ぴちぴちの魚が如く 2
朝から厨房に立ってお昼前まで解体作業。
そこから一緒にお昼ご飯作りまでこなしてしまうのだから凄い体力。
アンコウの後も色々と扱って、時にはその小柄な体に見合わぬ中型の魚もなんなく捌いてしまうのだから頭が上がらない。
まさに彼女は金の卵を生み出す金の鶏。ぜひ一緒に仕事がしたい。
グレンツェンやベルンに伝わる伝統料理を教えてあげるから、魚以外でも倭国料理を教えて欲しいと伝えたら大きくうなずいて快諾してくれる。
やった。巨大な魚が釣れた!
「すみれさんは凄いですね。あんなに簡単に魚を捌いちゃうし、料理の腕もいい。見たことのないものもすぐに使いこなしちゃって要領もいい。ちょっと妬けちゃいます」
「そんなことないです。私、やっぱり世間知らずで、分からないことばっかりで、いつもみんなに助けられてばっかりなんです。だから恩返しできることがあればなんでもしたいんです。今日だってそうです。ルーィヒさんとペーシェさんに勧められてお仕事をしに来ました。サイド店長さんとグリムさんのおかげで楽しい時間を過ごせました。それに、私の作った料理で誰かを笑顔にできるなら、もっともっと頑張りたいですっ!」
この少女、天使かっ!
笑顔がかわいすぎるんですけどっ!
やばい。萌え死んじゃう。
おっといけない。この世界では尊い者やかわいい者を比喩表現する時は【天使】ではなくて【小妖精】を使うのでした。
改めまして、この少女、フェアリーかっ!
彼女の言葉の裏付けというかなんというか、捌いた魚を使って社内昼食会をしようと提案したのはすみれさんだった。
店頭に並べようにも事前の告知を打ってない。くわえて言えば、未経験のものというのはある程度の評価や準備がないと、いくらおいしくても売れない。
だからまずは身内で食事会を開催し、人づてに魚料理はおいしいと口コミを入れるのだ。それからスーパーで開設しているブログにも画像と感想をアップして、奥様方の心をキャッチ&ホールドしていく予定です。
ある程度の興味を引いたら今度は無料の試食会。
すみれさんさえよければ、魚の捌き方講座なんかも催して、家庭に魚文化を根差してもらおうプロジェクトを計画しています。
お昼時になると声をかけたパートさんや、昼休憩をとる社員さんが集まって賑やかな雰囲気になりました。
最初はみんな奇妙なものを見る目で覗き込んでいましたが、率先して店長と私、それからすみれさんが食べ始めて関を切る。
雪崩れるように手の進む彼らは、一様に魚料理のおいしさに驚いて、すみれさんの存在に感謝した。
キスの天ぷらはサクサクふわふわ。塩でもおつゆでもおいしくいただけます。
サバも天ぷらにしたけれど、こちらはソースとかをつけなくてもしっかり味が出ていて、これだけでおいしい。
私はデーツを使った甘めのソースがお気に入り。コロッケもお好み焼きにもこれを使います。
このソースにマヨネーズを混ぜるのもよろしいです。
甘露煮は骨が残っていると聞いて恐る恐る口に入れるも、圧力鍋でほろほろに煮込まれた身はほどけるように柔らかく、骨もいつ食べたのか分からないほどに砕けてました。
なにより甘く味付けされた魚がこんなにおいしいだなんて思わなかった。これはぜひうちでもやらなければなりません。
イカ焼きはなんだか不思議な食感。弾力がありながら、歯を入れると簡単に千切れてしまう。噛めば噛むほど味が染み出すと言いますか、不思議な感覚で癖になりそう。
そしてメインのアンコウ鍋。あのグロテスクな見た目からは想像もできないほどに美しい白身が湯気の中で見え隠れ。
すだち入りのポン酢と一緒に食べると、なんだか心がほっとする優しいおいしさに包まれます。
スープは透明で何も入っていない様子。たしか乾燥させた昆布が入れたはず。
スープだけでも旨いと感じる。野菜や魚から旨味が染み出したのだろう。その大きな原因は近年発見された味覚の『旨味』というやつに違いない。
甘味。酸味。塩味。苦味。旨味。
形容しづらくも確かにおいしいと感じるこれが、倭国人が操る最強最大の武器。
やはりこの子、恐ろしい子♪
鯛の刺身も魚独特な甘みが強くて不思議デリシャス。
サバのアラ汁もほっこりおいしい。
イワシのマリネもさっぱりしていて夏向け料理。
サケのちゃんちゃん焼きは野菜とお味噌が相まって食欲をそそる。
誠に、ご馳走様でした♪
♪ ♪ ♪
小一時間もすると、満腹になった面々は仕事に戻ったり家に帰ったり、片付けを手伝ってくれたりと散り散りになっていった。
すみれさんにはゆっくり休んでいてくれていいよと伝えたけれど、きちんと最後まで片付けをすると言って食器を洗ってくれる。
なんて出来た子だろう。うちの姉妹には彼女の姿を見習って欲しい。
時々集まっては家族パーティーをするけれど、後始末をしてくれるのなんてソフィアとデーシィ、ルクスアキナくらいなんだもん。もうちょっと姉を労わってくれてもいいと思うんだけどなぁ。
食べるだけ食べて、一切料理しないんだから。そのくせ、私が料理をすると、『それはまともな食材を使っているんだろうな?』と失礼が飛んでくる。マジに殴ってやりたくなります。
「どうしたんですか? 怖い顔をしてるようですけど」
「ああ、ごめんなさい。ちょっと妹たちのことを思い出してました」
「姉妹がいらっしゃるんですか。羨ましいです。私、一人っ子なので」
「そうですか? いたらいたで面倒が多いですよ。まぁ、人はいないといる人を羨むし、いるといないことを望むものだと思います」
「そういうものなのですか?」
食器棚に食器を戻しながら、愛しい姉妹の顔を思い出す。
年に数えるほどしか再会しない魂を分けた家族。
団欒をしていればうっとうしいと思う側面があり、いなくなったらいなくなったで寂しいと思ってしまう。心はなんて天邪鬼なのでしょう。
「そうですね。人は自分にないものを求めようとするものです。暴食で強欲なんです。そこがいいところでもあるのですけど。結局は足るを知るってことが大事なのだと思います」
「グリムさんは物知りなんですね。憧れちゃいます」
「そんな、憧れるようなものではありませんよ。それを言ったらすみれさんだって凄いです。あんな迷いなく包丁を扱えるのですから。とても驚きました」
「あれは私を育ててくれた人が教えてくれたんです。それで誰かを喜ばせられるなら、とっても素敵なことだと思います。でも、私自身で何かを生み出したいんです。何ができるかはまだ分かりませんが」
「そうなのですか。だとしたら、すみれさんはもうたくさんのものを生み出せていると思います。少なくとも、私が今日感じた、おいしいものを食べて幸せ~って感じられたのは、すみれさんのおかげなんです」
「そうなんですか。あんなことでいいんですか?」
「ふふっ。そうです。あれでいいんです。あれがいいんです。さ、片付けも終わりましたし、店長のところへ行きましょう」
あれで本当にいいのだろうか。
そんな疑問符を抱えたまま、彼女は家路につく。
少女はまだまだ分からないことばかりで発展途上なんだと感じました。でも焦る必要なんてないのです。少しずつ少しずつ、貴女のペースで歩めばいいのです。最後にそれだけ伝えて、手を振った。
あの子の天真爛漫な笑顔は私の心を晴れやかにしてくれる。
今日は本当に、素敵な出会いに巡りあえました。
~~~おまけ小話『MAGURO』~~~
グリム「ところで店長。さきほどとんでもない話しが聞こえてきたのですが」
サイドチェスト「おや聞いていたのかい。なんでも、知り合いに鍛冶師がいるそうで、その人にマグロ解体用の包丁を作ってもらってるらしいよ。まさに天の巡り合わせだと思わないか」
グリム「巡り合わせ。ということは、スーパーで解体ショーをやるのですか。本気ですか? 別にいいのですけれど。私が解体するわけではありませんし」
サイドチェスト「ああ、そのつもりだ。盛大に派手に鮮魚デビューをしよう! でもその時に助手が必要だそうだから、グリムくんにお願いしようと思ってる。よろしくね!」
グリム「この脳筋…………また人の相談なく、行き当たりばったりなのですから。特別報酬にマグロの頭を頂きますからね」
サイドチェスト「え、頭を食べるの?」
グリム「ふふん♪ マグロはカマが一番おいしいんですよ? 約束しましたからね?」
今回登場したフュトゥール・パーリーはノルマさえこなしてくれれば客とおしゃべりしようがバックヤードで休んでいようが構わないというスタンスです。ぶっちゃけ重いものを運ぶのはしんどいし、単純作業は地獄です。作者的には。続けていくと元気がなくなります。
じゃあどうするか。職場の活気を上げるためにおしゃべりをしてデトックスするのです。
これは作者の経験則というか偏見というか感じたことですが、作者がアルバイトをしていたスーパーはただただ『時間内は働け』というコテコテのブラッディカーニバルな場所でした。おしゃべりは当然禁止です。一分のデトックスも見つけ次第怒鳴り声が飛んでくるような場所でした。
まぁそういう文化で育ってきたのでそういう人は仕方ないでしょう。
ただそんなんで仕事のパフォーマンスが上がるの?
モチベーションを保ち続けられるの?
と疑問に思っては、適当に小休憩をとるついでに在庫の整理をしていたわけですね。己のパフォーマンスを上げるために。
機械やゾンビじゃないんだから、他愛のない話しで笑いあえるような環境じゃなかったら心が死ぬよ。きっとこの発言に違和感を覚える人は機械かゾンビでしょう。作者はそう信じています。
作者が生み出したスーパーの店長もそう思っているので、多少の談笑は許可しています。むしろみんなで仲良くすることを推奨しています。職場が楽しくないのに、買い物に来てくれた人が楽しくショッピングなんかできるわけないのです。そういうのは雰囲気で伝わります。
売り場の作り方然り、従業員の会話の雰囲気然り。そんな見えない感情的なものが他人に伝播するわけがないと思っている人は、人間を舐めすぎですね。そういう人が管理者の店は間違いなく赤字が出ています。
文化的なものもありますがフュトゥール・パーリーではみんな楽しく働き、楽しく買い物をしています。素晴らしいスーパーですね。




