10 正義の社
「おおー。やっぱりでかいなあ。昔はこういうのに浪漫を抱いたものだが、それがこうして現実のものになるとまたなんとも言えなくなるな。そもそも、それを使って争い合うようなものだったりするわけだし」
ルーファスは格納庫に存在する巨大ロボットを見上げている。巨大ロボット、それは『悪の組織』も『正義の味方』も持ち得る最終手段、最終兵器。というのも、この巨大な兵器は周辺一帯を焦土に変える、更地に変えるような危険のある代物だからである。巨大兵器一つ存在するだけで雑兵はまるで意味をなさず、千を超える構成員がいたとしても一薙ぎにされるだろう。そして巨大兵器同士がぶつかり合えば、その余波でその周辺が破壊される。国土の狭いこの国、都市などでは高層建築物も密集しており、郊外には工場があることも珍しくはない。そんな狭いこの国でどこで戦い合えばいいのか。仮に戦い合った所で、例えば破壊されることによる爆発の余波、吹き飛ぶ破片でどれほどの被害が出ることか。
そんなこともあり、基本的に巨大兵器の使用は禁止されており、また戦う場合はその安全を確保できるような場所での戦闘のみが認可されている。そのあたり国家との約束事としてもかなり厳格なものだ。何故なら被害が出た場合の損害補償は基本的に国が行わなければいけないのだから。『正義の味方』は兵器の修理でお金を使うし、『悪の組織』が大人しく払うのも変な話、被害を受けた国が出すしかない。これは完全に損、国としてもそんなことをする相手に支援も従属もしない。
そんな金食い虫の使い勝手の難しい巨大兵器を用意するのは何故か? それは『悪の組織』が巨大兵器を有した場合、『正義の味方』に対抗策が無くなるからだ。俗にいう核兵器による抑止力に近い。同じ戦闘手段を持ち得なければ、相手の戦闘手段に対応できなくなる。核の場合はそれこそ撃ち合いになるので泥沼かもしれないが、巨大兵器の場合はお互いがぶつかり合う形なので被害が比較的少なくなるのがマシな所だろう。
「しかし、まさか巨大兵器があるとは。いや、あって当然か。『正義の味方』も『悪の組織』もいろいろあるが、『正義の味方』は一組織であることが多い。『悪の組織』はそれぞれ心情が違う複数の組織がいるが、『正義の味方』はこの国の支援を受けてる。下手に分散すると困るだろう。それに『悪の組織』はそれぞれの理念があるし、首領とか我が強いタイプだ。だけど『正義の味方』はなんというか、お役所的だしな。複数の組織が一緒に慣れる。まあ魔法少女と改造人間と戦隊戦士が一緒とか正直想像しにくいけど」
実際の所それぞれの都合があったりする。とはいえ、やはりある程度住み分けは出来ているが分散する意味もなく、『正義の味方』は一つ所にまとまっていることが多い。
「実際に見てみればはっきりわかるんだよなあ……」
そう、ルーファスは周りを見る。そこには様々な組織の『正義の味方』の一員が巨大ロボットを見上げながら色々と話し合っている。
さて……まずここはいったいどこなのか? ルーファスは一体どこにいるのか? 話し口から少々疑問に思う所もあるかもしれない。彼は今、『正義の味方』の本拠地にいる。『正義の味方』はその性質上纏まりやすく、一つの組織に近い形で集合的な本拠地を持つことが多い。ただ、そういう性質上『正義の味方』は『悪の組織』にその本拠地をばれないようにとても隠蔽性の高い秘密基地を持っている。もしそこを『悪の組織』に見つかれば『正義の味方』は全力でその『悪の組織』を潰しにかかる。また、その後本拠地を移動するか暫く分散する形になるだろう。
そんな隠蔽性の高い場所にルーファスはどうやって入り込んだのか。別に疑問に思う所ではない。ルーファスの能力は"規則破り"と呼ばれる極めて特殊なもの。その能力は己という存在を世界の枠から外すことができる。時間の流れからの離脱が可能ならば、世界という場所に自分が存在することからの離脱も可能。つまりは一種の完璧な透明人間に近い状態になれるのである。見えない、聞こえない、匂いもしない、センサーにも反応しない、一切の存在証明がなされない、しかしそこに彼が存在している状態を作り上げることができる。極めてチートであり、隠れることにたけた技能であると言える。
もちろん代償はある。時間の流れから外れた時と同じ、長時間使い続けると状態を元に戻せなくなる危険がある。とはいえ、そのチートじみた性能ゆえに、『悪の組織』との戦いを終えた『正義の味方』を追いかけ、それに伴って『正義の味方』の本拠地に侵入したのである。
「さて、他も見て回りますか」
ルーファスは現在仕事中。いわゆる外回りの最中、敵情視察のような物をやっている状態……ということになっている。そもそも彼等『悪の組織』は常に全員が仕事をしていると言うわけではない。『正義の味方』との戦いに全ての怪人が出ることはなく、その時その時で出動する怪人が違う。ルーファスは先日戦ったばかりなので、他の隊に任せているのが現状だ。そのうち回ってくるまでは、仕事として出社しなければいけないものの、基本的に大事になるような仕事はないのである。
もちろん書類仕事などの細かい仕事はあるし、今回のような外回り、敵情視察、勧誘、情勢調査など様々な仕事を作りやるのもかまわない。まあ、仕事漬けというほど忙しくはないと言った感じではある。鍛錬などで時間を潰してもいいし、武器防具や道具の類を作るのも構わないし。それをルーファスは敵情視察という名目の正義の味方の本拠地の観光に来た、ということである。
「っと……自動扉は開かないのが面倒だな」
基本的に機械化されている『正義の味方』の本拠地、その自動扉にはルーファスは反応しない。その姿を見せれば反応するが、それはそれで問題がある。
「便乗便乗っと」
他の正義の味方が部屋の中に入るのに便乗し、ルーファスは侵入する。
「…………嫌な所だな」
ルーファスが入った部屋、そこには『悪の組織』の怪人たちが飾られていた。比喩ではない。標本として、捕まえられた宇宙人を入れておくようなガラスの入れ物に既にその命を絶やした怪人が入っているのである。バラバラにされているものもあれば、ほとんどそのままのものもある。外に飾られているはく製のようなものすらも存在している。
「これだから『正義の味方』を頼れないんだよなあ」
『正義の味方』の反対は『悪の組織』。『善』の反対は『悪』。しかし、『正義の味方』は『善』とは限らず、『悪の組織』であるから『悪』であるわけでもない。もちろん、大半はそうであるだろう。しかしルーファスの例を見ればわかるように、全てが完全に『善』や『悪』ではない。それに、『善』は『悪』を滅ぼすものであり、『悪』は『善』を蹂躙するもの。お互い相手を如何様にしようとも、それは決して自身の心情に悖るものではない。なので『正義の味方』は『悪』を倒すために、『悪の組織』に非道ともいえるような研究をすることもある。『正義の味方』に逃げ込んだ『悪の組織』の人間はそうやって犠牲になることも多い。
まあ、それを知る人間は少なく、また『悪の組織』から『正義の味方』に逃げ込むことも少ない。一部改造人間として働くケースもあるので一概には何とも言えない所である。もっとも、これを見てしまえば易々と全面的に信頼できるはずもないが。
「ま、どこにもこういうこのはあるよな。定番だ」
『正義の味方』であろうと、『悪の組織』であろうと、今も、もともとも人間であるのだから。




