楽しまなくっちゃ 1
前半は猫を飼い初めて頬が緩みっぱなしのシェリー主観。後半はフラワーフェスティバルに向けて頑張るアルマ主観でお送りいたします。
久々にグレンツェンへやってきたシェリー。バストと子猫のプリマを連れて上機嫌。
アルマは自分の夢に向かって奮闘中。不安と期待を抱きながら日々を楽しく過ごしています。
以下、主観【シェリー・グランデ・フルール】
今日は久しぶりのグレンツェン訪問。
早朝に出発したシャトルバスに揺られること4時間。
遠くに見える農園から、かすかに香るミカンの爽やかな風が鼻をくすぐる。
4月前後に収穫される甘夏は、甘味が強くわずかな酸味がおいしいと評判の果物。
柑橘類のスイーツを多く取り扱うベルガモット・フレイも、この時期は好んで使用する食材の1つ。
実はもちろんのこと、苦味のある肉厚な皮はおいしく食べられるよう、ピールにして砂糖をまぶし、チョコレートをかけた甘夏ピールのチョコレートがけにされる。ほどよい苦みがチョコの甘味を押し上げると評判の逸品。
甘夏とレモンのピールを使ったスポンジケーキも絶品のひと言。さくふわのスポンジ生地。柑橘系の甘酸っぱく、甘ったるくなりがちなスポンジも食べやすく工夫されている。アーモンドスライスも入っていて、香ばしさを足し算したところもポイントが高い。
お気に入りのスイーツを土産に、今日はアルマ率いる空中散歩のメンバーに会いにいきます。
喜んでくれたら嬉しいな♪
喜んでくれる子供たちの笑顔を思い浮かべると、私まで楽しくなってしまう。
そんな私の横顔を見て、バストも楽しそうに微笑んだ。
「出会った時からそうだが、特に今日は楽しそうだな。シェリーはいつも笑顔だ。笑顔はいい。周囲を明るくするからな」
「そうか? そんなに笑ってるのか。職業柄、仕事中は気を張ってるせいか、プライベートでもあまり笑顔でいるとは思ってなかったが。そうか。笑ってるんだな」
「そうだ、よく笑っている。素敵な笑顔だ。自分というのは自分がよく分かっているなどと言う者もいるが、自分というのは自分が一番分かってなかったりするものだ。図書館で読んだのだが、ジョハリの窓という見識は、なるほど確かにと思わされたぞ。妾にも身に覚えがある。やはり人間はいい。探求するにおいて右に出る者はいない。素晴らしいな、人間は」
自分というのは自分を一番よく分かっていない、か。考えさせられるものがあるな。
主観的に見る自分と、客観的に見る自分の姿というのは決して同じものではない。
それは誰にも当てはまること。私にも、バストにも。そういうところは意思ある者として、神も人も同じようにできているらしい。いや人だけではない、猫も同じかも。
バストの手の中で幸せそうに眠る新しい家族。猫のプリマもそうなのだろう。
まぁ、猫はそんなことなんて気にしないだろうけど。
ちっちゃくてもふもふで甘えん坊のプリマ。子猫の成長というのは早いもので、1日の大半を睡眠に使っていた。最近は起きている時間が長くなった。
私に甘える時間も多くなって、彼に癒される時間も増えている。
見てるだけで癒された。
もふもふして、すりすりされるとたまらなくハッピーな気持ちになる。
家に帰ると分かるのだろう、にゃあにゃあと鳴いて玄関までお出迎えして甘えてくるのだ。
はぁ~~~~~~~~~~~~~~…………最高ッ!
シャトルバスから路面電車に乗り換え、セントラルステーションへ向かう。
途中、我が故郷であるサン・セルティレア大聖堂を横切った。子供の頃は窓から路面電車の行き来を眺めては、『電車に乗ってる人はどこへ行くのだろう、自分もあれに乗って、知らない土地へ行ってみたい』だなんて想い描いた記憶が蘇る。
緑のアーチをがたんごとん。
行っては帰って、帰って行って。
そんな景色に心揺れる。
大人になった今も、そういう童心は忘れてないらしい。目的地が近づくにつれて頬が緩む。
懐かしのグレンツェンに戻って来ただけではない。今日は空中散歩の試験という名目のもと、本番で堪能できない分をめいいっぱい遊び尽くすつもりでいる。
以前にも野外でのテストプレイを行ったけど、今回はもっとしっかり準備の整った本格的なもの。本番に出す用まで突き詰めてあるというのだから期待が高まる。
まぁ私に意見を求めてくるということは、まだまだブラッシュアップを仕掛けたいということだろう。
未だもって完成はしていない。
それでも楽しみなのは間違いない。
くわえて言えば、優秀で素敵な心を持つアルマから、どんなアイデアが出るのかも楽しみだ。彼女の発想は、純粋な願いから発せられている。聞いてるだけで楽しくなってしまう。
今日はどんな驚きが待っているのか。とっても楽しみです。
グレンツェン記念公園の名物である噴水広場には、多くの人々と飛び交う蜂たちで賑わう。もうそんな時期か。蜂が花の蜜を集めているということは、もう蜂蜜の採取が始まったはず。
カントリーロードの養蜂家と、雑貨屋パスタン・エ・ロマン、大聖堂の屋上にも養蜂場がある。サン・セルティレア大聖堂の子供たちは慣例として、雑貨屋と大聖堂の屋上養蜂場にお手伝いをしに行き、しぼりたての生蜂蜜を食べられることになっていた。
かくいう私も子供の頃、蜂蜜採取の時期になると蜂のお世話をするために、いの一番に駆け回ったっけ。
グレンツェン固有の蜂は人に慣れている。嬉しいことに針を持っていない。我々に多大な恩恵をもたらしてくれるとあって、人間も蜂を歓迎した。
最盛期になると恐ろしい数が空を飛び回るというのが玉に瑕かもしれないが、それはそれでグレンツェンの名物的な景色として有名である。
不可視の魔法を使える蜂たちも、最盛期になると忙しいせいか、普段から使用している魔法にリソースを割けないほどに忙しない。
色とりどりの花々に目移りさせるバストの手を引いて、図書館から裏手の公園に抜ける吹き抜けを通り、アルマたちのいる演習場へ向かう。
ここでも目移りして千鳥足のバストは鼻をすんすんと鳴らした。
表側として整備されている噴水側の公園は、華やかで動的な印象を受けるのに比べ、裏側にあたる演習場側は、静的なイメージになるように花が植えられている。
巨大な図書館がそびえるがゆえに影側になるこの場所は、ゆっくりとした時間を楽しむ人向けに整備された静かな公園。
表と裏。動と静。
2つの顔が楽しめるのも、グレンツェンに住む醍醐味である。
猫の習性なのか、日向で温まった体が日陰に入り、体温が下がると同時にゆっくりと眠気に襲われる猫の神。はたまた静かな公園の雰囲気が気に入ったのか、手を引く彼女の足取りが重い。
おいおい、このまま寝ないでくれよ。
せめてアルマたちのいる場所までは耐えてくれ。
裏庭庭園を超えて演習場に足を運ぶと、数人の少年たちが結界の中で談笑をしている。
遠巻きでは何を話してるのかは分からない。しかしとても真剣な会話のようだ。
きっと本番に向けて詰めの話し合いをしてるのだろう。
15歳になったばかりとはいえまだ子供。と思っていたが、人は多くの経験と価値観の共有をして大人になってゆくのだな。実に微笑ましいじゃないか。将来が楽しみだ。
「あ、シェリーさん。お待ちしておりました。遠いところからわざわざありがとうございます」
私たちの姿に気付くと、元気いっぱいに飛び出した少女の影が2つ。
ふりふりフリルと金髪ツインテールがトレードマークのアルマ・クローディアン。
私の大ファンと言って目を輝かせてくれるマーガレット・バディラン。
マーガレットが両手を広げて突進してきた。
私はしゃがんで待ち受けよう。
マーガレットをハグしてビズして頭を撫でてやる。するとまぁなんていい笑顔をするのだろう。
「シェリー様、お久しぶりです! お待ちしておりました!」
「正規メンバーなのに全然顔が出せなくてすまない。お詫びと激励を込めて、私の好きなスイーツを持ってきた。よかったら食べてくれ。それと、彼女はバスト。私の召喚獣……という体なのだが、まぁ個人的には家族だと思ってる。バストが抱いている子がプリマだ。よろしくな。今はなんの話しをしてたんだ?」
話しをアルマに振る。
彼女は小さく飛び跳ねてくるくる回った。
「はい。今日のお昼は何にしようかって話しをしてたんです。ナマスカールでカリーにするか、ラーメンショップにするか、ヘイターハーゼのランチにするかと。それでちょっと揉めててですね、よかったらシェリーさんに決めていただけませんか? シェリーさんの食べたいものが食べてみたいです」
ランチの相談を真剣にしてただけだったか。
一瞬沈黙する間に、マーガレットが提案をしてくれた。
「シェリー様の食べたいものを食べたいですッ!」
あぁ、いい意味で子供っぽかった。
それにしてもマーガレットの食いつきが半端じゃない。私に憧れてくれてるということなのだが、迫りくるまでがっつかれると緊張する。
元々息抜きというか、リラクゼーションも兼ねて…………いや、ちゃんと本気で取り組むよ?
手抜きはしないから心配しないでくれ。
――――――っと、まぁ肩の力を抜いて参加したかった。しかし立場上、そうならないのは覚悟の上。であれば少女の期待を裏切らないよう、頑張るのもできる大人の姿です。
そうだなと空を見上げ、前から気になっていたけど、なんだかんだで訪れてなかったパスタ専門店を提案。
即可決。満場一致でお昼はパスタ。
ランチが決まったところで、アルマが本題に話しを戻す。
「お昼ご飯の場所が決まったところで、ようやく…………さて、本題に入りましょう。今日のお題は本番の配置と機材の確認です。まず、アルマ、ライラック、イッシュ、ネーディアは1日目、30分交代で振り輪を振っていきます。ローテーションで【振り輪係り】【無重力チャームの受け渡し】【行列の整列と最後尾の案内】をしていきます。キキちゃん、ヤヤちゃん、マーガレットは衣装を着て、街中で宣伝活動をしながらお祭りを楽しんで来てね。そして、ミッションがあります」
「「「ごくりっ!」」」
「3人には、アルマたちのお弁当を買ってきてもらいます。スパルタコさんに宣伝を依頼したところ、相当な数の反響があるみたいで、かなりの人が楽しみにしてくれてるみたいです。なので、当日はまとまった休憩がとれないおそれがあります。これは重要なことなので、お願いしますよ。飲み物も忘れないように」
「「「了解です☆」」」
「お祭りに飽きたら手伝いに戻ってきてね」
「「「了解でぇ~す☆」」」
元気に両手を上げる3人とはうってかわって、ライラックは心配そうな眼差しをアルマに送った。
「それはいいんだけど、私は3人みたいに鍛錬してなくて、魔力の量も練度も並み以下だよ? 正直不安なんだけど」
「大丈夫大丈夫。ライラックのためにこんなものを持ってきました。てれれれってれ〜、はい、マギ・ストッカ~!」
アルマのふりふりフリルの袂から出てきたそれは、長方形の砂時計のような形をした小道具。首からかけられるようにしてあるマギ・ストッカーは、魔力を圧縮して保存できる便利アイテム。
これさえあれば、魔力量の少ないライラックでも、内蔵された魔力が尽きない限りにおいて魔力の供給を受け、振り輪を振り続けることができる。
使い方はとっても簡単。使用する場合にだけ、中央にある弁を捻って魔力を解放する。
これなら自分にもできるとひと安心のライラック。マギ・ストッカーがあれば4人だけでも、3日間のお祭りの間に魔力切れを起こして企画が中止になることもない。
2日目はベレッタも参戦するということだ。初日は宣伝と遊びに集中する3人も、2日目は手伝いに回ると意気込んでるようだから心配はいらないだろう。
欲を言えば、私も彼らと空中散歩に参加したかった。どう調整してもスケジュール的に無理難題。というか無理。仕事が忙しすぎる。
1日目は2日目の最終確認で忙殺。
2日目は国王様の護衛でつきっきり。
3日目は継続して護衛と、表彰式が終わってベルンまでの帰り道の同行。
どう考えても無理でしかない。
できるとすれば、3日目の表彰式を終えて、ベルンへ帰還したのちに速攻でグレンツェンへ戻り、後夜祭に参加するという荒業。
無理だ。グレンツェンからベルンに戻る道のりは、来場者や旅行客で渋滞するのが通例。時間的に余裕がない。涙を呑んで耐えるしかない。
できればみんなと酒を飲みかわしたいところだが、残念無念。それは叶わぬ願いです。
はぁ。仕方のないことは置いておきましょう。
さて、マギ・ストッカーなる小道具の説明をするアルマの隣で、私はそれを見てふと思う。
私の記憶が正しければ、マギ・ストッカーに類するマジックアイテムは研究開発段階だったはず。
我らがベルン王立魔導宮廷・レナトゥスの研究チームも、日々努力して東奔西走している。今はハイラックスと共同開発を行い、新たな魔術回路の探求をしてるんだったか。
その完成品が、なんと少女の手の中にある。目の前にある。
マジックアイテムの説明を聞く限り、試作段階を通り越して、既に実用段階に入ってるように聞こえた。
閉鎖された魔術回路を解放してやることで、術者に魔力の供給を行うということ。
空気に触れるだけで大気から魔素を取り込み、自動的に内部へ保存。また、人間が意図的に補給することもできる。
電池のように自然放出をする性質を利用し、自然に放出されるわずかな魔力を捕らえ、内循環の魔力回路を起動させ続けることで、魔力の自然放出を最小限に抑えている。
などなど、明らかに完成されたそれをいったいどこで手に入れたのか、疑問が湧いて仕方がない。




