表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かわら版屋とあやかし同心  作者: 藍墨兄@リアクト
一之章「化け猫」
4/11

四ノ話「調査と変な話」

「で、猫じゃねえとはどういうことだ?」


 牛込邸を出た二人は再び夕庵にやって来ていた。

 昼下がりのこの時間は客の入りも少なく、いてもすっかり耳の遠くなったご隠居ばかりなので、内密の話をひそひそとやるのには格好の居場所なのである。

 店の者も心得たもので、本村達の座る席には近づかない。


「んー……」


 惣助はと言えば、牛込邸を辞してからこっち、ずっと思案顔である。目の前に置かれた好物の団子にも手を付けず、袖から引っ込めた左手を懐から伸ばし、顎をポリポリとかいている。

 集中している時に出る、惣助の癖である。


「おい、どうした」

「……いや。僕が柱の小傷のことを聞いた時、牛込様は猫の仕業だ、とおっしゃっていたでしょう」

「うむ。それがどうかしたのか?」

「猫って天井に、逆さに(・・・)張り付いたりするもんですかね」

「逆さ? いや、梁の上を歩くこたぁあるだろうが……」

「爪痕がね」


 言いながらも惣助は思案している様子を崩さない。


「天井に付いてたんですよね……。それもあちこちに点在する格好で……」

「ふむ……?」

「考えられるのは……。いや、でもこのご時世で……」

「おい、途中でやめるな。気になるだろう。構わねえから言ってみろ」

「え、あぁ、すみません。――天井のあちこちに爪痕が残っている。それも点々と。もしも仮に猫が天井を伝ったとしても、その爪痕は点在などせず、通った跡として連続して残るはずですよね」

「確かにな。……む、まさか」


 本村が思い当たったことに思わず絶句する。

 惣助はそんな本村に小さく頷いてみせた。


「可能性、ですよ。……あそこの猫は、何者かによって天井に(・・・)投げつけ(・・・・)られている(・・・・・)、だとしたらこれは」

「虐待ってことか!」

「しっ」


 つい声の大きくなる本村を惣助が諌めた。

 本村ははっとなり、つい浮きかけた腰を椅子に戻した。


「……まだそうと決まったわけじゃあありませんよ。可能性は低くはなさそうですが」

「……随分前に出た“憐れみの令”は絶えて久しいが、かといって飼い猫の虐待、それも与力がとなれば、世間様には顔向けできめえよ」

「ですが、もしそれが本当だとして、そのまま虐待なのかどうかもはっきりはしません。しばらく調べてみないと分かりませんね」

「だな。周辺の聞き込みでもやってみるか」

「はい。そちらの方はお任せしますね」

「ん、おめえさんはどうするんだ?」

「私は例の化け猫を調べます。……急にっていうのが気にかかる。しかも吉太郎様しかその姿を見ていない」

「……狂言だってのか?」


 本村が訝しげな声で惣助に問う。だが惣助は首を小さく横に振りつつ言った。


「だったらいいんですけどね……。じゃあ、明日から手分けとしましょう。というか本村さん、ご公務の方は?」

「生憎と暇だ。この半年で俺がやった仕事なんざ、食い逃げ数件の捕縛と婆さんの荷物運びくれぇだよ」

「もったいないなぁ。まぁおかげで自由に動けるってもんですかね。……あ、そうだ」


 惣助が何かを思い出したかのように声を上げる。そして厨房に向かっておもむろに叫んだ。


「おーい、お多恵ちゃん、ちょっといい?」

「……ぬ?」

「あ、はーい、お茶のおかわりです?」

「ああ、それはいいんだけど。……ね、お多恵ちゃん、明日暇?」

「明日ですか? うーん、夜はお店ですけど、それまでなら」

「そりゃいい。じゃあさ、ちょっと付き合ってくれないかな。……本村さんに」

「構いませんけど、私などがお役に立つんですか?」

「もちろん。ね、本村さん?」


「……おい?」


――――


 翌朝のことである。


「……なんだこれ」


 本村は、お多恵と牛込邸付近を歩いていた。お多恵を連れて聞き込みをするというのは惣助の提案だが、その真意を聞いていない。

 お多恵、つまり女連れである必要があるのだろうか。

 それとも、お多恵自身を必要と考えたのか。


 或いは、本村のお多恵への想いから、気を回したのだろうか。


――それはあるまい、と本村は思っていた。

 惣助という男は飄々として掴みどころがない一方、自分が興味を向けたことにはひたすら真摯である。気を回した、というのも皆無ではなかろうが、本筋はむしろ“女連れ”で歩くということなのだろう。

 いや、それにしても。


「あっ、かんざし。本村様、ちょっと寄り道しても……」

「ん、あ、ああ。構わぬよ」

「やたっ。では少しだけっ」


 そういってかんざし屋に駆け寄るお多恵の後ろ姿を眺めつつ、本村は


「いや、だからなんだこれ」


 状況について行けずにいたのだった。

 やがてお多恵が小走りで駆け寄ってくる。


「本村さまごめんなさい、随分お待たせしてしまって」

「う、あ、いや、構わぬ」

「ちょっと店先をからかうつもりが、ついお店のご主人と話し込んでしまって。……それで、ちょっと変な話を聞いてしまったんですが」

「……変な話?」


 本村は反射的に簪屋に目をやった。

 客の対応をしていた店主がその視線に気づき、目が合うと小さく会釈をし目線を戻す。


――なるほど。

 つまり、惣助がお多恵をつけたのは、同じ街の人間であるお多恵の方が、この場においては情報の収集に役立つということだったのだろう。

 一方本村は、いくら馴染みだとはいえ同心という立場がある。一介の町人がそう馴れ馴れしく出来る相手ではない。自然、口も固くなるというものだろう。

 さすがだな、と本村は素直に感心していた。

 納得のいったところで、本村はお多恵に話しかけた。


「……町を出てすぐに茶屋がある。そこで聞こう」


 気になる娘にはしどろもどろでも、仕事となれば話は別である。

 本村の頭は、お多恵が聞いたという“変な話”への興味でいっぱいになっていた。


「はい。でも、アレですね」

「む?」

「なんだか、逢い引きみたいですねっ」

「む!?」


 お多恵の無邪気な一言が本村を現実に引き戻す。

 以降茶屋まで、本村の頭から“変な話”は消え去り、やけにぎくしゃくとした“変な人”となってかっくんかっくん歩いたのだった。

この作品は秋月忍先生主催の「和語り企画」参加作品です。


感想や応援、お待ちしております°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール cont_access.php?citi_cont_id=325360094&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ