みな、夢のために 2
以下、主観【ルージィ・ダン・ダヴィリオ】
気分転換に散歩を提案して街を散策する。ケビンのアパートは俺が住んでるオーロラ・ストリートとは真反対。チャレンジャーズ・ベイの端の端。
グレンツェンの人口が増えていくにつれて居住区はどんどん広がっていき、今も着々と両腕を広げつつある。
中心から外側に向けて広がってるから、当然、古き街並みから新しいデザインの景色へとグラデーションのように変わりゆく姿が魅力的な建築群を眺めていると、中世から近代を歩いているような錯覚すら覚える。
温故知新を体現したような、グレンツェンを代表する姿だ。
どの家先にも必ず小さな花壇があり、まるでウェディングロードを思わせるような華やかさと賑やかさがあった。
これもグレンツェンの見どころ。住む人の美しい内面が見てとれるかのような景色は、外国人向け旅行パンフレットの表紙にも採用された。
足元にはデイジーやクレマチス。
視界にはブーケのように咲き誇るバラ。花をつける前のアジサイの葉。
見上げれば近くの公園から舞い降りた西洋桜の花びらが、きらきら瞬いて風と共に散歩する。
「そういえば、博物館はどうなったんだい? ほら、君が提案したやつ」
ケビンのやつが思い出したかのように話題を振ってきた。
俺としては少しもやもやする案件。
「提案じゃない。つぶやいただけだ。空港の空き地のところに博物館を併設したらどうかってやつだろ。マジに着工してるぞ」
「良かったじゃないか。自分の想いが実現するだなんてそうあるものじゃないんだから」
ケビンが言ってるのは、俺の父親が経営するベルン国際空港の新規施設のことだ。
たまたま弁当を忘れて出て行った父のためにそれを届け、執務室から何の気なしに外を眺めたら、ぽっかりと空いた場所を見つけた。
何に使うのかと聞いたが、場所も発着場の近くだし、駐車場にするにも狭いしでほったらかしているという。
その場所はちょうど搭乗窓口が近くにあり、待合室が隣にあるという状況だった。
待合室と言えば、飛行機の離着陸時間になるまで人が待つ場所。当然だ。時間にルーズでないのなら、早めに来て待つ。
もしも乗り遅れたらチケットが紙くずになってしまうのだから。
それにしても待つってのは退屈だ。特に子供はじっとしていられない。
だから何か夢中になるものでもあればいいんじゃないかと思った。それこそ、バスの中でじっとしていられず、ぐずる幼子の気を紛らわせるために、おもちゃやビスケットを渡すように。
そんな軽い考えだったから、親子の会話と思って思いついたことをぽんぽん放っていった。
空港の強みは『距離』。ベルン内からなら各所からシャトルバスが出ている。少し遠くてもバスに乗って着くなら時間がかかっても楽にたどり着ける。
外国から飛行機の利用にしてもそんなに苦ではないはず。人によっては、ベルンからグレンツェンにバスで移動するよりも、ベルンから飛行機に乗って外国に遊びに行くほうが距離的にも時間的にも近くて楽という人もいる。
幸いなことに、ベルンにもグレンツェンにも観光名所に国際的な職場も多くあり、外国からの人間の出入りは激しい。暇潰しにちょっと立ち寄るか、という人は多くいるはずだ。
博物館を作ったとして、多種多様な人が利用する空港であれば、発信するジャンルの幅は広くでき、集客が見込める点も魅力的。
ベルンから外国人の入国が多い時期はベルン関連の催し物。外国からベルンへ行く時は外国の文化を発信。どちらの出入りも緩やかな時は恐竜博や世界の屋台。などなど、時と場合によって適切なものに変えていけばよい。
経費はかかるだろうが、飽きさせず人の出入りを多くすれば観光名所化するのも容易だ。
教育関連の催し物なら国から助成金が出るはず。
ベルン国際空港は旅行会社も併設していて、外国文化や語学に堪能な人材が多いのも強い。
現地の人から情報を集めて、よりリアルな企画が実現できるはず。
――――――と、思いついた青写真を理由込みで並べてみた。即興でしゃべっていて、それなりに筋の通った話しにはなってると自負はしていたが、しょせんは青二才のたわごと。
まさか本気で出来ると信じて次の日に見積もりを出すだなんて誰が思う?
嬉しい半分、大丈夫なのかと不安が半分。
決断を下したのは社長、つまり俺の父。だが、発端になったのは俺の妄想だ。もし失敗したらと思うと少し怖い。
まぁ親父の変な物を集める趣味を除いては、俺は男として社会人として、父親を尊敬しているし信じている。彼の情熱は本物だ。きっと大丈夫だろう。
散策を続けると、クイヴァライネン兄妹の実家が見えてきた。
アトリエ・ド・ショコラ。それが彼ら家族が経営するスイーツ店の名前。
元は彼らの祖父が開店し、グレンツェンでずっと愛されてきたお店のひとつ。
ここのイチオシはショコラの名の通りチョコレートを使ったケーキ。スポンジも外装もチョコレート。
一見するとくどそうに見える。3種類のチョコレートを使いこなし、濃厚でありながら飽きのこないシンプルな出来栄えになっていた。
と、噂には聞いているが実際にはまだ食べたことはない。
ちょうど小腹も空いてきた。せっかくだからティータイムにしようと敷地の横を通る。
店舗横にはガーデンテラスが置かれていて、スイーツを買ってそのままおやつの時間を楽しめるようになっていた。
ガーデニングも行き届いていて雰囲気もばっちり。さすがグレンツェン。花の都を思わせる。
花々を鑑賞しながらのスイーツタイム。特別な時間が過ごせるキラーコンテンツ。
しかし利用客は女性ばかり。男子がここでお茶をするのはハードルが高い。持ち帰りにするか。蔓の這った柵の向こうはガールズトークが咲き乱れ、男子禁制の女の園を思わせた。
こんなピンク色の世界に飛び込めるほど、俺の心臓は頑丈にできていない。
それに今はケビンがいる。こそこそとBLの話しをされるのは好きではない。
来るとしたらティレットを誘うか。最後に2人っきりの時間を過ごしたのはいつだったか。
「今度、ティレットを連れて来たらいいんじゃない。きっと喜ぶよ」
「俺の心を読むな。……って、あれはクスタヴィか。それにあっちはレレッチ? 珍しい組み合わせだな」
ガールズトークの中、2人はセールストークをしているようだった。
女子じゃないが、男女の仲なのかと思って少しわくわくしたのは内緒。
さて、記憶が確かなら、レレッチが出す予定の屋台で使う食品サンプルをクスタヴィが用意するって言ってたっけか。きっとそれの打ち合わせに違いない。
そう思って覗いていると気配に気づいたようで、クスタヴィが手を振って近づいてくる。
なぜバレた?
予想は的中。今はデザインの打ち合わせの真っ最中とのこと。
ちょうどいいところにと挨拶が飛んできて、曰く、『女性の意見は妹たちからもらえたのだけど、客観的な男性の意見が欲しいから手伝ってくれないか』とのこと。
二つ返事で了解して席に着くと、レレッチが顔を真っ赤にして俯いていた。
人見知りの激しい彼女のことだ。グレンツェンに来て日も浅い。先日の様子だと、まだ友達と呼べる仲も少ないようだ。これも何かの縁だから、キッチンのメンバーと触れ合ってみるといい。
そうアドバイスをすると、目を合わせることもなく礼をひとつ零した。
聞くところによると、大人に囲まれて育ってしまったがゆえに、同年代との付き合いに慣れてないという。
悪い意味ではない。人の顔色を気にしすぎる性格が災いしてしまい、なかなか上手に会話ができないらしい。
少しずつ、少しずつでいい。焦る必要はないだろう。
席に着くとメイド風の制服を着た少女が現れた。
さすが有名スイーツ店。スイーツに景観、スタッフの教育まで行き届いてるとは恐れ入る。
「いらっしゃいませ。こちら当店看板メニューのチョコレートケーキです。それからジャスミンティーをどうぞ♪」
「ん? 俺たちは何も頼んでいないはずだ、が…………んッ!?」
「こちらは兄からです。それではごゆっくり♪」
「ああ、ありが…………んッ!?」
息が詰まった理由はただ1つ。
おそらくヴィルヘルミナであろう彼女の姿が、いつも見るプライベートの様子と真逆だから。
普段は眠そうにして、服装もだぼったい感じのゆるふわ系女子。もっちりとしたほっぺがかわいらしいぽっちゃり系もちもち女子。
だが今の彼女はどうだ。頬のもっちり感はシェイプアップされてすっきりと整っている。
服はふりふりのフリルできっちりかっちり着こなしているではないか。
特に驚きなのは髪型。ぼさぼさの髪をまとめることもなく放り投げる彼女が、今日はヘアピンと髪留めでバッチリきめて、しかもモミアゲを三つ編みまでしてバリバリやる気モード。
一体何が起きてるのだ。天変地異の前触れか!?
「おい、兄。これはどういうことだ!?」
「ヴィルヘルミナは仕事人モードになるとあんな感じになるんだよ。頬の肉は美顔ローラーで寄せてるんだって。お店のイメージに合わせてゆるふわ妹系モテ女子を演出してる。姉はいるけど妹のいない女性客に人気らしいよ。妹キャラとして」
「美顔ローラーであんなんなるのか。もはや整形じゃねぇか」
「というか肉体改造じゃないだろうか。別人にしか見えない」
「オンとオフのギャップが激しいよね」
驚きでカップを持つ手が震える。
普段はぽわぁ~んとした印象なのに、今のアレは背景にキラキラした光やしゃらら~んという効果音まで聞こえてきそうな印象の生き物だった。
怖ぇ……女って怖ぇ…………。
深呼吸。落ち着いたところで話しを戻そう。
食品サンプルの話題だ。あらかじめクスタヴィがデッサンしたそれは、レレッチが持ってきた平たい円盤状の氷のバレットから滝が流れ落ち、最後にはかき氷になるというストーリー。
実物は透明な素材を使って清涼感とキラキラ感を押し出すつもりらしい。
さらにレレッチのイメージが足し算。ヤヤちゃんのはちみちゅダイヤモンドをヒントにしたらしく、妖精がハチミツの入った壺をひっくり返して注ぎ、最後にはダイヤモンドのハチミツになるというなんともファンシーなスケッチ。
妖精もひとつずつ動きがあって個性的。つば広帽にワンピースで夏感を先取り。帽子に乗っている果物の小物でフルーツ感を演出している。
春色のドレスを着た子もかわいらしい。ジェスチャーも動的でわかりやすい。
文句の言いようのない出来栄えに圧倒されるばかりだ。
本人は少し自信なさげにしているが、その表情は間違いなく楽しそうにしていた。
これは凄い。実に素晴らしい。実物になるのが楽しみだ
本体のかき氷も見た目も味も一級品。
今年の夏の楽しみが1つ増えたな。
「レレッチは今日まで1人で準備してきたのか? 誰かと一緒じゃないのか」
問うと、視線を手元にむけて俯きながら、もじもじと語り出す。
「えっと、その……屋台は小規模ですし、機材は全部レンタルなので大丈夫でした。広告だけはデザイナーに依頼しようと思っていたのですけど、ペーシェが手伝ってくれて完成しました。当日のお手伝いさんは確保済みなので、あとは打ち合わせと、クスタヴィさんが作ってくださる食品サンプルの完成待ちです」
「相変わらずレレッチはしっかり者だね。ご両親はお祭りには来られるのかい?」
ケビンに質問されると、なにごともなく顔を上げて普通に喋り出す。あれ……俺、なにかしたか?
「はい。お祭りの間はこっちにいるとのことです。ケビンさんとルージィさんのご家族は来られるのですか?」
「うちは3日目の花火を目当てに家族が来る予定だ」
「我が家は初日に来て日帰りにするそうだよ」
「それじゃあ久しぶりの再会になるのか。しっかり家族サービスしなくちゃね」
現実は非情なり。
おそらくそれは無理だ。なぜなら、
「そうしたいのはやまやまなんだが、エマの試算だとキッチンの運営に人手が足りないらしい。最低でもテイクアウト兼食券機人員2人、オーブン2人、鉄板焼き4人、食券と商品の受け渡し1人、食器洗い1人、食器の回収3人、ホールマスター1人、清掃3人、工芸品を販売する子供たちの管理1人。これで18人。メンバー自体は24人だが、ヘラさん、アーディさん、ユノさんの当日参加は厳しいだろう。実質21人。これに休憩回しも入れるとなると……正直、もう少し余裕が欲しいって言ってた。ベレッタは空中散歩の運営にも行きたいと言ってるそうだし。それはまぁなんとかなりそうなんだが。ま、そんなわけで家族への孝行は、俺たちのやれることをしっかりやるってところだろう」
本心では親愛なる妹とお祭りを楽しみたかった。が、仕方ない。企画の運営が最優先。
「追加のアルバイトは確保できなかったんだよね。まぁ店舗の運営に関してはド素人の集まりだし、むしろここまで形になったのが奇跡的と言えるかも」
クスタヴィも食べるのが好きだから、時間があれば屋台を回りたいと言ってたな。また来年、一緒に回りたいもんだ。
「きっと誰が欠けてもダメだっただろう。実に素晴らしいめぐりあわせじゃないか!」
ケビンに言われると、なんか腹立つな。
「どっかの誰かさんが謹慎処分にならなかったら、もう少し全体の進行が早くなったろうにな」
「それは言いっこなしだよ☆」
『☆』じゃねぇよ。
男手が欲しいって言ってたペーシェが嘆いたことをこいつは知らないだろう。
それに関しては、弟を召喚して間に合わせるという切り札を切ったのでなんとかなった。が、まったくこの野郎、本当に反省してるのか。
ため息をひとつついて紅茶をすすり、冷静になろうとケビンから目を背けて背後に咲き誇る花々を眺める。
母親の趣味だと誇らしげに胸を張るヴィルヘルミナの言葉通り、よく手入れの行き届いた庭は、眺めるだけで人の心を和ませるような風合いを帯びていた。
椅子に座ると、生垣のおかげで外の景色があまり見えないように高さが工夫されている。
人の歩く芝生は短くカットされていた。風が吹いても店側に木の葉が吹き入れにくいように傾斜がつけられている。
どうやらここの3兄妹のしっかり者気質は母親譲りのものらしい。
それと分からないようにしながらも、景観と合理性を融合させた庭に感心しながら辺りを見渡すと、午後の3時も近いためか、随分と人の入りがいい。
どの席も人で埋め尽くされ、ガールズトークに華咲かせる女子がみてとれる。
しかし異様だ。みな一様にこっちを見てる気がした。気のせいではない。俺たちを見ながら、なにやらこそこそ話しをしている。
『わぁ~、アレが噂のケビンさんでしょ。めっちゃイケメンなんですけど。それに隣の彼、最近オーロラ・ストリートに引っ越してきたっていうダヴィリオ家の御曹司。マジ眼福なんですけど!』
『ダブルクールガイとか…………どっちが受けでも攻めでもアリだなんて、ハイブリッドすぎぃっ』
くそッ…………人のこそこそ話しなんて聞くもんじゃないな。
てゆーか、俺たちを見るためにわざわざケーキと紅茶を買ったのか。どんだけだよ。
『クスタヴィさんはイケメンじゃないけど…………世話好き三枚目のセンもイイッ』
『あっちのちっこい子、かわいくない? 姫プレイ? 姫プレイなの羨ましい!』
おい、なんか巻き添え食らってんぞ2人とも。
誰のせいでもないからなんとも言えんけど、火種が俺たちだろうから申し訳なく思ってしまう。
それにしても、グレンツェンと言えどそういう変わった趣味を持つ人間もいるもんだな…………ああ、目の前にいたわ。
紅茶を飲み干してケーキを口に放り込み、世間話もそろそろ終わると解散の流れとなった。
参考になったと礼を言われ、こちらこそ楽しい時間だったと手を振るなり、現れたるは仕事人ヴィルヘルミナ。
何用かと眉をひそめていると、俺とケビンに1つずつ、木の葉のような形をした赤い紙きれを手渡してきた。
なんでも、特別チケットとかで、次回にこれを持って来てくれたら紅茶とケーキをご馳走してくれるらしい。ただし2人揃わないと使えないという。なぜか。
疑問をぶつけるなり、その紙切れを合わせろと言う。なんか嫌な予感がするんだが。
案の定、それは合体させるとハート型になる仕様。2つ1組でサービス券になる代物。
途端、背後から黄色い歓声とフラッシュの嵐が俺たちを襲う。
なるほどそういうことか。妙に人の入りがいいと思ったらそういうことか。
火種は俺たちだったが、鞴で炎上させたのはヴィルヘルミナかっ!
ことの全てを悟ると、彼女は勝利のポーズといわんばかりの笑顔で決め顔を作る。
殴ってやろうかと思ったけどそれはやめておこう。うまいケーキと紅茶を奢ってもらったしな。
それにしても売上のためとはいえ、本当にちゃっかりしてるよ。




