表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
138/1085

まるで幸せな夢のよう 3

 ランチのあと、マリオさんにもう一度、みんなでお礼を言って今日は解散。

 キッチンに戻って当日の動きを確認する人。

 追加で作るものがあるといって帰宅する人。

 散り散りになって去って行く。

 私はヴィルヘルミナさんたちのあとについていって、ホールの動きの再確認をしよう。

 支配人(ルーラー)と言えど、トラブルが起きない限りはホールに混じって雑務に励む。休憩回しが厳しそうだったら、私かハティさんが穴を埋めるべく仕事を代わる。

 だから全てを知っておかなくてはならない。全てができるようになっておかなくてはならない。


 しばらく時が過ぎ、今日はこのくらいだとヴィルヘルミナさんの号令で解散となった。

 3時のおやつを誘われたけど、どうしてか分からない。私は彼女の言葉を断って、ふらりと1人、歩き出す。

 なぜだろう。いつもならみんなと一緒の時間を過ごしたいと願うはずなのに。今はなんていうか、1人で考え事をしたい。そんな気分なのかも。


 パスタン・エ・ロマンの近くの公園まで彷徨って、木陰の落ちるベンチに腰を落ち着かせた。

 何をするわけでもなく、ただ、ぼーっと空を眺めるだけ。ランチで騒いでいた時間の流れとは真逆。ゆっくり、ゆっくりと流れていく。

 虚空を心に沈めて揺蕩い、何を考えることもなく、何を思うこともなく、ただ茫然と静かに進む時間を感じた。


 雲が千切れて小さくなって、流れてどこかへ消えてった。

 空を飛ぶ鳥は群がって、やがてどこかへ消えてった。

 このままどこかに消えてしまいそうな自分がいる。

 ここではないどこか。

 微睡む夢の中へ旅立ってしまいそう。

 グレンツェンは素敵なところだ。

 お嬢様たちと一緒の時間はかけがえのないもの。

 すみれさんたちと一緒にいるのもとても楽しい。

 キッチンのみんなは優しくて、頼もしくて、憧れてばかりいる。

 もっとずっとみんなと同じ場所にいたい。そう願う自分がいた。


 なのに今はなぜだろう。

 1人でいたい気分というやつなのかな。

 あるいは体の熱を放射したいような、冷却期間。マインドフルネスをしたいのかも。

 みんなといる時間も楽しいけれど、1人でゆっくり過ごすのも、存外悪いものではない。

 嗚呼、このまま全てが止まってしまえば、心地よい気持ちのままでいられるのかも。

 それはそれで、いいのかもしれないな。


 思い返せば幸せな人生だった。

 物心ついた頃には孤児院に預けられ、ティレット様と同性で歳が同じということで召し上げられ、2人のお世話をするようになって従者として、友として、それ以上の絆を描く。

 ウォルフとも出会い、グレンツェンに来てからはもっと多くの出会いを体験した。

 灰色の世界のまま、消えて行く命と悟った幼い頃の自分がバカみたい。

 グレンツェンに来てまだ数週間しか過ごしてないのに、数年は暮らしたかのような感覚さえある。

 木漏れ日も、頬を撫でる風も、子供のはしゃぐ喧騒ですら愛おしい。

 目を閉じて、しばし幸せな夢へ旅立とう。




「―――マ――――――エマ――――――こんなところにいたのか。随分お疲れのようじゃないか」

「…………ウォルフ? どうしてここに……私は…………」

「おいおい。まるでぽっくりイッちまった後みたいな言い草じゃないか」

「なんていうか、幸福すぎて、このまま行けたら、幸せのままでいられるかも、って」


 心の、本当に思った言葉をそのまま口に出した。出してしまった。

 それが彼女に対する裏切りとも気づかず。

 怒った様子のウォルフは、私の頬っぺたをもにもにと持ち上げて語気を強めた。


「おいおいおいおいおいおいおいッ! エマが冗談言うだなんて珍しいな。でもそういう冗談は好きじゃないな、あたしは!」


 隣に並ぶティレット様もガレット様も、珍しくご立腹であらせられる。


「そうです! こんなもので満足してもらっては困ります。素敵な殿方と恋をして、結婚して、子供を産んで、そういうセリフはあと80年後ぐらいまでとっておきなさい!」

「ですです! これからだって、みんなでスイーツを食べに行こうとしてるんです。疲れた心と体には糖分です。甘いものが必要不可欠です。手を引いてでも連れて行きますよ?」

「エマさん、とっても幸せそうな笑顔で寝てましたけど、今日はまだまだこれからですよ?」


 すみれさんは相変わらず、今日に続く明日を思ってきらきらしている。


「ケーキケーキ! 花びらを使ったケーキがおいしくって綺麗なんだって!」

「そういうわけで、エマも一緒に行こう。1人でゆっくりする時間も必要かもだけど、今はみんなでいたいなぁ?」

「…………みんな、ありがとう」


 ウォルフたちはスイーツを食べに行く前に、小腹を空かすために雑貨屋さんに立ち寄ったらしい。物見遊山と入ったものの、面白いものに目移りして、小一時間ほど過ごした。

 かくいう私もすっかり寝ていて、つい数分のことかと思っている。時計の針を追いかけて、ようやく日の傾きを理解した。

 自分が思ったよりも、ぼーっと空を見上げていたらしい。

 ウォルフに声をかけられていなかったら本当に昇天していたかも。起き上がろうとする体は自分のものではないような気さえして、ふわふわとして夢心地。まだ頭が働かない。


 あれ、これって本当にぽっくり逝ってしまいそうだったのでは?

 かなり危険な状況だったのでは?

 そんな意識が脳裏によぎると一気に汗が噴き出す。

 かなり危ないところだった。ウォルフに揺り起こしてもらえなかったらどうなっていたことか。ちょっとエクトプラズムしていたような気もする。


「ど、どうした、エマ。なんか急に呼吸が荒くなってるけど、大丈夫か?」

「なんていうか……本当に、死にかけてたかも……」


 本気で心配するみんなを横目にウォルフは大爆笑。

 そんなに簡単に死ぬわけないだろ、とお腹を抱えて笑い飛ばす。

 もう本当に、笑いごとじゃないんだってばッ!


 でもこうして、つまんないことで笑っていられるのは生きているから。

 あまぁ~いスイーツに舌鼓をして、幸福に身を包んでいられるのも生きているから。


 さよならを言って家路について、お風呂上りにホットココアで一服つくことができるのも、生きているから。

 嗚呼、素晴らしきかな、人生っ!

危うく主要キャラが死んでしまうところでした。

しかし親友のウォルフが呼び戻してくれました。さすがウォルフ。義勇の獣人。


次回は久しぶりに猫ちゃんが出てきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ