04 悪の勝利
時を止める。もし仮にそのような能力が存在するのであれば、かなり強力な能力となるだろう。当然その制限は極めて大きい。そもそも物理的に時間を止めてしまった場合、動けないとか感性の法則がかかるとか光を感じ取れないとか息すらできないとかいろいろな問題がある。時を止めると言うことはあらゆる物体の動きを止めると言うことであり、その中で自分だけ自由に動けるようになろうとも意味はない。そのうえ感性の法則、惑星の自転によりかかる力まで残ったまま動けるようになった場合、止まっている世界に置いていかれぐしゃりと止まった時間の中で潰れてしまうのではないか? などとあまり物理的な法則に詳しくないまま語ってみる。もっとも、それはあくまで物理法則、既存の科学と既知の法則にしたがった場合だ。そもそも時間という者は人間が作り出した概念であり、実際に存在する者なのかはっきりとわかるものでもない。確かに時間というものは存在はしているのかもしれないが、それが人間が理解し考えている物と同一かはわからない。
さて、そんな物理的な時間についての話は重要ではない。世の中に存在するのは物理的なものだけではない。概念上や形而上など、そういった物理的な物とか関係の無い分野も存在する。単純に時間と言っても物理的な者だけではない。時代、歴史、記録の上での時間など、様々な形がある。すなわち今回のこれは概念的な時間の停止だろう。生物の停止による疑似的な時間停止も考えられるが、それだと魔法が停止しているのは謎だ。ゆえに概念的な時間の停止、つまり時間が停止しているような状態にある状況、ということだと思われる。そう、思われた。
だが事実は違う。彼の使ったそれはよりもっと複雑なものである。
「……っ、流石に使いすぎるとやばいなやっぱ」
彼の使ったそれは現実の時間からの分離。時間停止ではなく、時間軸の進行からの脱却。全てのこの世界に存在する者は時間の経過というものに囚われ時間の流れの中を進んでいる。しかし、その流れから一時的に脱却する。時間という者の中を征くものは全て同じ船にのっているようなものだ。そこから一時的に降りることで、時間の経過の流れから一時的に離れる。しかし、その状況下では船はいずれ通りすぎ、時間の流れ……そして、その船、つまりは世界から脱却してしまうことになるだろう。時間停止した中を彼は自由に動けるが、その代わりそれが長時間になればこの世界から外れてしまう。それが彼のレ持つ能力による効果の一端だ。
「さて」
たっ、と外れた時間の中、魔法の罠の上をルーファスは駆けていく。彼はこの世界の時間から外れているため、その時に何かをしたところで基本的に他者に干渉できない。例外として同じ時間から外れさせることで干渉は出来るが、それはあまり重要なことではない。他者に干渉できないと言うことは逆に干渉されることもないということであり、魔法の罠に引っかかることはない。とはいえ、逆にイエローデイジーに近づいたところでそのままではどうにもできないのであるが。
それ以前に空気などはどうなのか、という疑問がある。そのあたりは結構な謎だが、まあ空気は空間という認識の中にあるものであると考え、空間には何もないと言う認識において時間から外れた中でも問題な行動できる間隙の空間と考えればなんとかなるかもしれない。仮定であったり認識というものであったりとでたとえ話に近い物だが、まあ実際できているので細かい問題はどうでもいいことになるだろう。
「こんなところで、いいかっ!」
攻撃は出来ない。今攻撃したところで物理的なダメージも、魔法的なダメージも、仮に炎を放とうとしたところで物も燃えない。そんな状態では攻撃する意味はない。しかし、それはあくまで外れた時間の中にいる状態で攻撃した場合、だ。この時間から外れた状態は彼がもたらしたものである。つまり……その逆も彼はできるということ。
「ごっ!?」
腹に蹴りを放ったところで外れた時間から帰還。当たる直前まで持ってこられた怪人の蹴りを止める手段はない。その攻撃は直撃し、魔法少女の持つ特殊な衣服による防御構造であっても容易に通用するほどの威力を出した。その結果、まともにダメージが入り蹴り飛ばされたのである。
「おっ、あ、うぐ……ふっ、う……」
痛みで声が出せない。吹き飛ばされる、というほどではないにしても、後ろによろめき、倒れうずくまる。そうなった魔法少女相手にも、ルーファスは容赦しない。なぜなら彼は『悪の組織』の一員であるのだから。
「はっ!」
「あがっ」
まず最初に地面から打ち上げるように蹴り飛ばす。辛うじて彼女は防御するが、そのまま上空へとかち上げられる。その吹き飛んだ彼女をルーファスが追う。空中にいた所を今度は地面へと叩きつけるように両腕を振り下ろし、その勢いでイエローデイジーは叩きつけられ、鈍い音を立てて地面をバウンドする。ルーファスは地面に着地、そのままバウンドして地面に倒れた彼女に向け駆け、そのまま彼女を掴み一気に倉庫の壁まで走り抜ける。
「おおおおっ!!」
壁に彼女を叩きつける。そのまま倉庫の壁は彼らごと突き抜けた。
「…………………………」
「……流石にもう無理か。まあ、あそこまで怪人の力で攻撃すればそうなるな」
彼女の意識は恐らくすでにない。死んではいない。魔法少女は斯くにも頑丈な物。流石に死ぬことはない……が、これを無事ということはできないだろう。
「ま、死んでないならそれでいいか。サテラー」
「はいっす。勝ちましたかー?」
ルーファスが外に呼びかけるとひょっこりと先ほど他の雑魚構成員に色々と逃げるかもしれないと伝えに行った女性が現れる。どうやら逃げてはいなかったようだ。まあ、場合によっては魔法少女に仕返しする可能性もあった。それくらいに隊長であるルーファスに対する義理や恩義、信頼はある。
「ああ、勝った勝った」
「……で、その子どうするんっすか?」
「ん、放置するのも危ないし、すぐに見つかるように十字架でもつくってそこに吊るして拾ってくださいとでもしておくよ」
「それ酷くないっすか?」
「いや、こっち『悪の組織』だからさ」
悪側の勝利の喧伝という意味でも有効的であるし、『正義の味方』の仲間の魔法少女、他の『正義の味方』の一員が彼女を回収するのにも役に立つだろう。とりあえずまだ死ぬことはないが、放っておけば危険なことになる可能性はある。治らないようになるとそれはそれで勿体ない。ゆえにわかりやすく戦いの終わりを示すのである。どちらが勝ったか決着がつかないと他の者も動きにくいのだから。
そうして悪側の勝利で今回の戦いは終わった。しばらくこの市は『悪の組織』、『ジャシーン』の物となったのである。