ませ、キッチンの空き倉庫を資材置き場として利用していた。
家から運ぶのでは遠いし重くてしんどい。図書館の地下倉庫もあるけれど、当日は他の人たちもいてごった返す。
それに彼らの出動時間は日の出よりも早い。地下倉庫の解鎖時間よりも朝が早い。
そういう理由で、キッチンの空き倉庫を使う運びとなったのだ。
あわてふためくアルマちゃんたちに大丈夫と説明して、時計を見るとお昼前。そろそろお腹の虫も泣き出すぞと、一同は顔を見合わせてランチへ向かう。
お花の咲く花壇。まばらに飛び交う蜂の音色。そういえば、昨日のお昼に重大発表があるってヘラさんが言ってたっけ。
噂では、売り上げ勝負の景品が変わるとかなんとか。一番になるのはいいことかもしれない。だけど、初参加で初体験で、それどころではない私にとってはあまり関心がない。
それより気になるのは、アルマちゃんとヴィルヘルミナさんの仲の良さ。
2人はいつの間に仲良くなったのだろう。ちょっと気になる。
「アルマとヴィルヘルミナは前祝で会ったのが最初ですね。同い年ですし、空中散歩をヴィルヘルミナの実家のケーキ屋さんでやりたいって言われて、そこから話しが盛り上がったんです。ねっ!」
「ですです。お菓子を食べて、空中散歩だなんて、とってもファンシーでゴッドです。ベイの屋根はカラフルだし、歴史を感じる趣きもある。きっと空から見渡したらすっごい綺麗なの。大図書館から見るのもいいけど、きっと見え方とかも違って素敵かもって相談したの。ねっ!」
2人仲良くハイタッチ。いつか叶えるであろう夢の舞台を思い描いて、『まずは企画を成功させるぞ』とガッツのポーズ。
空からグレンツェンの景色を一望する。
なんて心躍る響きでしょう!
妄想に花を咲かせて胸がふわふわしちゃうのは私だけではないらしい。
ペーシェさんも、ルーィヒさんも、シルヴァさんだって女の子。
空を見上げて妄想を描いた。
「あぁ~それ、すごくよく分かる。ベイの街並みをついつい見上げながら歩いちゃうよね。それを空から見渡すかぁ。いいねぇ。グレンツェンは四方がそれぞれ違う役割を持った地域だから、場所によっていろんな景色が楽しめるかも (ペーシェ)」
「グレンツェンもそうだけど、ボクはベルンで空中散歩してみたいんだな。あっちは北側に海があるから、地平線にきらきらの海が見えて、きっととっても綺麗なんだな! 故郷の田舎街も空から見てみたいんだな (ルーィヒ)」
「いっそのこと、世界一周できたら素敵ね。気流任せでしゃぼん玉に乗って世界旅行。考えただけでもふわふわぁ~ってなっちゃう! (シルヴァ)」
「世界旅行…………いいですねッ! 最高ですねッ! (アルマ)」
「世界中を旅行かぁ。いろんなところに行ってみたいなぁ (すみれ)」
世界中の料理を堪能したい。それはヤヤちゃんも同じ気持ちみたい。
「私は世界中の料理が食べたいですね。特に秘境の
「お昼前にそれ以上は言わないッ!」
ヤヤちゃんの言葉をキキちゃんが防いでかわいいプチ喧嘩が始まった。愛らしい2人を仲良しさんだと微笑む私たち。仲良きことは素晴らしきかな。




