楽しまなくっちゃ 5
以下、主観【アルマ・クローディアン】
夕刻。小一時間もすれば晩御飯。
シェリーさんに抱き着いて離れないマーガレットをなんとか説得。憧れの君は帰路へついた。
よかったら晩御飯を一緒にと誘ってみたけど、『明日も仕事がある」と残念ながら断られてしまう。
もっといろんなことで、主に魔法関連のことでお話しがしたかった。
でもまぁまた機会はあるよね。
シェリーさんは大人だから、くどく勧誘をしないように自制していた。
なんとかして宮廷魔導士にさせられないかと始終頭を悩ませていた様子。
アルマは宮廷魔導士になる気はない。だけど、宮廷魔導士が所属するレナトゥスには興味がある。どうにかシェリーさんの紹介で、レナトゥスに潜り込んで魔法の実験とか図書館に行ってみたい。
魔法のことを専門的に研究している機関であれば、一般では公開されてないような素晴らしい魔導書などがあるかもしれない。ふふっ、ちょー楽しみ。
問題はどうやって招待されるかだが、それはまた考えておこう。
ゆきぽんをちらつかせれば釣れるかもしれないな。今後に備えて作戦を練っておかねば。ふふふのふ♪
「アルマちゃん、なんだか楽しそう。いいことあったの?」
「はいっ! 今日は大収穫です。いい事しかありませんでした。もう怖いくらいです♪」
「そうなんだ。それはとっても素敵だね」
「素晴らしい1日でした。すみれさんたちのほうも打ち合わせがあったんですよね。キッチンのほうはどうでしたか?」
「私たちのほうも順調……かな、多分。こういうことって初めてだから、どうなのかなってちょっと分からないけど、とにかく私に任されたことを全力で頑張るっ!」
「気合いが入ってますね。ちなみに何を任されたのですか?」
「オーブンの管理とチケットを貰って食べ物を渡す係りですっ! ふんすふんす!」
「それはとっても重要なお仕事ですね。頑張ってください!」
配役はエマさんが中心になって決めたと聞いている。さすがエマさん、よく見てらっしゃる。
オーブンは早すぎても遅すぎても食べ物の味が格段に変わってしまう、時間管理の難しい代物。焼き具合などを見極め、窯を開ける経験からくる目利きも必要。
家族で食卓を囲むならいざしらず、お店となると素人には任せられない。
玄人のシルヴァさんとすみれさんのチョイスは最強のカード。
しかも笑顔が素敵なこの2人。受付にはもってこいじゃないですか。きっと行列に並んで待たされた客の不満も吹っ飛びます。
人の振り見て我が振り直せ。かくして、我々はどうだろうか。
ライラックとマーガレットは花屋の手伝いで接客はお手の物。
キキちゃんとヤヤちゃんは暁さんの英才教育により、大抵の事態には対処可能。特にヤヤちゃんには固有魔法もある。
ギルドマスターの後釜にする予定のキキちゃんも幼くも賢く、視野が広い。彼女はそれを無意識でやってるわけだが、そういう風に育ててる暁さん、本当に怪物ですわー。
ことあるごとに教育の重要性を語る暁さんには頭が上がりません。
さて、こうなってくると問題は、当然、バカ野郎2人。
さすがに啖呵を切って挑んだ挙句、フルボッコにされただけあって、今のところは絶対服従してくれている。
問題は起こさないだろうけど、問題が起こった時に対処できるかどうかが心配である。
そこはまぁ、工房の人たちにヘルプしてもらえるように手配していた。
あぁ、とはいえやはり無条件に不安だ。イッシュとネーディアってだけで心配だ。
ホットミルクをひと含み。心を落ち着かせてため息をもらす。はふーっ。
「アルマ、悩んでる?」
「あ、いいえ、悩んでるというか、やっぱり本番が近づいてくると心配になってくるというか、万全は期しているつもりなんですが、大丈夫かなって不安になると言いますか」
「大丈夫。アルマなら何が起きてもへっちゃら。キキもヤヤもいる。みんなもいる」
「そうだよー。お祭りは楽しむものなんだから、楽しんでいきましょ~う♪」
「大丈夫ですよ。工房の方々もいらっしゃるわけですし、多少の不安はあるかもしれませんが、みんなでフォローしあっていきましょう。きっとイッシュさんとネーディアさんのことを気にかけていらっしゃるのでしょうけど、あの2人には予定通り、整列の案内と広報をしていただければいいんです。ただの作業ならアホでもできます」
「ヤヤちゃんって、結構ドライなところがあるよね」
「そうですか? 私はただ、非効率的なアホが嫌いなだけです」
嗚呼、暁さんがヤヤちゃんに『無駄だと思うことをやってきなさい』と言った理由が分かった気がする。
ヤヤちゃんの固有魔法は見たもの全ての状況や状態、それが何なのかが分かるもの。ゆえに、目的を達成するうえで最も効率的な選択肢を選んできた。
それが最善と、それが美しいと信じて。
だからこそ、彼らのような感情任せにオラオラしている輩の気持ちが分からない。
受け付けられない。
認められない。
そこはアルマも同じなので、気持ちはすんごいよく分かる。
暁さんは、そういう人もこの世にはたくさんいて、『拒絶ではなく容認していかなくてはならないのだよ』と言いたかったのだろう。
それを聞いた時のヤヤちゃんは絶望するほどに嫌そうな顔をしていた。
けれど、暁さんの言うことならばと渋々頑張ってみると目を逸らしていた。
今のところは……うん、暁さんの真意を理解するのはまだまだ先のようだ。
とはいえアルマも効率厨。それが悪だというわけではないけれど、そうでない人が悪のように感じることもあるから要注意。
人の振り見て我が振り直せ。この言葉を胸に留めておかねばなるまいて。
お風呂上りにホットミルク。すみれさんお手製のハーブクッキー。
アイスボックスクッキーの上にミントの葉っぱをくっつけて、数秒焼き直したおしゃれお菓子。
アップルミント、パイナップルミント、グレープフルーツミントのいい香り。
焼きたての香ばしく甘~い小麦の香りとミントの爽やかな蒸気が心をくすぐる。
「オーブンの使い方の確認ついでに作っちゃいました。上手にできたかな?」
「すっごいおいしいです。ハーブに予熱が入っているせいか、鼻を近づけるとふわっと香ってくるところとか最高です。ゆきぽんも食いついています」
「あらら、ゆきぽんは食いしん坊さんだよね~。育ち盛りだもんね~。でもヤヤちゃんたちの分も残しておいてあげてね」
そう言い残してキッチンの片付けに取り掛かった。
すみれさんはいつもにこにこ楽しそうだなぁ。日々是好日というか、不安というものがないのだろうか。
いつも一生懸命で、いつでも未来にわくわくしてる。羨ましくもあり、少し不思議だった。
彼女の出自がそうさせるのか、単純にそういう性格だからなのか、答えはどちらもなんだろうけど、せっかくなので単刀直入に聞いてみる。
「すみれさんって、いつでもどこでも楽しそうですよね。不安になることってないんですか?」
「不安になること? そんなのいっぱいあるよ。でもあんまり考えないようにしてる。いい事が起こるように起こるように、神様にお願いしてる。もしかして、アルマちゃんは今、不安?」
素直に心を開こう。
ぶっちゃけ胃が痛いです。
「柄にもなくというか、ちょっぴり不安です。上手にできるかなぁ~とか、トラブル無く終わるかなぁ~とか、最近はちょっとはわわわってなっちゃうんです」
「だぁ~いじょうぶだよ。アルマちゃんならきっと大丈夫。それに『大勢の人が集まって、トラブルが起きないなんてありえない』ってヘラさんも言ってた。だから、そういうのも全部楽しんじゃえって教えてくれたよ?」
「『トラブルも』ですか。そうですよね。何も起こらないほうが不思議ですよね。ありがとうございます。なんだか勇気が湧いてきました」
「大丈夫です。我々ならきっと良い結果が出せます。訪れる人を (もぐもぐ)みんな笑顔にして (もぐもぐ)してあげられます。みんなで頑張りもぐもぐっ!」
「あ、ありがとう、ヤヤちゃん」
「こらーっ! 食べながらしゃべらないのっ!」
そうだよね、アルマにはみんながいるもんね。
くよくよ考えても仕方がない。
今できることをして、せいいっぱい楽しまなきゃ。
だってお祭りなんだもん。楽しまなくっちゃ損だよ損!
ホットミルクをひと口飲んで、ミントクッキーをぱくり。
幸せな甘さが口いっぱいに広がって、なんだか心まであったかくなってきちゃった。
よぉ~し、本番まであと少し。
絶対成功させちゃうんだからっ!
役に立てなかったといいながら、なんだかんだで重要なことをやってのけるシェリー騎士団長。彼女はそういう星の下に生まれています。正しいと思ったことならどんなことでも好転するやつです。紅暁と同族です。
本番に向けて時間も無い中、さらにブラッシュアップを仕掛けるという意欲の高さ。クオリティよりも時間厳守が優先される世の中で、やりたいことをやりきることがどれだけ幸福なことでしょう。
結局は人と人との繋がりだと思います。ご都合主義のように聞こえるかもしれませんが、結局は人脈です。人ひとりで何もできないわけではありませんが、一人より二人の方ができることが多く、かける時間は少なくなるわけです。アルマはその辺のことを暁の仕事を通してよく分かっているので、人との繋がりを大事にしています。よくできた十五歳です。
社会人の仕事はクオリティの確保はもちろん、最重要なのは時間です。期日までに間に合わせることです。いいものができても間に合いませんでしたは許されません。塩梅を調整できる能力が必要です。
アルマはどこまで着地点を伸ばせるでしょうか。乞うご期待です。




