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優しい土

シャングリラは孤島で油を手に入れるためには外国からの輸入品に頼るほかありません。

そんな中、レレッチの一言で畑を見に行くことになったレレッチ。

畑と共に育った彼女の奇行に驚く二人。

ツンデレデレデレ少女の日向ぼっこの始まり始まり。




以下、主観【レレッチ・ペルンノート】

 ことの発端はユーリィさんが作ったという魔術回路を搭載した小さな鍋だった。

 魔力を流すだけで鍋の温度が上がり、自分でチーズを溶かしてバゲットの上に流しこむ。食べる直前に調理でき、しかもお手軽に、ちょっとした料理が作れる小鍋を見て私はこう言った。

『これでアヒージョなんか作ったら、おしゃれだしアツアツのまま食べられて便利かも』


 すると料理担当の魔族の女性が何の気なしに聞いてくる。アヒージョという料理を聞いたことがないらしい。

 それはオリーブオイルと刻んだにんにくに野菜や魚介類を一緒に熱して食べる料理だと説明した。

 途端、彼女は飛び上がって、『油を料理に使うなんて、なんて贅沢な!』。そう驚いてみせたのだ。


 今時、オリーブオイルだなんて珍しくもなんともないはず。なんでそんなに驚くのだろう。

 台所兼リビングをよくよく観察してみると、機械的な道具がひとつもない。魔導工学を応用した道具はそこかしこにある。

 しかも、電気を原動力に使った電子機器も見当たらない。


 以前、月刊グレンツェンで特集された魔法至上主義(マジカリスト)の部屋ととても似ている。魔力を扱った道具だけを好んで使用するマジカリスト。

 電子機器を遠ざけ、マジックアイテムや魔導工学で作られた道具。庭の手入れも魔力で動くものを扱い、人によっては手作業すら忌み嫌う。行動の中に魔力が介在しないと落ち着かない人たち。

 ここもそんな性格なのかなと思ったけど、畑は自分たちの手で丁寧に耕した痕跡がある。今だって手で食器を持ってご飯を口に運んでいた。

 ライトなマジカリストなのだろうか。それにしても、本当に機械というものの気配も、取り払った形跡もない。


 不思議なところだ。同じ世界に生きてるとは思えない。辺境の孤島のようだけど、ハティさんやユーリィさんのように外界からの来訪者もいるみたい。

 故意に文化から切り離してるのだろうか。

 まさか本当に文明の利器を知らないのだろうか。

 疑問は湧いて出るも、今は前のめりに迫ってくる黒髪の女性に集中せねばなるまい。


 朝食を終え、畑仕事をするライアンという少年と、黒曜石のような巻き角が魅力的なエリストリアさんとともに畑へ出た。

 農家の娘として、いずれ父の仕事を継ぐ身として、個人的にシャングリラの田畑が見てみたかったということと、ユーリィさんが持ってきた紅芋用に耕した土壌の見学がしたかった。

 それから、もしもオリーブの木を植えるとして、土地の状況がどんなものなのかの確認をいたします。

 彼らが知るところの油の採れる植物は、熱帯雨林に生息するものと、通年を通して穏やかな海の海岸沿いに成るヤシ科の植物のみ。

 話しを聞く限りではオリーブのような実は知り得ないとのこと。ますます謎が深まる…………。

 植物油は他にないのだろうか。米とか、菜種油とか。


 シャングリラはありていに言えば後進国。いや、島かな?

 対してグレンツェンは先進国。毎日のように情報の嵐にさらされると、情報の少ない世界に放り込まれた時に刺激が少なすぎて、逆にパニックになるっていうやつなのかも。

 今まさにこれが私の心中。知ってる人から言わせれば、知らない人に対して『こんなことも知らないんだ』と思うもの。

 だけど、彼らにとってそれが普通。私にとってもこれが普通。

 自分の普通を相手に押し付けてはいけない。普通とは個人の持ち物。押し付けるという行為はただの暴力でしかない。

 そしてここはシャングリラ。

 グレンツェンではない。

 郷に入りては郷に従え。

 彼らの疑問にだけ、単刀直入に答えるが最良。


「この畑が紅芋を植える用に耕しておいたものです。どうでしょう、その油の成る木はこの土壌でも育ちますか?」


 質問されて、先に声が出たのはライアンくん。


「えぇーッ! ちょ、エリストリアのねーちゃん、ちょっと待ってくれよ。ここは紅芋を植える用に耕したのに別のを植えるのかよ。油も貴重かもしれないけど、先に植えるって決めたのは紅芋じゃん」


 ユーリィさんの両親が品種改良したという紅芋。

 蒸かした芋は甘く、子供たちに大人気。自分たちでも植えようと田畑を耕してる真っ只中。

 そこへ突然、別の作物を植えようというのだから反発があって当然。

 しかもオリーブの実は甘くない。甘くない作物よりは甘い作物が欲しい。

 甘いは正義である。


 でも料理人としては、油の成る木も魅力的。


「そ、そうだけど……油の木は捨てがたいし、でもやっぱり甘いお芋も……」

「えぇっと、オリーブの木はここまで丹念に耕してなくても大丈夫です。それよりは通年を通した温度変化と日当たりが重要です。シャングリラの月ごとの平均気温の情報はありますか?」

「月ごとはちょっとわからないけど、春と秋は寒い時で0~15度。夏は20~30度。冬は5~-10度ってところかな」

素晴らしい(エクセレント)! 花をつけるために必要な温度も大丈夫そう。冬から春にかけて、暑すぎると実をつけるための花の数が減ってしまうから。あとは日当たりの良い開けた場所があれば最高なんだけど…………とまぁ、それは置いといて、ちょっと失礼」

「開けた場所なら、少し森を切り拓いて作ることはできるけど、って、何やってんだ!?」


 ふむふむ、丹念に掘り返された柔らかな土。

 元々は雑草が生えていたみたい。森の落ち葉とまとめて焼き畑にしてる。

 粉砕して微生物に分解された貝殻や海産物の骨や肉も混じってる。

 それから発酵させた人糞と腐葉土も。本当に熱心に、愛を込めて耕している。

 その証拠に少し土を持ち上げたら、おいでませミミズ(畑の働き者)

 元気にうねってらっしゃる。畑の益虫としてよく知られるミミズがこんなに元気にたくさん活動しているではありませんか。

 畑の中の有機物や微生物を食べて作物を育てるのに適した土壌を作ってくれる。まさに働き者。一番の功労者。

 しかも魚の餌として非常に有用である。海が近いシャングリラでは非常に重宝された。

 陸でも海でも空の生き物に対しても、食物連鎖の最下層でほぼ全ての生物の縁の下の力持ちだというのだから頭が上がらない。

 農耕を営む者として、尊敬の念を常に持ち続けるべき相手なのです。ありがたや。


「うん。柔らかくてたっぷり空気を含んだ質感。丹精込めて作ったことがひと目でわかるお味です。おいしゅうございました」

「や、やべぇ。ゴバのおっちゃんと同じことしてんぞ、このねーちゃん。土を食ってやがる。土と生きるやつって、みんな土の味が分かるもんなのか?」


 これは私の癖というか、子供の頃に父の真似をしてたら自然と身に付いただけのこと。

『土壌の良し悪しは食えば分かる』

 それが父の口癖。よく畑を回っては土の味を愉しんでいた。

 子供の頃の習慣だから、当時はこれが普通だと思っていたけれど、物心がつくにつれて普通の人はやらないんだなと確信する。

 でも父が言ったことは間違いではないということも確信していた。だから良い土を見るとついつい食べたくなってしまう。

 グレンツェンに来てからも、記念公園の土から始まって、一般家庭で栽培されてるポットの土すら口に入れたくなって仕方がない。

 誰も見てない時に、すこぉ~しだけペロリしてるのは内緒です。


 とにもかくにもここの土は最壌(最上)

 何を植えてもうまくいくだろう。

 なのでここには紅芋を植えるべきだと思います。元々それ用に作ったわけだし。

 ライアンくんが耕したということだけど、どこか愛の味を感じた。おそらく彼には好きな子がいて、その子のためにおいしいお芋を作ってあげると約束したに違いない。

 と、感じたことをそのまま伝えると図星なのか、顔を真っ赤にして下手くそに否定した。

 図星のようです。初々しい。

 だからこんなにも素敵な土なんだ。羨ましい♪


 さてさてそれでは場所を移して森の入り口。

 小川の近く。水はけのよい土壌で日当たり良好。

 少し森を拓いたらすぐにでも植樹ができるベストスポット。

 四季の温度変化も問題ない。

 あとはこまめな剪定をして枝の隙間を開ける作業が必要。若干の作業を要せど、彼らの勤勉さがあれば問題ないでしょう。肥料もばっちし。水のやりすぎに注意してあげれば元気に育つに違いない。

 少し気になるのは、やっぱり近くに小川が流れてるということかな。

 水はけが良いとはいえ、湿った土がどのくらい深くにあるかが地表からでは分からない。さしたる問題ではないかもしれないけれど、知っておいて損はないでしょう。

 と、いうことで、得意の掘削魔法で大地を抉る。

 白い土から30cm程堀ったところで色が変わった。思った通り少し浅い。

 湿ってるけど水浸しではない。このくらいの湿度であれば水を吸いすぎることもないでしょう。

 オリーブの木は頑丈でサボテンと同じようにあまり水を必要としない。逆にやりすぎると腐ってしまう場合があるので要注意。


 心配事も消え去った。

 心も晴れやか、空も快晴。

 こういう日は日向ぼっこをしたい気分です。

 父の真似っこ、その2。土中でお昼寝。

 陽に照らされて温まったふかふかの土を被せ、やや湿ったしっとりとした土を背に受ける。

 あぁ…………なんと素敵な日曜日。


「なぁ、エリストリアのねーちゃん。レレッチのねーちゃんが土の中に埋まって寝ちゃったけど、どうすんだ、これ」

「ええっと…………気持ちよさそうにしてるし、しばらくこのままでいいんじゃないかな。お昼になったら呼びに来ましょう」

「お、おおぅ…………」

まず始めに、無菌状態が約束されていない土を体内に摂取すると思いもよらない病気になるので絶対にダメですよ。

破傷風になったら最悪、死にますからね。真似をしてはいけません。しないでしょうけど。


土の中に埋まって日向ぼっこはさすがにないでしょうけど、ともあれ仰向けになって空を見上げるってのはなかなかいいもんです。青い空。白い雲。人類にはぼけーっと過ごす時間も大事です。

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