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かわら版屋とあやかし同心  作者: 藍墨兄@リアクト
一之章「化け猫」
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七ノ話「鬼の始末と牛込邸」

 この鬼を牛込邸に送り出し、彼の息子を喰わせた黒幕。

 その居場所を問う本村に、鬼は折られた角を抑えて蹲りながら、それでも精一杯毒づいてみせた。


「聞いたところでどうにもならねえよ。それにあんた、強いのはよぉく分かったが。……俺を殺せるのかい?」

「……なんだと?」

「手。……震えてるぜぇ」

「!」

「まぁこのご時世だ、殺しなぞせずとも生きてこられたんだろうさ。だからこそ俺のような、世が世なら吹いて飛ばされるような木っ端もこうして生き延びていられるんだがなぁ」


 鬼の顔が更に歪む。

 嘲笑(わら)っているのである。

 殺せるものなら殺してみろ。

 鬼は言外にそういう意味を含めたのだ。

 それに対し本村は微動だにしない。


「……」

「ほれ、どうした。俺ぁしゃべらねえぜぇ? はえぇとこ殺したがぼごぁおをおっ!!」


 刹那、本村の刀が鬼の喉笛を貫いていた。鬼が必死に喉をかきむしるが、それで楽になるわけもない。

 鬼と本村の目が合う。

 が、本村の眼には、何の感情も映してはいなかった。


「言わねえんならどうでもいい。どっちみち人を喰らったてめぇを生かしておく道はねえ」


 言いながら本村は、鬼の喉に深々と刺した刀を持つ手をぐるりと返した。


「ごっごぼっをおぉおお……」

「殺したことがねえと言ったか?」


 本村は淡々とした口調で言う。


「確かに殺しをしたこたぁねえ。だがな、それぁ必要が(・・・)なかった(・・・・)だけ(・・)だ。手が震えてたのは武者震いだよ」

「ご、おぉほ……っ」

「てめぇは言うほど木っ端じゃあねえさ。少なくともその下劣さ、下衆っぷりに関しちゃ大したもんだ。……俺がこの手でぶち殺すのを喜べるくらいにはな」

「……かはっ」


 喉を掻きむしっていた鬼の手がぶらりと下る。

 鬼の全身の力が抜けていくのを、本村は刀を通じて感じていた。

 完全に力が抜け、刀伝いにどさ、と地面に朽ちる。その拍子にびくんっ! と一度大きく痙攣し、鬼の身体はそのまま砂のように崩れ、風に舞った。


――――


 あの後倒れているお多恵を縁台に寝かせ、店の端で震えていた親父を引っ張り起こし、茶のおかわりを頼んだ本村は、並んだ別の縁台に腰掛けてお多恵の目覚めを待っていた。


 それにしても、と本村は思う。

――本当にあやかしがいるとはな。

 小さい頃から寝物語に聞かされた、あやかし。

 中でも“鬼”という存在は、男の子なら誰もが聞いたことのあるような英雄譚では、悪役として知らぬ者のないあやかしの雄である。

 それが実在し、あまつさえ人に化けているとは。

――あの様子じゃあ、他にもいそうだな。


 本村が危惧しているのは、他にも人に化けているあやかしが多く潜んでいるのでは、ということであった。

 本村が思案を重ねていると、お多恵が気を戻し、身じろぎするのが見えた。


「う……ん」

「お多恵どの!」

「あれ、わたし……」

「あっ、お、起きました、か」

「本村、さま……」

「今、茶を入れさせます」


 そう言うと親父は心得たように店に引っ込んでいく。程なくして一杯の茶が湯気を立てながらお多恵の座る縁台に置かれた。

 お多恵が茶を口にし、落ち着いたところで口を開いたのは本村である。


「……この度は、申し訳ありませんでした」

「え、な、なんです?」

「こちらの都合で怖い目に合わせてしまいました。本当に申し訳ない」

「いえ、お気になさらないでください、ちゃんと守ってくれましたし……」

「う、し、しかし」

「……ありがとうございます、本村さまっ」

「……!」


 本村は自分の顔がかっと熱くなるのを感じていた。


「これから、どうなさいますか?」

「……店まで送ります。拙者は少々用事が出来ましたもので」

「さっきの男の取り調べ、ですか」


 お多恵はさっきの下男の正体を見ていない。それゆえ、自分が気を失っている間に別の同心が連れていったのだろうと考えたようだった。


「……おっしゃる通りです。これから報告などに向かわねばなりません」

「では、急いだ方が。わたしなら大丈夫ですから」

「いえ」

「……?」

「……送ります。やつが一味だという可能性もありますゆえ」


 お多恵を送り、本村は牛込邸へ足を運んでいた。

 牛込の御曹司と鬼が懇意だった。

 どうやら吉太郎はその正体を知らないようだが、後ろで糸を引くものの存在も判明した。

――何かが必ず動く。

 ただの勘、と言ってしまえばそれまでだが、その勘が頼りになることは、本村本人が一番よく判っている。

 その脚は次第に速く、終いには小走りになっていた。


――――


 本村が到着した時、牛込邸は蜂の巣をつついた様な騒ぎであった。


「……遅かった、か」

「いや、丁度いい頃合いですよ」


 呟いた本村の横には、いつの間にか惣助が立っていた。

 いつもの着流し姿に何枚かの短冊を帯に挟み込んでいる。

 気配もなく唐突に現れた惣助に、本村は少しばかり驚いていた。


「惣助!?」

「役に立ったでしょう、“地元で評判の娘”は」

「……やっぱりそういうことだったかよ」


 宿場町で聞き込みをするのに、同心一人で聞き回るのは却って警戒心を煽ることになる。

 そこで、お多恵に協力させ、得た情報から必要なものを本村が持ち帰る。

 惣助が半ば無理矢理お多恵に話をつけたのは、つまりそういうことである。


「それならそれできちんと説明しやがれ」

「あはは、すみません」

「……それに、随分と怖い目に合わせちまった。それについちゃあお前、簡単に許しゃしねえからな」

「……下男の件ですか」

「知ってたのか」

「調べがついたのは、下男が吉太郎坊ちゃんをかどわかし、神社の取り壊しに参加させたこと。その下男は今、お屋敷にいないこと、くらいです」


 穏やかに淡々と話す惣助に、本村は少しイラッとした。


「……その下男が鬼だった、てぇのも調べは付いてんのか」

「!」

「奴の言うには、まだそこかしこに人に化けたあやかしがいるらしい」

「……その鬼は」

「俺が斬った。とどめを刺したら、灰になって消えた」

「……そうですか。すみません、そこまでとは思いませんでした」


 惣助は申し訳無さそうに本村に向かって頭を下げた。

 本村は下げる相手が違う、と言おうとしたが、その言葉はさらなる喧騒に遮られた。


「ひいいい! ばけものぉぉおお!!」

この作品は秋月忍先生主催の「和語り企画」参加作品です。


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