恋の悩み 3
場所を移してグレンツェン大図書館1階のカリー料理店へ。
スパルタコが恋の相談を聞いてくれたお礼に昼飯を奢ってくれるという。なのでご相伴にあずかることにいたしました。
ナマス国出身の家族が経営するグレンツェンきっての有名料理店。扉が開くたびに香草の香りが鼻をくすぐり食欲をそそるとあり、足をとめて吸い込まれていく人が多い。
おかげで昼時は大繁盛。行列ができることも珍しくない。
今日も当然のように列を作り、店外のテラスにはカリーのかぐわしい香りを楽しむ人で埋め尽くされている。
この人の多さ、料理がおいしいのはもちろんなのだけど、ここの店主が本当にいい人と評判が良い。
いい人すぎて逆に悪人なんじゃないかと噂されてしまうほど。
先日誤発注したという食べられる食器を消化できたのも、ヘラさんの口利きがあったとはいえ、店主さんの人の好さが功を奏した結果である。
でなければ数万個に上る在庫をなんとかしようと手配するお人好しなんてそうはいない。
良き魂には素晴らしい輝きがついて回るものなのだ。
だからこそというか、店側からすると嬉しい悲鳴なのだが、人気すぎてすぐにランチにありつけそうにない。
スパルタコはすんなり座れた椅子に腰をかけてひと安心。
「昼時を少し過ぎたから空いてるかもと思ったけど、さすが超人気店。そんなことなかった」
ガレットもひと段落ついたと安堵のため息をもらす。
「でも注文まではすんなりいきましたね。テラスで食べるお昼ご飯も素敵です。公園に咲く花々を眺めながらの食事だなんて、とっても贅沢です」
お花が大好きなガレットは、いつも必ずテラス席を選ぶ。
「ほんとそれだよね。大図書館1階のカフェテラスの醍醐味はやっぱりここだよ。店内が空いていてもこっちにくる人がいるくらいだからね」
かく言うあたしも雨が降ってない限り、基本的にはテラス席。
「ええ、本当に素敵ですわ。ありがとうございます、スパルタコさん」
ティレットも楽しそう。友達と楽しい時間を共有することの素晴らしさを満喫中。
「いやいやこちらこそ。相談に乗ってくれてありがとう。でもこのことはとりあえず内緒ということにしておいてくれ。特にペーシェには」
「ペーシェさんがどうかしたのですか?」
「絶対からかってくるから。邪魔まではしないだろうけど、面倒くさくなりそう」
「あたしがなんだって?」
スパルタコの背後に理不尽魔王の影。もといペーシェの姿があった。
さらに後ろにエマ、ウォルフ、ライラックの苦笑いの顔が並ぶ。
ペーシェは今日の午前中に行われた【幾何学】【アンガーマネジメント】。3人は後半の【アンガーマネジメント】の講義を受け、ちょうどお昼にしようとスパイスの香りに誘われると、聞き覚えのある声がして背後をとった。
背後はとらんでよくないか?
まさか。そんな顔をして振り返るスパルタコの目の前に仁王立ちするペーシェ。
何も言わずにっこりと笑顔を振りまいて、『せっかくだから一緒のテーブルでお昼をしよう』と言い残してナマスカールの中へ消えていく。
「やっべぇ。まさか本人が背後にいたとは」
スパルタコは悪い意味で肩を落とした。
「でもまぁ2人は気の知れた仲だし、ある程度のことはご愛嬌でしょ」
というのはお世辞。ペーシェはスパルタコのことを本気でモルモットとしか見てない。
「幼馴染がいるだなんて、羨ましい限りですわ」
ティレットのこれは本心。本当に裏表のない性格してる。
「いや、幼馴染というか腐れ縁だよ」
「腐れ縁というか、同族嫌悪だよ」
「同族かよ……って、早かったな」
再び理不尽魔王がモルモットの背後をとった。
「エマとウォルフが注文しに行ってくれるってことで、机を作りにやってきたのさ。さて、スパルタコのあたしに聞かれると面倒くさそうになるという話しを聞こうじゃないか。わくわく♪」
苦虫を噛み潰したような顔のスパルタコとは違い、にやにやといやらしく獲物を追い詰めるペーシェはとても楽しそう。
なんだかんだで仲がいいのに友達止まりなのはやっぱり同族嫌悪なのだろうか。ノリツッコミもよくかまして、キッチン・グレンツェッタでも2人はムードメーカー。
てっきり彼氏彼女の関係だと思っていたけれど、2人はお互いにその気はないと断言した。
傍から見てれば相性良さそうなのに。そこは昔からよく知るからこそ、お互いのいいところと悪いところを知っていて、一線向こうに両足一緒に踏み込むことはできないと理解してるのだろう。
今回はペーシェのしたり顔に乗っかって、男子のコイバナに食いつきます。
ことのあらましとしては、声をかけた少女たちから親身にされて、その時のかわいい笑顔が忘れられない。最近はいつもあの子たちのことばかり考えて上の空。
ですってーーーーーーーっ!
いやぁもうなんといいますか、青春ですなぁっ!
え、なに、ひと目惚れですか。
笑顔がかわいくて忘れられないってか。
青空を眺めて上の空ですか。
ピュアボーイかッ!
こっちが恥ずかしくなるわっ!
純真無垢な男子の心を聞いて案の定、ペーシェが腹を抱えて大爆笑。
スパルタコの予想通りに人目もはばからず、大声で熱唱し始めた時はさすがにヒいた。
空まで飛んで行ってグレンツェン中に触れ回りそうな彼女を捕まえて椅子に座らせ、運ばれてきたランチを口の中へほうり込む。
だから言いたくなかったと俯くスパルタコ。
自分のことのように赤面してご飯どころじゃないガレットとライラック。
素直に彼の恋路を応援するあたしたちは、まだ平常心でいられてるみたい。
闊達で前向きな性格のウォルフが楽しそうにスパルタコに檄を飛ばす。
「で、今日はそれもあって手紙の書き方をどうしようかって頭を悩ませたってわけ。いやぁ青春ですなぁ。グレンツェンの訓示にある『一生青春』ってやつですなぁ」
ウォルフがスパルタコの背中をばんばん叩く。
あたしたちの香りを嗅いで耳をぴくぴくさせてたところを見ると、差し入れにチョコレートケーキを持ってきたことに気づいたのか、もしやもしやと期待して上機嫌。
恋バナに鼻先つっこめて上機嫌。
「たしか船長さんの双子の娘さんですよね。料理が上手で元気な笑顔がトレードマークの」
エマも興味津々。そわそわがとまらない。
「でもさぁ、酒を飲んだ勢いで言ってたけど、親父さんは、娘は鯨漁師になるやつに嫁がせるって言ってたぜ。それってつまり、最低でも船長クラスのふんどし超人にならないといけないってことだろ。ハードル高くね?」
ウォルフの言葉で鼻血が出そうになる。彼の筋肉は凄まじいものだった。
「壁が高いといっそう燃え上がるやつです。ね、スパルタコさんッ!?」
ガレットの熱量がひときわ高い。
恋に恋してんなー。
「ん、お、おう…………まぁな…………」
「スパルタコが、ふん、ふんどし…………ぷぷふぅーーーッ!」
「汚ねぇ噴くなッ!」
こいつの笑いのツボが謎すぎる。
むしろスパルタコがマッチョになってふんどしとか、最高だろ!
ペーシェを遠目に無視して、ライラックが恋バナに花を生ける。
「状況はよくわかりませんが、ようするに鯨漁師さんになればご両親の許可が下りるということですよね。だったら鯨漁師になってしまえば、おそらく最も高い壁である『両親から認められる』という課題はクリアですよね。そうしたらスパルタコさんの好きな方も、スパルタコさんに少なからず好意を持つのでは?」
鯨漁の実情を知らないライラックはわくわくしながら将来の展望を語る。が、ことはそう単純ではないのだ。
ウォルフは彼の日を思い出してライラックの肩に手を置いた。
「いやぁ~~、ただの漁師じゃなくて鯨漁師ってところが難易度最高峰なんだよ。前祝の時に展示してあったやつがそうなんだけど見てないかな。そうだペーシェ、あたしたちが漁に出た時の動画ってある?」
問いかけるもペーシェは笑う屍。窒息死しそうでこっちの話しは聞いてない。
笑い死にしかけのペーシェからスマホを奪ってライラックに当時の様子を見せてみると、これは現実の出来事なのかと疑問が飛び出た。
そりゃそうだ。まるでファンタジーの世界の出来事だったもんなぁ。
1000m超えの鯨が存在するだなんて誰が思う?
死と隣合わせの漁をするやつを婿に入れるといわれても、これでは婿の候補がいない。となると彼女たちは結婚できないのでは。
超巨大鯨ごと海を氷づけにしてしまうティリアンさん。
ハティさんを投げ飛ばすほどの怪力を持つデアヴォルブさん。
鯨を仕留めるほどの超重量級アンカーを人力で射出するアッチェさん。
それを空中で受け止め放ち、巨大生物を即死させるハティさん。
無理ゲーでしかない。
百歩譲ってデアヴォルブさんのポジションが現実的である。しかし彼には船員の命を預かる船の長としての責任。知識と経験があってこその船長。
よくよく考えると、目立ってたのは他の3人だったけど、今思えば、あの漁の屋台骨はデアヴォルブさんで間違いない。
漁の後継を探す船長としては、自分の仕事を義理だとしても家族に継がせたいと思うのが人情。
であればスパルタコは人々の信頼と漁の知識、船の経験、鯨漁の全てを任せられる肉体と知識と経験を得なければならないということになる。
これは…………ウォルフの言う通り、ハードルが高い。
もっとも、彼の愛がこのハードルより高いのであれば問題はない。
しかしながら普段の素行を見ているとそうは思えない。残念ながら。
通り過ぎる女の子には誰彼かまわず声をかける。
ここに来るまでにも知り合いの女の子とおしゃべりを楽しむ始末。
本気で恋をしてるのかと疑ってしまった。
それとこれとは別腹と言い張る彼に腹を立てるあたしは狭量だろうか。
恋に恋するガレットはスパルタコの恋のチアリーダー。
「ともあれまずはお手紙。平行して肉体づくりですね。頑張ってくださいっ!」
「タコ野郎が、にくたいかいぞッ――――ぷふぅーーッ!」
ペーシェ、そこは最高だろうが!
「過去に何があったのかは知らないが、笑いすぎでないかい?」
机につっぷして笑いを堪えないペーシェの後頭部に問うも、答えは返ってこない。
「仲良きことは素晴らしきかなですが、慇懃無礼はよろしくないかと」
常識的なティレットはたじたじ。上流階級では見慣れない挙動にどうしたらいいか分からない様子。
一般人にも分からないけどね。
「あぁいいのいいの。こいつは昔っからこうだから。慣れた」
「そ、そうなんですか?」
慣れちゃダメじゃね?
慣れたからペーシェがこんなんになったんじゃね?
よし、こいつはひとまず無視しよう。
「ペーシェはもうなんかうるさいからほっとこう。ティレットの言う通り、まずは手紙を出してから考えようじゃないか。返事があれば脈ありかもだし、なくてもハティさんに頼んで遊びに連れてってもらえばいいじゃん。面と向かって会ったら何か変わるかも。その時になったらあたしにも声をかけて。またアイザンロックに行きたい」
また行きたいねと同意が集まる声にもまれて青写真が浮かび上がった。もう鯨漁には行きたくないけど、芸術作品のような街並みを、今度はしっかり見て回りたい。
できれば王城にも入って、高いところから街を一望したいものです。
それはどんなに美しい景色だろう。
チャレンジャーズ・ベイに広がる石畳を踏み越えて、景色が変わるたびにわくわくしてしまうくらいなのだから、アイザンロックに佇む白銀の街並みを見渡したのなら、どんなに心揺さぶられるだろう。考えただけでもドキドキしちゃうなぁ。
白の布地に白の刺繍が似合いそう。多種多様な白で彩る極北の作品。創作意欲がかきたてられるぅっ!
ドキドキするといえばもう1つ。スパルタコの肉体改造。
身長はあるほうだし、きちんと筋トレをして適度な食事を摂ればかなり体格がよくなるはず。
デアヴォルブさんレベルのガチムチバルクにはなれないだろうけど、しかしなかなかいいセンをいけるではなかろうか。
ウェイターとして働いてるせいか、細マッチョ程度の筋肉はついていた。力仕事も多いようで、全体的に良い肉の付き方をしている。
漁に出るなら併用して肉体強化系の魔法を習得するべきだ。肉体強化系の魔法は素の筋力や身体能力が高ければ高いほど、飛躍的にその能力を上げていくわけだから、やはり肉体改造は避けられない。
ならばやはりマッチョになるしかない。
そうだマッチョになるしかない。
そうとなれば善は急げ。
カリーなんか食ってる場合じゃないぞ。
筋トレからのたんぱく質。
筋トレからのプロテイン。
お前に必要なのはそ――――――
「なんかひとしきり叫んで、鼻血を噴き出しながら幸せそうな顔で失神したけど、ハイジはどうすればいいの? (ウォルフ)」
「鼻血を出しているのであれば木陰に移動して安全体位にしましょう。息はしているようですし、しばらくはそれで大丈夫だと思います。お医者様! ここにお医者様はいらっしゃいますか! (ティレット)」
「まじかよもぅ……こんな大事になったら飯どころじゃなくなるじゃん。今度からハイジの前で筋肉の話しはご法度な。とりあえず木陰に引っ張るか。よっこいしょ (ウォルフ)」
「よっこいしょ? (スパルタコ)」
「ど、どうでもいいところを指摘するなっ。そんなんじゃ先が思いやられるな! (ウォルフ)」
「そうそう、体を起こす時とかに声を出したら、骨折や筋肉断絶のリスクが減るって研究結果が出てるんだよ。ウォルフはそれを実践してるだけ (ペーシェ)」
「ちょ、ペーシェまでからかうなよ (ウォルフ)」
「ごめんごめん。あとでチョコレートケーキを奢るから♪ (ペーシェ)」
「あ、チョコレートケーキと言えば、スパルタコさんとハイジさんから頂いたものがありますよ。晩御飯のあとにみんなで食べましょう♪ (ガレット)」
「お、やったぁ~♪ …………あっ (ウォルフ)」
「ウォルフ、かわいいな (ペーシェ)」
「えぇ、ウォルフは素直かわいいんです (ティレット)」
「ちょ、ま、もうっ! ティレットまで、勘弁してくれっ! (ウォルフ)」
「いやいやみなさん、こっちを手伝ってくださいよっ! (エマ)」




