明日までのお楽しみ 4
美しい花々の咲き乱れる屋上テラス。アーチを描いた鉄柵には蔦植物が絡みついて、昼には木漏れ日の落ちる涼やかな空間を育てている。
夜になれば観葉植物の間から、まるで鍾乳洞の中で光る鉱石のように幻想的な世界を演出していた。
それでいて夜の星空の歌声を邪魔することなく、見上げれば輝く夜がそこにある。
以前に暮らしていた家主が屋上も、お風呂も、キッチンも全て設計したという話しだ。きっととてつもない天才で、そして何より、心に素晴らしい美しさを持つ人に違いない。
ぜひに会ってお話しがしたい。だけどもう何年も前に手放して、今は外国にいるらしい。
こんなに素敵な家を建てて手放してしまうということは、きっとそれ以上に素敵な出会いがあったに違いない。
そうとなるといよいよ会ってみたくなる。
らんらん気分でテーブルを眺めると、星空のライトに照らされた宝石が居並んでいた。
紅茶にアップルパイ。クッキー、チョコレートケーキ、リキュール、ベリーボウルなどなど。
あらららら…………ついさっき、晩御飯を食べたというのに食欲が湧いてきた。アルマだって女の子。甘いものは別腹です。
「お、いい匂い。もしかして琥珀の蜂蜜? キキちゃんとヤヤちゃんも起きたのか。ちょうど紅茶が入ったよ」
「淹れたのはガレットですけど?」
自慢の妹の努力を取られまいと、ティレットさんが訂正を入れた。
スパルタコさんは肩身が狭い。
「どうぞどうぞお気になさらず。ですがどうしましょう。椅子が足りないようですが」
「このアルマにお任せください。マーリンさんに授かった秘術がありますっ!」
「「「「「秘術?」」」」」
そうそうそうなのです。マーリンさんにお願いして、アルマはとある魔法を教えていただきました。
公園でティータイムをするために出した妖精のベンチ。後日振り返ってみると、アルマの知らない魔法だった。
命を与えて思いのままに成長させる魔法など聞いたことがない。植物とはいえ、それは命を操る神秘の魔法。禁術以外において、そのような魔法は存在しないと思っていた。
或いはエルフの扱う超自然的な魔法。
でなければ天使や悪魔、神といった類の神話。
ミーナさんのベリーボウルから果物を手のひらに、おっとっと、手は無かったんだ。裾の先に乗せられるだけ乗せて、用意しておいた腐葉土の上にぽんぽん投げ込む。
魔法を付与した果物が発芽し、にょきにょきと蔓を伸ばし、それはカーテンを付けた2つ分のラウンドテーブル。くわえて半円を描くベンチの完成。
そして何より素晴らしいのが、これらテーブルとベンチに実がつくこと。今回使った苺とブルーベリーと木苺の実がそこかしこについている。
初めてだけどうまくいった。
何度かイメージトレーニングを重ねて練習していた。かなり上出来なんじゃないでしょうか。
それにしても…………とんでもなく魔力を食うな、この魔法。
空中散歩用に魔力保存器を持ってきてなかったら、アルマの魔力を全部使い果たしてぶっ倒れたかもしれない。
教えてもらった時にアルマの全快魔力量でギリギリ行使可能なのは分かっていたけれど、慣れない魔法は余計に魔力を食うことを念頭に置いてもキツすぎる。
天崩の3倍はキツい。
こんな魔法を使って平然としていられるマーリンさん。マジでぱねぇッ!
「「「「「マーリンさんの秘術、すげぇっ!」」」」」
「すごい! すごいですっ! あっという間ににょきにょきって。テーブルとベンチになってしまいました。それにとっても綺麗。まるで本当に、妖精が踊り出しそうな予感さえします!」
ガレットさん、大興奮。
「これ、マジで、すげぇッ! ちゃんと座れるのかおい。うわぁ~っ、座れる。意外にしっかりしてる。おんもしれぇ~♪」
スパルタコさんも子供のようにはしゃぎまくる。
「うまくできてよかったです。なにせはじめてなもので……ちょっとひとやすみしみゃしゅ…………」
ろれつも回らないほどぐったりするアルマに、ヘラさんから糖分が爆撃される。
クッキーうまぁ!
ケーキあまぁ!
木苺すっぱぁ!
アルマ復活ッ!
さらにガレットさんから紅茶の差し入れ。
アルマ完全復活ッ!
自分もやってみたいとせがむみんなの手を繋ぎ、魔法の伝授を試みる。
自慢ではないが、アルマでも理解するのに時間のかかったマーリンさんの秘術。一朝一夕で習得できるはずがない。
魔術回路の共有は手と手でもって手渡すことができる。しかし、相手が理解できるかどうかは相手次第。
医療術ができるほどのローザさんですら、複雑すぎる魔術回路を垣間見た瞬間に無理と嘆く始末。
グレンツェンで最強を誇るヘラさんは、立体的かつ複雑怪奇な魔術回路を理解はできる。しかし魔力量が足りないがゆえに術の行使は不可能と残念がった。
他の方々もこれは無理だと頭を抱える。
ハティさん以外は。さすがですッ!
さすがハティさん。暁さんが魔法に関して、彼女の右に出るものはいないと断言するだけのことはある。
きっとマーリンさんよりも、世界の誰にも彼女を超えることはできないだろう。
希望的観測というか、個人的にハティさんを尊敬してるからそう唱える。
もしかしたら月下の金獅子よりも凄い人はいるかもしれない。マーリンさんだってとてつもない。
だけどアルマはハティさんを誰よりも尊敬してる。だから彼女に一番でいてほしい。魔法使いとしても、素敵な女性としても。
おいしいスイーツに目を回し、くるりくるりと回っていると、舞踏会よろしく、ティレットさんがアルマの手を持ってステップ。
ひとつ、ふたつ踏み込んで、流れるように妖精のベンチへ座り込んだ。
魔法大好きなティレットさんが、アルマの持ち出した秘蔵のマジックアイテムに興味を示す。
「マギ・ストッカー、でしたっけ。とっても便利ですけど、とても高価なものですよね。そんなものをどこで?」
「これはメリアローザにいるおもちゃ屋さんが開発した玩具を原型に、アルマたちが手を加えたものです。元々は魔力を使って中に入っている玩具を動かすというものだったのですが、その構造を聞いて、これってここをこうしてこれを追加したら、魔力を圧縮して溜めておけるマジックアイテムになるんじゃ、と思って魔術師組合の方々とあれこれしたら出来ました」
「出来ましたで出来てしまうのですから、凄いですわね」
驚愕の事実に苦笑いのティレットさん。そんなに難しい構造ではないのだけれど。
疑問符を頭に浮かべるアルマの隣にヘラさんが滑り込む。めっちゃ近い。さながら人間サンドイッチ。
「これがあると色々できるわね。1個おいくら万ピノ?」
「今のところ1個7200万シエル、だから、ええと、6000万ピノです。材料費がめちゃくちゃ高いのと、製造するために要求される技術力が高すぎて今はこんな値段です」
「ふぁッ!?」
いやぁ~自分でもとんでもないものを作ってしまったと自負してます。
これがあれば魔力量の少ない人でも、魔術回路の理解さえあれば魔法が行使できてしまう。なんと素敵なアイテムでしょう。
つまりこれさえあれば、魔法が使える。誰でも魔法を体験できる。アルマにとって、それがどんなに感動的なことか。
ヘラさんも感激のあまりのけぞっていらっしゃる。と思ったのはアルマだけ。
ヘラさんが驚いてるのは性能はもちろん、そのお値段。6000万ピノもあれば、グレンツェンで3階建て広い庭付きの家が建つ。家具も十分なものが揃えられる。
それを一介の少女が持ってるのだ。そりゃあ驚きもする。




