コイバナ 2
ルーィヒさんの視線を手で叩いてゲーム続行。
そのまま役職カード、バッドカードと各種1枚ずつを引いてすみれさんの番。
彼女は株を買う前にイベントカードを引き、『バッドカード【大暴落】株価を10シエル下げる』を引いたために、結果的に安く大量の株券を買うことができた。
一般的には株価が下がると株の価値が下がるため、良い印象のカードではない。
このゲームの場合、タイミング良く引くとプラスに働くカードのひとつ。12シエルで60枚もの株券をゲット。これは単純に、私が買った量の倍の数を同額で購入していることになる。
もちろん、ひと株あたりの価値が下がっているので売りの見方からすると株価は高値を示して欲しいもの。
逆に買いの場合は低い値段で買いたいわけだから、このタイミングでの株価の暴落はむしろ幸運に作用していた。
さらに役職カードを1枚追加。最後に『ハッピーカード【結婚祝い】全プレイヤーから100シエルを受け取る』を獲得。使ったお金をすぐさま回収。なんという強運。
エマも例に倣い、給料を受け取り、株を買い、イベントカードを引いて終了。
私のターンもそこはかとなく終わり、ペーシェさんは前の番で引いたカードのせいでスキップ。
ターン制のゲームではよくあること。始まったばかりだから観察するのもいいかもしれない、とプラス思考。
だけどこのボードゲーム。ターン制のゲームなのに、スキップする系のカードが多く入っていたりする。
ゲームデザイン的には現実世界の出来事に近しいものに仕上げたとのこと。
なので妙に生々しく作ってあるところが人生の疑似体験をするのにちょうどいいと評判。
くわえて、ゲームとしてどうなのか、と思うようなカードもあり、世の中の理不尽を追及しているところも高評価を得た。
ターンをスキップした矢先、ペーシェさんに襲い掛かった『バッドカード【極残業】。サイコロを振り、出た目の数のターン、給料だけを受け取り、直ちにターンを終了する。その間、受け取る給料の額を2倍にする』というもの。
ゲームが終盤に差し掛かり、株券も役職カードの枚数も増えてきた頃合いであれば、リスクを伴うイベントカードを引くこともなく、かつ、手元の資金を増やせるという強カード。
なのだけど、これを給料の額を決める役職カードが少ない序盤で引くと悲惨のひと言。チャンスであるイベントカードを引くこともできなければ、受け取る給料も少ない。
なにより、行動が決まっているという虚無感に包まれて、ゲームがただの作業と化す。
悪いことは続くようで、なんと出目は8。つまり向こう8ターンの間は配当金の受け取りと2倍になった給料の受け取りしかできなくなった。
2度あることは3度ある。3度あることはもっとある。
ここで私が最も恐れているのは『バッドカード【特殊詐欺】。左隣のプレイヤーの銀行から80%のシエルを奪う』を引いてしまうこと。
株の配当金も給料も銀行に振り込まれる。この時代、現金をにこにこ現金払いするようなところは1社もない。
ペーシェさんは今、残業をしてひたすらに働いている。それを横から奪おうというのである。
まさに外道の所業。ゲームとはいえ、忍びない。
すみれさんはまるで幸運の女神に愛されているかの如く、ハッピーカードを引きまくり、時折バッドカードを引いたかと思えば、状況が好転するという奇跡の引きを見せていた。
特に凄いのは120枚中に4枚しかない【保険】カードを2種類所持している。
このゲームには【病気】【事故】カードがそれぞれ6枚内蔵され、どのタイミングで引いてもかなり悪いことが起こるようにできていた。
その効果の一切を打ち消すことのできる【保険】カードを序盤で引けるということは、バッドカードの約3分の1を受け付けないに等しい。
彼女はなにがなんだかよくわかっていないだろうけど、まさに神に愛されていると言っても過言ではない運命力。
対してペーシェさんは悪鬼羅刹に愛されているが如きどうしようもなさ。
引いたら気まずいから絶対に引きたくなかった【窃盗】系カードを引いてしまった。私が。
「…………私生活を犠牲にしてまで残業して、溜まったお金を奪われるとか、酷すぎるんですけど」
「う、す、すみません」
「あ、いや、ごめん。そういう意味じゃなくて。いやほんと、あたしって運が悪いなぁって」
「ペーシェってゲーム運、本当に弱いんだな」
「え、そうなのですか?」
なんてことだ。ゲーム選びを間違えたか。
「確率があたしに味方をしてくれたことがないのは認めよう。あたしは頭脳派なの。ここから巻き返すの!」
巻き返そうにもバッドカードを引きすぎて残金が底を尽きそう。
逆に私たちはペーシェさんがバッドカードを消費してくれるおかげで、そこそこ裕福なゲームライフを送っていた。ここまで極端だと申し訳なくなってくる。
結局、ゲームが終わるまでペーシェさんは殆どのターンをスキップするカードを引くか、お金を失う系のカードばかりをめくっていた。
さすがの運の悪さに空気も悪くなってくる。
彼女はため息をひとつついて、震え声を出しながら席替えを提案。
断る理由もなく再度ゲームをするも、また何かとバッドカードを乱打。
時々引くハッピーカードも悪いように作用して思うように身動きができないまま、数分前と同じ結果に落ち着くという奇跡。
何度繰り返しても引くカードは黒。反対に彼女はどんどん白くなっていく。
「…………こんなはずでは」
楽しいゲームタイムになると思ってたのに。
「ああ、気にしないで。ペーシェのゲーム運の悪さは生まれつきなんだな」
フォローされても取り繕いようのない虚無感と申し訳ない感。
こんなことなら運用素の少ないゲームを選べばよかった。
空気を入れ替えようとエマの声が響く。
「そろそろブレイクタイムにしましょう。クッキーとティーパックを持って来ました」
「わぁ、おいしそう! お湯を淹れるからちょっと待っててね」
意気揚々とキッチンへかけていくすみれさんを追いかけるエマ。残された私とルーィヒさんとペーシェさん。そういえば、このお二人とはあまり接点がない。
ゲーム運が悪いと言っていたところから察するに、積極的にボードゲームをする様子でもない。魔法に造詣が深いというわけでもなさそう。
前に聞いた時は護身術程度しか覚えていないと記憶しているから、魔法関連の話題では話しが盛り上がらなさそう。
どうしましょうどうしましょう。このままではなんだか息苦しい。
運が絡んでいたとはいえ、ただでさえ私の提案したもので気分を害されてしまったとなると、なおさらあたふたしてしまう。
何かないか。ここでゆきぽんがぴょんと飛び込んできてくれたら気が紛れるというものだけど、あいにく彼女はアルマさんたちと一緒に空中散歩の準備に出かけている。
今日はガレットとウォルフはオーロラ・ストリートを散策に行くといっていない。
エマはキッチンの向こう。近いようで遠い。
何か、何か話題はないものか。
わたわたする私の心を慮って、空気の読めるルーィヒさんが言葉を投げてくれた。
「そういえばさ、ティレットたちもすみれと同じでよそから来たわけだけど、もう慣れた? 勉学をしに留学をする人って、お祭りが終わって街が落ち着き始めてから来るんだよね。お祭りの時期は講義を開いてる教授って殆どいないし、この時期はゴタゴタしすぎて慣れるどころじゃないし」
「そうですね。最初は慣れない土地で、環境も全然違って戸惑いましたけど、おかげさまでなんとか。それにハティさんの後ろをついて回っていたせいか、アレに比べると、と思うと物怖じしなくなりました」
記憶が呼び覚まされ、壮絶な過去に向かって沈黙。
沈黙を破らんと、話しを変えるためにルーィヒさんが身を乗り出した。
「確かに。恐竜とか巨大鯨とか、まるで夢みたいなんだな。でも楽しかったね。話しが変わるんだけど、グレンツェンの移動手段って徒歩か路面電車か自転車になるわけだけど、ベルンや他の町は殆ど車なんだよね。ここじゃあ街中の車の侵入は原則禁止だから全然見ない。やっぱり沢山の車が行きかってるの? グレンツェンに住んでると、そのへんは全然わからないんだよね」
そうなんです。グレンツェンでは車の姿がありません。
路面電車かレンタサイクルに乗っている人しかいないものだから、むしろ新鮮で、やっぱり時々は車が便利だなぁと思うこともあるけれど、環境問題に敏感なヘラさんと街の人々の理解と努力によって、綺麗な空気が楽しめるグレンツェンはやはり素敵なところです。
私としては車の通りがある生活に慣れていたものだから、グレンツェンでの暮らしがとても田舎っぽく見える時もあった。
だけどその感覚はどこか温かさに溢れていて、心の故郷に帰ってきたような気がして、なんていうかこう、いいなぁって思うのです。
ルーィヒさんは逆に車のひしめく世界に興味津々。ベルンに何度か行ったこともあり、その時、歩道を通りながら所狭しと居並ぶ車の行列を見て、都会っぽいと感じるのだとか。
せわしなくもきちんと順番を守ってハンドルを握っている姿にちょっぴり憧れた。
なんというか、都会は田舎に、田舎は都会に。自分にないものを求める人間の性とでも言いましょうか。多分そういったもので心をわくわくさせられる私たちは、幸せ者なんだと思います。
知らないものを知る幸せを知っている。
そういう意味では、私は彼女たちと似ているのかも。




