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まるで幸せな夢のよう 2

 朝陽も昇りて意気揚々と、街へ繰り出す少女たち。

 笑顔と希望を胸に抱き、いざ参るっ!

 全員が揃ったところで、さっそく意見交換会です。


「――――――と、言うわけで。こんな感じの人員配置にしてみたんですけど、どうでしょうか?」

「すげぇよくできてると思う。各々の性格も考慮したうえで考えてあるし、パッと見た感じはイケそうな気がするよ」


 スパルタコさんからは高評価。


「欲を言えばルージィさんをホールに入れて欲しいの。そうすればホールはグッド(ゴッド)なの」


 ヴィルヘルミナさんからも高評価。しかし、なぜルージィさんをホールに?


「それはどうしてでしょうか?」

「見栄えがゴオォォッドッ!」

「相変わらずだな」


 なにかあったのか、ルージィさんが苦笑い。


 とにかく、さすがに見栄えで判断はできません。

 適材適所しないと、途中で倒れるかもしれませんので。

 否定すると、姉のシルヴァさんがヴィルヘルミナさんの口元を押さえて割って入った。


「あ、この子のことは気にしないで。私もエマの案は良いと思う。あとはプレオープンで実際の感触を確かめるってところかしら」

「ありがとうございます。他に意見や提案があればお願いします。なければ実際にその場に立って、感触を確かめるではないですが、感覚だけでも確認してみたいです。いかがでしょうか?」


 特に反対意見もない、というよりは、経験がないからやってみないと分からないという判断が大半。

 それでも、経験者のスパルタコさんとシルヴァさんに太鼓判を押してもらえたのは大きい。ほっと胸を撫で下ろす安堵感で肩の力が抜けていく。

 素人の考えだから欠点もあるだろう。でも私はやれるだけのことをやっている、はず。

 真剣に後ろ向きだなんてくだらない。見るなら前。進むも前。前進あるのみです。


 入り口から返却棚まで実際に入ってもらい、残った人たちでお客様役をやってみる。

 当日並ぶであろう行列を演出してみたり、食券機から受付までの時間間隔をシミュレート。

 厨房や食洗器係は機材や設備の使い方などを頭に叩き込む。

 売店は視野と死角、ドリンクバーの使い方を確認。

 ホール係りは自分たちが動く導線の確認。店内スペースをスパルタコさん。店外スペースをヴィルヘルミナさんが動いてチェック。備品管理もぬかりなく。


 みな真剣に本番のことを、来客してくれる人々のことを考えて取り組んだ。

 ペーシェさんとルーィヒさんは何を聞かれてもいいように、会話の内容を深堀りしている。

 重労働の厨房は忙しい時とそうでない時の時間の使い方をあらかじめ決めて来た。

 裏にこもるローザさんとアダムさんは隙間時間で厨房のフォローに回ると、積極的に助け合おうとする。

 受付とオーブンを担当するすみれさんとシルヴァさんは笑顔の練習と、オーブンの取り扱いについて検証した。

 売店と監理のウォルフとクスタヴィさんは、お互いにフォローし合えるように細かく配置と、想定される状況を考察する。

 お客様と接近する店内は、ホールマスターを中心によくある事故や注意事項。特に世界中の人々がやってくるという観点から、様々な文化に根差した行動が予想されると説いた。

 手掴みで料理を食べる習慣もあれば、使った食器は机に置いたままにする文化もある。

 おいしいと表現するために、料理を食べ残していく国。

 食券機など身近になく、テーブルに座ってスタッフが注文を取りに訪れるのをずっと待つ地域もある。

 などなどあらゆる事態が想定されるワールドワイドなお祭りならではの珍事件も含めて、しっかりと目を見張っておく必要があるのだ。


 だからこそ、大事なのは自分たちが楽しく仕事をすることだと、スパルタコさんは断言した。

 自分たちが楽しくないのに、訪れる人が楽しめるはずがない。言われてみればその通り。

 枯れた花を見て楽しい気分になる人なんていはしない。

 自分たちは運営側であり、お祭りの参加者の1人である。

 我々は我々なりに、お祭りを楽しまなくてはならないのです。


「スパルタコが…………珍しく良いこと言ってる」


 スパルタコさんが何かするたびに上げ足をとろうとするペーシェさん。

 なんでもかんでも取らなくていいんですよ?

 当然、スパルタコさんは怒る、というより呆れた。


「珍しくは余計だ。さっき言ったことまでの強烈な文化の違いを俺自身が体験したわけじゃないけど、ヘイターハーゼの先輩たちがそういう状況も過去に何度かあったって教えてくれてさ。特にフラワーフェスティバルの時には何かしら起こるって。だからこっちもそういう異文化間でのトラブルがあるかもって、言っとかなきゃって思ってさ。心構えがあるのと無いのとじゃ、当日の対応が段違いになってくるから」

「お心遣いありがとうございます。そうですよね、世界中の人々が集まるのですから、そういう事態も起こるかもしれません。思慮が足りず、申し訳ございませんでした」

「いやいや、こんなの経験がないのが普通だから。それにエマは本当によくやってくれてると思うよ。人員配置だって適格だし、何よりすっげぇ楽しそう。少しばかり1人で頑張りすぎなところはあるけど、そこはまぁみんなを頼ってくれ。俺を含めて頼りがいのあるやつらばっかり揃ってるんだから! (どやぁ!)」


 スパルタコさんのドヤ顔を機に、一瞬、時間が止まった。


「うわぁ。最後のドヤ顔さえなければ、優男で済んだのに」

「どっちにしてもダメじゃね、それ……」


 ペーシェさんのツッコミに、遠くから誰かが、『確かにな』と呟いて笑顔が咲いた。

 スパルタコさんのこういう三枚目キャラというのは場を和ませるのに助かる存在。緊張した空気をほぐし、肩の力を抜いてくれる。

 本人は二枚目のつもりらしいけど、個人的にはそのままでいて欲しい。


 朝の8時に集まって、気づけば太陽が真上にあった。

 お腹の虫の意のままに、そろそろお昼にしようと言うとスパルタコさんが手を挙げる。

 ヘイターハーゼにおすそ分けした鯨のロースト肉が大変好評。是非にランチを奢らせて欲しいと、オーナーさんからご厚意を貰っているのだとか。

 くわえて、余った鯨肉の引き取り先としても手を挙げたいということ。おそらくコネクション作りの一環だろう。

 こっちとしてはまだまだ余っているお肉をおいしく使ってくれるのであれば最上である。

 みんなで持ち帰って、様々にアレンジを加えてはみたものの、ハティさん以外はもう当分勘弁して欲しいと願っていた。なので、この提案は棚から牡丹餅。ありがたいことこの上ない。

 食べても食べても一向に減らない。

 最初は夢のような光景だと思っていたのに、日が経つにつれて悪夢に見えてきた。


 ところ変わってヘイターハーゼ。

 通常お昼は忙しくしているが、みなお祭りの準備とあって少し空いている。我々は3階の団体客用のテーブルに通され、好きな椅子を引いた。

 3階に来たのは初めてだ。手すりから見下ろす景色は新鮮そのもの。1階から見上げると高く遠い場所にある天井。今は手が届くほど近くにある。


 メニューを広げて何にしようか悩むだけで笑顔になる。

 ジューシーなハンバーグ。

 看板メニューのウサギ肉のシチュー。

 春野菜を使ったパスタ。

 あぁ~秋になればメニューにポルチーニ茸もくわわると思うと胸が高まります。

 まだ見ぬ秋の季節にうつつを抜かしていると、正面のエレベーターからコック帽を被った50代ほどの男性がウェイターを引き連れて現れた。

 優しそうな目元。親しみのある口ひげ。年の割に筋肉はしっかりしていて、いかにも健壮そのものといった肉体は見た目年齢を引き下げる。


「ようこそ、ヘイターハーゼへ。わざわざご足労頂き、ありがとうございます。私はヘイターハーゼの料理長。マリオ・シャンリデオッレと申します。以後、お見知りおきを」


 やっぱりというか、全力で出るオーラで分かるというか、おそらくこの人が料理長、ないし重要な責任者なんだろうなと、見ただけで判断できる。

 堂々と構え、それでいて厭らしさの欠片もない立ち居振る舞いは尊敬すべき料理人の姿。

 将来は料理人になって、まだ漠然とだけど、お店を開きたいと夢見る私にとっては憧れの存在である。

 私もこんな風に…………おっと、沸き立つ妄想を掻き消して、リーダーとして挨拶をしなければ。


「こちらこそ、お招きいただきましてありがとうございます。名高きヘイターハーゼの料理長のお誘い、恐悦至極にございます。本当に、感謝の言葉もありません」

「はっはっはっ。スパルタコくんから聞いているが、とても礼儀正しくてかわいらしいお嬢さんだ。さて、あらましは聞いていると思うのだが、改めてお礼を言わせて欲しい。君たちから頂いた鯨肉、とてもおいしかった。分けてもらったものだからお店には出せなかったが、まかないとして大いに楽しませてもらったよ。まだお肉が余っているということだから、よかったらいくらか買い取らせて欲しい。まぁこの話しはお互い落ち着いたらということで、頭の隅に置いておいてもらえるとありがたいです。そういうわけで、今日のランチはヘイターハーゼからのお礼です。たんと楽しんでいって下さい」


 深くお辞儀をされて、こちらこそと感謝の言葉を合唱する。

 それではとだけ言葉を残して立ち去り、ウェイターに仕事を任せてさっと姿を隠す動作も玄人のそれ。

 視線と意識を美しく断ち切る術は歴戦の料理人のなせる業。こういうことは頭で分かっていても、なかなかできるものじゃない。


 ランチは前菜、メインディッシュ、デザートの構成。

 特にヘイターハーゼの前菜で出される半熟卵の生ハム巻きは絶品。とろりとした濃厚な卵。荒く砕かれた胡椒。新鮮シャキシャキなレタスを生ハムで包んだ食感のハーモニーは、何度食べても飽きない味。

 見た目もシンプルで綺麗なだけでなく、味も抜群なのだから笑顔になること間違いなし。

 これ以外に前菜はあるけれど、これ以外の前菜を知らない人も多いほどに人気のひと品。


 ランチのメインはピッツァ・オア・パスタ。

 石窯で焼かれた生地の外はカリカリ。中はふわふわ。常時10種以上ものピッツァを提供している。

 中でも特に人気なのは、やっぱりフレッシュなトマトを使った王道マルゲリータ。ジューシーで酸味の強いトマトを主人公に、さっぱりとしたチーズと、程好い甘さのピザソースの相性は抜群。

 シンプルで食欲のそそるトマトのピッツァ。女性でもぺろりと食べられると評判である。


 パスタも負けず劣らず人気メニューのひとつ。そして何より種類が多い。

 パスタとは、小麦を使った麺料理全般のことを指す。ランチでは主にロングパスタ(スパゲティ)が提供される。

 味の濃いボロネーゼやチーズを使ったカルボナーラ。

 癖の強いイカスミ(ネーロ)もおいしい。

 倭国から逆輸入されて入ってきた明太子スパゲティというのは、唐辛子を使うアラビアータとは違う辛さを持っていてとってもおいしかった。


 デザートはスプリングプディング、バニラアイス、苺の乗ったカップケーキの3種類。

 正直言って、全部食べたい。

 プディングに甘夏を加えた春のお菓子。卵独特のコクと甘さ、柑橘系特有のほのかな酸味と甘みが相まって、甘酸っぱい春を感じる。

 バニラアイスはグレンツェンならでは。食用の花びらが散りばめられ、見た目が華やかなだけでなく、花びらとアイスをお口に入れた時の味と香りのハーモニーがたまらない。

 王道のカップケーキは、ホイップの上に赤く色づいた苺がちょこんと乗る。金色のケーキの表面はカリカリ、中はふわふわと文句なし。


 どれをとっても最高の時間。

 友人が一緒となればなおさらおいしい。

 あぁ、どうして楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまうのか。

 時間を忘れてしまうから?

 未来の幸福を追いかけて、速足になってしまうから?

 みんなの笑顔に見とれてしまうから?

 困った困った。これは困ったことですね♪

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