決闘 4
ネーディアがフルボッコにされた場面を見てなかったのか、怯むことなく意気揚々とアルマの前に現れたカモが、踊るように剣を振り回した。
あえて言おう、踊るように剣を振り回している。
言い換えると、死のダンス。まさにカモが包丁を持ってやってきたというやつだ。
さてさて気を取り直してアルマの秘密道具…………もとい、秘密武器を出しましょう。
ネロさんと共同購入ということで、外国の武器屋さんで買った超超超お買い得商品。
その名もエクスカリバリュエル。見た目は銀色の刺突剣。しかもかなり特殊な形をしていて、形容するなら巨大な裁縫針。
全身の4分の3は持ち手。残りは先っちょに進むにつれてしぼむように尖っていく刀身という奇妙な姿。
しかしその実、持ち手の部分には幾重にも圧縮された魔術回路が刻まれており、魔力を注ぐだけで簡単に魔法を行使できるという優れもの。
特筆すべきは刻まれた魔術回路の量。そして組み込まれた魔術回路を複数連動させることで、全く違った魔法が発動するというおもしろステッキなのです。
複合型の魔法は周辺環境に依存するものもあるらしく、条件が揃わないと発動しない魔法もある。
多種多様な魔法を内蔵した剣。沢山の魔法の可能性が詰まってると思うとわくわくがとまりませんっ!
「おいおい、アルマは魔術師だろ。剣なんか持って、まさかそんなみょうちくりんな剣で俺と戦おうっての?」
「まぁこれを剣と認識できるだけよしとしましょう。逆に聞くけど、そんな廉価版の剣でアルマと戦おうっての?」
「いいんだよ。俺にはとっておきの剣技があるからな!」
なんかそのフレーズ、ついさっき聞いたような…………。
まぁあんたがそれでいいって言うならいいけどね。剣単体でエクスカリバリュエルに敵うものはアルマの知る限り、ハティさんの持つEXカリバーン……っていうかアレの本性は杖だし、比較するのは違うかも。
それから暁さんが自分のために打ったという【絶刀・姫柊】。
使用者の技術を考慮するならもっと多くの剣と人の名前が出てくる。とりあえず今回は割愛します。
共同購入とはいえ、武器登録者はネロさん。つまりこの剣はあくまで人の持ち物なので、丁寧に扱わなくてはなりません。
丁寧に扱う必要はありますが、ネロさんは実践で使ってどんな魔法が発動するのか知りたがっている。
なので、多少手荒に扱っても仕方ないと思うのです。
ええ、戦闘を考慮されてるのですから仕方ないのです。
アルマが戦闘で剣を使うことを考慮してるのですから、アルマは剣が扱えるよう、最低限の訓練を受けたということになる。
当然のことながら、本職の剣士にアルマの剣は通用しない。だけど、魔法が使えず剣で戦わなければならない状況も想定して、きちんと鍛錬はしてますよ。えぇしてますとも。
だからこそ分かってしまう。イッシュが我流で剣を鍛えてきたということを。
そしてその剣筋があまりにも素人くさいものであるということも。
いやいやまさかだよね。騎士団志望の人間が、いくら小童とはいえこれはないよね。
力任せに剣をぶんぶん振り回してるようにしか見えないんですけど。
構えも、踏み込みも、握り方から刀身の返し方も…………ド素人のそれなんですけど。
「へぇ、俺の最強剣技に耐えられるなんて、なかなかやるじゃん。それじゃあ俺のとっておきを見せてやるよ!」
やっべぇ、これデジャブなんだけど。
言ってることが同じなんですけど。
笑いが、噴き出しそう。誰か助けてっ!
イッシュが剣を前に構えて唱えたそれは炎剣。
単純に剣に炎熱を纏わせるだけの魔法。単純ゆえに使う場所を選ばない。本能的に火を嫌う獣を退けたり、切りつけた際に傷口を抉る効果もあって、素人から玄人まで便利に使われるロングセラーマジック。
戦闘以外では松明の代わりに使える。他は応急処置で傷口を塞ぐなど、単純な補助魔法なだけあって使用用途は多岐にわたる。
シンプル・イズ・ザ・ベストを地で行く魔法。
下位の魔法ではあるが実用性に富んだ補助魔法であるのは間違いない。
しかし、これを『とっておき』と豪語するのはおそらく世界中でお前だけだよ。
これをとっておきと言っていいのは、自分で発動した魔法がきちんと管理できるようになると言われる8歳までだ。
もうなんなのこいつら。アルマを笑わせようとしてるの?
マジで笑わせないで。ムカつくから。
それからしばらくの間、イッシュのチャンバラに付き合ってやると、疲れたのか息切れを始めた。
アルマはまだまだ全然余裕。なぜならアルマには両腕がない。ならばどうやって剣を振るのか。服の袖で剣を持って、魔力で袖を操るだけなのです。
なのでアルマは微動だにすることなく、彼の振るう鉄の塊を悠々と受け流します。
剣士が腕の筋力で剣を振るうなら、魔術士は魔力で持って剣を振るえばよいだけです。あとはしっかりと剣筋を見極め、合わせればいいだけ。
慣れれば簡単。
赤ちゃんのほっぺをぷにぷにするよりも簡単。
なんならモツの下処理よりも簡単。
「く、くそ! ずるいぞそんなの! 魔力で剣を振るうだなんて剣士のすることじゃねぇッ!」
「アルマは剣士じゃなくて魔術士だから。魔術士流の剣の振り方だから。そもそも戦いにずるいもクソもないから。最低限のルールはあるけれど、それを守ってさえいれば問題ないない。それよりさ、もう降参してくれないかな。アルマはお腹が減っちゃったよ」
「勝つまで降参なんかするもんか!」
意味わかんないんですけど。
負けず嫌いはいい。だが、力量が分からないというのは不幸なことだ。
さらに不幸なことは己の弱さを認められないこと。弱いことは恥ではない。しかし己の弱さを受け入れられないことは恥である。まったく、やれやれですな。
いいでしょう。そこまでいうなら、借り物の剣技で以て跪かせてあげましょう。
「はぁ~~~。特別にアルマのとっておきを見せてあげましょう。念のためと思って暁さんに協力していただいてよかったです。しかしまさかこんなところで使うことになるとは…………剣神降来ッ!」
剣神降来と、かっちょいい名前をつけてみた。
実際に神様がご降臨されるわけではない。ようするに、アルマが見て記録した剣士の動きを術者に投影するアルマオリジナルの補助魔法。
不意に近接戦闘を要求されても対応できるように用意しておきたかったということと、熟達した人間の動きを他者が真似て使い物になるのかどうかという疑問に答えを求めようとして開発したのが始まりだった。
結果から言えば、大外れ。
剣の経験がない人間が扱っても、身に覚えのない何かに振り回されるだけ。
と言っても、剣の経験のない人間と、剣の経験のある人間ではその効果に差があることが判明した。この補助魔法は例えるならば種。人は畑。種を植えても発芽できる畑でなければ効果がないのだ。
つまり、使用者にある程度の剣の経験があれば、この補助魔法は使い物になる。題材にした剣士のデータが元になるので、題材の力量にも左右されるけど、手札は多い方がいいとなれば有用な魔法と言えよう。
問題の題材だが、アルマが記録した剣士の動きとは、誰あろうあのハティさんに絶対に戦いたくないと言わせるほどの実力を持つ紅暁、その人なのです。
普段は自称商人と言って刀を抜かない暁さん。
しかし、ひとたび悪鬼羅刹と化した彼女を止められる人間などいはしない。
だからこそ、彼女はおいそれと刀を抜かない。基本的に話し合いで物事を解決しようと心掛けている。
なぜか――――刀は簡単に人を殺すことができるから。
暴力で人を支配することは簡単だ。しかしそれは人の道に悖る。
彼女はそれを痛いほど知っている。だから、よほどのことがない限り、刀に手をかけたりしない。
そんな暁さんがアルマのためにと刀をとってくれた。
そしてどうせならデータ量は多い方が良いだろうと、国中の猛者を集めて千人斬りを敢行。
剣士を始め、拳士、騎士、符術士、ランサー、魔法使い、1対1から多人数戦などなど、ありとあらゆる武器や魔法を駆使する相手をたった1人でやっつけてみせた。
それはもう国を上げてのお祭り騒ぎ。
滅多に手合わせをしない暁さんと戦えるとあって、ぼっこぼこにしてやんよと意気込んでは返り討ちに合う。
朝から晩まで休むことなく刀を握り、まるで疲れをみせることもなく笑って立っていた彼女の姿には神々しさすら感じた。
アルマは近接戦闘好きではないから、拳での語り合いというものは分からない。そういう泥臭いのは理解できないでいるけれど、あの日の暁さんは、なんていうか、とってもすがすがしく見えた。
戦いの中で何かを見ていたに違いない。
それは今のアルマではまだ分からない。
けど、いつかきっと分かる日が来たらいいな。
少なくとも、今日のこの日に分かることはないだろう。
やっぱりああいうのは強者との語らいの中で感じるものなんだろうなぁ。
だとすれば、目の前にいる小童では力不足というものか。
大きく振りかぶった剣の軌道を最小限の動きでかわし、右足を踏み込んで通り過ぎざまに切っ先を彼の脇腹に添える。これで1つ、死んだ。
構え直した剣をまっすぐに突き立てて突進してくる。剣の腹を払い、首筋に刀身を滑り込ませる。さらに2つ、死んだ。
次に下段から上段へのスイング。剣を盾に全身で受け止め、伸び切った左足を払い、仰向けになった脳天に刃を突き立てる。もう3つ、死んだ。
それから数分の間、剣戟を繰り返すもアルマの服にすら傷をつけられないまま、彼は自らの膝も肘も地につける。
ある程度の剣の経験を持ち、補助魔法で暁さんの動きを投影しているとはいえ、アルマの専門はあくまで魔法。剣自体を完璧に使いこなせるわけではない。
そりゃあデータ元が暁さんなおかげで、大抵の人とは渡りあえるかもしれないけれど、剣に愛着が薄いアルマでは『真似事』止まりが関の山。
魔法使いが杖や魔導具に誇りを持つように、剣士にも剣や衣装に魂を見出している。
だからこそ強い部分があるのだと、アルマはそう信じた。目に見えないものを信じるだなんて馬鹿げてるだなんて言う人もいるけれど、そういう目に見えないものこそ大事なのだと、暁さんの隣にいて確信した。
なればこそ、彼にはそういう目に見えないものを信じる気概があるのだろうか、と考える。
そもそもアルマに魔法や剣で対等に戦えないであろうということは分かっていたのではないだろうか。イッシュからは戦いに対する情熱のようなものを感じない。
もっと他に何か、違うものを見たいと思ってるように感じる。
確信は持てない。暁さんだったらこういう時、フィーリングでズバッと言っちゃうんだろうなぁ。理論思考のアルマにはできないなぁ。間違ってたら恥ずかしいし。
だから、もしもそうなのだとして、アルマはこういう時に石橋を叩くことにしていた。
「あのさ、イッシュ…………あんた剣士になるべきじゃないよ。お前は剣で何かを守るだなんてできない。他の道に進むべきだ」
「なんで……なんでそんなこと言うんだよ。俺だって努力して
「努力ッ!? 笑わせないで。剣技もろくなものがない。魔力の練度も低い。身体強化系の魔法だって、剛腕しか使ってないじゃん。普通は全身の筋肉を強化する肉体強化と一緒に併用しないといけない。局所的に身体能力を上げても肉体に負荷がかかるだけで逆効果だよ。その証拠に、もう腕が上がらないんでしょ。つまりそれって、身体機能に関する知識もないってことだよ。そんなんで騎士団長になりたい? バカにするのも大概にしなよ。いいよ。だったらアルマが諦めさせてあげる。でもその前にもう一度だけ警告する。降伏して!」
返事は無し。降伏をするなど剣士の恥だと言わんばかりの顔でアルマを睨みつけた。
そこまで覚悟してるのなら仕方がない。少し痛い目を見てもらおう。
ネロさんが好んで使うエクスカリバリュエル、必殺の魔法。刀身に刻まれた魔術回路の中で最も古く、この剣が剣として作られたことを肯定する奥義の1つ。
単純明快であるがアルマも恐れるこの魔法は、ネロさんと合議の上、誰にも話すことのないように取り決めた、恐怖の権化。
傷喰禽。
真っ赤な血のような色をした鳥の姿をした塊が刀身に生まれ、アルマの号令で一斉にイッシュの傷口へと飛び込んでいく。
これはエクスカリバリュエル専用の剣技。斬撃傷には斬撃の、刺突傷には刺突の、殴打傷には殴打の、死に至る痛みが襲い掛かる。
バカは死ななきゃ治らないというのなら、それを実験してみるのもいいかもしれない。
驚くほど心は静かだ。まるであの頃の自分のよう。暁さんに拾われる前の、虚無で空虚な、中身のない空っぽの入れ物だった時のアルマ。
飛翔した小さな赤い死神がまっすぐに襲いかかった。
そろそろ到達する。
どんな顔で泣き叫ぶか。
あるいは声が出るより先に意識が途絶えるか。
剣を突き出した先に待つものは――――――。
途端、空間に黒い球体が現れて傷喰禽を飲み込んだ。イッシュの魔法ではない。防御不能のこの魔法を食い潰せるような芸当ができるだなんて……。
目の端でハティさんが片腕を伸ばしたのが見える。
なるほどそういうことですか。きっと傷口を鳥についばまれたらショックで死ぬと判断したのだろう。だから横槍を入れた。
思い通りにいかなくて舌打ちをしてしまった。だけど、尊敬するハティさんの手心なら仕方ない。貴女がそうするのであれば目をつむります。
ハティさんが取り残した、というよりはわざと見逃した2羽が胸の刺突傷と足の斬撃傷に美しい曲線を描いて舞い降りた。
傷を啄み、激痛が走る。恐怖の叫び声と共に崩れ伏す。汗が一気に噴出して、息も絶え絶えと言った様子。
すぐさまローザさんが飛び出して傷の手当をするが、これは物理的なものでないと説明すると、迷いなく痛覚を麻痺させる魔法を行使した。
アダムと一緒に野戦演習に出かけるというだけあって、素早い判断力は実務経験があってのもの。
日陰に運び服を脱がせて汗を拭きとる。心を安心させる声掛け忘れない。補助魔法で簡易的な病室を作ってしまうところなんかは、一線級の野戦看護師のそれだ。
医療系の魔法が使えるというのは生まれついての才能に依るところが大きい。
だけど、それ以上に判断が早い。1分1秒が生死を分ける医療現場で、彼女のような存在は大きな力になる。
しばらく様子を見て安定してきたのを確認し、アルマはお昼ご飯の準備に取り掛かります。
敗者にかける言葉なし。それが決闘の流儀。であればそっとしておくのが一番です。
なので次のイベントへ行こうと思います。が、そんな事情を知らないライラックは、目に涙を浮かべてアルマを睨んだ。
息を荒くして肩を上下に揺らす。今にも飛びかかってきそうだ。
何も知らないお花屋さんの跡取りではこうなるのも仕方がない。こんな姿になる人を、アルマはごまんと見てきた。
人でなしと言われようとも、外道魔道と言われようとも構わない。
一瞬でも理性を忘れ、死に追いやろうとしたのはアルマなのだ。どんな罵倒だとしても甘んじて受け入れよう。
ライラックが大きく息を吸って、何かを吐き捨てようとした瞬間、アルマの後ろからライラックの意に反する言葉が投げ込まれた。
それはローザさんの声。穏やかでほわわんとした印象のお姉さん。そんな人がライラックを窘めるために大声を張り上げる。
「ライラック、貴女の気持ちは十分分かるわ。だけど、これはまがりなりにも決闘なの。極論、決闘っていうのは命のやり取りなのよ。しかも手袋を投げたのは彼なんでしょ。だったらなおさら、彼女を咎めるのは許さない。ライラックが言える言葉があるとすれば、イッシュとネーディアに対して、『決闘』というものを甘く考えすぎだ、ということだけ」
ローザさんはそれだけ言って、納得のいかないライラックを抱きしめ、ベレッタさんにランチの用意を催促した。
ローザさんはもう少しイッシュの面倒を見てから参加するとだけ残して立ち去る。
ライラックはアルマから逃げるように、イッシュの看病をすると言って背中を見せた。
ローザさんの言葉は正論だ。
だけど人の感情に反してる。
反してるというよりは、感情で我慢できる範囲を超えてしまった。理論が正しくとも、感情に反する理不尽を受け入れられる人はそう多くない。
ライラックとアルマの生きる世界は違うのかもしれない。
同じ人の世に生まれたのに、特段不自由のない環境で安心して暮らしてきたライラック。
明日を生きるだけに思考を支配されて、自分が何者かもわからずに生きてきたアルマ。
暁さんに救われて、そんな違った世界の橋渡しをしたいと思った。
誰もが魔法で笑顔になれる世界を作りたいと願った。
だからアルマはここにいられる。
だけどそれは…………不可能なことなのだろうか。
「どうしたのアルマ。お昼ご飯だよ?」
ローザさんの怒号も、決闘もなにもなかったかのようにランチを待ち遠しくするハティさん。
シリアスな空気もおかまいなし。このくらいの豪胆さ、というか、それはそれ、これはこれ精神が必要なのかもしれない。
とかくハティさんにもお礼は述べておかねば、女が廃るというものです。
「え、あぁ、はい。えと、あの、さっきはありがとうございました。アルマの……止めてくれて。あのままいってたら、イッシュは死んでたかも」
「余計かなって思ったけど、よかった。それに大丈夫。死んでも復活すれば大丈夫っ!」
「あぁ…………そ、そうですね」
さすがハティさん。死者も蘇生できる人は言うことが、考え方が違いますな。
暖かくて大きな手で頭をなでなでされて、ランチの香りのする方へ手を引かれた。
まるでひと回り年上のお姉さんのような姿に過去の記憶がフラッシュバックする。
優しくて大きくてあったかくて、そんな気持ちをハティさんに抱いてもバチは当たらないよね。




