好きなこと 2
お昼ご飯、そこは戦場になると予想された。
お腹いっぱいにご飯を食べたいと思うのは人の性。それが育ちざかりの子供となればなおさら。
我先にと器を持って、掬ったスープを眺める彼らのきらきらした目が心を焦がす。
1人、また1人と重くなったお椀を手渡して、ありがとうと言葉を贈られるのは気分がいい。わたしまで幸せな気持ちになってしまう。
さて、今度こそはペーシェの隣に義兄を座らせようと意気込んだ。
意気込んで、ユーリィさんを隣に侍らせて、魔導工学の話しに花を咲かせる義兄の姿を見るなりやる気を失う。
義兄の性格からして、趣味の話しになると寝るまで終わらない。覚醒するので眠らない。アイデアが次から次へと湧き出して話しが終わらないのだ。
それはそれで凄いことなのだけど、今この時に限ってこんこんと湧き出るアイデアの泉よ、止まれ!
というか、いい加減にしてっ!
ペーシェに近づきたいって言うから恋のキューピットにならんと色々考えてきたのに、これじゃあ何のためにここに来たのか分からない。
本気で恋する気があるのだろうか。
趣味の話しは他ですればいいじゃない。
「お、うまそうだな。チーズの入ったクリームシチューか…………どうした、ベレッタ。ムッとした顔をして」
「隠し味にチーズが入ってますぅー。おいしいですぅー」
義兄に対して不機嫌全開。
隣にいたペーシェがアーディにつっこんだ。
「うわぁ……珍しくベレッタさんが不機嫌。アーディさんが何かしたんじゃないんですかぁ?」
「え、俺が?」
うわぁーーーーーーッ!
分かってないなんて信じられない!
わたしが不機嫌な理由が分からないなんて、恋する資格がないんじゃないの?
わたしだって恋なんてしたことはないけれど、これは酷いと思います。
あんまりだと思います。
もういいです。ユーリィさんと一緒にゴールインしちゃってください。もう知りませんっ!
頬をぷっくりと膨らませ、義兄とは離れた場所に着席します。
しばらくは口なんてきいてあげません。
思い当たる節がないと、頭の上に疑問符を連呼させてこちらをちらちら見るアーディ。
やれやれ本当に、こんな調子じゃ、乙女心も分からないのではないでしょうか。
もうどうしようもないなと思うも、しかしそこは日ごろからお世話になってる義兄。遠巻きに様子をうかがってみます。
運のよいことにユーリィさんを挟んで向こう側にペーシェがいる。何かのきっかけで話しが振られるかもしれない。
一縷の望みをかけて聞き耳開始。
「すげぇ。どれもこれもうまそうだな。しかし焼き魚か。どうやって食うんだ?」
「食べ方知らないの? だったらあたしが教えてあげる」
そう言って義兄の体にべったりと寄り添い、手と手をとって指導し始めた。
ちょ、な、くっつきすぎじゃない!?
別にそこまでしなくても、お皿を自分のところまで持って来て実演してみせればいいじゃない。この時点でわたしの乙女の直感が囁く。
この女性、義兄に気がある。
いやまぁそれは別にいいんだけど。義兄が誰のモノになろうと、2人が幸せになれるなら誰でも。
むしろよくよく考えてみると、魔導工学技士の女性がまだまだ稀有な存在であることを考えれば、彼らの出会いは運命なのではないだろうか。
しばらくして、ハティさん自慢のアップルパイが配られた。相変わらずあまあまな香りを放つそれを見て、子供達はおおはしゃぎ。
当然、義兄も舌鼓。
「ベレッタから聞いてたけど、デザートのアップルパイ、めっちゃうまいな」
「だね。ハティって意外に料理上手なんだよね。よかったらあたしのも食べる? あたしはレシピを教えてもらっていつでも作れるから」
「いや、悪いよ。気持ちは嬉しいけど」
「はい、あ~ん♪」
ほとんど無理やり口元までフォークを差し出されて、渋々といった様子で口の中へほうり込まれる義兄。
照れた表情でお礼を言う彼に、ユーリィさんは満面の笑顔でどういたしまして。
これ、絶対脈ありじゃん!
てゆーかてゆーか、かっ、かかかかか間接キッス!?
驚きあわてふためくわたしが目の端に止まったのか、ユーリィさんは私を横目に、してやったりとにたり顔。
え、なんだろう、まさかとは思うけど、わたしのことを恋のライバルとして見てるんじゃないよね。
それはわたしじゃなくてあなたの隣のペーシェだよ。彼女は彼女ですみれのことしか見てないようだけど…………。
♪ ♪ ♪
結局、グレンツェンに帰ってからもペーシェとアーディに進展はなく、何事もなく家路につくことになりました。
はぁー…………。
帰り道。今日の自分を顧みて反省する義兄の影が夕日に照らしだされた。
「ベレッタ、今日はすまなかった。わざわざ手配までしてくれたのに」
今さらっ!?
「本当です。いくら趣味の話しが盛り上がるとはいえ、これはあんまりです。もう知りません!」
「うっ……本当にすまなかった。今度埋め合わせするから」
「そうですね、それじゃあホタテがいいです」
「ほ、ホタテ?」
「ホタテが食べたいです♪」
それだけ言ってわたしは彼に笑顔を向けた。
浮足立ちでさよならを伝えて、嬉しい気持ちに心躍らせる自分がいる。
ペーシェとくっつけるのは無理だった。だけど、それ以上の収穫があった。敬愛する義兄が幸せそうな顔をしている。
わたしとしてはそれだけで満足なのだ。いずれまた彼女はアーディを求めて国を超えるだろう。
そうなるなら、きっと彼らにとって最上である。
だって魔導工学の話しをしている2人は、本当に幸せそうだったから。
あぁ、運命の女神よ。
どうかわたしの愛する義兄に、幸福の赤い糸を結んであげてください。
本人が目的を達成するために他人に援助を乞うたのに、当の本人にやる気があるのかないのか分からない、訳のわからんやつっていうのは往々にいます。
目移りしやすい性格なんでしょうね。なんにでも興味を持ったり、一つのことに集中すると当初の目的を忘れてしまったりと困ったもんです。こういう人は明確な優勢順位を持っているので、ほとぼりが冷めるまで放っておくのが吉でしょう。
アーディも恋愛より魔導工学が優先なのでペーシェのことを後回しにしてユーリィのところへ行ってしまいます。いかんせん生真面目なベレッタとは食い合わせが悪いようです。
これはもう成り行きですね。




