09 無駄話
「根本的に世界には『悪』となる力と『善』となる力がある。この世界において最初に発生したのは『悪』となる力。その力を宿した悪人、悪党、悪者。そしてそれに統率され支配され『悪』を宿した者たちで作り上げられた『悪の組織』なのだろう。だが、その『悪』はそれそのものだけで成立し続けるほど世の中は甘くない。先ほどお前は二元論について話したな?」
「ええ、まあ……」
二元論。世界にある者は二つの要素に分けられると言うもの。『善』か『悪』か。その二つに分類されるもの。
「それは近しい要素である。『善』があれば『悪』があり、『悪』があれば『善』がある。『悪』たる『悪の組織』が成立すればその半存在である『善』なる『正義の味方』が世に成立するのである。世の中は両方が存在すること安定を保ち、世界が成立する。どちらか一方ではありえない。二元論は一種近い要素であるな。『悪』が生まれれば『善』が生まれる。どちらかう一方が存在しなければもう一方も存在しえない。いうなれば反作用、または反存在のようなものだ。天秤と同じものかもしれぬな。天秤が片方に偏れば天秤……即ちこの場合世界のバランスが崩れる。天秤のさらに置かれた『悪』と同等の『善』を置き、天秤のバランスを保つ。もしくは『悪』は世界を傷つけるものであれば、それを癒すものとしての『善』、『悪』がマイナスであるのならば『善』がプラスとなるやもしれぬ」
「……はあ」
「しかし……そうなると面白いと思わぬか?」
「え?」
突然話を変えてくる首領。いきなり降られてもルーファスは対処できない。
「『悪』と『善』は根本的にお互い同じ存在である。対立する立場ではあるが、世界に生まれた時同時に生まれる要素を持つ。反存在とは言うが、数字に直せばプラスとマイナスであるという違いがあるだけで数字としては同じだ。バランスを保つとはそういうこと。『正義の味方』の言う正義、『善』とは我ら『悪の組織』が語る『悪』と何が違うのか? そもそも……『正義の味方』は一体どこから来たのか。なぜ『正義の味方』は『悪の組織』と戦える? 『悪の組織』が持つ技術と同じだけの技術、対抗できる技術をなぜ『正義の味方』が得るに至ったのか。面白いとは思わぬか?」
「………………」
思わぬ首領の発言にルーファスも言葉に詰まる。理解不明、いや、理解したくないと言う要素の方が強いか。何故ならこの『悪の組織』の首領の言っていることは世界の理、ルーファスのような一般的な人間には理解できそうにないような遠い出来事についての内容を語っているように思える。初めから『悪の組織』も『正義の味方』も謎が多いのは確かに事実だ。そもそもこの世界における科学技術をはるかに超えた技術をどうやって二つの組織が得るに至ったのかもわかっていない。そのうえそれらの技術は『悪の組織』と『正義の味方』しか使うことができない、扱うことができないものとされ、世に流出していない。そう、これらの物事には極めて謎が多く、手が出せないものとなっている。
「くくっ……なに、お前の理解には及ばぬことであろう。こういうことは我らのような少々普通とは異なる存在のみが知ることだ。我ら『悪の組織』を作りまとめ上げる存在などがな? 今回は多少『悪』の談義では語ったが……あくまで余人に理解できるようなものでもなく、遠く世界の果て、世界の向こう側に存在する者だけが知ることだ」
「はあ……」
「しかし、個々の『悪』についてとはいっても、やはり一人では面白みに足りぬ。サテラ。お前が思う『悪』とは何か? 答えてみよ」
「……?」
いきなり話を振られるサテラ。今まで話に入ることもせず、黙々と残った鍋の具を食べている。とはいっても、それほど残っておらず、探り箸で探している。行儀が悪い。困りものだ。汁ごと啜ればいいのでは、と思う所だが流石に茶碗を鍋に突っ込むほど行儀知らずではない……多分。
「え? 『悪』っすか? いきなりそんなこと聞かれても……」
「うむ、何でもいいから答えてみよ。別に難しく考える必要はない」
「はあ、それでいいんっすか……」
うーん、と少し考えるサテラ。かつん、と茶碗と箸をおく。もう特に鍋に具が残っているわけでもなくこれ以上食べるものがないのでこれ以上はいらないということだろう。これで本当の意味で今回の食事は終わりだ。この会話、『悪』についての話が終わればそれで解散。
「正直、どうでもいいものっすね」
「……どうでもいい、か」
「『悪』とやらでお腹は膨れないっすから」
「……ふっ。ははは、お前はそういうやつだったな」
ばっさりとどうでもいいと斬り捨てるサテラ。サテラにとって『悪』も『善』も興味がない。かつて飢え、誰にも助けられず『悪の組織』の首領に助けられた。その経験から『悪』だろうと『善』だろうと、生きるために食つなぐことができるのであればどちらでもいい、という意見になっている。サテラにとって善悪は関係なく、自分の信ずるものを信じる。逆に言えば、信じるものが『善』、それ以外が『悪』ともいえる極端な者であるかもしれない。
「真っ直ぐなものに、『善』も『悪』も関係ないか。そのとおりよな」
うむ、と首領は頷く。どうやらサテラの回答は彼の中で何か感銘を受けるようなものであった……のかもしれない。
「隊長ー。もう食べるものないっすけど、どうしますー?」
「あー…………じゃあ、もう食事も終わりってことじゃないか?」
「じゃあ、解散っすね」
「うむ。それなりに美味い飯であった」
「ああ……それじゃあ見送りを」
「いらぬ。それではな。休暇は予定通り。終わればちゃんと出てくるように」
「あ、はい」
首領が去っていく。
「じゃあ、私もこれで。御馳走様っす」
「おう……次はあまり高い物とか量買って持ってくんなよー」
サテラも去っていった。
「……はあ。これ、経費で落ちるかなー」
鍋の具材の領収証。それをルーファスは見て、小さくため息をつく。首領も食べていったが、結構な額の食材達である。大食いのサテラが購入し持ってきただけもあり、結構な量で結構な額となっている。ルーファス一人で払うことになるとしたら、かなりの出費だろう。
「まあいいか……」
普段あまりお金を使う機会がないので、これくらいに使っても問題はない。もっとも、それでも一応経費としての申請はするが。