29 悪の動き
「…………それで、佐山さん。いったい何を悩んでいたんですか?」
「あー……そういえば話しかけてくる切っ掛けは俺がここで溜息を吐いていたのが原因か」
「はい。まあ元々あなたに用件があったというのは間違っていませんが、発見の経緯はそれです。こんな場所で溜息を吐いて悩んでいるなどと……相手が『悪の組織』に所属する怪人であったとしてもその中身が気になるところではあります。今はもう『正義の味方』に協力してくれる、ということですし、私もあなたが困っているのなら手助けをしなければいけない立場ですから」
既にアクアリリィは契約によりルーファスに従う立場である。まあ、ルーファス自身はそれを望んでいないのでアクアリリィは基本的に自由であるが、彼女自身の意思としても困っている相手を助けないと言う選択肢はなく、契約がある以上たとえ言われずとも助けるのは当然である。とはいえ悩んでいる相手からその悩み事を聞けないと解決のために動くのは無理なのだが。
「……まあ、今は俺も『正義の味方』側か。正式に所属しているわけでもないし、あくまでそっちの誘いにのったというだけだが。まあ、仮に『悪の組織』側に戻るにしても、さっきの契約がある以上は問題がないのか?」
「……戻るんですか?」
「仮にの話だからな? とはいえ、今回のことは俺としてもどうかと思う所であるし、流石にそこまではしたくないと言うか、本当に『悪』の側にいるつもりならそのまま進めるのが一番いいのかもしれないが……」
「結局どういうことなんですか?」
アクアリリィはぐだぐだと話し続けるルーファスにはっきりと訊ねる。いつまでもこの場所でのんびり会話していると言うわけにもいかない。今の時間は夜であり、アクアリリィも門限があるというわけではないがあまりに遅くなると問題だろう。それに核心に触れずに話していても仕方がない。
「えっと……うちの組織で行われた話、襲撃の予定なんだが」
そうしてルーファスは具体的な話に入る。ジャシーンで行われた招集、およびその時話された『正義の味方』側への襲撃に関してのこと。そしてその予定に関しても。その内容を聞いてアクアリリィも厳しい表情である。
「……あなたが場所を話した、というわけではないですよね?」
「俺が話したならとっくの昔にうちの組織は動いてるだろう。前の襲撃で『正義の味方』の後を尾けた『色欲』の部隊のやつが『正義の味方』の秘密基地を見つけたんだろう。流石に脳内桃色馬鹿でも『正義の味方』が屯している秘密基地に直接乗り込んだりはしないだろうし、俺のようなジャシーンに完全に縛られていないのとは違ってあいつらはかなりジャシーンに従ってるしな」
「……『色欲』」
「前にお前も捕まってたただろ。あいつらのような奴らの集団、部隊だ。うちの組織の部隊は七つの大罪の名前を模しているからな」
「そうなんですか……佐山さんはどの部隊に」
「俺は『傲慢』だ。前に会った連れはそこの部下だな」
「あの人ですか……」
アクアリリィもイエローデイジーと一緒に会ったことのある『傲慢』の部隊の副隊長の女性。サテラ。
「そういえばあの人は……いいんですか?」
「いいとは?」
「あなただけが『悪の組織』の括りから逃れることです。彼女とは親しいのではないですか?」
「まあ、仲が悪いわけじゃないが……あいつのことはあいつが決めるべきだろう。俺がどうするか、とはまた関係の無い話だ。まあ、気になるのなら……何か考えてやってくれ。それよりも、本筋はそこじゃない」
「そうですね。『正義の味方』の秘密基地への襲撃……これは大問題でしょう」
自分たちにとっての職場、安全地帯。周囲一帯の治安を守るための組織。仮に『正義の味方』がいなくなれば『悪の組織』は野放しになる。通常の人間や軍隊では『悪の組織』に抵抗するのは難しい。この世界に存在しない法則や超技術を彼らは有するからだ。毒を以て毒を制す。相手の力に対し同じ力を持たなければ対抗できない。そういった意味では『正義の味方』と『悪の組織』は似通っている。唯一違うのは『善』か『悪』か。多くの人間に対し味方をする側か敵である側か。
ともかく、『悪の組織』が大手を振って活動できるようになる、多くの大衆を守れる存在がいなくなることは社会的に大きな問題だ。また『悪の組織』側が調子に乗るようなことになるのも彼らの活動が頻繁になりその被害が大きくなることに繋がる。守る物がいない一般大衆はどれほど彼らに怯え恐怖し震える日々を過ごすことになるだろうか。まあ、『悪の組織』もそういった横暴なふるまいをする者ばかりではない。そもそもの目標は『世界征服』であり、あまりにも無駄な被害を増やすことは彼らとしても好ましくないだろう。
また、同じ『悪の組織』とはいってもそれぞれの組織では方針が違ったり目的が違ったりする。そういう点では『正義の味方』がいなくなった後は『悪の組織』同士の戦いになるだけであるのかもしれない。まあ、どういう形で会っても『正義の味方』にとっては困った話だ。彼ら『正義の味方』もアクアリリィの所属している場所だけが全てというわけではないが、拠点を失うのは大きな弊害である。
「……すぐにで、『正義の味方』の秘密基地の方へ向かいましょう。私も『宣誓の約定呪』を持ってきたことはあなたとの契約についての話をする必要もあるでしょうし、あなたのこと話しておかないとあとで問題になりかねない。先ほどの話も本当であるなら早急に対処する必要があります」
「まあ信じてくれるかはわからないけどな……」
「確かにそれはありますが……」
『正義の味方』に味方する、と『悪の組織』の一員が言った所でどれほど信じてくれるか早しい。アクアリリィとの契約に関してもルーファス有利の契約である。ルーファスの善性を信じているのは恐らくアクアリリィだけ。その状態でどれほど話したことを信頼してくれることか。
「でも、このままというわけにはいかないでしょう。佐山さんはそれが嫌で悩んでいたのですよね?」
「そうだな……まあ、話すだけ話す分には構わないか。信頼されなければ『正義の味方』もそれまでの組織ってだけだしな」
「……そう言われると複雑です」
アクアリリィとしては複雑な心境であるが、結局のところどう判断するかは『正義の味方』側の事情である。ルーファスの言が信用されない可能性、それに関してはアクアリリィも否定しきれない部分であった。




