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決闘 6

 キラキラスイーツで幸せ成分を摂取して少し休憩。

 もったりとした満腹感と体を包む春の温もりも相まって、やることも忘れてお昼寝をしてしまいそうです。しかもキキちゃんがわがままを言ったおかげで、ハティさんが二胡を弾き始めた。

 ゆったりとしたリズムに弦楽器の心地よい音色が耳に触れる。

 やばい……本当にこのまま寝てしまいそう。


 うとうととするアルマの前にアダムが歩み寄ってきた。どうやら先の戦闘を見ていて聞きたいことがたくさんあるとのこと。

 彼は孤児で修道院育ち。ベレッタさんの話しでは、神父のスパルタ(英才)教育のもと、才能を開花させ、神童と呼ばれるほどの将来性を秘めているそうな。

 なるほどそれでアルマの炎の法衣(フレイムベール)を補助魔法と見破ったわけか。

 ぜひ今度、その神父とやらに合ってみたい。


「アルマは宮廷魔導士にならないって言ってたけど本当なの? 君の実力なら多くの人を助けられる。空中散歩のような、誰かを楽しませるアイデアだって素晴らしいじゃないか。宮廷魔導士になればどっちも叶えられると思うけどなぁ」

「褒めてくれるのは嬉しいけれど、アルマは暁さんのために働きたいって思ってる。そりゃあ誰かを助けられるならそれに越したことはないかもだけど、その時はまぁ傭兵だとか、出向ってことで呼んでもらえたらと思う。そっちの方が実入りがよさそうだし」

「そうか。君と一緒なら魔術を高め合えると思ったんだけどな」


 お前それ口説いてんじゃないだろうな。

 ちらっとローザさんの方を見る。ハティさんの演奏に気を取られていてこっちには気づいてないようだ。危ねぇ、セーフだ。

 アダムの不用意な発言で、アルマに対するローザさんの好感度を下げるのはやめてくれよ。

 色恋沙汰に興味のないアルマですら目視できるほど、ローザさんはアダムにラブラブ光線を送ってる。

 キッチンの前祝の時にも感じたのだけれど、アダムが他の女子と会話しているところを見ているローザさんの顔は、いつも張り付いた笑顔をして、余計なこと言うなオーラを全開にしていた。


 それはそれはどす黒く、暗黒物質でも発生させるのではないかというような殺気を放ってた。

 だからもういっそ、ローザさんから色恋話を振って欲しいと思う。そしてアルマは魔法にしか興味がないと、身の潔白を証明しておきたい。

 誤解されても面倒だ。あらかじめ敵ではないと示しておけば、ローザさんは強い味方になってくれるはず。


「アルマちゃんって、好きな子とかいるの?」


 いつのまにか背後に近寄り、アルマの心を悟ったかのような発言を投げつけてきた。

 ローザさん、笑顔が怖いです。

 望んでいた話題とはいえ、その無感情な笑顔が怖いですっ!

 否定するより先にコイバナ大好き女子連中が集まってきて大騒ぎ。本当に色恋に興味のないアルマにとってはこういう状況は好ましくない。

 異性を異性として好きになるとか経験ない。無駄に圧をかけられながら迫ってこられるのも面倒くさい。

 そんな人はいないと言っても、いるというまでしつこく尋問してくる輩などもってのほか。魔法でぼっこぼこにしたくなる。


「今はまだそんな人はいないです。強いて言うなら魔法に恋してます。あ、そうだ。ローザさん、今度治療魔術を教えていただいてもいいですか? 同じ魔法でも治療系の魔法って攻撃性のある魔法と毛色が違って不得手なんです」


 こう言う時は話しを逸らすのが一番。


「それはいいけど、治療系の魔法って、知ってるかもしれないけれど、最上級の魔法以外は内科の診断や外科手術の補助程度のものしかないから、そもそも医療の知識や経験ありきってところがあるよ。まぁものによっては応急処置程度に即席で使えるものもなくはないし、覚えていて損はないと思うけど。アルマちゃんは魔法の扱いも練度も熟達してるみたいだから、シェリーさんのつてで神官の行使する魔法を直接見てみたほうがいいんじゃないかな? それと、本当に好きな子っていないの?」


 食らいついてくる!

 どこまでも!

 蛇のようにッ!


「えぇと、神官っていうのは聖職者のことでしょうか?」


 ローザさんに質問して、横からアダムが飛び出した。お前、空気読めや。


「聖職者、神父やシスターの中でも、治療魔術の上位の魔法を行使できる人たちのことをそう呼ぶんだ。僕やベレッタ姉さん、アーディさんを育ててくれたサン・セルティレア大聖堂の神父も神官なんだよ。近年は世界中を飛び回って活動してるから、グレンツェンにいることは少ないけれど。国王付きの神官はベルンに5人ほどいるはずだ」


 ヤバいと思ったローザさんが、横からアダムの言葉を無理やり引き継ぐ。


「でも神官が扱う魔法には厳しい戒律があるから、それを見るのは難しいかも。ものによっては国際魔術協会やその宗派の許しがないと使えないものもあるって言ってた。つい数百年前までは、外科手術で人の体を解剖したりするのも神の教えに背くことだって議論になったりしたくらいだから。人の生き死にを左右する魔法は各宗教で制限されてるらしいよ」


 こういう時の宗教って、超めんどくせえなぁ。

 うわぁーって顔をしたら、ローザさんはため息をついて困ったような表情を見せた。


「わたしたち世代から言わせると、命を救う前に本当にくだらないことを言ってるって思うけど、長い時間、守られてきたものを否定されるのはどうしようもなく腹立たしいことなのかもね。ほんと、くそったれね。で、好きな人はいるのかしら?」


 いやああああああああああっ!

 超めんどくさいいいいいいっ!

 くっ、宗教がらみの話しで煙に巻こう。

 巻けるか?

 巻くしかない!


「そうなんですか。メリアローザにも十二神教という宗教が根付いてますが、そういうのはないですね。掘り下げるとそういう側面にも出会うのかもしれませんが。いや、でも、宗教を理由にあの看護師たちの奇行を制限するのはいいアイデアかもしれません」

「看護師たちの奇行?」

「あ、それは気にしないでください。どこにでも変人はいるって話しです。ところでベレッタさんは好きな男性っているんですか? スタイルいいし、面倒見もいいし、すごいモテると思うんですけど」


 すみません、ベレッタさん。

 スケープゴートになってください。

 今度必ず、お詫びしますのでっ!


「ええっ?! そんな、好きな人なんていないよ。それに今はそれどころじゃないし」

「というと、アルマと同じ魔法関連ですか? たしかお祭りが終わったらユノさんの助手になりにベルンへ行くんですよね」

「ベルンに行くの!? せっかく知り合えたのに…………」


 露骨に残念がるローザさん。アダムの義姉になるベレッタさんのポイント稼ぎを目論んでた。そんなことする必要なんてないと思うけど。


「う、うん……。アルマちゃんの空中散歩に関わらせてもらって、わたしも魔法でみんなを幸せにしたいって思いはじめて。だからまずはユノさんに弟子入り、というか、傍で宮廷魔導士の仕事を見て感じて、自分にできることは何かって探そうと思ってる」

「とっても素敵です。ベレッタさんならきっとできます。だって、しゃぼん玉をふわってする時、すっごくいい顔をするんですもん」

「そ、そうかなっ!?」

「分かるそれ! 見てるとこっちまで幸せになってしまいそうな、恋する乙女みたいな顔をしてましたっ!」

「恋する乙女ッ!?」


 なにげないライラックの言葉にボッと顔が赤くなって俯いてしまうところなんて、いじらしくてかわいらしい。

 普段は落ち着きはらって優しい笑顔を向けてくれる年上のお姉さんも、やっぱり乙女なんですなぁ。なんだかほっこりしちゃいます。


 さて話しを戻そうと舵を握りしめたローザさん。ライラックにコイバナの白羽の矢を突き立てる。

 幼馴染の2人のどっちかなんじゃないのと詰め寄ると、彼女は空を見上げてこう言った。


「顔はイッシュのほうが好みなんですけど、いかんせん中身がアレなので、恋愛対象としては見れません」


 みな一様に納得のため息。

 それは仕方がない。勇気と蛮勇をはき違えるドン・キホーテに恋をするには無理がある。

 代わりにと言っては違うかもしれないけれど、ライラックはベルン第二騎士団長のライラ・ペルンノートの大ファンだそうだ。


 ベルン第二騎士団団長。【雷霆の姫巫女】ライラ・ペルンノート。

 雷を身に纏い、踊るように敵を殲滅する様からそう呼ばれる、ライラックの理想の女性。

 母親もライラ第二騎士団長のファンであり、ライラックの名前は彼女が元になっていた。


 妹のマーガレットはシェリー騎士団長の大ファン。先日、生シェリーさんと出会った時は言葉も出ないといった様子で茫然としていたのを覚えてる。

 キッチンの前祝の時には一緒に記念写真を撮ってもらい、自分のスマホの待ち受け画面、それから出力して自室の机の上に大事に飾っているそうな。


 ライラと呼ばれる人物は図書館に置いてある月刊誌で見たことがある。キリッとした視線からは厳かに、しかしその瞳の奥には激情を秘めた眼差しを写真越しに感じたために、名前を聞いただけですぐに思い出せた。

 紫地で桃色がかった輝くような髪色。前髪はさっぱりと切りそろえられ、伸ばした後ろ髪は細い三つ編みにした姿も印象的。


 特に驚いたのは20代半ばにしか見えない容姿だというのに、実際には38歳。

 しかも二児の母とは思えぬ肌艶の美しさには美魔女と叫んでしまったものだ。

 彼女は生まれついての帯電体質らしく、微弱な電流を体に流すことによって血液循環を良好に保ち、代謝を高めることで若々しい肉体を実現、とインタビューに書かれていた。


 メリアローザで子供たちに硬気功を教える太郎さんも同じことを言ってたような気がする。

 呼吸法によって血の巡りを活発にし、肉体の身体機能を向上させながら代謝を高めることで、老廃物の運搬を活発に行い、健康的な体作りを実現するとかなんとか。

 …………といっても、あの人は少し人間離れしてる節があるから、彼の理論が万人に当てはまるかどうかは議論の余地があるかもしれない。


 連想ゲームのように色恋の話しから尊敬する人の話しにシフトチェンジしたライラック、グッジョブ!

 ローザさんからは自分のお母さんの話題。時々子供っぽいことをするけれど、街を愛し奔走する姿は超えるべき目標として、いつも自分を支えてくれた。

 アダムとベレッタさんは自分を育ててくれたみんな。特に神父様には感謝してもしきれないほど。本当の父親のように心優しく接してくれる彼は理想の親そのもの。

 キキちゃんとヤヤちゃんはもちろん暁さん。姉のように母のように抱きしめてくれる。太陽の光になれるように努力したいとガッツポーズと表情が物語った。


 私はもちろん…………あれ?

 尊敬する人と言われて、最初に出てくると思っていた顔が想像だにしないヤツだった。

 暁さんでもない、ハティさんでもない。ましてや生き別れた姉の姿でもない。

 眠そうな顔でアルマに、アルマの気にしてることを言い放ったクソッタレのトカゲ野郎。


 なぜだッ!


 なんであいつの顔が出てくるんだッ!?

 疑問と怒りと、そして尊敬する3人に対する背信の念がアルマの感情をかき乱す。

 怒りと謝罪のままに絶叫しながら高速ヘッドバッド(発作)を起こして体中の魔力が暴走していくのを感じた。


 吐き出したいッ!


 怒りを感じて自傷行為をすることで気持ちを落ち着かせるアレだ。

 周囲の心配をよそに、アルマは心のまま、魔力が描く感情のままに空を見上げて天を割いた。


「誰が…………誰がちんちくりんのつるぺったんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!!!」


 超広域殲滅放射魔法【天崩(フォールン・デイズ)】。

 多数の巨大な魔方陣を頭上に描き、虹色の光が放出されるそれは、多属性の魔法と純粋たる破壊の魔法を組み合わせたアルマオリジナルにして最強最大の攻撃魔法。

 複数の魔方陣を展開することで、収束と増幅を繰り返した魔力が、超長距離かつ超広範囲に繰り出される、アルマの最高傑作。


 怒りのままに空を描いたアルマの魔法芸術は、グレンツェン上空を覆う都市防衛用魔導防殻を粉砕。街全域に魔導災害警報レベルレッドが発令されることとなった。

 全魔力を使い切り、倒れ伏した頃にはフル装備に身を包んだヘラさんがアルマの顔を覗き込む。


「この地点で局所的な魔導災害級の魔力を感知したんだけど何があったの!? アルマちゃんがこんな姿になって……何があったのか誰か説明しなさいッ!」


 仕事人の顔になってるヘラさんにローザさんがことの顛末を説明し、ようやく落ち着いたところでアルマは土下座。

 額を土にこすりつけての土下座。

 感情を抑えることなく、たくさんの人に迷惑をかけてしまった。

 まさかこんな大事件になってしまうとは…………穴があったら埋まりたい。


 事情を呑み込んだヘラさんは去り際に、『グレンツェンの講義にはアンガーマネジメント講座もあるから、ぜひ受講してみてね』とやんわりと窘め(勧め)る。

 さすがグレンツェン市長。諭すにしても成長を促す意味でも上手な手法だ。しっかり学ばせていただきますっ!

 そして本当にすみませんでしたっ!

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