孤独に気づく 2
以下、主観【ペーシェ・アダン】
はめられた。
豪華な料理を目の前にして思う言葉はそれ。
久しぶりに父親がグレンツェンに戻り、愚弟は取り巻きの女の子と一緒に外食に出かけていると聞いていた。
両親と、それから従姉妹のルーィヒと一緒にご飯でも食べようと誘われて、のこのこ足を運んだのが間違いだった。
従姉妹とはいえ、なんでルーィヒまで一緒にと一瞬疑問が湧いたけれど、女の子好きの父のことだし、シェアハウスに残される彼女のことを気遣ってるのだと勝手に勘違いした。
実際はエサ。勘違いさせるための囮。あたしをおびき寄せるエサにルーィヒは使われた。
とんでもねぇ母親だ。あたしだけならともかく、ルーィヒまで巻き込むだなんて許せん。
父さんも父さんで加担するなよ。てか、これだけ美少女が集まってるなら、あたしたちなんていらないだろ。勝手に眼福してろよ。
悪態をつくなり母さんは『こうでもしないとマルコと一緒にご飯を食べてくれないでしょ。久々に再会したんだから、少しは仲良くしなきゃね。それに女友達が一緒だから、マルコも変な発言しないでしょ』という始末。
言いくるめられるがままに、半強制的に席につかされた。
ルーィヒはどちらかと言うとあたしに協力的ではあるが、『せっかく遠く離れて暮らす家族の夕食なんだから、今日ぐらいは我慢なんだな』と背中を押す始末。
終わったら速攻帰る。
それだけを念押しして料理を口に押し込んだ。
おいしいのだが、愚弟と一緒の食卓は不味い。
しきりにあたしに話しを振ってくるのもうざい。
取り巻きの美少女たちも、露骨に外堀を埋めようとして、無条件にあたしを持ち上げようとする姿勢には辟易する。あたしはそんなに軽い女じゃないっつーの。
嗚呼、ひと区画向こうには愛しいすみれがいるというのに、どうしてこんなに遠く感じるのだろう。
実はあたしの実家はフュトゥール・ストリートにあり、すみれたちがシェアハウスしてる家からはそう遠くない。というかかなり近い。
ルーィヒに肘をつかれて表情が顔に出てると注意されるが、心がすみれの横にいたいと願うのだから仕方ないじゃないか。
今すぐ飛んでいって抱きしめたい。こっちの飯は不味いけど、あっちのご飯はさぞおいしいんだろうなぁ。
すみれが魔王の手先にさらわれかけているところを、颯爽現るあたしがかっこよく助ける。
そんなシチュエーションが降ってわかないものだろうか。今日ばかりは悪の存在の登場を渇望してやまない。
なぜならあたしにとっての魔王、というよりは防御力ばかり高く鬱陶しい湿度を持った三下モンスターが目の前にいるから。
取り巻きはそう、中身は残念だけど外面に騙されて忠誠を誓うアホおっぱいモンスター。1人だけ貧乳だけど。
ひたすら主人にバフをかけまくって、全ての会話を完結型でしゃべり倒し、人の話しを一切聞く気のないような、そういう面倒臭いやつ。
「ちょっとペーシェ。もうちょっと頑張るんだな。ペーシェが頑張らないと、話しがボクのところに飛び火してくるんだな」
「もう帰りたいよぉ。あとでコンビニ寄って、アイスかお菓子買って、すみれのところに遊びに行こうよぉ。ついでにお泊りしてさ、すみれと一緒にお風呂入ってさ」
「お前、日に日に患ってきてるんだな」
「そんなことありませんー。普通ですー。…………あふんっ! 電話だ。こんな時間に…………お、すみれからだ。ひゃっふぅ~♪」
「変な声を出すんじゃないよ」
なんとあたしの女神様からの電話じゃないか。
意気揚々といった気分で着信に出ると事態は一変。電話口むこうのすみれが泣いてるではないか。事件か。何か事件に巻き込まれてるのか。
…………っは!
これはまさか、悪の組織にすみれが狙われてるというやつなのか。
そうであってもそうでなくても、いつも笑顔満開のすみれが号泣だなんて異常事態に違いない。こうなれば何がなんでも現場へ急行だ。それ以外の選択肢などあたしにあろうはずもない。
母さんの制止を振り切り、父さんの通せんぼを力技でワンパンチ。
愛しいすみれの元へいざ参らんッ!
かけつけた家の玄関にゆきぽんを肩に乗せたハティさんが立っている。事情を説明するよりも先に中に突撃。
そこにはリビングの椅子に座り、伝統工芸品らしきあひるの置物を眺めて涙するすみれの姿があった。
声をかけ、振り返るとあたしの胸に飛び込んで不安をぶちまける。
寂しかったと、一人ぼっちは怖かったと、恥ずかしがることもなく素直な気持ちを打ち明けてくれる小さな肩は震えていて、抱きしめると安心したのか、少し落ち着いた様子を取り戻した。
もう大丈夫だと頭を撫でようとするも、おでこだけはきっちりガード。
そうだった。自分でも分からないらしいが、おでこを触られるのが嫌いなんだった。
それにしてもこんな感動的な場面でそこを貫くとは、よほど触られたくないのだな。もちろん、触られたくないと言われて触りたくなるようなゲスな性格はしていない。そこまでではない。自称にすぎないけれど。
だからぎゅっと抱きしめて、ちゅ~したい気持ちを抑えながら言葉をかける。
けど、なんていうか、うるんだ瞳に満面の笑顔。
無垢すぎるがゆえに汚したい。
あたし色に染め上げたい。
やばいやばい。フェアリーのようなすみれの顔を見てると心の中の悪魔が出そうになる。
てへぺろぽん♪
「突然呼んでしまってごめんなさい。どうしても、どうしようもなくなってしまって…………。こういうことはきっといずれ来るだろうと覚悟してたけれど、いざその時になると、寂しくなっちゃって」
涙目上目遣いとか、心臓が爆裂しそうですわ。
「いいんだよ。すみれが困った時はいつでも頼ってって言ったのはあたしだもん。それよりよかった。すみれが落ち着いてくれて。あ、なんなら、みんながいない時は代わりにあたしが一緒に寝泊まりしてあげるよ。その時はきっとルーィヒも一緒だよ。ねっ?」
「まぁシェアハウスしてるから、ペーシェがいなくなったらボク1人になるわけで、それならボクも一緒についていくけど」
「1人はよくありません。ぜひ一緒に来て下さいっ!」
「お、おおぅ、ありがとうなんだな」
2人ならより楽しい。3人ならもっと楽しい。
ハティさんも賑やかなのは嬉しいみたい。自然と笑顔になって、コップを4つ取り出した。
「みんなと一緒。すっごく楽しい。これから晩御飯なんだけど、2人は食べる?」
「ええと、実はさっきご飯してたところで、そうだなぁ、少しだけ頂けるかな?」
「ボクはもう無理だからいらないんだな。気遣ってくれてありがとう」
「そうなんですか。ではすぐに用意しますね。今日はネギマグロ丼ですっ! すぐに作りますっ!」
ささっと作ってしまったそれはピンク色のもしゃもしゃした物の上に、白くてドロドロしたものを流し入れ、刻みネギをこれでもかと乗せ、お醤油を垂らした丼。
はいどうぞと手渡されたそれは、嗅いだことのない微妙に生臭い香りを放っている。
醤油はなんかいい匂いがした。白いやつはなんていうか、匂いは感じないし味もよくわからん。なんて表現すればいいか分からない。
それにしてもこの量。1食分と思しきこれはどう考えても『少し』を逸脱してる。
それもそのはず、小鳥遊すみれ。小柄なわりに大食漢。体のどこに入っていくのかというくらいよく食べる。
ダメ押しにハティさん。体格がいいのは分かるけど、あなたも食べすぎレベルで注意報。いくら人より胃が大きいだろうと言っても限度がある。
そんな物差しの持ち主の『少し』は『少し』なんだろう。しかし、一般的な人間の物差しと比べるとはるかに大きい。
しくじった。これはアカンやつやでぇ。しかししかし、すみれの出した食べ物を残すわけにもいかぬ。これ以上、彼女に涙を流させてはならぬ。
謎の義務感で胃に消化液を流し込み、今まで食べた不味飯を消滅させていざ参る。
…………うぅむ。
スーパーで調理した魚の残りをタタキにしてご飯に乗せた丼料理と目を輝かせるところから察するに、彼女の好物の1つなのかもしれない。
が、文化なのか、味覚なのか、なかなかどうして微妙なお味。
生臭さばかりが気になってしまう。
驚くべきことなのだが、彼女にとってはこの魚臭い感じが、魚の旨さだと感じるのだそう。
生臭いは生臭いだろう。と思ってしまうのはグレンツェン人の感想。
やはりここは文化の違いか。倭国人の舌は鋭敏で、味覚が鋭く欧州人なんかよりもはるかに味を知覚する精度が高いという。そういう類のものなのだろうか。
ハティさんは明らかに倭国人ではないけれど、嬉々として丼を傾けている。
まぁこの人は熊だろうが虫だろうが、食べられるものはなんでもおいしいと感じるのだろう。
それがどんなに幸せなことか。今、身をもって体感した。
未経験の味、食感、匂い。空腹ならすみれ補正がかかって死んでも食べきれる自信があるのだが、先ほど入れてしまった不味飯のせいか手が進まない。
悔しさのあまり目頭が熱くなってくる。まがりなりにも、これはあたしのために出してくれた料理。それを無碍にしたくないという気持ちと、これ以上は限界と泣き叫ぶあたしの体が二律背反した。
どうするあたし。どうすればいいのだっ!?
あたしの気持ちを察したルーィヒが助け舟を出してくれた。さすが自称魂を分けた双子よ。
「無理して食べたらナイアガラの滝なんだな。ごめん、すみれ。ペーシェが無理そうだから食べてもらってもいいかな?」
「ふえ? お口に合いませんでしたか?」
いかん。返答を間違えたら泣くかもしれん。
「ちがくてちがくてっ。さっきご飯食べてきたばっかりで、思った以上に限界だったってだけ。味は……まぁ文化の違いってやつかなかなかどうして不思議な味だったよ。でも不味いってわけじゃない。あたしのために作ってくれてありがとう」
「そ、そうでしたか。これは失礼しました。でも私も、お昼にいっぱい食べすぎたみたいで……」
「それだったら私がもらう。お残しはよくないからねっ」
「あ、ありがとうございます」
ハティさんのどや顔が炸裂するままに、彼女は勢いよく胃に流し込む。
それは見事な食べっぷりで、そのまま世界中の食べ物を食べつくしてしまうのではないかと思うような、素晴らしい姿だった。
食べ終わりのどや顔も忘れない。さすがです、ハティさん。




