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恋の悩み 2

 やれやれまぁいいか。ちょっとモヤっとしたけど、あまり礼を尽くしすぎても相手を困らせるだけだ。過ぎたるは及ばざるが如しってね。可もなく不可もなく、この匙加減が肝要なのです。

 引かれた椅子に深く腰をかけ、机の上に置かれている完成品の背をなでる。胴体の内部はフェルトがしっかりと詰められて本物そっくりな弾力。外側の毛皮はふわふわ感を出すためにあえて毛立ちするように作られているところにこだわりを感じる。

 耳のパーツも裏側と表側、2種類の素材を使い分けてるところは職人のそれ。口の前に手を出すと、かわいらしくぺろぺろと舐めるところなんて生き物のそれじゃないか………………ッ!?


「さぁさぁ、それではさっそく始めましょう♪ 今日はゆきぽんにモデルとして来てもらったので、よりリアルなフェルト人形が作れますよ」

「お、ゆきぽんじゃん。相変わらず小さくてもこもこしていてかわいいな」

「今日はすみれさんたちが家をお留守にするということで、リンゴ1個で来てもらっちゃいました」

「相変わらず食欲に忠実な子だな。そこがかわいらしいったらかわいらしいけど」


 本物みたいな人形だと思ったら本物のゆきぽんだった。

 白くてちっちゃくてもこもこして、自由奔放な姿は愛らしい。

 報酬としてもらったであろうリンゴに抱き着いて、ごろんごろんと転がして喜びを表現する。

 誰にも媚びることなく、自然体の彼女のなんと心和むことか。いつかお金に余裕ができたら小動物を飼いたいな。


 ひとしきり愛でてほんわかしたら、本題のフェルト人形作りに挑戦です。

 ティレットの手法はニードルフェルト。特殊な針を丸めたフェルトに刺して固めるというもの。

 まずは型紙にある程度の完成予想図を描き、それに近づけるように形作っていく。

 今回はゆきぽんに似せた人形を作るので、丸めた羊毛を胴体、後ろ脚、前足、頭部、両耳とパーツに分けて制作。最後に合体させる。

 接合部分は固めず、毛羽立つ繊維を残しておく。刺し固めると体積が小さくなるから少し大きめに見積もっておく。

 目や鼻などの小さい部分は最後に張り付ける、と。だいたい流れはこんな感じ。


 なのでまずは型紙を作るため、モデルさんにポーズをとってもらいましょう。

 かわいらしい形にしたい。いや、背伸びしてはいけないな。初心者だから難しくないシンプルなポーズから始めよう。そんなあたしの心情を知ってか知らずか、ゆきぽんは遊び疲れて仰向けに、大の字になってくつろいでいた。


 難易度高ぇよ。


 それはアレか、あたしに対する挑戦なのか?

 ティレットがかわいいと叫びながらデッサンを済ませる。慣れてるにしても早すぎる。そもそもこのポージングでいいのか?

 個人的にはうつぶせになって、ぐで~っと平らになってくつろぐ姿がツボに刺さるので、是非そのようにお願いします。

 切にお願いします。


 ガレット曰く、報酬分の仕事をきちんと果たすとゆきぽんが言ってるとハティさんが言ってたので、無理のない範囲ならその通りにしてくれるとのこと。

 そもそも人間の言葉が動物に通用するのか。魔法を介して翻訳する技術だってないのに、こちらの意図が理解できるというのか。

 彼女たちはその点についてなにも疑問に思ってないらしい。ゆきぽんは賢いと褒めて自分を納得させる。

 いや、あたしは納得いかないよ?


 それでもまぁ自分の言った通りにしてくれるなら、これほどありがたいことはない。

 試しにお願いしてみるか。願いが叶わなくても、あたしの心が傷つくわけじゃない。むしろ通じないのが普通。


「それじゃゆきぽん、両手両足を揃えて座ってもらっていいかな?」


 しゅたっ!

 軍隊さながらの足捌き。軍靴の音が聞こえてきそう。


「お、おおぅ…………顔だけリンゴのほうに向けてもらっていい?」


 くぃっ。

 言葉通りに首を傾けた。完璧に言語を理解してる。


 え、なにこの子。凄すぎて怖いんですけど。

 恐ろしいと思ったのは次の瞬間。反対側に回って側面のデッサンをしようとした時、あたしが椅子を離れて動くよりも先に、ゆきぽんが体を回転させてポーズをとり続けてくれたことだ。

 つまりわざわざあたしが移動しなくてもデッサンできるように位置取りを気にしてくれた、ということ。


 いや、もうこれ、賢いとかいう次元じゃなくない?

 あたしの次の行動を察知して的確に動けるとか、相手が何を考えてるかを理解してないとできないことだよね。

 あたしが今何をしようとしてるかも分かってるってことだよね。

 たまたま身じろぎをして、あたしの思ったようになったといえばそれまでだけど、そうでないとしたら、もはや動物の域を超えてやしませんかね。

 ゆきぽんと会話ができない以上、真偽を確かめる方法はないわけで、浮かんだ疑問は頭の隅に沈めておくことといたしやしょう。


 とにもかくにも優秀なモデルのおかげで手間をとることもなく次の段階へ。

 フェルトを丸めて針を刺す。板状のふわふわフェルトを丸めて少しずつ大きく成長させる。あまり詰めすぎると針が通らなくなって折れるらしいから要注意。

 ちょっとずつちょっとずつ、胴体を作って、両足を合体。頭は耳と目鼻をくっつけてから胴体と合体。

 同じ手芸でも、平面の刺繍と立体のフェルト人形では勝手が違う。模様を描くのと違って大きさがあるっていうのは独特の存在感があった。

 でも地道に手を動かして、少しずつ形になっていく楽しさという点は共通している。


 ざっくざっくざっくざっく。

 しゅっしゅしゅっしゅしゅっしゅしゅっしゅ。

 固い音から軽い音へと変わっていく。

 ふわふわの羊毛に命が吹き込まれていくかのように、それは手のひらの中で生まれでた。


 まんまる白い雪うさぎのフェルト人形。

 初めてにしては上出来ではないでしょうか。

 ティレットのと比べたらリアル感は全然ないけど、デフォルメされたうさちゃんもなかなか味があってかわいらしい。記念すべき初フェルト人形。


 これを見て、ガレットがかわいいと言って褒めてくれる。


「わぁ、まんまるでふわふわしててかわいらしいですね」


 続いてティレットもよいしょしてくれた。


「さすが刺繍に慣れているだけあって器用ですわ。これならすぐに上達されますね」

「ティレットのと比べたら全然だけど、これはこれでなかなかよくできたと思う。首の向きとか毛並みのぽわぽわ感もいい感じ。ティレットのその毛並みの出し方ってどうやってるの? すっごいふわふわだよね」

「これは胴体に被せる用に別で毛並みを用意しているんです。あとからこれを被せて埋めて、ハサミで毛先を整えてできあがりです。目の部分も少しこだわりがありまして、義眼を入れる要領で空間を作り、最後に目になるビーズを入れます。隙間にはフェルトを敷き詰めてリアルな眼球を演出です。スパルタコさんはどうですか?」


 口をへの字に曲げる男子。

 手芸に慣れないスパルタコは随分とてこずった。

 てこずらずにすいすい進んでたら、それはそれでムカツクけど。


「いやぁ、やっぱりこういう細かいことって全然してこなかったせいか、なかなかどうしてうまくいかないな。足をくっつける部分も少しズレたような気がするし、頭の部分も……う~ん…………」


 たしかに不恰好ではある。それはそれで味があっていいとも思う。

 人のいいティレットは無垢な笑顔でスパルタコの処女作を褒めちぎる。


「初めてにしては上出来だと思いますよ。きちんと形になっていますし、これはこれでかわいいじゃないですか。いっぱい作っていけばきっと上達します。それに作り手によって個性はありますから、無理に私の作品に寄せなくてもいいのですよ?」

「ところでスパルタコさんは、お作りになったこのフェルト人形、誰かにプレゼントするのですか? それとも自分用で?」


 乙女の恋色センサーに反応したのか、誰も切り出さなかった話題を、ガレットが直球勝負で放り込んだ。

 もしかして、まさかそうなのかと疑問に思っていたけれど、ドキドキとわくわくが邪魔をして喉の奥から出てこなかった。

 期待を胸に抱き言葉を待つガレットの予想通り、これはある人たちへの贈り物にしたいと言葉を漏らす。

 ある人たち。

 複数形ということは恋人ではないようだ。となるとご両親か、祖父母か、誰にせよ相手を想って作った手作りというものは喜ばれるものだ。

 期待は裏切られてしまったが、これはこれで素敵な想いに違いない。


 と、思ったら…………。


「実は、アイザンロックで会った酒場の女の子たちがいただろ。その子たちにプレゼントできるものはないかって探してて。それで、雪うさぎをかわいがってたし、少し寂しくなるとも言ってたからどうかなって」

「それはもしや、恋ですか? 恋なんですよねッ!?」


 恋色センサーぶん回しガレット。

 恥ずかしがる様子もなく、スパルタコは肯定した。


「あぁ、多分。それでさ、手紙と一緒に贈りたいんだけど、手紙って書いたことなくて、どう書けばいいか分からないから、教えてもらえたらなぁ~、なんて」


 自分のことのように、いや、他人の恋物語だからこそ頬を紅潮させてテンション上げ上げでいるのだろうガレットは、それはもう楽しそうにはしゃぎまくる。

 ティレットもまんざらではなく、自分でよかったらいくらでもお手伝いすると申し出た。

 あたしは冷静さを装って、やや斜に構えたように振舞ってみる。いい年をして恋愛話しで興奮するとか表に出せない。

 しかし当然、コイバナは大好物です。


「でもでも、私も男性にお手紙を書いたことなんてありません。どういう風にすればよいのでしょう」


 ガレットの疑問に、あたしが秒で答えてしまう。

 恋バナに興味津々なのが一瞬で露見した。


「まず、出会って関わった時間が短いから突っ込んだ話しはダメ。相手の好感度が分からない内は無闇にパーソナルスペースに入らない。あたし的にはお世話になったお礼から入って、プレゼントの理由だけ書いておく。相手からお礼の手紙があったら、そこはかとない内容を続けつつ文通をして、しばらくしたら一緒に遊びに行きませんかって誘う。そんな感じがいいと思う。あたしの母親はそんな感じだったらしい」


 自分でも驚くほどの饒舌。斜に構えてたあたしはどこに?

 それはともかく、スパルタコは当然の不安を口にする。


「でもそれって、相手から手紙が返って来ないと終わりじゃないか?」

「それはもう脈なしだったってことで諦めろ。で、気になってるのはお姉さんと妹さんのどっち。たしか双子だよね」


 逡巡し、決心したような表情で語った言葉は想像の斜め上で輝いた。


「それなんだけど――――――どっちも」

「…………え、今なんて?」

「お姉さんのほうも妹さんのほうも、どっちもお好きになられたということですか?」

「う、うん…………」


 なんてことでしょう。贈り物をしたい人たちっていうのは双子の――――両方かい。

 いやそれじゃあ重婚罪じゃないか。結婚したとして。

 いずれはどちらかを選ばなければならないわけで、そういうのは最初にすっぱり決めておくもの。とりあえずでストックされては女性はたまったものではない。

 そんな男は両頬にグーパンチを受けて死ぬだけだ。


 ペーシェなら今のうちにアッパーを入れて、爆笑しながらふざけるなと一蹴するところ。だけど、良識のある我々は暴力で訴えることはない。

 平和的に言葉で追い詰めていくだけです。そしたら赤面するスパルタコの本音が飛び出した。


「いや、最終的にどっちかをとるとかっていう話しじゃなくて、どっちも同じだけ好きになったんだよ。でもそれってダメなやつじゃん。だから仮にうまくいって、どちらかを選ぶことになるわけだけど、現状ではどちらかを失うなんて考えられない。仮に付き合うとなって、片方だけと寄り添うことになるのに、両方を抱きかかえておくなんて失礼だろう…………俺はいったいどうしたらいいんだ」


 さぁ、どうしたらよいのでしょう。

 これはあたしたち青二才では答えが出ない。

 いっそ両手に花を抱えてゴールインできれば悩むこともない。

 けれど、そんなことは法が許さない。バティックの一部地域では重婚を認めているところもあるけれど、それはその地域で認められてるだけで、認められてないところへ行って戸籍を移すとなれば重婚罪が適用される。

 悲しきかな、泥沼の恋に足を踏み入れようとする彼にかける言葉をあたしたちは持ってない。

 とはいえまずは踏み出すところから始めて、それから考えても遅くはないだろうと、それらしい助言をしておいた。

 パニックになるスパルタコは無条件で鵜呑みにし、脳内をフルマラソンにして言葉を紡ぐ。


「とりあえず、告るっ!」

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