21 大悪と見えて
「……加勢をしてもらい感謝します」
「なに。もともとこの戦いは共同作戦だろう?」
「ええ、まあ、一応そうはなっていますね……一応は」
アクアリリィは複雑そうな表情でルーファスに答えた。アクアリリィも今回の事に関しては一応の理解を示している。『正義の味方』と『悪の組織』は根本的に相容れるものではない。アクアリリィとルーファスのように、お互いの立場が絡まない状態であれば幾らか話は出来るし、今回見たいな状況であれば共闘は不可能ではないこともあるが、それはあくまで個人間で仲が悪くないからだ。仮にこれがイエローデイジーであればうまくいかなかった可能性は高いだろう。この場で話などせず殺し合いに発展しかねない。しかし、そういう形の方が『正義の味方』と『悪の組織』としては健全だ。例えこの場が共闘状態であると言っても。
そもそもからしてルール違反をした『悪の組織』を滅ぼすためにお互い協力しあう、というのはその『悪の組織』を舞台にお互いが全力で戦い殺し合うための建前に近い。もちろんその『悪の組織』を潰すのは大前提であるが、しかしそれ以上に普段はやりづらい多くの『悪の組織』の怪人を倒すために有効的な舞台でもある。ただ、それで相手の怪人や首領を逃がすと大問題なので、一部の真面目な『正義の味方』は首領のところに向かったりする。まあ、その逆もまたしかりであり、『悪の組織』が『正義の味方』と潰し合いになることもあるので一部真面目な『正義の味方』のさらに一部のみが先へと到達できるのだろう。
そういった事情をアクアリリィもわかっている。だから一応、という言い方なのだ。
「ま、共闘はあくまで建前ってのはわかってるけどな。それで……やるか?」
「いえ。私としてはあなたと戦うつもりは……ありません。そもそも優先するべきものはここの『悪の組織』の首領を倒す事です。無駄な犠牲者を増やし、多くの血を流すことがいいとは決して思いません」
「そっちは『正義の味方』だろう?」
「はい。『正義の味方』だからこそです。殺し合いを望むのは『正義の味方』らしいことですか?」
「いや。ただ、『悪』を見逃すのが『正義の味方』かな、と」
「…………」
一般的に『悪』は滅ぼしてもいい。『正義の味方』にはそれが許されている。命乞いをしようとも、改心をしようとも、何をもせず市井に居ようとも、『悪の組織』の怪人は容赦なく叩きのめし滅ぼしても構わない相手である、それが一般的な『正義の味方』の持つ『悪』に対する考えである。『悪の組織』を滅ぼすためならば、『悪』の怪人を滅ぼすためならばどんな手を使っても構わない。そういう考えの者が多い。
「私は『正義の味方』です。正しい義に則り行動します。私にとって、無用な死者を増やすことは正義とは言えませんから」
「そうか」
アクアリリィは一度『悪の組織』に負けた。その時、『悪の組織』の怪人に助けられた。それが彼女の『正義の味方』としての考えに影響を与えられている。果たして全ての『悪の組織』の人間は本当に『悪』なのか? そのなかに『善』を持つ者はいないのか? 果たして『正義の味方』が行っていることは本当に正義と呼べる所業なのか? その中に『悪』がないとは言えないか? 『悪の組織』、『悪』の怪人が相手であれば『正義の味方』は何をしてもいいのか? そんな彼女の思考の逡巡があり、その結果彼女は自分にとっての『正義の味方』の像、理想を追うことにした。即ち、『悪』であっても無用に戦い殺し合うことは避ける。いや、『悪』において迷いのある者を、『悪』のなかにも『善』を持つ者を、そういった存在を救う。それが『正義の味方』が本当にとるべき正義なのではないか? そんな思いがある。
まあ、それが果たせるかどうかはともかくとして。今彼女がやるべきことはこの場所で『悪の組織』や『正義の味方』について討論することではない。彼女……彼女たちがやるべきことはここの『悪の組織』の打倒。
「とりあえず……先に進みませんか?」
「ああ。っていうか、この先にボスが行って事でいいんだよな?」
「恐らくは」
「じゃあ行くか」
二人は道を進む。『正義の味方』と『悪の組織』の二人がともに歩む、というのも奇妙な話である。とはいえ、二人には縁がないわけではない。それは少々奇妙な形での縁であるが、悪い物ではないだろう。それゆえに一緒に進むということができるのだ。お互い相容れぬ立場であるとしても。
「あなたがここの『悪の組織』の首領ですか……!」
アクアリリィとルーファスが向かった先。その先には大きな広間がある。よく『悪の組織』の幹部が集まり、跪き首領に頭を垂れるそんな光景が似合うような、わかりやすい空間。玉座、というほどではないが『悪の組織』の首領が座るのにふさわしいような椅子も置いてある。そして、その椅子の前に腰に手を当ててアクアリリィたちが入って来た入り口に向け背を向けている一人の存在がいる。
「ほう……思ったよりも早く来たものだ。くかか、『正義の味方』の魔法少女か。それに……ふむ、別の『悪の組織』の怪人か。儂の組織の者ではないな。なぜ『正義の味方』と共にこの場に来る? くくっ、面白い。面白いぞ……くかかかかっ!」
振り返り、アクアリリィとルーファスを見やり、その相手について所感を述べる『悪の組織』の首領。何処か隙だらけにも見えるその存在は見た目だけで言えば老爺、年老いた老人のような姿に見える。とはいえ、腰の曲がった、足がふらついたり力のなさそうな老人とは違い、どこか精悍なようにも見える老爺だ。まあ、仮にも『悪の組織』の首領。その立場に見合う存在でなければならないのだからあまりにも弱く見える存在ではありえないだろう。
「何が面白いのかは知りませんが……あなたの組織はルール違反を犯しました。我々はそれを罰するためにここに来ています」
「ルールか……それは儂らが『悪の組織』興す前に勝手に決まった物だろう。それを儂らが守らなければならない理由もあるまい」
「そんなわけないだろ。生まれる前にできた法律だろうが守る必要はある。世の中のルールは守るのが普通だろ? だいたいそんなこといったら、他人の決めたことに従わなくてもいいってことになるじゃないか」
「それでこそ『悪の組織』であろう。お前は『悪の組織』の怪人であるのに大人しくこの世界のルールに従うとはな。くくっ、その程度の者であったか。つまらぬものよなあ」
『悪の組織』、すなわち『悪』であるならばルールを守らない方が普通。これは別に他の『悪の組織』でも言う者はいるだろう。ただ、それは一般的ではない。あまり許容されるものではない。何故なら、その『悪』を順守するのは彼等『悪の組織』でありそれ以外の絶対数の方が圧倒的に多いからだ。ゆえに彼等の意見は通常許容されず、『悪の組織』であっても『世界征服』を成したいのであればある程度ルールに従った方がいい。
「……まあ、あなたの意見は知りません。私は私の仕事をするだけです。ここであなたを討つ」
「ふむ……それは困る。このような年寄りを殺そうなどとはずいぶん非道よな」
「言ってろ。部下に殺戮をやらせたやつが言うことじゃない」
「儂がやったわけではない……まあ、そういうのであれば。儂も身を守らねばいけぬだろう」
老爺が手を上げる。その一瞬で……檻が生まれた。
「っ!?」
「……罠か」
アクアリリィ、ルーファスの二人が檻に囚われた。




