39 矛を折る
「……どうします?」
「どうすると言われてもな……なんとか倒すしかないんだが」
「近づけませんし攻撃もできませんね……」
現在ルーファスとアクアリリィはジャシーンの首領のいる部屋から離れている。というのもルーファスの能力により二人は姿を消し、攻撃するために姿を現すのだが、首領にはそのタイミングが把握できないはずなのに出現を探知し、そしてその持っている剣を振るってくる。その剣の一振りで『闇』の奔流が生み出され、津波のように『闇』が迫ってくる。それを回避するために再度姿を消して逃げていた。それを何度か繰り返し、部屋の中では完全に戻った瞬間に把握され攻撃される。ルーファスの世界から外れる能力による作用は一種の無敵状態ではあるが、世界から外れている状態でありそのままでいればこの世界に戻れなくなる。ゆえにこの世界に戻ってくる必要があるため、ずっとその無敵状態を維持できるわけではない。なのでどうしても首領のいる部屋から離れて状態を解除するしかなかった。
「……あの黒い『闇』が原因ですね」
「何がだ?」
「ルーファスさんが発見される要因です。薄っすらとですが、空間に散っている黒い闇、粒が見えます。あの人は『闇』を操る能力を持っていると自分で言っていますしその『闇』にルーファスさんが触れることでそれを感知している」
「なるほど。だから出てきた瞬間に攻撃してくるのか……」
既に首領のいる部屋の中には黒い『闇』で満たされている。流石に攻撃には使われてはいないものの、極小の『闇』の粒もその操作の能力の範疇にあり、それに触れたものの存在を感知できる。
「……それって対策仕様がないな」
「そうですね……」
出た瞬間、触れた瞬間、そこにいることがばれるならば不意打ちは無理だ。確実に相手に探知されてしまう。
「いえ」
しかし、アクアリリィが一つ、何かをひらめく。
「手がないわけではありません」
「……本当に?」
「はい……ただ、こちらもいろいろと保証は出来ません。それに……近づくことができるからと言ってあの人を倒せるかも少しわかりませんし」
「まあ、そうだな。あれでもここジャシーンの首領だ。普段から俺を使ってはいたが……自分でも動ける人だからな」
「そんなに強いんですか?」
「戦っている所は見たことないが、俺たち怪人だとそういうのは本能的な感覚で分かることが多いかな。俺の場合は特に気にならないし、サテラも気にしたことはないが、あの『憤怒』の隊長ですら首領には頭が上がらない。首領に挑むような気概があるのは『強欲』くらいだろうな……」
その持ち得る大罪の性質、『憤怒』は力でその優劣を測るところがある。そのため自分ではかなわないと感じる相手には本能的に退くことが多い。そのため『憤怒』の隊長、すなわち『憤怒』の怪人たちの最強位である怪人ですら首領には頭が上がらないと言うことはつまり首領の方が強いと言うこと。『強欲』はその欲望ゆえに首領の立場をいずれ奪ってやると思っている。そういう点では首領に挑む気概があると言える。まあ、無謀な行いだが。
「だけど……あの剣、怪しすぎだな」
「……いつの間にか持っていましたあれですね。確かに怪しいです」
首領の持つ振るうことで闇を生み出する剣。それは誰がどう見ても怪しい。
「あれが力の核……であるのかも」
「確かに集大成、力のすべてを秘めしもの、とは言っていましたが……それをわざわざ明かすでしょうか?」
「わからない。首領なら明かしそうな気もするが……まあ、他に目標にできそうなものもないし」
首領の操る『闇』の力、その中核となるのがあの剣であるのならば、その剣を破壊すればある程度首領の力を抑えることができるのではないか? もちろんそれは単なる推測であるが、このまま放置し続けるわけにもいかない。
「やるだけやるしかない。それで……手ってのは?」
「それは……いえ、説明します。他の人たちも戦っている以上、ここで躊躇している時間も惜しいですし」
「……ほう。魔法少女、お前が出てきたか」
「はい。しかし、その剣を振るってはこないんですね」
「ルーファスは厄介だが、お前はそうではないからな。あの不意に現れるあれだけは全力で対処しなければならないが、お前だけならば真っ当に相手をする分で十分だ」
「言ってくれますね……!」
首領にとって厄介なのはルーファス。その能力の異端性ゆえに首領すら殺すことが可能な"規則破り"、それを最も恐れている。まあ、首領としてはやられることも一つの終わり、一つの結末、『悪』としてその在り様を受け入れるのであるが、しかし易々とやられることを望むわけではない。なので全力を持って潰しにかかっているわけである。
それに対し魔法少女であるアクアリリィはそれこそ大して強くはなく、首領の作り出す『闇』による防壁で対処できてしまう。ゆえに恐れる必要はない。そして真っ向から戦えばどうにかなる相手でしかない。
「ですが……これならどうですか!」
アクアリリィが魔法を使う。先ほどまでの弾丸のような小さく数で攻める魔法ではなく、首領のやっていたような津波のような『闇』のように、大きな力を用いての奔流の魔法である。水の津波、まあそのまま津波なわけだが。
「ほう。だが……お前の魔法は『光』! 我が『闇』の前では無意味だ!」
鉄砲水のように押し寄せる水の波、それを首領が『闇』の防壁で受け止める。防壁に触れることで一気に掻き消されていく魔法、アクアリリィの魔法を扱う力にも限度がある。首領の防壁を押し破るにはその魔法の力の総量が首領の扱う『闇』の力を越えなければならない。しかしそれは無理だ。先ほどから湯水のように使っていても全くエネルギーが切れる様子、消耗している様子すらなく、そもそも『闇』は消えておらず残っている以上消耗辞退していない可能性もある。それ以前に総量がけた違いである可能性も否定できない。ゆえに力比べでは完全に首領側に分があり、アクアリリィは負けることが決まっているのである。
「ふっ。いくら魔法の力を使おうと無意味! 力尽きるまで使う気か? ルーファスの出現を待っているのか? だが我は油断はせぬ。ルーファスが現れた瞬間に『闇』を振るわせてもらおう」
くくく、と笑う首領。しかし、そんな首領に対しアクアリリィは表情を変えない。
「……そうですか」
そんなアクアリリィの表情に、微かに笑みが出る。
「ぬっ!?」
水の奔流が『闇』を切り裂く。『闇』の防壁が切り裂かれ、そこからアクアリリィの魔法が流れ込む。当然防いでいる首領は無防備であり、その魔法攻撃に対処ができない。
「くっ!」
咄嗟に己の力を放出し、『闇』で体を覆い防ぐ。しかし咄嗟だったため完全には防ぎきれない。もっとも首領の力は強く、多少魔法を受けた程度ではどうにもならない。だが、首領にとってその状況は驚きだ。
「まさか……我が『闇』を越えた、いや!」
「残念ながら。その剣、折らせてもらうっ!」
首領の側にルーファスがいた。それに首領が気づくのに送れた。何故ならそこには魔法が入り込み、『闇』が薄れ消えていたからだ。魔法少女の扱う魔法は『光』の性質を持ち、首領の扱う『闇』はそのまま『闇』の性質を持つ。双方が触れ合えば対消滅を行い消え去る。つまり魔法が入り込んだ時点で首領の周りから探知を行う『闇』が消えていた。
そしてそこにルーファスがいた。どこから現れたのか? そもそもルーファスは最初からいた。魔法少女の魔法の奔流の中に。本来怪人は魔法を受ければ大ダメージになる。それは怪人の中に『闇』の性質があるため『光』の性質を持つ魔法が天敵だからだ。しかし、ルーファスは己をその枠から外し、普通の人間と同じ魔法の影響を無効にできる。なのでアクアリリィの魔法の奔流の中にいても無傷でいられた。そして、あの防壁を己の能力で無効化する。それによりアクアリリィの魔法が流れ込み、それに伴いルーファスも首領に近づいた。
「おおおおっ!!」
「はあああっ!!」
ジャシーンの首領の持つ『闇』の力を操ることのできる、首領の力そのものと言ってもいい『闇』を秘める剣、それがルーファスの手によって無残にもおられた。




