明日までのお楽しみ 2
乾杯と叫んで杯を掲げてひと含み。甘くてとろけて体がぽかぽか温かくなる。
でわでわ、まずは海鮮パエリアをいただきましょう。アルバイトとはいえ、ヘイターハーゼで厨房の隅を預かっているアポロンさんイチオシの手料理。
しかもアポロンさんはヘラさんが提案したロスミールプロジェクトの一員でもある。
ロスミールプロジェクトとは、食品廃棄ロスの軽減を目的とした活動の1つ。
昨今問題視され続けている食べ物の廃棄を限りなくゼロに近づけるため、ヘラさんは街を上げて取り組んでいた。
具体的な活動というと、飲食店やスーパーなどで廃棄されたり、店舗では使えないものの、まだ食べられるといったモノをヘイターハーゼに集め、決められた担当者が修道院の子供たちのために料理を振舞うというもの。
企画当初は経済学的にどうなんだという疑問の声もあった。だけど、手間はあれど廃棄をするための費用を天秤にかけたのち、経営者の腕組みが解かれた。
モノを破棄するのは意外にもお金がかかるのです。
もちろん、金銭面以外でのメリットは沢山あった。
小売店の理想として、生産者の作った物を全部売りたいという人情を叶えられる。
一部が腐っていても、まだ食べられるものを棄てるうしろめたさを克服できる。
廃棄にお金をかけなくて済む。
市も教会もいくばくかとはいえ経費削減ができる。
集められたランダムな食材を前に、料理人としては腕試しができる。
なにより作った料理をその場で出して、『おいしい』と言ってもらえるやりがいは、この企画の輪の中で最も重労働な彼らの心を満たしてくれた。
輪っかを作ったヘラさんから始まり、食材を無償提供してくれる人々に繋がって、子供たちの幸せへと完結させる料理人。これら全ての真心があってこそ、実現された笑顔の連鎖。
ヘラさんはアポロンさんの賛辞に対して謙虚に答えるも、その笑顔はとても誇らしげだった。
みんなを笑顔にできる人。とってもカッコいいと思います!
不意に呼び鈴が鳴った。
鳴る前から窓の外から声が聞こえてたから、誰がやってきたのかは気づいてた。
「お腹をすかせたミーナとハイジ登場ッ! 余ってる鯨のロースト肉を持ってきたぞ。ディップするソースもいっぱい買ってきた」
「遅くなってしまってすみません。フュトゥール・パーリーで買い物に迷ってたら、時間が過ぎちゃってた」
「お肉ッ!」
ハティさんの反応が早い!
「いらっしゃいませ。ちょうど出来上がったところです。それじゃあお肉を切ってお皿に盛り付けましょう (すみれ)」
「鯨のロースト肉。ローザがちょいちょい持ち帰ってくるけど在庫は大丈夫なの? すでに随分な量を配ったって聞いてるけど (ヘラ)」
「それなんですが、まだ山のようにありますよ。それこそ冷蔵庫を見上げるほどに。ちなみに鉄板焼きの具材の内訳はコカトリス1。牛肉1。鯨3です (エマ)」
「半分以上が鯨肉とは。1kmオーバーの鯨と聞いてたけど、常軌を逸した量を貰ってきたのね (ヘラ)」
「お肉はいくらあっても大丈夫っ! (ハティ)」
「ハティさんはね。余ったらヘイターハーゼで買い取りたいって、料理長が言ってたよ。さすがにあの量を一般の食卓だけで消費できないだろうから、今度その話しについて検討したい (アポロン)」
「そうですね。いくら冷蔵庫が高性能とはいえ、生鮮食品には鮮度の限界がありますから (すみれ)」
「今度、冷蔵庫を覗きに行ってみる (ヘラ)」
「ちなみにこれが在庫マックスだった時の写真ですよ。扉を開けたら肉の壁 (スパルタコ)」
「色々な景色を見てきたけど、これはありそうでなかったやつ (ヘラ)」
「そもそもありそうなのか? (ダーイン)」
今思い出しても、なんていうか、なんだこれって思う記憶だ。
扉を開けたらかぐわしいミオグロビンのかほりが鼻をくすぐったあの日。どうやって取り出して、冷蔵庫の中へ入ろうかと、マーリンさんと頭を悩ませたのは楽しい思い出です。
そういえば最近は仕事が忙しいらしくて、マーリンさんに会ってないなぁ。
お料理上手な師を仰ぎ、一緒にキッチンに立ちたいと願うものの、なかなか日取りが合わなくて悔しい思いをする。
今日のパーティーにも招待したのだけれど、教鞭をとる学校が本格的に始まって、なかなか遠出できないでいた。
今度は私のほうからマーリンさんの暮らす場所に行ってみたいな。
ロースト肉を一枚一枚綺麗に薄切りにして並べていく。赤黒く独特な匂いを放つ鯨肉。アイザンロックにもまた行きたい。楽しい過去を偲び、山盛り揃えたお皿をみんなの前へ滑りこませる。
キッチンから、鯨のロースト肉とカラフルなソースの盛り合わせ。
ヘイターハーゼから、サフランの効いた魚介たっぷりパエリア。
ティレットさん家の自家製クリームシチュー。
シャングリラから、ぽむんぽむんマッシュルームとモツのアラカルト添え。
ヤヤちゃんオススメ、サソリの唐揚げ3種のソースを添えて。
杯をかかげて乾杯ですっ!
「さて、なんか最後にすっごいのが出てきたんだけど、見間違いか?」
スパルタコさんは固唾を飲んだ。
「俺にはサソリの形をしたサソリの唐揚げが目の前に見えるぜ」
ダーインさんは腕組みをして冷や汗たらり。
「まぁおいしそう。これはこっちのソースと一緒に食べればいいのかしら?」
ヘラさんは興味津々。
「ソースをつけずにそのまま食べてもおいしいのですが、オススメはマヨネーズにバジルソースを少々とタバスコを一滴垂らしてまぜまぜするのが美味です! マヨネーズのコクと香りの強いバジル。アクセントにピリッと辛いタバスコが絶妙ですよッ! (どややぁっ!)」
ヤヤちゃんのどや顔が炸裂。
自信たっぷりに胸を張る時のヤヤちゃんの料理に間違いはない。
一見するとたいてい間違って見える。だけど、口に運んでみると笑顔になっちゃうのだ。
それでも、スパルタコさんは後退り。
「マジすかヘラさん。マジにいくんすか?」
ヘラさんは問答無用とばかりにフォークを突き刺した。
「ヤヤちゃんのオススメなら大丈夫よ。まずはそのままひと口。甲殻類だからかカニっぽい味ね。お次はソースをつけてぱくりんちょ…………ッ! うん、いける。すっごくおいしいわ!」
「な、なんと。まぁまだこれなら」
「まだこれなら、とは?」
ガレットさんは記憶がフラッシュバックして硬直した。
何も発することなく静かにサソリを食べた。これは聞いてはいけないやつだ。
サソリ。サソリとはこれいかに。
今の今までサソリというものを見たことのない私は、一般的に食べられるポピュラーな食材だと思い込んでひと口ぱくり。
奇異な目で見られてると思いもせず、もぐもぐ。
カリカリの食感。噛むほどじわりとにじみでる旨さ。刺激的なソースが口いっぱいに広がって、うまいのひと言が天を貫いた。
コロンブスの卵が如く、切り拓いた者の背中を追いかけるみんなも、うまいのひと言。
胸を張って自慢げなヤヤちゃん。楽しげに昆虫食の魅力を語り始める。
話しの内容はよく分からなかったけど、好きなものを楽しそうに語るヤヤちゃんはとっても輝いていて、まだ好きなものを見つけられてない私は、素敵で羨ましいなと思ったのです。
ぽむんぽむんマッシュルームのステーキも肉厚で弾力があっておいしい。
キノコってお肉にもお魚にも合う。焼いて食べるだけでもおいしい万能食材。
叩くとぽむんぽむんと柔らかいものだから、もっと柔らかい食感だと思ったけど、包丁を入れたあとは普通のマッシュルームと同じようにしっかりした厚さに変化した。ぽむんぽむんもしなくなる。
調理前にぽむんぽむんと叩くと胞子が少し出た。だから庭の紅葉の木の根元に着床してみたのです。
しばらくしたらまた成長して大きくなるかもしれない。楽しみだなぁ♪
ロースト肉は何度食べても飽きないおいしさ。今日はミーナさんオススメの数種類のソースが一緒だから、いろんな味を楽しめる。マヨネーズにグレービーソース。バーベキューソースは大人の味。
エマさんたちが持ってきてくれたクリームシチューもほっこりするお味。
お昼に食べたチーズ入りの贅沢なシチューも特別感があってすごくよかった。
対してエマさんのクリームシチューはなんていうか、幸せな家庭の味がする。
最後にアポロンさんが作ってくれた真っ赤なパエリア。
何を隠そう小鳥遊すみれ。赤色が好きなので赤色の料理を図書館で調べたことがある。しかし、期待に反して赤色の料理というものはなかなか見つからなかった。
マーリンさんやシルヴァさんに聞いても、殆どは激辛料理に多い傾向があるという。いわゆる唐辛子を使った料理。
辛い料理は嫌いではない。だが、食べていてあまり楽しいものではない。
それになんていうか、唐辛子の赤色からはあまり優しさを感じない。攻撃的というか、刺激的というか、とにかく私の求める赤色の料理ではなかった。
他にはサフランを使ったパエリアを紹介され、そして今まさにその料理が目の前に。
香りが強く、優しい赤色をしてる。ツヤツヤのお米に紅の化粧をしたような香辛料は、きらきらと輝いて私の心を魅了した。
さすが【赤の金】とまで呼ばれる香辛料の王様。これはひれ伏さざるをえないやつです。
「俺の作ったパエリアはどうかな。具材は小ぶりだけど、味はしっかりしてるでしょ? (アポロン)」
「とっても綺麗でおいしいです。あさりやエビも真っ赤っかで素敵です! (すみれ)」
「これ、とってもおいしい。今度また作って! (ハティ)」
「やべぇぐらい食ってるな。結構な量があったはずだけど、2人で3分の1くらい食ってないか? (ダーイン)」
「それだけおいしいということです。そういえばすみれさんって、小柄なわりによく食べますよね (エマ)」
「言われてみればたしかに。外食でご一緒する時もがっつり系を選ぶ傾向にあります (ガレット)」
「よく食べる子は好きよ。ローザももっと食べないと (ヘラ)」
「わたしはカロリー計算して食べてるの。すみれみたいに余分なものを即分解して体外に出すような体質じゃないから。羨ましい (ローザ)」
「そうなの? (すみれ)」
「見てればわかるわ。この人は食べたものをため込みやすい体質だとか、そうじゃないとか。ハイジもミーナもため込まない体質よね (ローザ)」
「あたしは腹七・八分目で抑えるように気を付けてるよ。そもそも魚料理が主食だから、グレンツェンに来ても殆ど魚と野菜ばっかりかな。パンも食べないし、お肉もそんなに (ハイジ)」
「好きなものを好きな時に食べる。ストレスをためない食事法こそ最強だ。だからミーナはナイスバディをキープできていると断言できる! (ミーナ)」
「ミーナはわたしに喧嘩を売ってるのかしら? (ローザ)」
好きなものを食べる。それは私も実践してる。無意識に。
対して我慢をしてるローザさんの眉間にしわが寄ったので、会話を継ぎ足さないようにしておきましょう。
小一時間も過ぎないうちに、テーブルの上はすっかり空になってしまった。シチュー鍋も底が見えて、ひっくり返しても何も流れてこない。
アルマちゃんの好物のモツも、奇怪に見えたサソリの唐揚げも、なんだかんだと言って綺麗にたいらげてしまった。
ロースト肉もパエリアも残さずぺろり。ご馳走様でございました。
あぁ~大変だ。食後のデザートがお腹に入る気がしない。
想像以上の持ち込みによって、お腹と心が満たされすぎてしまった。
なんとか片付けをこなして、椅子に腰を預けると睡魔が覆いかぶさってくる。
少しだけ、ちょっぴりだけ夢の中へ、幸せを連れて微睡もう。




