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かわら版屋とあやかし同心  作者: 藍墨兄@リアクト
一之章「化け猫」
8/11

八ノ話「猫と狐」

 屋敷からわらわらと人が出てくる。

 一様にその形相は必死だったが、中には腰が抜けて這うようにして出る者もいた。


「ばけもの、だと!?」

「……ばけもの?」

「どういうことだ、惣助!」


 惣助は本村の袖を引いた。

 引っ張られるままに物陰に隠れた本村は、惣助を問いただす。


「どういうことだ。お前さんがこれを仕掛けたんじゃねえのか?」

「僕が仕掛けたのは最初のバタバタだけですよ。まじない(・・・・)の真似ごとをして、お屋敷にちょっと騒ぎを起こしたんです」

「何のためにだ? というか、何をした!?」


 本村が尋ねると、惣助はしれっとすました顔で言った。


「黒幕をね、燻り出したくて。牛込邸の化け猫騒ぎと、それから……例の神社の打ち壊しのね。やったことは、家の中から出られないという暗示をかけた、それだけです」

「惣助お前、何者だ……。いや、今はいい。だが、だとしても今出てきたじゃねえか」

「そうなんです。恐らく私の暗示よりもっと強い何かを見た……」

「それが、ばけものか」

「恐らく」

「……で、黒幕ってのは? 根っこが一緒だってのか?」

「ええ。本村さんの話で確信出来ました。一連の件、牛込様のご子息、吉太郎様が鍵になってます」


 それは本村も感じていたことだった。

 化け猫を見たと悲鳴を上げたのも、鬼にそそのかされて神社の打ち壊しに参加したのも、その全てに吉太郎の存在があった。

 だが、その吉太郎の所在は、期せずして本村の耳に入っていた。


「……吉太郎様は、喰われたぞ」

「! ……鬼、ですか」

「ああ」


 惣助の顔が険しくなる。


「となると、ばけものってのは……! いけない!」

「どうした!?」

「説明は後です! まずは牛込邸に!」

「わかった!」


 物陰から出た二人は、真っ直ぐに牛込邸の玄関を目指す。途中行き交う使用人達の顔は一様に恐怖で歪んでいた。

 二人はそれに構わず、屋敷の中に飛び込んだ。廊下を走り、片っ端から部屋の襖を開いていく。


「! 惣助、ここだ、何か聞こえる!」


 そう叫んだ本村は、以前牛込橋之助と会合した時の部屋を開く。

 果たしてそこには、にわかには信じがたい光景が広がっていた。


「なんだぁ、こいつぁ……」

「……こうなりましたか」


 屋敷の中は大荒れであった。

 柱となく天井となく、そこかしこに爪痕がついている。

 それは以前来た時とは段違いに深く、大きかった。

 そして、部屋の奥の隅には。


「牛込様!」

「ヒッ! お、お許しをぉっ!!」

「牛込様、本村です! お気を確かに!」


 本村が駆け寄って橋之助の肩を抱く。橋之助はそれでも怯え暴れていたが、やがて目の前の人物が何者かを思い出した様に静かになった。


「ほ、本村殿……」

「いかにも、本村です。……して、この状況は?」

「う、うむ……」


 橋之助の話によれば、最初は“屋敷から出られない”という声が相次いだことから始まった。それは結局惣助の“まじない”のせいだったわけだが。

 玄関に出るための廊下がいつまで経っても終わらない。

 外に面した廊下から直接出ようとしてもなぜか足が進まない。

 偶然が重なって玄関口まで出られても、そこから外には一歩も足が動かない。


「……惣助お前、本当に何したんだよ」

「それは後ほど。そこまでは確かに私が関係してますが、問題はそれからでしょう」


 家の者がこれはおかしい、何か狐につままれたようだと騒ぎ始めた頃、橋之助がある事に気づいた。

 “吉太郎の姿が見えない”。

それから家の者全員で吉太郎を探し始めた。やがて彼がよく懐いていた下男もいないという話になり、もしや二人で連れ立って外にいるのでは、もしかしたら逆に中に入れず困っているのではという話が出てきた。

 家中が騒然とし始める中、一匹の猫が「にゃあ」と鳴いた。


「それから何があったかはよく覚えておらぬのだ」


 気づいたらこの部屋の隅で膝を抱えていたという。


「猫、か……」

「やはりこの家の飼い猫だろうな」

「猫、か……?」

「どうした、惣助」

「いえ」


 惣助は顎に手を添え、思案顔のまま本村を見上げる。


「猫の鳴き声って、そんな喧騒の中で聞こえるものですかね?」

「そういえば……。では、なんだと言うのだ?」

「化け猫……」

「! ひぃっ!!」

「牛込様!?」

「そ、そうだ、ばけ、ば、化け猫だ!」

「……やはり」


 怯える橋之助を本村に任せ、惣助はあたりを見渡した後に目をつぶった。同時に帯に挟んだ短冊を一枚、左手で抜き出して目の高さに上げる。


「惣助、何を……」

「しっ。静かに」


 そう言いながら惣助は、右手の人差指と中指を揃え、短冊に触れた。

 そして。


神仏(しんぶつ)顕現(けんげん)急々(きゅうきゅう)如律令(にょりつりょう)


 そう唱えると、短冊を一振りしてから放り投げた。

 短冊は空中で粉のようにちぎれ、きらきらと光を放ちながら部屋中に広がっていく。


――これは、陰陽道なのか?

 本村は陰陽道というものについて、基本的な知識程度しか持ち合わせてはいない。だが先程惣助の唱えたまじないの言葉は、確かに聞いたことがある。

 “急急如律令”。平たく言えば「急いで執り行え」という命令である。

 では、惣助は誰に向かって命令したのだろうか。


「神仏……だと?」

「……本村さん。今回の一件、肝になるのは鬼でもなければ化け猫でもありません」

「なに!?」

「本来、化け猫、猫又ってのは、長く生きた猫が变化するあやかしです。……だが、ここの猫はまだ若い。そんな力が普通、宿るはずがないんです」

「ふむ……」

「更に鬼の存在です。人に化ける鬼となるとかなり強い(いにしえ)の鬼、あるいは」

「あるいは……?」

「誰かが手引をして、術を手に入れたか」


 その言葉に本村は目を見張る。


「そうなるとかなり大掛かりな組織ということになるか!」

「ただの可能性という話です。鬼が消えてしまったのに、その先なんて想像しか出来ません」

「むぅ……」

「だが、今ここにいるのは……もっと厄介で、もっと神聖なモノ」


 惣助がそこまで言った時である。

 ふいに本村の背後に何か巨大な気配を感じた。


「本村さん! 避けて!」

「ぬぅっ!」


 叫ぶ惣助に従い、本村は身体を丸め転がりながらその場を素早く避けた。

 と同時に耳元でゔぉん、という風を切る音が聞こえる。


「なんだっ!?」

「やっぱりか! 本村さん、やっぱりこいつぁ化け猫なんかじゃない!」


 見ると惣助が冷や汗を垂らし、何者かと対峙している。

 視線の先には、黒い巨大な獣のような形をした(もや)があった。


「あれは……猫、か?」

「違います! あれは、」


 それはやがて形を成していき、人ほどもある四足の魔獣がそこに現れた。

 幾本にも分かれた尾は真ん中が大きく膨らみ、ゆらゆらと立ち揺れている。


「あれは狐憑きの猫(・・・・・)だ!!」

この作品は秋月忍先生主催の「和語り企画」参加作品です。


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