06 鍋をつついて
「休みっすし、鍋でも食べないっすか?」
そんなサテラの一言。別に『悪の組織』であっても仲間意識がないと言うわけでもない。隊長と副隊長、上司と部下、そんな関係であるためそれなりに交流はなくもない関係である。まあ、そこまで仲がいいわけではない。しかしルーファスの所属する第一隊ではまともな怪人が二人しかいない。隊長であるルーファスと副隊長のサテラ。その二人しかいない特殊な隊であるため、お互いの関係は仲良くやっていかないと危険である。いつどちらかが死んで仲間もいない孤立状態になるのかわからないのだから。
「んー。まあ、別にいいが」
「やった! 隊長の奢りっすね!」
「えっ」
「食材買ってきます! ちゃんと領収書切っておくっすから! 後で支払いお願いっすよ!」
「ちょ、待て!」
サテラの一方的な言い分。そもそも奢るとも言っていないし、鍋と言ってもどこか適当な食堂か何かで注文して食べるものかとルーファスは考えていた。だがサテラはどうやら食べたい食材を購入してそれを持ち込んで家で鍋を作りたいようである。個人の好き嫌いもあるし、彼らは一応『悪の組織』の一員であるためあまり人の多くいる場所に出ない方がいいのも間違いない。しかしだからと言ってサテラが好きな食材を買ってきてその代金を上司であるルーファスに押し付けるのは同なのだろう。まあ、これも一種の上司と部下の交流に必要な代価と考えれば問題はない。多分。
と、言うことなのでルーファスとサテラはルーファスの住んでいる集合住宅の一室で鍋をつついている。一応ルーファスは上司だが男性である。そんな中、部下で女性なサテラが上がりこんで問題は起きないのだろうかと思わなくもない。もっともお互い相手のことはよく知っているし、お互いの家に上がり込む仲であるので間違いが起きるなら既に起きている。つまり何の問題も起きないと言うことである。
そんな些細な事はともかく、二人は鍋をつついている。本来は二人が鍋をつついている。しかしその場には二人以外のもう一人の存在があった。
「鍋というのも久しぶりだな」
「…………なんでここにいるんですか首領?」
『悪の組織』、ジャシーンの首領。ルーファス達の上司、最上位の存在がなぜかルーファスの部屋で第一隊の二人で用意した鍋を一緒につついている。上司と部下の付き合い、と言われるとルーファスとサテラのやっていることと何ら変わらないことであるのだが、しかし相手が『悪の組織』の最上位である。それが鍋をつついているなどかなりその見た目というか、立場に見合わないような感じであるし、相手が最上位の悪ともいえる悪のボス。それが気楽な食事の時に間近にいると言うのもやはり怖い所である。
「鍋をするのであろう。我が参加したところでおかしな話ではなかろう?」
「いえ、おかしいですから。っていうか『悪の組織』の一番上がそんな身軽でいいんですか?」
「うむ。我も別にずっと忙しいわけではない。それに、これも一つの用事を処理するついでだ」
「はあ…………」
「……」(はむはむ)
ジャシーンの首領も常に仕事漬けというわけではない。『悪の組織』のボスである彼……彼の役目は、他の人員の前に威厳ある装いで立ち、絶対的な悪として振る舞う事である。当然組織運営の上でやらなければならない仕事も多々あるが、しかし彼はかなり有能である。彼の下には相応に仕事のできる人員もいるし、そういった者に場合によっては任せても構わない。なので基本的に多少忙しくとも彼が自由に行動する余裕はある。
それに、今回は単にルーファスの家に乗り込んで一緒に食事をするのが本来の目的ではない。ルーファスは休暇を貰っているわけであるが、しかしずっと休みというわけでもないし、何かあれば急に仕事が入ることもある。そもそもジャシーンにおける汚れ仕事の多くは何故かルーファスが請け負っている。まあ、何故かといわれると彼がかなり便利で有能な能力を持つ怪人であるからなのだが。つまりはルーファスに頼みたい仕事ができた、もしくは休暇返上になったと伝えに首領が来たと言うことである。
もっとも、今は彼らは大人しく鍋を食べるほうがいいのだが。
「それにしても、もっと具はないのか? 肉が足りないだろう」
「そもそも二人分ですよ」
「……」(はぐはぐ)
「我が来ることくらい予測しておけ。そうでなくとも余分に食材買っておいた方がいいだろう。そこのサテラは大食いだからな」
「……」(がつがつ)
「さっきから食べてばかりですね。っていうか人の奢りで食いまくってるんじゃねえ」
「あうっ。ちょ、人のお椀とらないでほしいっすよ!?」
先ほどからずっと食事に集中していたサテラから鍋に入れていた食材を取り分けたお椀を奪う。流石に鍋から直接口に運ぶほど無遠慮ではない。ちゃんとお椀に取り分けてからそちらの物を食べている。さて、そういう問題ではなく。一応自分の所の組織の首領が来ていると言うのに何もしないで食べてばかりというのはどうなのか。
「まあ、食わせておけ。我がこれを拾った時は飢えて道端に倒れておったのだからな」
「現代社会で行き倒れって言うのも世知辛い……まあ、人のことは言えないけど」
「隊長も行き倒れっすか?」
「俺は就職難で仕事探してたらうちの組織にぶちあたっただけだ。まさか応募した会社が『悪の組織』だったなんて思わねえよ普通」
サテラは道端で飢餓で倒れていたところを組織の首領に拾われた結果怪人に。ルーファスは仕事を探していたところ、とある仕事に応募した結果面接時に眠らされていつの間にか怪人に改造されていた。二人ともまともに『悪の組織』に入るつもりではなかったようである。
「別に辞めても……いや、よくはないな。ルーファスはいい仕事を頼みやすい部下だから抜けられては困る。とはいっても、怪人が普通の会社に再就職できるとも思えぬがな」
「本当ですよ」
『悪の組織』の怪人が一般社会に戻ろうとしてもかなり厳しいのが現在社会である。
「ところで、仕事なのだが」
「食事の後にしてください。せっかくおいしく食べているので」
「うむ、それがよかろう」
「お椀ー!」
「あ、悪いな」
鍋。彼らはそれをつついて食事を再開する。仕事の話は後回し。美味い食事を優先するようである。




