08 『悪』とは何か?
「ではまずルーファス、お前の思う『悪』について聞いてみよう。『悪』とは何か?」
「……なんか難しい話ですね」
ルーファス自身は『悪の組織』にその身を置く立場であるが、本人自身は仕事として悪事を行うことはあっても、自分の望みを叶えるために悪事に手を染めることは基本的にない。仕事中でも、ある程度相手の事に気を使う部分はある。例えば例の魔法少女に関して。イエローデイジーと呼ばれる魔法少女は『正義の味方』側に助けられ、そのおかげで死なず治療の結果回復するに至った。実の所、ルーファスが奪った街を取り戻した『正義の味方』はその彼女である。というか、その彼女がルーファスにリベンジマッチをしたい……リベンジというよりは復讐に近いが、そうしたいがために挑んだのだが。残念ながらルーファスは居らず、そこにいた別の舞台の怪人がぼこぼこにされた形である。まあ、重要なのはそこではなく、別に殺しても構わないはずなのに、そこまでせず『正義の味方』に助けてもらうように見えやすくした。まあ、傍から見ればそれは単に見せしめのように見えると思われるだろう。実際本人もそうみられるだろうとも思っている。ただ、発見しやすいようにとしていたのもまた間違いない。
まあ、細かい話はいい。ルーファス自身はどちらかというと『悪』の人間ではないと言うことである。かといって『善』、『正義の味方』かと言われるとそういうわけでもない。『善』も『悪』も兼ね備えるごく普通の人間らしい人間、と言った所だろう。どちらかというと『善』寄りの。もっともかなりどこかずれている部分も存在しているが。
「俺から言わせてもらえば。そもそも、『悪』とか『善』とかそういうのは存在していないものだと」
「ふむ……我々『悪の組織』は『悪』であるもの。それが存在していない、と。面白いことをいうものだ」
「ああ、いえ……何と言えばいいか」
別に『悪の組織』が偽りであるとか、『悪』でないとかそういうことを言いたいわけではない。まあ、首領もそういう責める意味合いで言っているわけではない。ただどこか面白そうに、可笑しそうに笑いながら言っている。
「そもそも、『善』とか『悪』は人間が作り出した概念と言いますか。ほら、普通の人間には悪い部分もあればいい部分もある、『善』も『悪』もあるもので。こういうのをはっきりすると、それは二元論とかそんな感じになるんじゃないかな、と思いまして。世の中そうはっきりとするものばかりでないし、そもそもそういった『善悪』は人間が定義したものでしょ?」
「ふむ……人間が定義した『善悪』とは?」
「基本的には法律。法律において許されないことは基本的に『悪』とされることでしょう?」
「確かに。殺人、詐欺など犯罪の多くは悪事とされるもの事であることには間違いない。それは確かに『悪』と言えるのかもしれないな」
『善』も『悪』も元々最初から存在するものではなく、人間という存在が生まれ、人間達が集まり文明社会を作り、集団的行動をとるようになり、複数の共通意識からこれはしていい、してはいけないと定義され、ルールが制定され、その結果行ってはいけない、犯罪とされる事項が出来上がっていく。そうして犯罪を行えばそれは社会に反する者として人々から『悪』として認められる。つまり『悪』とは人間が作り上げた概念である、ということだ。
首領は確かにそれは間違っていないことであると考える。だが、その場合別に難しい点がある。
「ならばそれ以外の者は全て『善』か?」
「……それは」
「違うな。その定義ではあくまで『悪』の定義しかできておらぬだろう。まあ、お前は人間すべてに『善』も『悪』もあると言う。ならばわざわざ『善』を定義する必要もないかもしれぬ。『悪』を成さなければ『善』、もしくは『悪』を誅するものが『善』と言えるかもしれぬな。だが……事実はそうではないだろう。人殺しが『悪』ならば、死刑の執行もまた『悪』ではないか? 『悪』を殺す『正義の味方』は『悪』か? まあ、対象が『悪』であれば問題ないのかもしれぬが、殺しは殺しだ。そもそも殺し自体は人かどうかにかかわらぬ。獣相手に殺害を行う者もいる。まあ、それでも社会的には反する好意ではあるようだがな?」
ルーファスの言で定義できるのは『悪』のみ。『善』の具体的な例を挙げにくい。それこそ一般的な社会で普通に生活を営んでいる者すべてが『善』と言える。しかし、世の中果たしてそれが『善』であると言えるのか、といった具合だが。無視することは法律には反しないが、それは『善』か? 買い食いは法律には反しないが、それは『善』か? では『悪』かと言われると、それも少し違う。世の中『善』や『悪』で計れないことは多い。
「法に反するは『悪』……しかし、世の中一切法律に反しない者はいるだろうか。法と言っても、司法の類ではなくルールも一切破らない者は? それがどれほどいる? 赤信号の横断歩道を一度も渡ったことのない者のみが手を挙げよ、と言われどれほどの人間が手を挙げる?」
「…………」
「極論すぎる、と言われればそうなるだろう。実際極論である。そもそも、『善』と『悪』を定義づける事自体難しいものだ」
明確に『善』や『悪』を世の中で定義づけることは難しい。何故なら人間とはそのどちらでもなく、またどちらでもあるものだからだ。そして、そもそもその『善』と『悪』は人間が作った概念、定義したものであり、それは人間にとって都合のいいものでもある。
「まあ、個々の意見を無理に肯定も否定もしない。個人の考えはあくまで個人の考えだからな」
「なら何で聞いたんですか……」
「趣味だ。何故なら我は『悪』。他者の『悪』にも興味があるものでな」
悪い顔をしてそう告げる『悪の組織』の首領。まあ、彼はそういう悪である。
「さて、聞いたのであれば私の知る『悪』についても語らなければならないな」
(……知る?)
首領の言葉を聞き、ルーファスは微かに疑問に思う。しかし、それもその後に続く首領の言葉に飲み込まれる。
「二元論。面白い話だ。この世のすべてを二分にした考え。悪くない。この世に存在するのは『善』か『悪』彼の二つ。そう考えることもできなくもないかもしれないな」
「……いや、さすがにそれは」
「根源的な部分での話だ。この世には明確に『善』であるものと『悪』である者が存在する。もっとも、それ以外のどちらにも関与する、どちらにも関与しない者の方が圧倒的に多いがな」
何故か首領の話の内容は無駄に大きくなる。とはいっても、最後まで聞かなければいけないだろう。何せ相手は『悪の組織』の首領。長話は得意であるし、自分の上司、話を途中で遮れば給料無しにされるか首が飛びかねない。まあ、恐らく首が飛ぶことはないだろう。ルーファスは便利に使われているので。