01 正義の味方と悪の組織
地球。それはある宇宙、ある世界に存在する惑星である。その星の住人にとってはその星は己の住まう世界の基準となるものである。ゆえに、この世界を含む大きな世界の中においては<基準世界>と呼ばれる世界である。その世界においては科学が発展し、多くの物理的な世界の法則が見いだされ、結果として多くの魔術や怪物などの摩訶不思議は迷信や架空の存在とされこの世界から消失されている。本当にそれらがあったかどうかは不明であり、事実として今の世の中にはその痕跡すら消え去っている物も珍しくはない。一種の神話や壁画に描かれる物も、多くの調査で史実ではなく創作であるとされる。そんな世界である。
しかし、そんな多くの<基準世界>と呼ばれる地球を中心として観測される世界の内の一つにおいて、大きな異変が発生した。<基準世界>には摩訶不思議は基本的に存在しない。微かに超能力や一種の奇跡、魔術が迷信になる前の名残として見受けられるくらいであり、その世界における技術は科学技術が基本となっている。そんな科学技術を用いて摩訶不思議を作り上げた存在がいた。
いや、それだけならばそこまで突飛なことにはなりえない。科学から作り上げられた摩訶不思議そのものは科学に対する挑戦でしかない。その世界において発生した大きな異変とはそれを利用した国や街、文明や体制への攻撃だったからだ。宇宙人が星間飛行を可能とする飛行兵器を使い人間を滅ぼしかかるように、海の底に眠っていた怪物が突如起き出して人類に攻撃を仕掛けてくるように、それは突然現れ人間に対して攻撃を仕掛けてきたのである。ただしそれは文明の破壊や国家の方かい、や人類の滅亡を目的としたものではない。いや、国家の破壊は一種近しい物ではあるのかもしれないが、そういった攻撃的意思を主目的にした者とは全くの別物と言えるだろう。
彼らの目的は『世界征服』である。
……子供が抱くような大望、ゲームやアニメ、漫画や特撮に出てくる悪役の抱くような野望、現実的じゃないなどとツッコミどころは多々ありそうなものだろう。しかし、実際に彼らはその目的を持って攻撃してきているのである。そしてそんな彼等の名は『悪の組織』! ……これを聞いてあきれないでほしい。実際に彼らはそういう存在であると彼ら自身が称しているのだから。そして彼等が実際に攻撃してきているのもまた事実。その攻撃は彼等の持つ現在の科学技術では到底成し得ないようなものだ。巨大人型兵器、改造人間、悪の魔法使い、魔王、超能力者、宗教家、種類は様々である。もはや科学技術とは関係の無いものも含まれているが、そこにツッコんではいけない。彼等の自称が殆どであるが、彼等が実際そういった名称にふさわしいだけの実力を兼ね備えているのは概ね事実なのだから。
そう、彼等が『悪の組織』にふさわしい実力を兼ね備えているのは事実なのである。
例えばそれは彼等の行動を阻止しようとする人間を麻痺させるような電撃に近い攻撃、道行く人間達を洗脳することのできる催眠光線、あらゆる通常の実弾兵器を使用不可能にする毒電波。そういった様々な異能じみた科学技術……いや、もはや科学技術とは言えない超技術なのだが。そういったものに現在の人間の持つ科学技術では対抗できない。巨大人型兵器にミサイルを撃ちこむことはまずその前提から防がれる。銃や大砲などの実弾兵器はなぜかそういった兵器に搭載されている見えない障壁……彼らが言うにはバリアと呼ばれるもので防がれる。『悪の組織』の最も弱いと思われるただの構成員相手ですら、多くの人間は身体能力から勝ち目はなく、刃物や鈍器の類も彼等には通じない。ダメージがないとは言えないが、肉体の根本的な部分から彼等は違うのである。
そういった存在が相手である。人間達には勝ち目がない。それゆえに、一度は完全に『悪の組織』に人間たちは支配されかけたのであった。そう、一度は。そしてされかけた、ということはつまり途中でその野望は阻止されたのである。
彼等『悪の組織』の野望を阻止したのは『正義の味方』である。
……いや、呆れないでほしい。呆れないで聞いてほしい。実際に彼等の野望を阻止したのは『正義の味方』を名乗る集団、組織なのである。それこそ『悪の組織』のような巨大人型兵器になるような変形して合体する謎の乗り物を持っていたり、いきなり変身してひらひらで露出の多いカラフルな服装に着替えてファンシーなステッキを持って戦う、未成年どころかまだ二桁の年齢に達していないような少女が魔法少女を名乗り摩訶不思議な力を使って戦ったり、『悪の組織』の怪人に似た様相をしているが『悪の組織』と戦っている何者かであったりと、彼等は平和な生活を送っている多くの人々を救わんと活動して始めたのである。
一部ではもしかしてそれは一種のマッチポンプ的なものではないか、と『悪の組織』と『正義の味方』の関係を疑う者もいる。実際それはあり得ないとは言えないことだろう。だが仮にそういった可能性があるとしても、現在の人間の持ち得る技術では太刀打ちできないと言うのもまた事実である。それゆえに彼らに頼るしかない所はあった。
そんな風に世界中で『正義の味方』と『悪の組織』の戦いが行われている。その最大の問題はそれが激化して周囲に被害が出始めたことだ。わかりやすい例を挙げるならば巨大人型兵器同士の戦いだろう。その戦いはぶつかり合うだけで周囲の被害が甚大になり、相手が転けるだけで周囲一帯の建物が破壊されてしまう。さらに言えば彼らが行う必殺技の類も周囲の被害を甚大にする大きな原因であるだろう。そして倒した後もその場で倒された人型兵器が爆散してさらに周囲の被害を甚大なものとしてしまう。これは多くの人々にとって堪った物ではないだろう。
また、それはそこに住む人々だけの問題ではない。破壊された建物の補償を行う者、破壊された道路を修復する者、破壊された周辺環境を直す者、そういった者たちにとってそれだけの被害を巻き起こすそういった戦いはとても迷惑なものである。彼らにとって『正義の味方』だろうと『悪の組織』だろうと関係ない。それだけの迷惑を巻き散らすものは双方ともに害だ。
ゆえに彼らは『正義の味方』と『悪の組織』に対しコンタクトをとった。意外にも彼らはそういった行動に対し律義に行動するところがあったようで、すんなりとその二者の組織の頂点に立つ多くの存在との接触を図ることができた。もっとも、その二者は敵対していると言うこともあって彼らが集まった場は相当に雰囲気的に険悪であったらしいが。
さて、そこまでして彼らを集めた理由は彼らの戦いの制限である。『悪の組織』とて目的は『世界征服』であり、周囲を破壊し灰塵に帰した街を手に入れた所でメリットと言える物は殆ど無いのである。『正義の味方』としても『悪の組織』の目的を阻み平和な世の中を守りたいだけであり周囲を破壊したいわけではない。そういう点においては両者の利害は一致している。
しかし、だからといって両者が戦わないでいられるということもない。ならばどうすればいいのか?
そこで提案されたのが、お互いの戦闘における条件の制定、その勝ち負けにより得られるものを決定することである。それは議論としてかなり紛糾したが、お互いに一応の納得を見せる条件が制定された。
『悪の組織』はその街や周囲の土地における重要な拠点を襲うことを許される。その際、巨大人型兵器などの周囲に対して大きな被害をもたらす兵器の使用は海、または山などの周囲に多大な被害をもたらしてもまだそれなりに平気な場所で行うこと。『悪の組織』が『正義の味方』に勝利した場合、その戦いが行われた場所周辺の街や土地の支配権利を得る。これは『正義の味方』が『悪の組織』に勝利するまで続けられる。
『正義の味方』はその『悪の組織』の条件に対し大きなメリットを得られることはない。その代わり、『正義の味方』はその技術の使用に大きな制限はなく、また多くの公共施設の無料使用を許可する。そして勝利した『正義の味方』には報奨金を渡し、同時に名声も得る。また『正義の味方』の組織や集団には寄付を含め国からの支援金を提供する。
概ねそういった取り決めが制定され、『正義の味方』と『悪の組織』の戦いは大きな被害をそれまでよりは出さなくなった。
これはそんな世界における、とある『悪の組織』に就職してしまった不運な一人の怪人のお話である。