コイバナ 3
確率という名の理不尽に袋叩きにあったペーシェさんは、背もたれに寄り掛かって白く沈黙してしまった。
ここまで運が悪いのも珍しい。
引けども引けども裏目に出る。
山札のカードを全て記憶し、破棄されたカードから残数を抽出。どのカードが何パーセントの確率で出てくるかを全て計算し尽くし、確率の高い選択肢を正確に射抜いていく。
しかし彼女の放つ矢が的に当たらない。当たらないというよりは、的に当たっているのに刺さらない。確率という名の岩盤に跳ね返される。
無惨。
ただそのひと言しか出てこない。
「運の介在しないゲームはないの? オセロとかチェスとか」
当然の反応。
しかし、
「えーっと……、サイコロを振る系の物が好きで、そういう類のものは持ってないんです。基本的に4人前後で遊べるボードゲームばかりで」
「気にすることはないよ。それから、頭を使って勝てる系のものをペーシェとするのはおススメしない」
「どうしてですか?」
「こいつ、マジで強いから」
「それって凄いことじゃないですか!」
「どやぁっ!」
「あとね、勝ち方が意地汚い」
「ま、まぁ……そうなんですか」
「余計なことを言うなし」
「ぼーどげーむ……って、いろんな種類があるの?」
「ええ、今回はサイコロやカードの山を使ったものですが、カードだけのものや、駒を使ったボードゲームなどなど、多種多様なものがあるんですよ。今度は違うもので遊びますか?」
「うん! もっといろんなのでみんなと一緒に遊びたい!」
やったあああぁぁぁ~~~~~~ッ!
遊びたい。これを言って欲しかったんですっ!
はぁ~~、天にも昇る気持ちとはまさにこのこと。両の手を挙げて満開の笑顔が咲き誇る。
さてさて次は何を持ってこようかしら。あれもこれもいいけれど、とりあえずまずは麻雀のリベンジをしたいなぁ。
次はイカサマ抜きの真剣勝負。これなら多少の運もあるけれど、ペーシェさんにも楽しんでもらえるはず。
私にも勝ち目があるはず!
でもでもまずはこのパーティー用トランプをしましょう。
その名も【ヒートアップジジ抜き】。
カードの対角線上の端に数字と、ダイヤやスペードなどの絵柄が置いてあり、中央には『恥ずかしい話し』『怖かったこと』『ハグをされる』など、罰ゲームが添えられている。
つまりこのジジ抜き用トランプとは、無作為に選んだ1枚を見ないで仕舞い、カードの枚数が減っていくごとにどんな内容の罰ゲームかが分かっていく。
そして最後に残ったカードを持っていた人が、その内容の罰ゲームを実行するというものなのです!
52枚26種類の罰ゲーム。
さぁ、どんなものが出るかお楽しみ♪
「ティレットさぁ……もしかしてこれ、今日の日のために用意したの?」
ペーシェさんの頬に冷や汗が滴る。
「どうしてわかったの!?」
「シークレットシールを今剥がしたから…………。いや、楽しませようとしてくれてるのは嬉しいけど、もうちょっと世間のゲスさを知った方がいいかもね。特にこういうパーティーゲーム物に関しては」
ルーィヒさんの口角が片方だけ上がった。
「これは…………今日を限りに永遠に封印したほうがいいんだな。なんなら今からでも遅くはない」
何か問題があったのだろうか。マーキングなどのイカサマをしていないという意味で、今日まで封を切らなかったのだけど、逆にダメな行為だったのかしら。
私にはよくわからなかった。その真意を察したエマが鬼神の表情を表す。
亜音速でショットガンシャッフルを繰り返し、束を整えるふりをして一番底のカードの内容を確認し続ける。
狙ったカードが来たらシャッフルをするふりをして、一番底のカードを上まで持ってきた。
有無を言わさず、イカサマをして持ってきたそれを引き抜いてカードを配り始める。
何も知らない私とすみれさんは、エマの素早い手捌きに感嘆しながら見つめるだけだった。
このトランプの危険さを理解したペーシェさんとルーィヒさんは無言でその作業を見つめ、祈り、エマを信じて配られるカードを淡々と切り捨てていく。
パーティーゲームという響きにわくわく感を感じて中身を確認せずに即購入したものだから、内容を見るのはこれが初めて。
さぁどんなものがあるのかしら。どれが最後に残るのだろう。楽しみですね。
え~っと、なになに…………。
『最後に上がった人とディープキス』
んまぁっ!
キスだなんて、そんな。いやでも、これが俗にいう罰ゲーム。
罰というのだからこのくらいのことは当然、なんだろうか。
罰と言えば刑務所のイメージがある。懲役刑に比べたら、このくらいのことは軽いものに違いない。
比較対象を間違えている世間知らずなおバカさんは、ディープの意味も間違えて、『深い』を意訳して『長い』ものだと思い込んだ。
そして『キス』は『挨拶』と捉えた。長時間のハグと誤解釈。
いつかこんな罰ゲームを孕んだゲームをしたいという願望が叶ったことによるテンション上がりすぎ症候群に罹患した私は、正常な判断ができないでいる。
当然、患者はそれに気づいてない。自分のことを客観的に見られなくなってるのだから質が悪い。
さっそく目に飛び込んだカードには『電気あんま』と書かれている。
なにかしら、これ。
聞いたことがない単語だけど……電気……なんだろう?
魔術回路が刻まれているところから察するに、このカードに魔力を流して罰ゲームを受けるみたいだけど、何をするものなのだろう。
むぅ、世間知らずとはわかっていたけれど、罰ゲームの内容に聞きなれない単語ばかりが記載されていて、何が何だか分からない。もっと勉強しなければ。
思い返せばこの数年、ボードゲームをしている以外は座学か魔法の勉強しかしてこなかった。
普通の女の子がするような、きゃっきゃうふふな世界とは無縁の修羅の道。
本から学ぶことも大事。だけど、他人と交わって学ぶことのなんと多いことか。
グレンツェンに来てからは、それをより深く感じるようになったものだ。
電車の時刻表の見方から、見ず知らずの人が居並ぶ中、テラスで食事をする楽しさまで。
私の知らないことが世界には沢山隠れてる。
はてさて私の番が回ってきました。
ペーシェさんからカードを1枚いただきます。
受け取ったカードは例の長い挨拶のカード。2種類が揃ったので捨てます。
捨てると同時にペーシェさんが立ち上がり、落胆するように叫んで肩をがっくりと落としてしまった。
それからすみれさんの方をちらりと見やってため息ひとつ。
どうしたのだろう。もしや、このカードが最後に残って欲しいと願っていたのだろうか。
だとすると悪いことをしたのかもしれない。でもでも、あらかじめ引き抜いたカードがこれじゃなかったわけだし、仕方ないことですよね。ごめんなさいっ!
次にエマが私のカードを引く番。目を見開いて真剣にどれだどれだと選んでる。
こんな本気の顔をしているエマを見たことがない。いつも冷静沈着で落ち着き払っている彼女をこんなにも白熱させてしまうだなんて、ヒートアップジジ抜き…………恐ろしいっ!
これと決めて引っこ抜いたカードを見てすかさず握りこぶしができあがり、ワンセットのカードを机の上に投げ捨てた。
緊張の糸が切れたように深いため息をつき、すみれさんに手札を向ける。
勝負に真剣になる彼女のなんと輝かしいことか。そんな姿に感動すら覚える私をよそに、ペーシェさんとルーィヒさんは捨てられたそのカードの内容を見て青覚めた。




