第4話 始まりの森 の終わり
小鳥のさえずる声、窓から刺さる太陽の光に包まれ目がさめる。
無事に異世界生活1日目が終わり、二日目の朝を迎える。
「ふぁ~よくねた・・・ムニュ? 何だこれ」
何やら胸の上に柔らかくて丸っこいものがあることに気づく。恐る恐る布団をめくってみると。
「ぴむぅ~」
「うわ! なんじゃこいつ!!」
セトの体の上には、ハンドボール大でナイトキャップをかぶった頭だけの生物が乗っていた。
「か、カワイイ・・・」
つぶらな瞳に可愛らしい口、まんまるボディでぷにぷにもちもちしている。
「ぴむー!」
その可愛らしい生き物は起きるとすぐにセトの頭に乗った。
おろそうとするが、なかなか離れてくれず、まぁ可愛いのでこのままでいいか、とメルスの家に向かうことにしたセト。
「お前、名前何ていうんだ?」
「ぴぃむぅ~?」
「ま、答えられないよな~」
メルスの家のドアをノックして中に入った。
「あら、おはよう。ピム、そんなとこ行ってたの? その男、いたいけな乙女を自分の眠る寝室に運び込む狼なのよ~」
何かを襲う獣のものまねをしながらピムを怖がらせようとするメルス。
「あ、こいつお前のだったのか・・・ってあれはお前が勝手に入ってきたんだろうが! 気をきかせて別の家にまで言ったのに」
その後ピムはすぐさまどこかへ行ってしまった。
「それより朝ごはんの支度ができてるわよ。冷めないうちに食べましょ」
玄関にいてもわかるいい香り。
昨晩は食材を目の前にしても特に匂わなかったが、今日は違う。
気になって足早に奥の部屋へ向かう。
「お~!!」
そこに用意されてたのは、キノコのスープと美味しそうな魚の焼き物だった。
「昨晩は何も用意できなかったからね」
「かたじけない! この魚とかキノコとかってもしかしてあさから・・・」
「そ、そうよ! 文句ある?」
メルスの照れ隠しで、威圧的に取る態度を不思議に思いつつ、早速いただくことにした。
「うん、うまい」
「で、アンタこれからどうするの?」
「んー、冒険者組合ってのがあるみたいだから、それに入ろうかなと・・・」
「冒険者ね・・・アンタ杖とかローブとか見る限り持ってないわよね? ちょっとこっち来て。」
(やっぱ、まだ冒険者には思うところがあるのかな~まぁ仕方ないよね)
呼ばれた部屋に行くと壁にローブと杖が大切そうに飾ってあった。
「これ、兄さんのなんだけどアンタにあげるわ」
「えっ? いいのか?」
「ええ、どうせ誰も着ないもの。このまま飾られてるより誰かに使ってもらったほうがいいでしょ?」
セトは「エルフのローブ」と「エルフの杖」を手に入れた。
そのローブは紺色の布地に黄色い蔦のような柄の刺繍が施されており、派手さはないが落ち着いていて風格がある。
杖はよく手に馴染む握り心地で、いつまでも持っていたいものだ。
「ありがとう! 大切に使わせてもらうよ!!」
無邪気に微笑むセトに、少し頬を赤く染めるメルス。
「今日の夕方この森を少し出たところに王都へ向かう行商人が来るわ。冒険者になりたいなら王都に行かないとダメだから、その行商人に連れて行ってもらういなさい」
「お前は一緒に来ないのか?」
少し間を置き笑顔で言う。
「アタシはここに残るわ。この家を守りたいし」
「そっか・・・世話になったな」
昨晩の話を聞いていただけに、少し残念そうにするメルスだがセトにはセトの事情があるのだろうと考え、快く送り出そうとする。
「とりあえず、俺はこの装備になれるためちょっと運動してから行商人と合流することにする」
「なら、あっちの方にちょうどいいひらけた場所があるわ」
メルスに教えてもらったところに着いたセト。
「アイツ、村を離れないっていてたよな~。俺としては、この世界の事情も知ってるみたいだし付いて来てもらいたかったんだけどな~。昨日あんな決意もしたのに・・・」
ちょうどいいサイズの切り株に腰を掛け、考え込む。
「家を守りたいとか言われたら、もうどうすることもできないよね。ん~夕方になったら無理やり拉致るか? あー! もう、とりあえず体動かすか!」
考えるのをやめ、もらった杖を活かす方法を模索しながら体を動き続ける。
気がつけば夕方になっており慌てて行商人が来る場所へ向かう。
「あっれー、おかしいな。こっちであってるはずなんだけど?」
早々に道に迷い、周りを見渡す。
すると、とある異変に気づいた。
「あれ、ここってこんなに木が倒れてたっけ?」
そこには無数の倒れる木々と地面にできたいくつものくぼみがあった。
時を同じくしてメルスは窮地に陥っていた。
「あれはっ! やっぱりこの森に来ていたのね・・・十年間この時を待ち続けたわ」
そこにいたのは因縁の魔獣バブボブだった。まだこちらには気づいてない様子。
木の上から標的を確認したメルスは懐から指揮棒を取り出し小さく振るう。
するとメルスの後ろに炎を帯びた小さな妖精が召喚された。
「喰らいなさい。フェアリーフレア!」
小さな妖精は数を増やし、有象無象の火種となってバブボブに降り注ぐ。
その大きな体に触れるやいなや、火種が猛烈な炎になり威力をます。
しかし、全くダメージが通っている様子はなくただその獣を怒らせただけだった。
バブボブはすぐにメルスを見つけ奇妙な踊りをしながら距離を詰める。
「なんで!? 相当強力な攻撃をしたはずなのに・・・」
慌てて距離を取ろうとするが、とてつもないスピードで向かってくる獣にすぐ追いつかれてしまう。
「ギャウェウオロロロー!!」
目と鼻の先までつけられてしまう。バブボブは激昂しているようで、大型の鳥の鳴き声と肉食獣の唸り声をあわせたような不気味な声で咆哮する。
怒りの咆哮で飛ばした唾液にまみれたメルスに、思いっきり腕を振り上げた。
「怖い・・・誰か、助けて・・・」
突如として襲う過去のトラウマにより身が固まってしまうメルス。
死を覚悟しようとしたその時。
「うぉ~~っ!!マジカルゥスマァーッシュ!!(物理)」
ローブに見を包んだ人物が力の限りフルスイングし、バブボブをかっ飛ばす。
そうその人物、紛れもなくセトである。
彼は杖の扱い方を模索した末に、直接杖で殴る方法にたどり着いた。
「おい、何固まってんだよ! 早く逃げろ」
「何してるのよ! 何で戻ってきちゃったのよ、アンタ! このままじゃアンタまで死んじゃう・・・」
「うるせぇ~! 俺が、お前のことを助ける冒険者第1号になるって決めたんだよ!」
「そんなのいらない! アンタだけでも早く逃げて!」
メルスは直接伝えられたわけではないが、初めて友達になると言ってくれた人物を死なせたく無かった。
だが、セトには伝わらない。
「あーあー、聞こえません~。申し訳ございませんが、こちらの冒険者はノークレーム・ノーリーターンでお願いいたしますぅ~」
意味のわからないことを言うセトに戸惑うメルスだが、遠くでバブボブが不思議なステップを踏み始めた。
4本あるうちの2つの腕で手をたたき残りの腕で奇妙な踊りを踊る。
「何だあれ? ふざけてんのか?」
「ダメ! アイツは踊りに魔法を載せて攻撃してくるの!」
直後体に見合わぬ身軽な動きでセトの近くに来る。
奇妙な踊りにより発動した精神魔法の影響でセトは身動きが取れない。
「あれ・・・頭がぼーっと・・・」
バブボブの短い足から繰り出されたキック。可愛らしい蹴りだが、その威力は果てしなく、セトを後方へ何メートルも吹き飛ばした。
そのあとを追ってバブボブもメルスの前から立ち去る。
「セトッ!!」
彼のことを心配するが、抜けた腰が動かせずにその場を離れることすらできない。
「いてててぇ~、腕折れちまったよ。にしては思ったほどの痛みじゃないかも」
《イエス。レベル50で全職共通アビリティ『痛覚鈍化Ⅴ』が機能しております。解除しますか?》
「しねぇよ! とんだドS女だなお前は・・・」
ナビ子の場違いな茶目っ気にツッコミを入れている間、バブボブはセトを捕捉しまっすぐ向かってくる。
「やべぇ、俺の攻撃全く聞いてねぇな・・・硬すぎだろあいつ~」
《イエス。あのモンスターの体毛は鋼鉄より固くできているようです》
「チートかよ・・・じゃあこいつに攻撃を通すならこいつと同じくらいの強度を持つものじゃないとダメなのか」
なんとか暴れるバブボブの攻撃を避けつつ対策を考える。
そんな時、バブボブの右側の二本の腕が合体し刃のようになる。
合体した腕を振るうと、触れたものすべてを見事に両断していく。
「ホウホホッグェッホ」
また奇妙な踊りをし始め今度は地面を隆起させてセトの体制を崩そうとする。
「やべぇ!!」
バブボブの狙い通り、セトは転ぶ。
醜い獣はチャンスを逃さず、彼に飛びかかり刃を振りかぶる。
「そうだ! あれしかねぇ。ナビ子、頼む!」
《イエス》
セトがナビ子に頼み取り出したのは小さな木箱だった。
「頼む、うまく行ってくれー!」
最後の賭けに目をつむりながらバブボブの攻撃を木箱で受ける。
甲高い金属音が鳴り響く。
「なんだ・・・温かいぞ・・・」
セトの体が何か温かい液体にまみれる。
目を開けると、もらったばかりのローブが血まみれになっていた。
しかし、その血の出処はセトではない。
上を見上げると頭の落ちた毛むくじゃらが固まっていた。
「やったぞ・・・成功した!」
セトは女神の力で守られた木箱の特性を利用し、攻撃を反射させたのだ。
無事セトの作戦は成功し魔獣バブボブを退治した。
しかし、木箱は跡形もなく消えてしまった。
「あれ、何でなくなったの!?」
《イエス。許容オーバーの攻撃により消失しました。》
「そんな、俺のステ振りリセットの書ぉぉーー!!」
命に比べたら必要な損失だと開き直り、彼はすぐさま彼女のもとへと向かった。
「どうしてアタシはいつまで経っても変われないのよ・・・」
「まぁ、そう卑下するなって。キノコスープはうまかったぞ!」
「セト!」
ようやく動けるようになり、血まみれのセトに抱きつく。
「いって~~! 腕折れてるんだよ!」
「あ、ごめんなさい・・・」
メルスは一歩引き、真剣な眼差しでセトを見つめる。
何かを決意したかのように小刀を取り出しこう言った。
「ワタクシ、メルシア・エル・ロスウェンは、汝、セト・シンに永遠の絆をここに捧げます。」
エルフの言語だろうか、セトには何を言っているのかわからなかった。
そしてメルスは髪を束ね、手にもつ小刀でその長い髪を切り落とした。
「はい、受けとんなさいよ」
「え、あーはい。ってくっさ!!」
バブボブの唾液まみれの髪を受け取った瞬間、そのまま地面へ叩きつけた。
「あーっ! アンタ何してくれるのよー! ありえない」
しかめっ面で顔をのけぞらせるが、すぐに笑い始めセトもつられて二人で笑う。
「もうだいぶ暗いし、とりあえず帰りましょうか」
「おう! 俺も血でベトベトだから風呂入りたい」
そうしてセトとメルスはその場をあとにした。
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