楽しまなくっちゃ 4
検証も終わり、不安も払拭したところでお昼の時間。
ヘラさんと待ち合わせをしたパスタ専門店・ツイストファリーヌ。
パスタとは小麦粉を使った麺料理であり、スパゲッティのようなロングパスタ。マカロニのようなショートパスタの2種類に大別される。
個別の種類で計上すると、500種類以上のパスタが存在した。
長さ、形、捻り具合。事細かに名前のあるパスタは、長い歴史の中で多くの人々に愛されてきた証。
グレンツェン大図書館の1階部分に構えているツイストファリーヌ。特徴は野菜を練り込んだパスタ。
かぼちゃ、ほうれん草、山芋などなど、麺に練り込むことにより、小麦と野菜の味を楽しめると大人気。
伝統的なパスタ料理から創作料理まで楽しめる。お値段もリーズナブル。軽食にはもってこいのタヴェルナ。
1人分の支払いを受け持っても気にならない。いや、金額でお店を決めたわけじゃない。本当に来てみたかったところなんだ…………本当だぞ?
メニュー表を広げると、カラフルな文字と切り抜きされた写真のポートフォリオが現れた。見てるだけでも楽しくなってしまう。食べる前からわくわくさせる工夫が随所に織り込まれている。
カラフルでゴシックな絵面とにらめっこするマーガレット。真剣に悩む姿が愛らしい。
「ツイストファリーヌのパスタは種類が多くて迷っちゃいます。形も味も料理の組み合わせもいっぱいで楽しいです。シェリー様は何になさいますか?」
「そうだな。ほうれん草を練り込んだマカロニに、粉チーズをふんだんに使ったサラダと、それからカボチャのスープにしようかな」
「わたしもシェリー様と同じものにしますっ!」
「そうか? あとだな、その、シェリー『様』っていうのはやめてもらえないだろうか。少し、いやかなり恥ずかしくて」
「シェリーお姉様っ!」
「「「「「「「おいおい…………」」」」」」」
『様』をとって欲しかったのに、余計なものがくっついた!
無条件に慕ってくれるのは嬉しいのだけど、実の姉が目の前にいるからその呼び方はやめてくれ。
妹の性格を知っている理解ある姉は、やれやれと肩を落としてメニュー表を広げなおした。落ち着いている。慣れてるようだ。
しばらくして1人ずつ、目の前に並べられる料理をみんなで鑑賞しながら、どれもこれもおいしそうだと唸っていく。
卵たっぷりのカルボナーラ。
トマトとバジルの冷製パスタ。
付け合わせのチキンフリットやスープもとってもおいしそう。
おいしいご飯を前にして、せっかくヘラさんのいる食事ということで、気になっていた話題を振ってしまった。
それは先日、突如として起こった魔導災害警報レベルレッドの件。
報告では、個人の暴走によって内側から破壊行為があったものの、悪意あるものではないと判断されたために緊急避難にまでは至らなかったという。詳細は伏せられているので事の顛末については聞くまい。
大事なのは今後の対策。元々外側からの防衛を目的としていたとはいえ、内側からの攻撃に対してもかなりの強度を誇っていたはず。それが破壊されたとあっては改善しなくてはならない。
なぜこの話題を振るかというと、ベルンとグレンツェンを防衛している防核は、グレンツェンの技術者たちとベルンが誇る魔術の研究機関レナトゥスによる共同開発物。
つまりグレンツェンで起こったことはベルンでも起こる。
常識的に言えば内側からの破壊は考えにくい。しかし国防を担う者として、あらゆる可能性は考慮しておかなくてはならない。
「また正式に改善案を試案していこうと思いますが、とりあえず局所的な攻撃については、耐久限界を超える前に自壊するように作ってみようかという話しが上がってます。一部分が破壊されても、無事な防核の枠から新しい防核を生成するようにすれば、数秒の間は無防備ですが、崩壊が広がって再生不能になるよりは良いと思うんです」
「さすがシェリーちゃん。とっても良い案だと思うわ。でも…………アルマちゃんの前でその話しはまずかったかもね」
疑問符が浮かんでアルマの顔をのぞく。
目を逸らされた。
なぜだ。なぜに目を逸らす?
驚くべきことに、防核を内側から破壊したのはアルマだった。
いくら外側からの攻撃を想定した防核といえど、そもそもアレはとてつもない強度を誇る。
都市防衛の芸術とまで言われた、グレンツェンとベルンの合作を粉砕してしまうなど考えられない。
それも、こんな少女が。
ここまでくると驚愕を通り越して感心してしまう。なにより興味が尽きない。
空中散歩に至る経緯も、マギ・ストッカーの開発秘話も、防核を貫くほどの攻撃性を持った魔法を開発した情熱も、なにもかもが興味深い。
宮廷魔導士入りを拒まれ、確固たる信念まで見せつけられ、くどいのも良くないと思って言い出さないように気を付けていた話題を振りたくなってしまうではないか。
アルマと一緒に仕事がしたい。
魔導士と騎士では畑は違う。だからこそ、面白そうなことが起こりそうだと予感させられる。
なんとかしてベルンに連れて帰れないだろうか。せめて数週間でも…………サマーバケーションの時期にはグレンツェンの講義も減るから、その時を狙ってベルンに誘えないか。
アルマが食いつく餌を考えておかなければ。
彼女は申し訳ないことをしたと涙を浮かべて謝罪をする。
うっかり (?)とはいえ、物を壊してしまったことに罪悪感を感じ、省みてくれればそれでいい。
大人としては、これからの改善策が見つかって良かったと思っている。なのでむしろ感謝していた。
魔導防核はいざという時にきちんと役割を果たさなければならないもの。それがこんなに簡単に撃ち抜かれてしまっては役に立たない。
万が一の時でなく、なんでもない時に不良が発覚することはありがたいとすら思う。
ついでにもうひとつ。ヘラさんには大きな収穫があった。それはレベルレッドが発令されたというのに、街の殆どの人が正しく反応できてなかったこと。
年に2回、実際に警報を流して避難訓練を行うのだが、綺麗に動けるのはその時だけ。
今回のように本当に防核が破壊されて、いざ本番のレベルレッドが発令されたのに動ける人は殆どいなかった。大問題である。
いざ本物の警報が鳴ってこんなありさまでは、防核も警報も役に立たない。意識改革が必要だ。
だからむしろ、アルマに謝らなければならないと思ってるのはヘラさんだった。市長なのに、街の人々の命を守る立場なのに、その役目を果たせていない。
自助努力も必要とはいえど、これでは全く、なんのための市長か。なんのための警備主任か。
早急な改革が必要である。ヘラさんはフラワーフェスティバルが終わっても、しばらくは忙殺されるだろう。
だから今くらいは楽しい時間に舌鼓を打って下さい。
おいしい時間はあっという間に過ぎ去って、多忙を極めるヘラさんとは惜しむらくもここでお別れ。
話題の尽きた男子とも手を振った。
ライラックも家の手伝いがあるとのことで、妹を置いて去っていく。
そう、妹だけを置いていった。
なにせ私にべったりだ。下手をしたらベルンまでついてきそうな勢い。私も私で嫌ではなかった。
年の離れた妹か、あるいは娘のような感覚でいる。
あぁ~、空中散歩に参加していると猛烈に実感させられるこの気持ち。
子供が欲しい。
そのためには旦那を見つけなくてはならない。
だけど、騎士団の職務の特性上からして出会いがない。
どこかにいい男は転がってないだろうか。時々催される会食で男が寄ってくるのだけれど、どれもこれもなんだかイマイチ。
見た目で判断しないようにしばらく会話をしてみるものの、どうにもこうにも上っ面の皮が厚く感じる。
中身が薄っぺらいというか、自分語りがウザいというか。
そういう人たちばかりじゃないというのは分かっているけれど、今まで話しかけてきた男はそんな奴らばかり。
そんな奴らばかりが自分の元に集まってくるということは、そういう人を引き付けてしまう自分に問題があるのでしょうか…………?
私の中身が無いから、本音と建て前のギャップが強いから、同族に近い奴らが群がってくるのか?
いや、そんなはずはない。と思いたい。
仮にも騎士団長にまで抜擢された存在。そんなに薄くはない…………はず。
うぅむ、主観はあまり役に立たず、客観的に見て自分って頑張ってるなって思っても、それを口にすると薄っぺらく聞こえる。どっちに転がってもどうしようもない。
黙って背中で語るが吉。
そう思っておこう。でも多分、これがダメだんだよなぁ。色恋に関してはなぁ。
「どうしたんですか、シェリーさん。なんだか難しい顔をしていますが」
「ん? んん。気にしないでくれ。そろそろ工房か。新しいマジックアイテムの開発。間に合えばいいが」
「きっとすぐに作ってくれるはずです。空中散歩で使うマジックアイテムもすぐに作っちゃったんです。今回のは以前のに比べて簡単な仕組みですから。とはいえ、ミレナさんたちも忙しいでしょうから、無理そうなら代用品を探さなきゃです。でもヘラさんとお話しができたのは僥倖でした。監視カメラの映像の使用許可がとれたので、一番難易度が高いと思っていたハードルを飛び越えられました。これもどれもシェリーさんのおかげです。ありがとうございますっ!」
「いやいや。アルマの行動力が生んだ結果じゃないか。私なんてちょっと助言するくらい。仕事もあるが全然参加できなくてすまない」
「そんなことはありませんっ! シェリーさんはいつもアルマたちのために絶大な力を振るってくださっています」
「絶大なの!?」
身に覚えがない。
私が空中散歩に参加してるっていうネームバリューのことか?
「いいえ。ネームバリューはそんなに気にしてないです。そうじゃなくて、今回のこともそうですが、しゃぼんの中で重力魔法を使って、安定する方法を見つけてくれてなければ、計画自体が頓挫してたかもしれません。ここまで来られたのは正直言って、みんなのおかげです。キキちゃんにヤヤちゃん、ライラックにマーガレット。ベレッタさんも。特にマーリンさんとシェリーさんには感謝の言葉もありません。本当に、ありがとうございます」
あれ、男子2人の名前がない?
「ストレートに感謝されるとやっぱり照れるな。でも、私たちを出会わせてくれたのは、誰でもないアルマの想いのおかげだ。私も君に感謝してるよ。でなきゃきっと、アルマたちにも、バストやプリマにも出会わなかった。素晴らしい出会いに感謝だな」
「ですですっ!」
「わたしもアルマさんには感謝しています。きっとお姉ちゃんも。だって憧れのシェリー様に出会えました。こうして一緒にいられるなんて夢みたい。今が人生で一番幸せですっ!」
「キキもね、ちょー楽しいよ。みんなと一緒にいられて、おんなじ方向を見て一生懸命してる。最高だよね! そういうの!」
「えぇ、本当に。キキの言うとおりです。私もすっごく楽しいです」
「あたしもみんなと同じ気持ちだよ。アルマちゃんと仕事ができてちょ~楽しい!」
「あ、ミレナさん!」
私たちの声が聞こえたのか、工房からミレナさんが飛び出してきた。
子供のように笑う彼女は本当に楽しそう。抱き寄せられて、笑顔を返すアルマもとっても嬉しそうだ。
立ち話しもなんだからということで、工房の中へご案内。顔の知れた職人たちが気さくに挨拶をする姿からは、いかにアルマが愛されてるかがうかがえる。
工房長までやってきて、お手製のアイスクリームをご馳走、するついでに自分のも作っていた。
すかさずミレナさんが止めに入る。糖尿の診断を受けた親方にはアイスクリーム禁止令が出されてるらしい。
こんな時くらいいいじゃねぇかとゴネるおじさん。
絶対ダメだと怒る姉さん。
本当に、ここの職人たちは仲がいい。
さっそく今朝に抱いた空想を形にするべく想像を語る。
歴戦の猛者の経験はそれは容易いと色よい返事。スイッチのオンとオフと、映像を投射する魔術回路は、イベント会場やライブでの演出でよく使われるものだから、媒体となるアイテムだけ作ってしまえば作成は簡単だった。
今回は空中散歩用のチャームのようにオーダーメイドで作る必要はなく、デザインだけ決めてしまえば、併設された工場で型を作り、大量生産用の機械に流してしまえばいい。
画一化された道具なんかは全て機械化。早ければ明日にでも出来上がる。
感心と喜びで飛び上がるアルマ。満面の笑みで謝意を表した。受け取るミレナさんはとても誇らしそうに笑顔を返す。
さらに彼女は簡単な模造紙と筆記用具、資料として工房に置いてある花の図鑑を取り出して、アルマにデザインの一例を示してくれた。
例えば、グレンツェンを代表する花として有名なすみれの花。
鮮やかな紫色の5枚の花弁をコンパスで描き、白く広がる中心部分をまたコンパスで重ねた。ぐるんぐるんと6回転。すみれの花が持つ、独特な配置の花びらと、白と紫を表現した円の組み合わせ。それだけで、これがすみれの花だと分かる。
機械的な動作で描かれた円は、紙面の上だと少し無機質に思えた。しかしこれが影を落とし奥行きを持たせ、立体的なアクセサリーに見えるようデッサンされると印象が一変する。
アンティークでおしゃれな花のアクセサリーに大変身。紙の上の線が影でもって立体的な演出をされると、物体が盛り上がって見えるような錯覚を覚える。
それは彼女のデッサン力に加え、今までの経験で見てきたセンスの一端。
頭の中の妄想が、一気に現実のものとなったように見える化された。
「とまぁ、フラワーフェスティバルってことで、デザインは花をモチーフにしたらいいんじゃないかなって思うわけ。しゃぼんだから泡でもいいんだけど、基本的に丸の集合体にならざるを得ないから、アルマの欲しがってるサイズのマジックアイテムでは表現がイマイチ難しいと思うんだけど、どう?」
「すっごい素敵だと思います。お花であれば見てすぐにそれだと分かります。老若男女を問わず受け入れられるアイコンです。フラワーフェスティバルですので、やっぱり花のモチーフがいいと思います。それにしてもミレナさんの閃きは凄いです。パパ―ッと作っちゃって、あっという間に出来上がってしまいました。それに絵がとっても上手です」
「絵っていうか、コンパスで線を引いただけなんだけどね。まぁデザイナーとしてはクライアントの言葉や職人の考えを視覚的に見える化できないと仕事にならないから、やらざるを得ないってところもあるけど。でもこれができるとできないとじゃ全然違うから。共通の意思の確認はとらないと、同じ言葉を使っていても、見てる方向が真逆でしたなんて結構あるもん。それじゃ、モチーフは花ってことで。たしか空中散歩用のチャームは予備を合わせて25個だよね。せっかくだし、デザインを5種類くらい作っとく? アルマの好きな花ってあるかな? ちなみにカラーリングもできるよ」
「それなら金木犀と銀木犀がいいです。あ、あとポインセチア。これは赤色でお願いします。う~んと、あと1個は――――」
「あ、てんとう虫だ」
アルマの隣で話しを聞いてると、どこからともなくてんとう虫が飛んできた。
なんでもない、グレンツェンにいればどこででも見られるポピュラーな虫。
見た目のかわいらしさとカラフルな姿、種類の多さから人気の高い存在としての地位を得ている。
見た目だけでなく、てんとう虫はアブラ虫を食べてくれる益虫であり、1人暮らしの男性でも、家で花を愛でる習慣のあるグレンツェンでは多いに活躍していた。
よくよく見てみると、とことこ歩く姿なんてかわいらしいな。色も鮮やかで美しい。
プリマが物珍しそうに小さな命を見ている姿もかわいらしい。注視して、歩く姿を追っては首をゆっくりかしげるところなんてはぁ~~~~~~かわいいっ!
するとアルマが突然大きな声で、『てんとう虫!」と叫んだ。
びっくりした七星の彼は工房を飛び立ち、プリマはびくっと身を震わせて声の主を見つめる。
かくいう私とバストも、不意打ちを受けた猫が如く背筋を伸ばして彼女の顔を見る。
曰く、たんぽぽの上にてんとう虫を置いてみたらどうか。
たんぽぽの黄色い絨毯の上に赤い星。
色のコントラストも花と虫というお互いの関係性も相まって、それいいねと納得のひと声。
なぜか2人から、『さすがシェリーさん』と褒められた。
さすが、なのか?
ともあれ、アルマのインスピレーションが刺激できたようでよかった。
デッサンに落とし込まれた幾何学的なたんぽぽの花の上の、どこにてんとう虫を置くかという議論に30分も使うとは思わなかったけど。
それだけ真剣で、楽しい時間だということか。
きっと私も、プリマと遊んでる時はこんなんなんだろうなぁ。
以後、たんぽぽとてんとう虫を皮切りに、『花と昆虫』シリーズのキーホルダーは世界中から人気を得るのだった。




