12 悪の怪人と正義の魔法少女
「おっ?」
挨拶をして、顔を合わせた『悪の組織』の怪人ルーファス。当然ながら相手は『正義の味方』の魔法少女。普通ならばその場で応援を呼んだり攻撃を行ったりなどの殺し合いの戦いに発展しかねない。そもそも今いる場所は『正義の味方』の本拠地。仲間もいっぱいいるし、場所を知られてはいけないと言う理由もあるだろう。普通ならば攻撃的な行いになる。
しかし、ルーファスは相手が知り合いだから顔を出し挨拶をした。まあ、知り合いだからと言って安易に自分の存在を示すのはどうかと思うが、るーふぁすであれば逃げることが容易であると考えたからこそだろう。気が軽いと言うか、根が適当というか、割とマイペースなところが強いのが大問題な怪人である。そういう所を見れば彼が『傲慢』の部隊の所属であることが納得いきそうなところである。
さて、そんな彼に対し実際に行われたことは、挨拶をされた魔法少女が腕をつかみどこかに連れて行こうと引っ張っていく、という感じである。
「ちょっとついてきてください」
「俺はあまり危険な所には行きたくないんだが」
「わかってます。ちょっと黙っててください。あなた自分の立場を理解してますか? ここがどこだかわかってますか? そもそもなんでいるんです? ええ、まあ、色々と聞きたいことというか、文句を言いたくもありますが、ひとまずついてきてください。あそこでは落ち着いて話すこともできません、ええ、できませんとも」
冷静に、しかしかなり怒りの感情に満ちた言葉である。腕を掴まれている以上ルーファスには抵抗できない。逃れようと思えばできなくもないが、そこまでする必要性も感じないのでそういうことはせず、自身を引っ張る少女についていった。
ルーファスが連れ込まれたのは人気のない場所だった。本棚……資料棚がおいてあり、どこか埃っぽく、空気もよどんだ感じのある暗い場所。俗にいう資料室だがあまり使われた様子はなく、人の訪れた気配も少ない。
「こんな人気のない所に連れ込んで何をするつもりかな?」
「頭に虫が湧いているなら掃除してあげてもいいですよ? ええ、前に助けてもらったお礼代わりに耳かきでも突き入れてかき回すのもいいかもしれません」
「……冗談だから。そんな真顔で無感情に怖いこと言わないくれる?」
「そうですか。こちらとしてはあなたがここにいる事自体が冗談ですまないことなのですが?」
今もまだどこか暢気な様子に見えるルーファスに対し、魔法少女の方は本気で言っている。そもそも、『正義の味方』である彼女としては『悪の組織』の人間がこの場にいることそのものが困りものだ。だからこそ頭の茹ったようなことを言うルーファスに対し怒り心頭である。
「ここに連れてきたのは大人しく話をするためです。あなたが『悪の組織』の人間である以上、他の人がいない方が都合がいいでしょう。いえ、そもそもなぜあなたはここにいるのですか?」
「なぜって……観光?」
「『正義の味方』の基地に観光ですか。『悪の組織』の怪人はずいぶん頭の可笑しい人のようですね? 一度殲滅されてくれませんか?」
「いやいや」
「はあ……なんで私があなたに気遣わなければいけないんでしょうか」
「それを俺に訊かれても……」
「いえ、わかっています。私の方であなたに恩がある、と考えているせいでしょう。ええ、わかっています。恩に報いるのは当然である、『悪の組織』の人間であろうともそれは変わらない……そう思っているからの行動でしょう。ええ、わかっているんです……」
魔法少女の彼女がルーファスを安全な所に連れてきたのはルーファスに恩があったからだ。かつての恩。魔法少女である彼女はかつてジャシーンの『色欲』の部隊に敗北し捕まっていた。他の犠牲者と同じように、『色欲』らしい悲惨な目に合う……そんなことになりかけたところで、ちょうどその時過度な行いからの首領からの粛清をルーファスから頼まれ、粛清に訪れる。その時助けられ、解放されたのが彼女である。
「あの時以来か。今はもう問題ないんだな……えっと?」
「……本名は流石に伏させていただきます。魔法少女、アクアリリィです。アクア、アクアリリィ、リリィ、そちらの隙に呼んでください。助けてもらった立場であるのでどのように呼ばれようとも文句を言いません」
「じゃあ、アクアリリィ。一度捕まってやばそうだったが、もう大丈夫なんだな?」
「はい。あの時はありがとうございました」
「別にこっちも仕事だったからな。そちらさんを含め、捕まっていた奴らを解放したのはついでだ。ま、そもそも残してても仕方なかったしな」
『色欲』の部隊の怪人がやっていたことを粛清した以上、その存在を残したままにしても仕方がないことである。なので解放した。そもそも仮に解放したところでもう普通の社会に戻れないような者ばかりでもあった。唯一、連れてこられたばかりの彼女、アクアリリィだけが本当の意味で助かった形である。
「ええ、それは理解しています。それにあなたは『悪の組織』である。本来は私のような『正義の味方』が感謝を示すのもおかしな話ですが……それでも、あなたに助けられたのは事実ですから。私は『正義の味方』として、助けられたのが『悪の組織』であろうとも、恩を返す、感謝の言葉を述べる。そうするものだと考えています」
「律儀だなあ……ま、それはそれで立派な心掛けだと思うけど」
『正義の味方』にしては徹底的に『悪の組織』に対し敵対的ではない。理由の一つは恐らく彼女がとても律儀、『正義の味方』として正しいものとして在ろうとしているからというのがあるだろう。もう一つは相手が自分を助けた相手だから、というのがあるものだ。相手がルーファスでなければ容赦なく攻撃していた可能性が高い。
「とりあえず……あなたにはまあ、色々と言いたいことがあります」
「……あの後輩さんの事かな? 何か俺の事教えてたみたいだけど」
「ええ、まあ。それほどのことは言っていませんが……まあ。いえ、言いたいことはそちらではないんですけどね?」
アクアリリィの言いたいことは後輩の事ではない。いや、後輩の事でもルーファスにはいろいろと文句を言いたいところではある。だがそれよりも重要なことがある。そもそもルーファスがここにいる事自体が問題なのである。
「とりあえずです。早いうちにここからでていってもらえませんか? 流石にばれないようにはしているとはおもいますが、『悪の組織』の人間がここにいるのは問題ですから」
「ああ、そういう……」
ルーファスも一応は理解している。しかしまだ観光の途中。本当は残っていたいところだが、しかたがない。
「しかたない。じゃあ今回はこれくらいで戻ろうか」
「そうしてください……あと、ここのことは」
「ああ。それは理解してる。うちの組織、他の『悪の組織』にも教えない。むやみに殺し合いをしたいわけではないからな」
「…………」
ルーファスの言葉にどこか納得いかない所もあるが、話を聞いてすぐに出て行ってくれる、というのであれば構わないところである。ただ、まあ、アクアリリィにはどこかルーファスという存在に疑問を抱く。これは以前助けられた時から持っていたものだ。果たしてルーファスは『悪』なのか、と。もっとも、この場で聞くようなことはしなかったが。




