好きなこと 1
シャングリラにはすみれが魔法を使えるようになるために来たわけですが、それと同時にベレッタは敬愛する義兄の恋の援けをするために頑張っています。
今回は森から帰ってきたベレッタがお昼ご飯の手伝いをして、シャングリラの一端に触れるお話しです。
以下、主観【ベレッタ・シルヴィア】
お昼ご飯に使うキノコをバスケットいっぱいに詰め込んで、大きな狼さんの背中に乗って帰路についた。もふもふの毛皮は金色に輝いて、いつまでも触れていたい気持ちにさせる。
お別れの際に頬ずりをされると、よりいっそう、別れたくない気持ちにさせられた。
動物は好きだけど修道院ではとても飼えない。親や後継人、親族のいない私たちは寄付と市の税金で生かされていた。
グレンツェンは市としてはとても裕福。だけど、貴重な税金を使ってまで愛玩動物を手元に置く余裕などないのだ。
以前、シェリーさんがアニマルセラピーを兼ねて小動物を贈ろうかという話しをほのめかした。
結局は自宅で飼うことになったらしい。少し残念だったけど、次に修道院に来る時は一緒に連れてきてくれるということなので、みんな楽しみにしています。
さてさてご相伴にあずかってばかりでは申し訳ないので、お昼の手伝いをさせていただこうと思います。
エリストリアさんのご指南のもと、お料理スタートです!
「本日のお昼ご飯はお魚の塩焼きとキノコのソテー。それとクリームシチューです。ベレッタさんにはクリームシチューを作っていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「お任せください。材料はここにある分でいいですか?」
「はい。こちらの籠に入っている、ニンジン、玉ねぎ、ジャガイモ、ホタテ、ぽむんぽむんマッシュルームをひと口サイズに切って鍋に入れちゃってください。水はこちらの水瓶から汲んで下さい。牛乳は地下の冷暗室にありますので、あとでわたしが汲んできますね」
ひとつ返事をしていざ調理。あらかじめ子供たちが野菜の皮をむいてくれたおかげで、カットして鍋に放り込むだけで済む。なので1人でも楽々キッチンです。
逆に言うと、調理で最も時間と手間のかかる皮むきから始めると、すごい時間がかかって仕方がない。こういう時はやっぱり人海戦術の右に出るものはないでしょう。
しかも食べ盛りの子供が13人もいる。だから量がすごい。
晩御飯分もあるというから物量が凄い。
籠目編みの背負い籠いっぱいにニンジンと玉ねぎとジャガイモが放り込まれていた。
さらに今朝採れたての貝付きのホタテ。上下の貝殻の割れ目に包丁を差し込んで、梃子の原理を使ってこじ開ける、というのをテレビで見たことがある。挑戦するのは初めてだ。
高級ではないがそれなりに高価な食材。私たちが口にすることなんて滅多にない。少なくともわたしは食べたことがない。焼き牡蠣だって人生で一度しかない。
ニンジンを乱切りにして沸騰させたお湯にダイブ。
ジャガイモと玉ねぎを適当な大きさに切ってダイブ。
灰汁を取り除いて弱火にするため、薪の量を調節。今時、薪をくべる形式とは随分と古風です。
初めてだけど電気調理器よりも、なんていうか、心があったまるというか、火のお世話をしているようでちょっと好きかもしれません。
ホタテ貝を手に取って……包丁を突き立てる…………刃先が滑って手に刺さったら怖いなぁ。
不思議な仕草を見たエリストリアさんが助言を差し入れしてくれた。
「ホタテを剥がすのは初めてですか? こんな感じに、蓋を開けて、身の下に包丁を滑らせるように差し込んで、貝柱を切断してしまえば簡単に取れますよ。やってみてください」
「ッ!? ホタテ貝の蓋って、こんなに簡単に開くんですね」
驚愕するわたしの顔を覗き込んで、エリストリアさんは不思議そうな表情を浮かべた。彼女としてはできて当然のこと。知ってることが常識的な知識に違いない。
なんで分からないんだろう、というような視線が痛い。
てっきり牡蠣みたいに蓋がしっかり閉じられていて、ナイフを突きさすものだとばかり思っていた。
上下の貝の接地面が固く閉じられてるとばかり勘違いしてしまった。
恥ずかしいっ!
顔を真っ赤にしてお礼をひとつすると、『初めてなら、せっかくなので焼きホタテにして食べましょう』と提案してくれた。もちろん、子供たちには内緒で。
そう言うと彼女は鉄板の上に二枚貝を2つ置き、あつあつになったそれを差し出してくれた。
ぷっくりと育ったぷにぷにの白い身が1つ。自ら生み出したスープの上に鎮座ましましていらっしゃる。
貝ごと焼かれてほのかな海の香りが鼻をくすぐった。じゅうじゅうと音を立ててわたしの心を魅了する。
初・焼きホタテ貝。いただきますっ!
「――――――おいしいっ!」
「うふふっ。これが一番贅沢な食べ方なんですよ。新鮮なホタテを貝ごと焼くと、旨味の詰まったスープが染み出して、それはもう幸せな味がするでしょう?」
「以前食べた牡蠣もおいしかったけど、個人的にはこっちのほうが好きかも。味も食感も抜群!」
「ベレッタさんに喜んでいただけて何よりです。それでは、調理再開といきましょう」
おいしい。わぁ~おいしいっ!
つまみ食いという背徳的な行為も相まって余計においしいかも。
シンプル・イズ・ザ・ベストと言うか、素材そのもののおいしさというか、あぁ~おいしいっ!
いつか修道院のみんなにも食べさせてあげたいな。
鼻歌混じりで手を伸ばすそこには白くて丸い、巨大なキノコ。
ぽむんぽむんマッシュルームと呼ばれるそれは、先ほど森に入った際に採ってきた山の幸。
本日のお昼ご飯のキノコのソテーにも使われるこれらのキノコは、わたしたちが知ってるキノコとは少し違う。
少しというか、もはや生態から性格まで全然違う。少しじゃなくて、全く違う。
ぽむんぽむんの名前の通り、このマッシュルームは頭頂部をぽんぽん叩くと『ぽむんぽむん』とかわいい音が鳴る。どうなってるんだこれは一体どうなってるのか分からない。
とにかくこのマッシュルームはそういうもの。頭を叩くとヒダから胞子が撒かれて子孫を残す。
例えるなら、花は花粉を虫に運んでもらうように受粉し、種子を残していく。
これはそれと同じように、ぽむんぽむんと叩かせて胞子を巻き、種子を残す。
驚きなのは、花が虫と共生することと同じように、このキノコは人間と共生する道を選んだということ。
なぜそうなったのかは分からないことであるが、ともかくバレーボールを思わせるキノコはそういう道を選んだようだ。
一見するとぽむんぽむん跳ねるこのキノコ。かわいらしい容姿とは裏腹に、一歩間違えると大変な現象が起こることで有名。しかも2つもある。
1つは数時間前にペーシェが実践。頭を叩くとぽむんぽむん鳴るキノコを面白がって、彼女はドラムを叩くように連打した。
最後の一撃、と、おもいっきり腕を振り下ろしたが最後、その衝撃はぽむんぽむんマッシュルームの中で蓄積、増幅され、叩いた本人に返っていく。
ぽむんぽむんマッシュルームをぽむんぽむんしすぎたペーシェがぽむんぽむんマッシュルームに頭突きされて吹き飛んだ。
余談ではあるが、戦争時にはこの性質を利用して、攻撃を跳ね返す盾の開発が本気で行われていたらしい。
もう1つはキノコが発する胞子にある。
ぽむんぽむんマッシュルームはぽむんぽむんされることによって胞子を撒き、新たな仲間を増やしていく。外的要因によってのみ生殖可能な彼らは、それゆえにか繁殖能力が高い。
今は森を住処にしているけれど、ひとたび胞子が撒かれてしまえば家だろうが石畳の上だろうがどこにでも繁殖し、成長する。
ハティさんのように食べ物が増えたと喜ぶのは間違いだ。キノコを採取する時には必ず胞子が出てしまう。
つまり、一度街に現れてしまおうものなら、胞子ごとぽむんぽむんマッシュルームを駆逐しない限り無限に増殖し続ける。
無限ぽむんぽむんマッシュルーム地獄が始まってしまうという。
以前、シャングリラでも同じことが起こり、家も畑も家畜にすらもぽむんぽむんマッシュルームが大繁殖して、大変な事件になったらしい。
だから採取の際には胞子が出なくなるまでぽむんぽむんしなければならない。衣服に付着させないようにするため、風上で行わなければならない。
シャングリラでは念のため、採取後には服ごと川に潜って胞子を洗い流すように気を付けていた。
ハティさんがいる時は魔法を使って除菌できるということだけど、そうでなければ川へダイブ。寒い日でもダイブしなければならない。
おいしいものを得るためには、それ相応のリスクが必要なのである。
そんなぽむんぽむんマッシュルーム。弾力があり食べ応え十分。シチューに入れてもいい。焼きぽむんぽむんマッシュルームにすれば旨味が染み出して美味。
大きいからステーキにしても良しと調理の幅が広い。
キノコのステーキ。なんだかおしゃれ。
もの珍しく眺めて、ぽむんぽむんマッシュルームの頭を優しくぽむぽむすると、ぽむんぽむんと音が鳴る。
かわいい。肌触りももちもちしてて気持ちいい。これはちょっと癖になりそう。
そんなわたしの姿を見て、エリストリアさんは調理の仕方が分からないと思ったのか、ぽむんぽむんマッシュルームの特徴を説明してくれる。
「ぽむんぽむんマッシュルームは打撃耐性は高いですが、斬撃耐性は無いので包丁を入れれば簡単に切断できます。大きさはひと口サイズであれば形も気にしないので、適当に切っちゃってくださいね。それにしても手際がいいですね。お料理は好きなんですか?」
キノコに打撃耐性とか斬撃耐性って何!?
つっこむのはやめておこう。最後の質問にだけ的確に答えよう。
「はい。修道院では子供たちのお世話をしていて、ご飯の用意もよくしています」
「まぁそうなんですか。それじゃあわたしたち、似た者同士なんですね。親近感が湧いちゃいます」
「エリストリアさんはシャングリラ生まれなんですか?」
「いいえ、わたしは魔界生まれです。角もその証拠ですね。シャングリラで生まれた命はまだ1つです。あの子供たちはみんな人間界と魔界から来たんですよ」
「それじゃあ、シャングリラって古くからある場所じゃないんですね」
「はい、そうです。シャングリラに人が住み始めたのは1年ほど前からです。ハティさんがシャングリラを作ってくれて、病や天災で親族を失った子供たちをみんな受け入れてくれたんです。それからみんな元気になってくれて、畑を耕したり、魚を釣ったり、歌や楽器を弾いて遊んだり、とても幸せな日々を送っています。時々訪れる方々も、本当によくしてくれて、ユーリィさんなんかは特にです。朝食の時に出したチーズを溶かす小鍋も、彼女が作ってくれました。シャングリラから少し離れた場所で街や畑を整備していて、日に日に活気づいているんです。他にも色々あるんですよ」
エリストリアさんは誇らしげに、あれはこんな道具で、これはこんな時に使うと教えてくれる。
本当にシャングリラのことが大好きで、目に映る全ての景色を愛おしく感じてると分かった。
彼女の笑顔の過去に一体どれほどの苦難があったかなど、わたしには知り得ない。
20年程前、人間の勇者と魔界の魔王が戦い、天界の助けもあって人間界側の勝利で世界は湧いた。
敗戦を喫した魔族たちは世界中に散り散りとなり、強烈な差別を受けたし、今もなお軽蔑の眼差しは根強く残っている。
それでも彼らが駆逐の槍玉にあげられないのは、魔王を倒した勇者のおかげ。
彼は異種族の彼らに対して一切の偏見を持たなかった。
滅んだ国からこぼれた魔族の受け皿にもなった。
中には、『国を滅ぼした張本人の傘の元で過ごすなど、できるはずがない』そう言って自害した人、逃げた人も多かったという。
相容れないと分かっていても、たとえ同種を敵に回しても、それでも勇者は全てを守るために戦った。そして今もなお戦っている。
ハティさんもその1人なのだろうか。
彼女の過去をわたしは知らない。
どこで生まれ、どのように育ち、今に至るのか。
だけどこれだけは分かる。ハティさんを尊敬してやまない少女の笑顔があるのは、その心が正義の輝きの中にあるからだと。
そんな彼女たちを見て、素敵な人たちに出会えたと、わたしはとても誇らしく思ったのです。




