第二話 我が家は天岩戸じゃねぇ!と言いましたが無駄でした。
「………粗茶ですが」
『うむ、頂こう』
茶をすする、目の前にいるこの女性。
めっちゃ美人なんだけど、もうこの時点で嫌な予感しかしねぇ。
そうオレが思った理由を説明するのには、また少し時間を遡らねばなるまい。
―30分程前。玄関先にて―
「あの、この人は一体…?」
「今ご説明したとおり、日本神道において三貴子の一柱として伝わる大神、天照大御神様です」
『何、説明しておらなんだか?三輪よ、きちんと話さねば契約不履行になるぞ』
えー…流石にオレも名前は知ってるけど、大神?神様なの?
というか神様って居たの?
いや、空からフワーっと降りてきたし、今もこうやって光ってるし、理解は…まぁできなくもないと思いたいけど…
「あの、イケメ…いや、三輪さん?労働契約にはそんなこと一切書いてなかったんですけど?」
「いえ、いえ。そんなことはありませんよ。貴方は"復帰支援スタッフ"の一人として"復帰支援希望者へ日常生活を提供し、精神状態の快復の手助けをする"とはっきり明記されているではありませんか」
「いや、神様が相手だとか何も書いてないじゃないですか!」
「日本語って難しいですよねぇ。あ、この契約書は古神道の秘術により契約の縛りを施してありますから、逆らえませんよ」
なんなんだ秘術って!?凄い格好いいイケメンなんだけど笑顔が怖い!
ていうか、三輪さんって何者なんだ!?
「も、もし逆らおうとしたら?」
「………聞きたいです?」
「いえ、遠慮しておきます」
『話は終わったかや?私はそろそろ本殿に入りたいのだが』
――こんな感じで、結局このすっごい光る神様を家に上げてしまったのだ。
美人と一緒に生活できて羨ましい?もげろ?
こんな厄ネタとしか思えねぇ状況、かわれるもんならかわって貰いてぇよ!
―そして現在に戻る。居間にて―
『さて、自己紹介でもしようかの』
「は、はぁ…」
ちょっと不思議な言葉遣いだけど、本当に神様なのか?
さっき見た光景はオレの幻覚だったりしないよな?
『改めて。私の名は天照大御神。太陽を司る大神であり、今の日ノ本の出雲を統べる者である。宜しく頼むぞ』
眩しい。自己紹介するだけで物凄く光る。眩しい。
でも不思議と目が痛くないから、多分、きっと、認めたくないけど、神様なんだろうなぁ…。
「こちらこそ、宜しくお願いします…オレ、いや自分の名前は神鳥健二、しがない就職浪人やってました」
『うむ、苦しゅうない。これより世話になる』
笑顔が物理的に眩しい。後光じゃなくて体が直接光っててほんと眩しいわ畜生め。
ヒラヒラした服になんか冠みたいなのもつけてるし、やっぱ本物――…
『よぅし!それではゴロゴロさせてもらうからのっ!ここが私の第二の岩戸じゃ!』
「うおっ、眩しっ――…」
って何ィ!?こいつ一瞬で姿が…というかなんか一瞬で残念な姿になったんですけど!?
『フフフ、やはりじゃぁじは最高じゃな!羽衣だとお淑やかに座らねばならぬからな!』
ジャージは確かに楽な格好だけど、なんだこの残念な感じは!?さっきの神々しさが微塵も残ってねぇ!
「いや、いくら何でもだらしない生活はさせないっすよ!?」
「えーって顔しても頬を膨らましてもダメっすからね!?三輪さんが持ってくる荷物とか片付けないといけないんすからね!?わかってます!?」
―――それから30分程してイケメ…三輪さんが軽トラで荷物を持ってきてくれた。
その時、本当に困ったときは名刺の携帯番号に連絡しろと言われた。
その場で電話をかけてやろうと携帯を取り出すと、物凄い良い笑顔でやんわりとその手を止められた。
「これから本当に困るんですから、今は取っておいてくださいね」
三輪さん、結構外道なんだなって。
―その日。夕餉の時間―
『神鳥の岩戸にきて初の食事…私の舌は肥えておるから覚悟せいよ?』
「はぁ、まぁ食えるもんは出しますよ。料理は苦手じゃないですし」
結局20時頃まで部屋の準備と片付けに時間を費やしてしまった。
衣類少なめで本が物凄く多かったなぁ。漫画とかラノベとか、ダンボール何箱あるか数えたくないレベルだったわ。
爺ちゃん婆ちゃんが残してくれてた大きな家具とかがなかったら部屋が埋もれてたよまったく。
『私は何でも美味しく食べるからの!最近はハンバーグとか好きじゃ!いいか?ハンバーグじゃぞ!』
大事なことだから二回言ったんですね。とはいえハンバーグかぁ、材料あるかなぁ。
肉が…無いッ…!
味噌汁用の豆腐と缶詰がいくらか、あと卵とか…どうしよう。
…テーブルについてる天照様、物凄く期待満点な顔だ。
間違いなくハンバーグが出て来ると思ってる顔だな、あれは。
「天照様ー、豆腐とか好きです?」
『うむ、やっこも良いな!』
よし、豆腐が問題ないならアレで行くしかないな…!
―それから どうした―
「はい、神鳥家のお袋の味、ハンバーグです」
『おぉ!本当にハンバーグが出てきおった!結構大変だろうに、感謝するぞ!』
慣れればそんなに時間かかんないからなぁ、とりあえず体裁を整えられてよかった。
さて、味を気に入ってくれるかどうかだが…。
『頂きます!はむ、むぐっ。むぐ、むぐむぐ…』
どうだ…?ソースとかもきちんと作ったし、神様の味覚に合うか?
『むぐ… んむ… 神鳥よ、このハンバーグ、前食べたのと違うのじゃが』
「あ、やっぱりわかります?お口に合いませんでした?」
『いや、凄く美味しいのじゃが、前はもっとこう、じゅわーっと肉汁が出てきたような』
「えぇ、だってそれ豆腐ハンバーグですもん。ツナ缶使ってますけど肉汁じゅわーはちょっと出ないっすね」
『豆腐!?これ材料豆腐なのかや!?こんなに美味いのに!!?』
おお、思った以上の反応。流石は我が家のお袋の味だ。
「繋にツナ缶使ってますけどメインは豆腐ですからかなりヘルシーっすよ。気に入ってもらえました?」
『おおぉぉぉ…っ!これが人間の叡智…!豆腐とツナ缶でこんなにもハンバーグになるとは…!』
どんな食生活だったんだこの人。ここまで感動するとは予想外すぎるぞ。
『ご飯もおかわりじゃ!』
「はいはい、誰も取りゃしませんから落ち着いてくださいね」
ここらで、なんとなくこの復帰支援が考案された理由を理解し始めてた。
支援って、いわゆる何か問題があって"神様"として復帰するため、って事だろ?
天照様、物凄く美味しそうにご飯食べるんだよな。美味い、美味いって。
こんなの初めて食べたって。こんなご飯食べられて幸せだって。
いちいち口に出して言うんだよな。
仮にも神様なのに。
天照様、ここに来る前どんな生活してたんだ…?
まぁ、喜んでもらえるなら作りがいがあるってもんなんだけど……
『おかわりじゃ!』
「はいはい、これで3杯目ですから最後ですよー」
『えっ』
「えっじゃないですよ。オレが食う分も考えてくださいよ」
『えっ?』
「えっ?」
……だからといって、この遠慮の無さはどうかと思うが。