孤独に気づく 1
以下、主観【小鳥遊すみれ】
初めての場所は緊張する。
それ以上に、自分の知らないものと出会えるかもって思うとドキドキしちゃう。
ダーインさんよりムキムキな男性に促されるままに厨房に入ると、ステンレスという一面銀世界に放り込まれた。
業務用冷蔵庫の中にはお魚さんがたくさん詰まっていて、宝の山と言って差し支えない。
料理をする時もグリムさんが親切にしてくれたから、あんまり緊張しなかった。
それに私の料理を食べて、みんながおいしいって言ってくれたことがなにより嬉しかったなぁ。
そのまま総菜コーナーの調理場も見学させてもらって、グレンツェンで好まれる料理の作り方も教わっちゃった。
特にパプリカと呼ばれるカラフルなピーマンみたいな野菜。
苦味が少なくて甘味が強く、カラフルな見た目がハートにずきゅんっ!
今日はこれでパプリカの肉詰めにしようと思います。
それからそれから、余ったお魚をタタキにして味噌を和えてなめろうにしたものを貰ったので、白米に乗せてとろろを乗せて、お醤油をちょっとたらして刻みネギをいっぱい振りかける。ネギマグロ丼にしようと思いますっ!
ただいまを言って扉を開けると、おかえりの声が…………聞こえないッ!
部屋は真っ暗。誰かがいる気配はない。
2階の電気も点いてない。
……………………はっ!
そうだった。今日はキキちゃんとヤヤちゃんとアルマちゃんは実家に帰ってて、明日の昼ごろに戻るんだった。
ハティさんは夕方には戻るって行ってたけど、まだ帰ってきてないようだ。
ゆきぽんもティレットさんたちの家に行っていて今はいない。彼女たちもまだ帰ってきてない。
どどど、どうしよう。
今思えば、狭い空間に1人っきりという経験がない。
故郷の島にはいつもおばちゃんたちがいた。
いつかご飯になってくれる鶏さんたちもいっぱいいた。
グレンツェンに来てからも、見ず知らずの人とはいえ、多くの人たちに囲まれていた。家の外でも中でも常に誰かと一緒だった。
孤独。
物音ひとつしない静寂の中、心細さマックスな私の思考は停止する。
こ、こんな時は…………あひるのたーくんを呼び出すしかないっ!
彼はガラスの体で出来ていて、壊れやすいのでいつもは自室の机の上にいる。彼は休むことなくごはんをつっついている。
今日は彼をリビングの上に持って降ろします。なんというか、動くものがあると少し落ち着く。
返事を返してはくれないけれど、とりあえずこれで寂しさを紛らわそう。ハティさんが帰ってくるまでの辛抱だ。
頑張れ小鳥遊すみれ。
負けるな小鳥遊すみれっ!
孤独に打ち勝つ勇気を長年付き添った大事な友達からもらい、ハティさんが帰ってくるまでに料理に没頭しよう。そうすれば寂しさだって忘れてしまうはず。
ダイニングから見える彼はこっくりこっくりと私を励ましてくれている、気がする。
それは私が5歳の誕生日におじちゃんからもらった大事な大事なお友達。
ドリンキングバードと呼ばれるおもちゃは人形遊びの代わりとして、私の隣にずっといてくれた親友なのです。
でも本当にガラスの体でできているから、壊れてしまったら大変なので、人の目には触れないように気をつけてます。
見るのは構わないけど、壊れたら怖いので触るのはNGです。
私のおでこの次にダメなやつです。
さぁ~てさてさてさぁ~てさて♪
ボウルにひき肉を入れて小麦粉と卵を割って、混ぜる前にハティさんが玄関にいないかチェック。
まだ帰ってないようです。
こねこねして、パプリカを半分に切って、お肉を詰める前にゆきぽんが帰ってないか冷蔵庫の上をチェック。
まだ戻ってないようです……。
フライパンに油をひいて、肉詰めパプリカを置いたら蓋をします。待っている間にキキちゃんたちがお部屋にいないかチェック。
やっぱり今日は帰って来ないみたいです…………。
こんがり焼き目のついた肉詰めパプリカをお皿に盛り付けて、スライスしたバゲット、コーンスープを用意して、もう一度玄関をチェック。
そこには誰もいませんでした………………。
――――――あばばぶぶぶっぶぶっぶぶいうぃ。
ど、どうしようどうしよう。
1人がこんなに辛いだなんて思いもしなかった。
いつかこんな日が来るのだろうと覚悟はしてたけれど、慌てふためくほど心細くて、心がそわそわしてしまって、時間が経つのがこんなにも長く感じるだなんて想像の外。
なんだか分からず、言いようのない不安が身を襲うような、心まで止めてしまうような冷たい風が背筋をなぞるような、なんて表現していいかわからない恐怖に怯える心臓がドクンドクンと大きく脈打った。
このままでは死んでしまう。
きっと寂死死にしてしまう。
なんとかしなくては。
なんとかしなくてはっ!
脳裏に浮かぶペーシェさんの笑顔。
しかしこんな時間に電話をしたり、家に押し掛けるだなんて失礼極まる。
それに今は弟さんとお父さんがグレンツェンに帰ってきていて、家族水入らず、一家団欒の時を過ごしてるかもしれない。
もしそうならお邪魔でしかない。
ペーシェさんに迷惑はかけられない…………でも、でも……。
相手への気遣いと不安から受けるプレッシャーに押しつぶされ、私はスマホを手に取った。




