07 『悪の組織』の悪談義
だいたい鍋もつつきおわり、残った物をサテラが受け取り自分のところに寄せている。サテラは大食い、というよりは食欲の鬼。飢餓殺し。飢えを消し去る者。首領に拾われた時飢えに飢えた経験からか、なにがなんでも食べに食べて食いだめする少々頭の悪い……頭のおかしい……失礼。頭の足りない子なのである。一応これでも立派な成人しているはずの女性なのだが。
「食事も終わったところで、だ。ルーファスよ」
「……なんですか?」
「仕事の話だ」
ここに来た時、食事しながら話しかけたことであるが、そもそも首領がここに来た目的は食事のためではない。事前の通達もなく突然訪れ、たまたま鍋をつついていたので混ざっただけである。それが終わった以上、本来の目的に戻らなければおかしい。そもそも何をしに来たのかという話になるだろう。まあ、細かい話は置いておくとして、話は元に戻る。
「仕事の話ですか……休暇中だったと思いますけど?」
「休暇を返上して仕事だ……と、普通の会社だったら言うかもしれんな。うちはブラックではないからそんなことを言うつもりはないが」
「ヴィランですけどね? 失敗したら場合によっては殺される組織は多分ブラックじゃないんですか?」
「『悪の組織』ならその程度平常運転だろう。少なくとも会社として仕事の分の給料は出しているぞ?」
「死亡する危険のある仕事の給料があれというのもどうかと。だいたい保険にも入れないし……」
「それは『悪の組織』の人間に保険を適用しない保険会社が悪い。それに保険に関しては『正義の味方』も同様だ」
「まあ、死ぬ危険のある仕事ですし」
『悪の組織』と『正義の味方』はお互い戦い殺し合う関係である。そもそもからして生死が身近にあり、もともと一般的な職業ですらない。『正義の味方』はまだ国家のバックアップのある政府公認の組織、公務員の一種とも考えられなくもないが、『悪の組織』は流石にそういった恩恵を受けるのは不可能だろう。それに関しては『悪の組織』も流石に主張してこない。一応彼等は彼等で自分たちが悪、世間一般から外れた立場にある者としての自覚はある。
「まあ、それはいい。そもそも仕事をしろと言いに来たわけではない」
「なら何で?」
「事後処理に関してだ」
「……事後処理?」
「うむ」
首領がこの場に来た理由に関してはとあるものについての事後処理に関して、だ。もっともそれはルーファスに対して何かを押し付けるとか、命令するとか、責任を問うとかそういう意図の物ではない。単純にその出来事、起きたもの事について報告すると言うのが主目的である。
「ルーファス。お前が『正義の味方』と戦い得た街であるが、治めていた我らが組織のものが再び『正義の味方』と戦った」
「まあ、そうなるんじゃないですか?」
「もっともあっさりとやられてしまったがな。そのためあの街は取り返された」
「そうですか」
ルーファスの反応はとてもあっさりとしたものである。基本的によくあることなので慣れていると言うのもあるし、ルーファスに関してはあまり自分が勝利し得た街であってもはっきり言えばどうでもいい感じである。彼が『悪の組織』の活動をきちんと行うのは根本的にそれが仕事であるからである。彼にとっては『悪の組織』に所属しているのは単に会社員として仕事をしているようなものだ。奪った町の取り合い、取り取られはよくあるいつもの事。
「まったく……お前は覇気がないな。『悪の組織』の一員としてそれはどうなのだ? 悪らしく、欲に忠実であるべきではないか?」
「そう言われましても」
首領にそう言われてもルーファスは悪意というものを持ち得ない。『悪の組織』の人間であるというのに悪らしい要素がない。もっともそれに関してはサテラもそういう所はある。
「まあ、『悪の組織』の一員であると言うのにその組織に相応しい精神を持たず、それに反する行動をとると言うのもまた『悪』である! うむ、『悪』に敵対すると言う悪行もまた良いものだ!」
「……いや、それでいいんですか首領?」
「もちろん。我はこの世全てのあらゆる『悪』を貴ぶ。悪生りて、悪為れば、悪成りぬ。あらゆる『悪』は全て根源の『悪』に通ずる。『正義の味方』であろうと、『悪の組織』であろうとな」
「はあ…………」
『悪の組織』、ジャシーンの首領。彼には独特の『悪』としての美学があるようだ。その独特さは色々と不思議な部分が多く、そしてジャシーンにいる怪人も何が要因でその美学に反するかもわからない面倒なものである。
「……そもそも、『悪』とは何なんです?」
「ふむ。『悪』か」
ふと、ルーファスは一つ疑問に思う。『悪の組織』、ジャシーンの首領、彼の言う『悪』とはそもそもいったい何なのか。それ以上に、『悪の組織』の『悪』とは何なのか。根本的に『悪の組織』自体どこからきてどう成立し、なぜそのような行動を行うようになったかも不明だ。今ある『悪の組織』は全て『世界征服』という目的に動いているが、それは最初がそうであったからというのと、今では『正義の味方』の存在とそれとの対立、戦い、街の奪い合いと行う形となってしまったからか、自然とそういう方向性に誘導されてしまっている。それはなぜか、何か意味があるのか、何らかの意図が関わってるのではないかと色々と複雑に思う所もあるだろう。そういう疑問を持つ『悪の組織』の人間もいる……こともある。
「一概にこうだ、と言えるものでもないが……ふむ、面白い哲学だな。いっそ、色々と考えてみるのも面白かろう」
「はい?」
「ここで『悪』について語るのだ。そもそも『悪』とはなんぞや、とな」
「……はあ。まあいいですけど」
『悪』談義。特に意味も価値もない『悪』についての語り合い。しかし、彼らにとっては少しは面白いもの事である……のかもしれない。