決闘 2
こちとら終わらせたい課題が山とあるんだよ。
お前らの希望に合わせてやってるんだから、さっさとかかってきなさいよ。
こんなことをするくらいなら、図書館で植物図鑑を読んでいたい。
この前ちらっと見かけた深海魚図鑑も気になってる。ユノさんの記した世界の龍脈と生態系に関する論文も気になる。
最高なことにグレンツェンの蔵書はゆうに億を超えた。しかも多種多様。まるで夢の世界だ。もはや住みたい。
「ケガをしたらわたしが治療してあげるから、2人とも頑張ってねぇ~」
「2人とも、頑張ってっ!」
ローザさんにご足労頂いたのはまさにこれ。ケガをしてもすぐに治せる治療術者がいて欲しかったからだ。
彼女がヒーラーだということは先日参加した前祝の席で知り、彼女がアダムのために魔法を勉強していると聞いてウマが合ったので連絡先を交換した。
今回の騒動の解決策を相談したのもローザさん。野戦演習にも参加していて、ヘラ市長の娘さんだから荒事には慣れてるかもと思って手を借りることになる (←失礼)。
何か平和的に解決できる妙案がないかと泣きつくと意外にも、『言葉で分かりあえないなら、暴力で解決するのも1つの手よ』と、傷を癒す医療従事者から出る言葉とは思えない金言を頂戴したのです。
『大丈夫、傷はわたしが治すから』
力強いお言葉を頂き、意気揚々と現れたのでした。
なんていうか、メリアローザの病院の看護師たちと近いオーラを感じる。
熱が出たので診てもらいたいだけなのに、なぜか血を抜き取ろうとする人。
健康的な人に対して塩対応な人。
ベッドメイクと言って布団で患者を簀巻きにする人。
入院患者が就寝時間に起きていると屋上に引きずり出して、寝かしつけるという名目で簀巻きバンジーをして高笑いをする人。
外科手術の最中、切開部分を放置してギターを弾きだす人。
まぁ世の中にはいろんな人がいる。いるとはいえ、絶対に病院には行きたくないもんです。
もしかして医療従事者って、みんなこんな変な人ばっかりじゃないよね。
違うよね。違うと信じます。
はてさてそんな記憶を呼び起こしてみると、ネーディアがよほど小物に見えるのはなぜでしょう。
答え、全然怖くないから。
なにかにつけて魔法の自慢をしてくるネーディア。シェリーさんが言った通り、魔法の知識だけは豊富みたい。
だけど、知識って使えないと知らないのと同じなんだよねぇ。
視る限り、ネーディアの魔力量は特別多いわけでもなく、質も良いとは言えない。
アルマ基準で言えば、論外。
ギルド【暮れない太陽】では、国外の冒険者を受け入れていて、例に漏れず我流で腕を鍛え上げてきた人がやってくる。
どこで習ったわけでもなく、生き死にの実践をしてるだけあって魔力量が、少なくとも練度の高い人ばかりを見てきた。
剣や杖を持つ人は当然このレベルなのだと思っている。
自己防衛の手段として、メリアローザの子供たちは最低限の鍛錬を行うように指導されていた。
しかし、ネーディアほど未熟な子はいない。文化の違いというか、教育の質というか、何か相違点があるのだろうか。
騎士団を目指してるにしては努力が足りなさすぎませんこと?
それとも生まれつき魔力の練度が上がりにくい体質とか?
暁さんみたいに、体内の魔力を外に放出するのが苦手な体質だったり、場合によっては魔力回路を形成できず、魔法を行使できない人もいる。
もしネーディアがそういう類の人種だったら…………現実は残酷だけど、事実を教えてあげないといけないな。
同情する余地を探すアルマの優しさを知ってか知らずか、ネーディアは『同情するな』と言わんばかりの慇懃無礼な態度を見せる。
「レディファーストだ。いつでもどうぞ」
「ムカッ! レディファーストとか詭弁でしょ。まぁそっちがその気なら先手をもらうよ。炎の法衣。はい、先手を頂きました。いつでもどうぞ」
「? 何をしたのか分からないな。早く撃ってきなよ」
何をしたのか分からない。
そのひと言で底が知れる。
アルマは今、たしかに魔法を発動した。炎の法衣は攻撃性のある魔法や物理攻撃に反応して身を守る、なんちゃって防御系炎属性の魔法。
相手からの攻撃が飛んでこないと発動しないから、何も知らない人からすれば何もしてないように見えるのは事実。
しかし、こいつは目の前でアルマが魔法を発動したところを見た。
魔術回路を目視で見れるほど、目が熟達してないのは仕方がないにせよ、魔法を発動したかしてないかは肌で感じてわかるだろ。
こいつ、本当に魔術師になりたいのか?
呆れて物が言えない。あぁもう、こんなやつに時間を割くだなんてバカらしい。
早くランチにして、ローザさんとアダムと魔法の話しで盛り上がりたい。
アルマの願望を知ってか知らずか、アダムから気になるひと言が耳に触れた。
まずはローザさんが口火を切ったところから。
「魔法を発動したのは分かるんだけど、フレイムって言うからには炎属性よね。攻撃系の魔法じゃないのかしら」
「炎属性の魔法は攻撃志向が強くて、攻撃系の代表格と言われてるけど、今のは補助魔法じゃないかな。彼女の周囲に球体の魔術回路が敷かれてるよ。それにしても凄い密度の魔術回路だ」
なっ、なにいいいぃぃぃぃぃぃッ!?
魔術回路が見えるだけにとどまらず、炎の法衣を防御魔法ではなく補助魔法と見破った!
炎の法衣はもともと、遮炎という範囲補助魔法の発展形。対象の炎耐性を上げるものから派生している。
そこから迎撃性を付与したことで、相手からの攻撃をシャットアウトするのだが、その根幹たる魔術回路は補助魔法のものを使った。
理由としては防御魔法と誤認させること。遮炎は補助魔法なので防御突破の魔法を受けつけないことに利点がある。
それを一見するだけで見破るとは…………こやつ、センスがいいし目もいい。かなりの量の実務経験をしてないと出てこない言葉だ。
爪の垢を煎じてネーディアに飲ませてやりたい。
そのネーディアはというと、時計を見ながらそろそろいいかと、視線をアルマに据えて小物らしい戯言を吐きよる始末。
「何もしてこないか。時間がもったいないな。待つのも飽きたし、攻撃させてもらうよ。氷襲!」
彼の放ったのは氷属性の魔法。足元から這いよるように敵に向かって伸びるそれは次第次第に大きくなって、人一人分程の空間を飲み込むほどの高さへと成長する。
近・中距離による牽制と、ある程度の範囲攻撃が行えて、それほど難しい魔法でないことから剣士にも愛用されるロングセラーマジック。
魔術の練度はともかく、発動時間が短いから慣れていれば反射的に防御・攻撃に扱えると人気なのです。
な・の・で・す・が…………ネーディアとアルマの間合いはおよそ30m。
剣士が言うところの中距離というのは一般的に5~15mほど。魔術師同士の間合いで言えばもっと長い間隔。
四方を結界に囲まれたフィールドの中では、剣士の視点に立ったほうが妥当。つまり、彼の魔法はミスチョイスと言わざるをえない。余裕で回避できる距離では役に立たない。
しかも遅い、うえに氷結させる範囲が狭い。
これはひとえに、彼の魔力の練度の低さを物語っていた。
10m進むのに1秒もかかっている。30m進むのに3秒。足の速い四足獣系の魔獣であれば余裕でかわして噛みつける遅さと効果範囲の狭さ。
ぶっちゃけ、マジでびっくりだよ。
驚愕のあまり目を見開いて身動きがとれないでいるアルマを見て彼は嘲笑した。
自信満々の笑みからは、『どうだ凄すぎて言葉も出ないだろう』という顔をしている。
当然ながら、鼻息を鳴らして顎の裏を見せる彼の鼻っ柱はすぐにへし折られることになった。
見上げる程度の氷の波がアルマの体に触れるより先に燃え尽きる。
圧倒的な練度の差を持つ炎の法衣が自動で発動し、彼のプライドを木っ端微塵に粉砕するかの如く、氷の魔法を雲散霧消していった。
先に剣士も会得できる簡単な魔法と言ったが、この魔法の優れている点はその奇襲性にある。
訓練と魔力の練度を上げた魔術師であれば、かなり離れた場所から相手に気付かれずに氷襲を放つことができる。それがこの魔法の名に『襲』が付けられている所以。
かくいうアルマも古書に倣い、スニーク・アイスを使う時は一度地面に潜らせてから足場を固めて動きを封じるような使い方をする。
地面ごと凍らせることは並みの魔術師でも難しい。剣士ならなおさら。でもそんな凄いことが出来ちゃうくらい、アルマは魔法の扱いに長けてるのです。
たとえそれが適正以外の属性の魔法だとしても。どやっ!
それにしてもですよ。剣士ならともかく、ネーディアは魔法を扱う魔術師志望。ならばせめてその名に恥じぬ魔法の扱いというものをして欲しいもんです。
躍起になったネーディアは魔力が尽きるまで魔法を連発。
それはもう必死な表情で氷玉と氷狼を繰り出してくる様は見ていて痛々しい。
彼曰く、魔法をぶつけていれば炎の防殻だって魔力が尽きてなくなるはず、と推測した。
その推測は正しい。間違ってるのはアルマと己の力量の差を読み違えたこと。アルマの炎の法衣が尽きる前に、あんたの魔力が底を尽きそうなんですけど。
もはやため息すら出てこない。
呆れるアルマ。
ゆきぽんと遊ぶハティさん、キキちゃん、マーガレット。
なんかすご~い、と、状況はよくわからないが感嘆するライラック。
状況がよくわかっているヤヤちゃん、ローザさん、アダムは可哀そうな目で2人を見た。
そう2人を見ている。1人はもちろんネーディア。そして2人目は声援を送るイッシュ。
こいつはどういうことになってるのかもわからず、とりあえず攻撃しているネーディアが優勢と見て声を張り上げた。
こいつ本当、バカ丸出しじゃん。
あ、ちなみに氷玉っていうのは、氷結させた氷の塊に指向性を持たせて相手にぶつける、氷属性の魔法の初歩の初歩。
ぶっちゃけ、石を投げたほうがてっとり早い。
最初期の魔法の練習としては優秀なのだけど、いざ実践ではとても使えない。
これを使うような状況というのは、もはや戦況が終わってるに等しい。
それほどに生の現場では役に立たない魔法なのです。
氷狼は中級魔法の中でも簡単な部類。魔術回路の組成が簡素で魔力の練度が高くなくてもそれなりに扱える。魔獣相手には有効な手段の1つと言えた。
また、簡素であるがゆえに魔法生物の使用権を奪う系の特殊な魔法を受け付けることができないので、それを利点として扱う人も多くいる。手数が増えるという利点も見逃せない。
余談ではあるが、雪国ではソリを引かせるためにも利用されるのだとか。なかなか便利な魔法なのです。




