明日までのお楽しみ 5
そんなことより今はデザート。
甘いものには幸せが詰まってるのですっ。
なんて幸せな時間なのでしょう。
さくさくとほどけるはちみつクッキー。
あまあまほろにがチョコレートケーキ。
冷たくジューシーアップルパイ。
あますぱぷちぷちベリーベリー。
最後に紅茶をいただきます♪
「はふーっ。いやぁ、幸せですなぁ (アルマ)」
「ほんとだねぇ。天国っていうのは、こういうところなのかもぉ (すみれ)」
「あぁ~、最高だねぇ。ずっとこんな時間が続けばいいのになぁ (ウォルフ)」
「あ、そういえば。2人にこれを渡すの忘れてた (ハイジ)」
そう言ってハイジさんがすみれさんとハティさんに渡したそれは金色に輝くバッジ。
前祝の前座で金色に輝く巨牛を解体した時に出た牛革を加工して、キッチンの参加者全員に配った。いわば限定品。
オリジナルの製品でもって一体感を出すための素敵アイテム。
なにより思い出になるそれはとてもいいアイデアだ。
共に楽しい時間を過ごした証。それを見ては彼の日を思い出し、過去に思いを馳せることができる。
これはいいものだ。アルマたちもオリジナルのアイテムを思い出に作りたい。
それならばやはり無重力チャームがよいだろうか。
ミレナさんたちステラ・フェッロが作るキーホルダー。魔力を込めると回転するだけでなく、光を放ったり音が出たりと、面白いギミックを足し算すると言っていた。
もし作れるならどんなものにしよう。今度みんなに聞いてみようかな。
せっかくならグレンツェンにちなんだものがいい。そのほうが特別感がある。
そういえばグレンツェンで有名なものってなんだっけ。
街で見るもの全てが新鮮で驚かされるものばかり。市章にはすみれの花と蜂が描かれている。それがグレンツェンを代表するものなのだろうか。
よし、ヘラさんに聞いてみよう。
「その通りよ。すみれの花と蜂はグレンツェン夫人が最も愛したものなの。今では市章として、街のシンボルとして欠かせないものになってる。特に蜂はグレンツェン固有種で、粘度の高い蜜を作ることで有名なの。さらにグレンツェンに咲く世界中の花々の蜜で作られたハチミツは琥珀の蜂蜜とまで呼ばれる、濃厚でコクの深いものになるの。世界中の人が欲しがって仕方ないんだから。ローザが作ったクッキーにもそれが混ぜてあるわ (ヘラ)」
「どうりで香ばしくておいしいクッキーだと思いました。して、そのハチミツはどこに売ってるのでしょうか。どこに行っても琥珀の蜂蜜だなんて素晴らしい名前のハチミツを見たことがありません (ヤヤ)」
「さすがハチミツ好きのヤヤちゃん。琥珀の蜂蜜は品質管理のために製造量を制限してるの。だから流通量も少なくて、製造した途端に売れちゃう人気商品。年々、量を増やしてるけど、供給が需要に追い付いてないのよ (ヘラ)」
「でも十数年前に比べたら断然多いのよね。これも頑張ってくれた養蜂家と、花のお世話をしてくれるガーデナーのみなさん。それからお母さんのおかげね (ローザ)」
「ヘラさんの提案なんですか? (アルマ)」
「提案というか、システムの構築にちゃちゃを入れただけ。回してくれたのは作り手のみんなだから (ヘラ)」
「でも、ヘラさんが蜂蜜の収穫量を増やすきっかけをくれたおかげで、蜂蜜酒も作れるようになったんですよね。まだ飲んだことはないけど、めちゃくちゃ旨いとか。噂じゃあ今回の売り上げ勝負の景品は、目録にくわえて蜂蜜酒が出るって聞きましたけど、本当なんですか? (スパルタコ)」
「あらららら? そんな噂が出てるのぉ~? うっふふふ。そんなことになったらきっと大変なことになるわよ~。みぃ~んな飲みたくって仕方がないんだからぁ~♪ (ヘラ)」
「で、本当のところどうなんですか? マジに蜂蜜酒が出るんですか? (スパルタコ)」
質問して、みんなはヘラさんを前に身を乗り出した。
それほどまでにおいしいお酒なのか。めっちゃ気になる。気付いたらアルマも乗り出していた。エマさんなんか立ち上がって頬を紅潮させてる。
して、真相やいかにっ!
「うっふふふふ。それは明日になってのお楽しみぃ~♪」
「明日なんかあるんですか。あるんですね。期待していいんですね!?」
ひたすらはぐらかすヘラさんに食いつくスパルタコさん。そんなにもおいしいものなのか。
琥珀の蜂蜜から作られる蜂蜜酒の名は『黄金琥珀の蜂蜜酒』。それはそれは甘く蕩けて、一度飲んだら忘れられない味なのだそう。
ただ甘いだけでなく、秘中の製造方法で作られたそのお酒は、蜂蜜のものとは違う華やかな香りが人々の心を魅了するという。
味もさることながら香りこそ真骨頂。そこに至るまでにどんな艱難辛苦があったのか。過程すらも秘匿された秘密の花。誰もが知りたい蜜で溢れてる。
たしかにクッキーに混ぜただけでこれだけおいしい蜂蜜なのだ。お酒にしたらおいしいに違いない。
それも歴戦の職人が手掛けるものとなればなおさらお目にかかりたい。
アルマは今年で15になって、お酒を楽しめる歳になった。
グレンツェンのパッチ検査でも飲酒可能が判定された。一般的な人よりは少量の飲酒と念を押されてはいるものの、しっぽり楽しむぐらいなら十分な量のお酒は飲める。
なにより宴会の席で暁さんとお酒が飲めるようになったのが嬉しいのです。
今まではお酌をするだけで、されることはなかったから。少しだけだけど、尊敬する大人たちと同じ場所に立てた気がして嬉しかったのです。
黄金琥珀の蜂蜜酒。ぜひとも暁さんに飲んでもらいたい。
ココアにほっこりしながら妄想すると、ローザさんから期待の眼差しを込めた言葉が耳に触れた。
「下世話な話しかもしれないんだけど、アルマちゃんたちの空中散歩の売り上げはいくらくらいを予定してるのかしら。お祭りの企画の中で順位を競われるのは粗利益だから、低コストで高い利益が見込めるなら1位も夢じゃないんじゃない? 優勝賞品として供給されるなら、上位入賞すれば飲めるかも (ローザ)」
「そうですね。アルマたちの企画でお金をかけてるものは材料費と、空中浮遊用のチャームの作成くらいです。結界はシェリーさんが用意してくださいましたし、アルバイトを雇う予定もないので、人件費もかかってません。ただですね、ステラ・フェッロとシェリーさんの名前があるので、その分だけポイントが減算されます (アルマ)」
「あぁ、有名なブランドとかとコラボしたり、有名人がチームの中にいた場合に評価ポイントが変動するっていうアレか。たしかに世界中に工房を構えるステラとか、ベルン騎士団長の名前があったら集客力が違うからな。基本的に人脈や知恵は集まったチームの武器として扱われるから特に何もないけど、あまりに有名すぎるところはマイナスポイントをくらうんだっけ? (スパルタコ)」
「ですです。基本的にはアマチュアの一般人が企画運営する方針なので、有名なプロが本業と同義か、それに類するものの参加の場合などに、公平性を重んじてポイントの減算が行われます。シェリーさんは存在するだけで目立つのでオールマイティに減算されます。アルマとしては売上が目的ではないので、ポイントはあまり気にしてはいませんが (アルマ)」
「そうねぇ~。シェリーちゃんの名前もステラの名前もビッグネームだから、大幅な減算は避けられないわねぇ。残念だけど上位入賞はかなり厳しいかも (ヘラ)」
「だけど『マーベラス』にはなれるんじゃねぇか? ベルンの国王様は空中散歩みたいな体験型のアトラクションが大好きじゃんよ。食い物系より遊ぶ系が選ばれる傾向があるらしいぜぇ? (ダーイン)」
「そんな有名人に選ばれて、名誉を得られればアルマの夢はますます叶っちゃいそうですね。たくさんの人に来てもらって、みんなを笑顔にしちゃいますよぉ~♪ (アルマ)」
「そうね。アルマちゃんなら本当にマーベラス・グレンツェンに選ばれるかも。話題が変わるんだけど、見たことがないほどにミーナが意気消沈してる。理由は分かる? (ローザ)」
いつも元気いっぱい笑顔いっぱいのミーナさん。それがどういうわけか、ガックリと肩を落としてため息をついている。
なにが原因だろう。アルマがミーナさんの持ってきたベリーボウルの果物をベンチに変えてしまったからだろうか。
使った個数より多く生えてくるから大丈夫かと思ったのだが、もしや特別なものだったのだろうか。
思い返せば、アルマがベンチを作った後からテンションが下がっていた。
アルマが原因なら謝らねば。
ちょこんと横に座ってミーナさんの顔を覗き込む。
黒と金のオッドアイ。黒く艶やかな髪は三つ編みにして、大きな丸眼鏡と相まって知的な印象。
しかし中身は脳筋。IQは高いが知能が低いとの噂。今日までの印象として、人が言うほど浅学非才ではないと思うのだが。
頭の中身は目視できない。ミーナさんは賢者と呼ばれる母と、かつて魔王を倒した英雄の間に生まれた子供。当然のように魔法の扱いにも長けてるらしい。
グレンツェンには世俗の勉強のために数年の間、1人暮らしを母親から義務付けられた。
お祭りが終わったらしばらく実家のあるベルンに戻るそうだから、一緒についていって賢者のお母さんに魔法についてお話しを伺いたい。
ユノさんやシェリーさんにも会って、もっとお話しを聞きたい。ユノさんの所属するベルン王立魔導宮廷のレナトゥスという場所には、きっと魔法に関する専門書が山とあるに違いない。
ミーナさんのお母さんも宮廷魔導士の1人として名を残していた。
本職はゲームアプリの開発担当責任者。まさかの本職である。あと、ファッション誌かなにかの編集者もしてるとかなんとか聞いた。
時々は寄宿生を相手に教鞭をとることもあるらしい。となれば彼女の口利きで図書館にお邪魔できるかもしれない。
いつの世もいろんなところで様々な人と既知を得ていて損はない。
むしろ得。人脈こそ金鉱山。
「あのぅ、お気分が優れないようなのですが、何かありましたでしょうか?」
「むむっ。アルマか。いやなに、ミーナはてっきり、妖精のベンチは妖精が作ったのだとばかり思い込んでいた。そうあるべきだと、そうであって欲しいと。だから妖精のベンチが人間の手で作られたものだと知ってガッカリしてるんだ。妖精が現れることを信じて、日がな1日、ずっと見張り続けていた。今もロールキャベツに見張らせてる」
それはなんとういか、幻想的な理想を打ち砕いてしまって申し訳ない。
たしか妖精に関する文献が図書館に2点だけある。
1巻目はファンタジー小説のような語り口。
2点目は学術的な見地から、仮説と検証を行ったという論文調の書物。
中身を見る限りでは赤雷や白雲と同じ生態をしていた。奇妙なのは、この世界には妖精が存在しないということ。
存在しないのに、妖精のことが事細かに記載されている。ということは十中八九、この著者はアルマたちが生活してる世界の住人。
なぜ別の世界に情報を流布してるのかは分からない。ともかく、妖精の話題を続けて、異世界人だとボロが出てはいけない。話しの流れを変えなければ。
妖精の有無はともかく、と繋げて、なにはともあれ素晴らしい魔法であることにかわりない。人為的に作れるのだから、ミーナさんの故郷のベルンの教会に設置してあげたら、みんな喜ぶんじゃないか、と提案すると、生き返ったようにミーナさんの瞳が輝きを取り戻した。
妖精がいないことは非常に残念。だけど、ベンチ自体はとても素敵だ。きっと子供たちも喜ぶに違いない。そう叫んで甘いスイーツに手を伸ばす。
いやぁ良かった良かった。
異世界人だなんて知られたら面倒なことになる。多分。おそら…………ん、あれぇ~~?
そういえば、前祝の時、暁さんがすみれさんに、『メリアローザで七夕祭りがあるから是非においで』と言ったような。
暁さん自身が、『異世界からの来訪者だということを口外しないように』と我々に釘を刺したはず。なのに。自分から言ってた。
うぅ~ん。酔ってたからかな。
何か策があるのかな。まぁいいか。
お酒も少し入ってほろ酔い気分。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去って、気づいてみれば、さようならと手を振って、踵を返した背中を見送った。
あぁ、本当に楽しかったな。
ヘラさんからはグレンツェンに関するお話しが聞けた。
ミーナさんは本当に妖精が大好きで、サンタさんからもらった妖精図鑑を大切にしてる。
ローザさんとは魔法の話しで盛り上がれた。
すみれさんは秘密の特訓とやらで魔法が使えるようになったと、新しいおもちゃを買ってもらった子供のようにはしゃいでる。
アポロンさんは料理が上手。
スパルタコさんのコイバナに、みんな興味津々で心躍らされる。
ティレットさんも家督を継ぐために魔法を猛勉強してるとのこと。
甘いもの好きのヤヤちゃんとウォルフさんはとっても仲良しになっていた。
キキちゃんとガレットさんはゆきぽんに夢中。
ハティさんは相変わらず食欲旺盛。
ダーインさんとハイジさんの筋肉漫才も面白い。
みんなみんな素敵な人たちばっかりで、胸の熱くなる思いです。
だからだろうか、パーティーが終わって、喧騒の途絶えた部屋はどこか寂しく感じてしまう。陽はまた昇ると言うけれど、やはり日暮れの瞬間だけは少し心細くなってしまう。
明日、陽が昇りて、空中散歩の打ち合わせ。
…………イッシュとネーディアの顔を見なければならないのか。上げて落とされた気分だ。
唯一救いがあるとすれば、多忙を極めるシェリーさんにわざわざご足労頂けるということ。
噂では召喚獣と契約したらしい。その辺の話しももっと詳しく聞きたい。
アルマの住んでる世界では、召喚獣という概念は噂程度でしかなく、契約系でポピュラーなものは精霊契約。
精霊と契約することで、該当するエレメントの影響を強く受けることができる契約魔法の一種。高位の術者になると、契約した精霊自体を呼び出せるらしい。
悪魔との契約も存在するが、歴史を振り返ってみても破滅の結末しかないので知識程度でしか知らない。それ以上、知る必要もない。
しかして召喚獣か。
アルマにもできるかな。
呼び出すとして、どんな召喚獣が来てくれるだろう。
捕らぬ狸の皮算用といえど、今から楽しみです。
さぁさぁ早く、陽よ昇れ♪
後半はアルマ主観で進みました。魔法は大好きだけどまだまだ子供のアルマ・クローディアン。
カッコいい大人の女性になるために、自己研鑽中です。まずは自分のやると決めたことに邁進です。
次回はエマがキッチンのリーダーとして頑張る回です。




