そよ風に乗せて 1
近年の図書館はただ本を読んだり借りたりするだけでなく、作中に出て来たディスカッションルームのような個室を設けているところもあるようです。パソコンが置いてあったり飲食可能だったり色々あるそうです。読んでる本にコーヒーの染みができたらどうするんだ、とか考えそうですが、なったらなった時なのかぁとか思います。
以下、主観【小鳥遊すみれ】
今日はアルマちゃんの希望で図書館へ行くことになりました。
学術都市グレンツェンを抱きかかえるように建設された大図書館。
1階はカフェや文具店、飲食店、お土産屋さんなどのテナントが入っており、日常にある友達とのちょっとしたショッピングから、観光客が訪れて楽しむことのできる非日常も取り揃えてある。
中央を示す屋上大鐘楼を目安に、西館は一部スペースを除いて全てが図書館で成り立っている。
元々この大図書館はグレンツェン伯爵の持ち家で、本が増えていくにつれて市民に公開する部屋が増えていき、とうとう2階の執務室と寝室以外は図書館になってしまった。
街としての機能が確かなものになっていった時代に増設された東館。庁所や講義室などが入っていて、多くの人々の学び舎として親しまれる。
基本が木造建築であるため、火器をはじめ危険物を取り扱う場合は専門的な設備のある別館での講義である。
それ以外の座学を行う場合は全て東館に集約される。
古きよき図書館も近代化が進んでパソコンが導入されたり、4,5人が入れるディスカッションルームも完備。しかもドリンク飲み放題のサービス付き (有料)。
屋上テラスには伯爵の奥様が丹精込めて育てたガーデニングフラワーが受け継がれ、四季の花々に囲まれてランチが楽しめる。
お祭りの時期にはナイトガーデンを開催。特別メニューのディナーも提供された。
最大の賑わいを見せる時はウェディングロードが敷かれる時。美しく咲く花々に祝福されて結ばれたカップルは、永遠に幸せになれるんだって。
とってもロマンチック!
ここにあるのはロマンだけではない。ロマンチックとは逆に、夜になるとグレンツェン伯爵の寝室。現在では執務室になった場所にグレンツェン伯爵の幽霊がうろついて、夜な夜な読書に明け暮れてるなんて噂もあるらしい。
それならばと新書が入った際には必ず、一週間は彼の元寝室に蔵書を収める習慣が生まれたんだって。
伯爵が伯爵なら、図書館長も図書館長である。
そんな謎に満ちた噂やガールズ&ボーイズの憧れのような夢物語。世界中から人が集まってくる規模のお祭りも行われ、学術都市グレンツェンは世界でも有数の教育機関として名を轟かせている。
大図書館を見上げるキキちゃん。
少女でなくても、山のようにそびえる建物を見ると背筋がのけ反ってしまう。
「うおぉぉ……大きいぃ……」
初めて訪れた人はきっとみんな、キキちゃんみたいにびっくりするんだろうな。
かくいう私もその1人。小鳥遊すみれものけぞった。
テンション上がりまくりのヤヤちゃん。わくわくの宝箱を目の前に興奮冷めやらぬ様子。
「7階建ての上の部分は屋上テラス。真ん中のあれは時計塔ですね。1階ごとの天井が高いので、階数以上に高く見えます。しかし驚くべきは高さより広さです。ここからでは奥行が分からないのは仕方ありませんが、横の広さが尋常ではないようです。弓なりのカーブを描いて1.8kmあります。カフェに土産物屋さん。ベーカリーショップにパスタ屋さんまで。あっちは本関係の雑貨屋さんもあります。パスタン・エ・ロマンも素敵なところでしたが、図書館を移転させただけあってそれ以上の規模です」
アルマちゃんものけ反って、右に左に首を振る。
「1階を見て回るだけでも1日以上かかりそうですね。アルマが図書館に行きたいって言っておいてなんですが、あっちの魔法道具屋さんが気になって仕方がありません!」
「それじゃあ別行動にする?」
「いいえ、初志貫徹です! 図書館へ行きましょう!」
すごく嬉しそうだ。意気揚々と袖をぶんぶん振り回す。
アルマちゃんの部屋を覗いた時、足の踏み場もないほどの本で溢れてた。
グレンツェンに来る前の住居では、本の重みで床が曲がって引っ越しを余儀なくされてしまったそうだ。こっちでは大丈夫だろうか。
リビングでご飯を食べる途中で天井が落ちて来ないだろうか。ちょっぴり心配。
階段を上ったそこは本の世界。貸出カウンターの周りを長方形の棚と大小様々な背表紙が景色を形作る。
世界中の英知の集う場所。
遥かなる過去が受け継がれ、未来を創る糧となる。
魔法も雑学も文字も数字も医学書も料理本も、なんでもかんでも揃い踏み。
キキちゃんは絵本を探して旅にでる。
アルマちゃんは魔導書を探して、というのが目的だったけど、全力の競歩で棚の下から上まで嘗め回す。どれにしようか迷う迷う。最後には端から片っ端に読み明かしていこうと決意した。
ハティさんはいつの間にかテイクアウトのホットドックを持ってた。2階から7階までは指定場所以外での飲食禁止になってると司書さんに注意されて個室へ促される。
基本的にディスカッションルームは予約制。だけど、今日は予約がなかったから飛び込みでの利用が許された。
1人につき1時間、200ピノ (約240円)でドリンク飲み放題。最新パソコンも充電プラグも完備。
友達と勉強をしてもよし。
お菓子をつまみながらイベントの企画をしてもよし。
ただし、持ち込んだ物のゴミは全てお持ち帰り。
残して帰った場合、次回からの利用を制限されるかもしれない。
気を付けなくては。
「すみれはなんの本を持ってきたの?」
ハティさんが私の手元の本のタイトルをのぞきこむ。
「私は手紙の書き方を書いた本。お手紙を書きたいんだけど、書き方がわからなくて」
「そうなんだ。誰に書くの?」
「島のおばちゃんたち。それから、お父さんとお母さんに」
「そっか。頑張ってね」
頑張ってねって言われただけなのに、なんでこんなに胸が熱くなるんだろう。
これもまだ私の知らないこと。たくさんたくさん、言葉にできるようになったらいいな。
分からないなりに、『うん』と返事を返してページをめくった。
相手に伝えたいことを箇条書きにする。
5W1Hで文章を構成する。
行は時系列順に並べる。エトセトラエトセトラ。
ふむふむなるほど。
つまりグレンツェンに来てからのことを順を追ってしたためればいいんだね。
まずは島から出てフェリーに乗って、タクシーに乗って、飛行機に乗って―――――――それでもってお父さんとお母さんには物心ついた時から今日までっと。
書けた!
上手に書けたかどうかは分からない。それでも、伝えたいことは全部言葉にした。
これを…………これをどこに出せばいいんだろう。
この本には載ってない。端から端まで探しても手紙の書き方しか書いてない。
年長者に聞いてみよう。
「あの、ハティさん。手紙ってどうやっておばちゃんたちのところに届けるの? お父さんとお母さんの場所も知らなくて」
「えっと、たしか手紙を便箋に入れて、宛先を書いて郵便屋さんに渡すんだったと思う。ごめんね。私、手紙って書いたことがなくて。まだ文字も少ししか読めない。でもちょっと待って。郵便屋さんに知り合いがいるから、その人に聞いてみよう」
聞いてみよう、と言ってる最中にハティさんの背後に光の珠が現れ、弾け、屈託のない笑顔がチャーミングな女性が飛び出した。
背中の白い羽がパタパタと揺れる。天使だ。初めて見た。
「はい。ハティさんのお友達のミカエル・ダンディライオンです。どうぞお見知りおきを。お手紙ですか? お届けしますか? まぁっ! こんなにたくさん書かれたのですか? 伝えたいことがたくさんあるのですね。とっても素敵なことだと思います。誰に届けますか? 恋人ですか? 恩人ですか? 行ける場所なら天国だって一直線です。お任せください!」
麦わら帽子に柔らかな赤色のワンピース。胸下の細いリボンは蝶々結び。元気いっぱいの女性が突然現れた。
質問攻めの末、ハティさんと挨拶を交わす彼女が知り合いの郵便屋さん。肩からさげた大きなバッグはよく手入れされていて使い込まれてる。
笑顔と元気が素敵な好奇心の塊は、体を揺らしながら私の返答を待った。
こういう状況でどんな言葉を使えば相手にきちんと伝わるのだろう。
たじたじして言葉を選んでいると、ミカエルさんは苦笑して、手を繋いで引っ張ってくれるように問いを手渡してくれる。
「あはは、ごめんねぇ。ミカはおしゃべりが大好きで、ついついしゃべりすぎちゃうの。それじゃあ1つずつ質問していくね。これ全部、ミカが届けてもいいのかな?」
手紙の束を手のひらで包むようにして指し示した。
重なる手は温かくて、心根の優しい人だと感じる。
「はい、お願いします」
「了解です。宛先はあなたの心の中にありますか?」
「はい、あります。おばちゃんたちと、それから、まだ見たことはないけど、両親です」
「それだけあれば大丈夫です。ではお預かりいたします」
便箋に入りきらない手紙の束を赤い紙の紐でゆっくりくくり、赤ちゃんの肌を撫でるような手つきで、丁寧にバッグの中へと仕舞ってゆく。
これから旅立っていくのかと思うと、なんだか心がそわそわしてくる。
今までは想いの中だけにあったものが、言葉になって、それが相手に伝わるのかと思うとドキドキしちゃう。
おばちゃんたちの分が終わり、次に両親の分。
今までは1つ所にいないと言われ、出そうにも出せなかった手紙。
私の想い。今日、遂に届ける時が――――――。
「あ、こっちの、ご両親に届けに行く分の手紙。どうやらミカでは届けられそうにないようです」
えぇ~~~~………………………………。
上げて落とされる絶望感。
膝を地に着けて真っ白になってしまう。
齢16年。こんなにがっかりしたことはない。
こんなにがっかりしたことはないよっ!
もしかして手紙の量が多すぎた!?
そうだよね。どう考えてもバッグに入りきらないもんね!?
そういうことだよね!?
がっくりと肩を落とす三色髪の少女の頭をなでなでするミカエルさん。
なので、と続けて俯いた私の顔を覗いた。
「仕方ないので、このお手紙を持って外へ出ましょう。そよ風に乗せて、貴女に届けていただきましょう」




