世界は物語通りには進まない
美しい満月の輝きが大地を照らし、夜だというのにそこは異様な明るさを保っていた。大きな屋敷には多くの兵が配置され、鼠一匹入るのも許さないと言わんばかりの異常な警戒が張られていた。その屋敷の一室には、一人の少女と老夫婦の姿があった。少女は美しく輝く漆黒の髪と星空を模った様な瞳を持ち、世間では天女様と噂される程の美貌の少女だった。
この美少女は10年前のある日、行き倒れたところを老夫婦に救われた。少女は輝夜と名乗り身寄りがない事を話すと、老夫婦は暖かく家族へと迎い入れ少女を我が子のように育てた。16歳となった輝夜は美しい少女へと成長し、その美貌に惚れた多くの貴公子達から求婚されたが彼女は無理難題を押し付け彼らの求婚を断っていた。そんな彼女がある日老夫婦にこれまで隠していた秘密を明かし、別れが近い事を告げた。
「私は月の都から来た者。次の満月の夜、月より迎えがやってきて私は帰らねばなりません。ここでの生活はとても楽しく、中でもあなた方には大変お世話になりました。ありがとうございます」
「な、なんと! 輝夜姫よ、そなたは月より来たと。そして帰ってしまうと言うのか」
その話を聞いた老夫婦は、輝夜に想いを寄せる帝に報告すると、帝は輝夜を月になど行かせるかと憤り輝夜の住まう屋敷に多くの兵を送った。そして、今宵がその約束の満月の夜だった。
恐ろしいまでの静寂に包まれた屋敷だったが、月が一層明るく輝くと夜空より何かが近づいてくるのに兵達が気づく。鐘を鳴らし周囲に警戒を促すと、兵たちは剣を片手に近づいてくる何かに更に警戒を強めた。徐々に近づいてくるものは月からの遣いで、その姿をようやく確認できる程の距離になると、その神々しさに兵達は呆然としてしまう。金色の雲のようなものに乗った数十人の者達は皆一様に美しく、天女と思しき少女や貴婦人と武器を手にする兵達の他にも楽器を演奏する奏者の姿もあった。彼らが奏でる音色はとても美しく思わず聞き入ってしまう程で、それは次第に眠気を催された。眠気に抗う事が出来ず、兵達は次々とその場に倒れ深い眠りへと墜ちていった。
輝夜のいる部屋の襖が突如開き、老夫婦が驚くとそこには月の遣いの者達がいた。翁は大声で兵を呼ぶが屋敷にいる者達は全て眠りにつき、起きているのはここにいる三人だけだった。
「行かないでおくれ! わしの傍にいておくれ、輝夜よ!」
「私の可愛い娘、どうか行かないでおくれ!」
輝夜が部屋を出て外にいる月の遣いの元へ向かおうとすると、背後から老夫婦の声が投げかけられる。輝夜は二人に笑顔を向けると、そのまま歩みを始め金色の雲に乗った。
「お世話になりました。どうかお元気で……さようなら」
輝夜はそういうと、金色の雲は浮遊しどんどん地上から離れていく。泣き崩れる老夫婦の姿を悲しそうに見つめる輝夜に、地上から彼女を呼ぶ声が聞こえ輝夜はその声のする方へ目を向けた。
「行かないでくれ、私の輝夜姫! 私はあなたを愛している。あなたを月になど行かせてなるものかあああ!」
「……え、嘘。なんで帝がここにいるの。いやあああ、来ないで! ちょっと、もっとスピード上がらないの!?」
「申し訳ございません。これがいっぱいいっぱいです」
空飛ぶ馬に乗って駆けてくるのは帝だった。誰よりも輝夜を愛し、彼女に言い寄る男を陰で葬り去っていた恐ろしい男だ。輝夜は美しいその顔を真っ青にし隣にいる青年にせがむが、青年は顔を横に振り申し訳なさそうに答えた。帝はもうすぐ近くまで迫っていた。このままでは捕まってしまうと輝夜は怯えだす。
「いや、無理無理! 帝はそりゃとても格好良いし見た目はタイプだけど、あれは無理! 怖い、怖い過ぎる。……はっ! ちょっと、その武器貸して!」
輝夜は兵士から剣を奪い取り帝へ投げつける。しかし、あっさりと躱されてしまう。輝夜は舌打ちをすると、兵士から武器になりそうなものを次々奪い、帝へ投げつけていった。
「ふはははは! ああ、私の輝夜はやはり可愛い。私を楽しませてくれるのはお前だけだ。ふはははは!」
「くたばれ、失せろ! ……くそ、しぶとい奴め」
「怒っているお前はとてもいい顔をしている。ああ、早くお前を私のモノにしたい」
「黙れ! しゃべるな! この変態が!」
輝夜は必死で足掻くが、そんな様子を楽しそうに見つめる帝はとても嬉しそうな笑顔だった。帝は懐からおもむろに縄を取り出すと、輝夜目掛けて放り投げる。
「『縛』!」
「いやああああ!!」
帝が左手の人差し指と中指を立ててそう叫ぶと、縄は意識を持ったように動き輝夜の身をぐるぐると巻き付き拘束してしまった。輝夜が拘束されたのを確認すると、縄をくいっと引っ張り金色の雲から落ちてきた輝夜を抱きとめた。
「ああ、ようやく私の腕の中に収める事が出来た」
「いやだああ! お願いします、お願いします! どうか見逃して下さい。本当に無理なんです!」
「輝夜は元気だな。お前なら私の全てを受け止めてくれる、そうだろう?」
「いやいや、無理だから! 私には受け止めきれないです!」
「お前が私の腕の中でどんな風に乱れるのか早く見たい。どんな甘い声で鳴くのか早く聞きたい」
「本当に無理です。私の話一切聞かないし、自分勝手なその性格とか他にもいろいろあるけど、本当に無理なんです! もう私に構わないで!」
輝夜と帝のいまいち噛み合わない会話が暫く続き、気づけば月の遣いの者達はもう空高く遠くへ行ってしまい最早月に帰るのは不可能な状態だった。最悪なこの状況に音を上げたのは輝夜だった。
「駄目だ。折角ここまでやったのに、あとは月に帰るだけだったのに……。天帝様……ギブです」
『……あれー、もう諦めるの? 後がなくなるけどいいの?』
「はい。というか、もうこの状況じゃ無理です。任務続行不可です」
『そっか。まあ、そうだね。分かった』
輝夜にしか聞こえない男の声は、どこか愉快そうに笑いを含んだものだった。それが気に入らずムッとした輝夜だったが、不貞腐れたまま天帝と呼んだ男に助けを求めた。
急に静かになり一人で何か呟いてる輝夜に、帝は心配そうに顔を覗く。その顔を見て輝夜は、黙っていればいい男なのにと、これまでも何度思った事か。
「……輝夜? どうした? 一人でぶつぶつ言って」
「陛下、あなたのせいで全部が台無しです。色々言いたい事はありますが、もういいです。さようなら」
「なっ、輝夜っ!? 行くな、輝夜!」
輝夜の言葉に眉間を寄せた帝だったが、輝夜の身を包む光に目を見開いた。そして徐々に薄れていく輝夜を繋ぎ止めようと強く体を抱きしめるが、光が止むとそこには輝夜の姿はなかった。
「――輝夜っ!」
愛する者を失い悲しみに涙を流す帝をまるで慰めるかのように、夜空に輝く美しい満月は穏やかな光で優しく照らしていた。
「ってか、マジでどういう事なんですか、天帝様! 話がおかしいんですけど! なんで帝があんな危ない性格な上、陰陽術まで使えるなんておかしいですよ! なんか知らないけど異常に好かれるし、無駄に積極的だし」
「満更でもなさそうに見えたけど?」
真っ白い空間に、先程姿を消した輝夜の姿があった。そして輝夜の前には白銀の髪と瞳を持った美青年が椅子に優雅に座り、上品な笑顔を浮かべていた。美青年こと天帝の言葉に、輝夜はうっと言葉を詰まらせ顔を赤く染める。
「そ、それは……あれだけ恰好良くて好いてくれたら嬉しい、ですよ。でもっ! 段々怖くなったんですよ! 求婚してきた人達が次々不慮の事故で亡くなったり暗殺されたり、うちの使用人でさえ少し言葉を交わしただけで殺されたんですよ! 私に近づく悪い虫は全部駆除するとか笑顔で言われた時には背筋が凍りましたよ」
「そこまで愛されるなんて凄いじゃないか」
「いやいや、物語がおかしくなっちゃってるじゃないですか! それにやっと月に帰れると思ったのに、捕まっちゃったし」
「恋は試練を乗り越えてこそ真実の愛へと変わるからね。彼の想いは間違いなく真実の愛だよ……ふふ」
「いや、そんな訳ないじゃないですか。あれはもっと狂気染みてたもの。じゃなくて、さっきも言いましたけど物語めちゃくちゃだったんですけど、どういう事ですか!」
輝夜が先ほどまでいた世界は、日本で有名なお伽噺に似た世界だった。物語に似た異世界へ任務の為送られた輝夜だったが、いざ異世界に行ってみるなり色々とおかしな事ばかりで苦労の連続だったのだ。
「それは当然だよ。あの世界はただのお伽噺ではないんだ。ちゃんと存在する一つの世界なんだ。そこに君という存在を送り込んだ事で、一つの物語が始まったに過ぎないんだから」
「そ、そうなんですか? そんな事一言も言ってなかったじゃないですか」
「そうだった?」
「……」
輝夜は苛立ちを隠す事無く、怒りを含んだ瞳で天帝に睨み付けるが、天帝はそんな輝夜の様子を楽しんでいるようだった。掌の上でいいように転がされている事に気づきながらも、輝夜にはそれに抵抗する事が出来ずにいた。
輝夜がこの天帝と出会ったのは15年程前の事だった。日本で平凡な高校生活を送っていた彼女は、下校途中に車に牽かれそのまま命を失ってしまった。そして、気づくとこの真っ白な空間にいたのだった。死後の世界なのだろうかとキョロキョロと周囲を見渡していると、先程まで誰もいなかった場所に突如一人の美青年が現れた。
「初めまして。私は天帝だ」
「……は、初めまして」
いきなり天帝と名乗った男に「は?」と思ったのは一瞬で、これ程の美青年に会ったこともなかったせいか、彼女はひどく狼狽していた。そんな様子をおかしそうに笑って見ている天帝はやはり美しく妙に艶っぽさがあった。
「さて、久遠愛美。あなたがなぜここにいるか分かるかな?」
「どうして、私の名前を?」
「それは私が天帝だから、かな。それで、この状況は理解できている?」
「確か私は死んだはずです。ここは、死後の世界……という事ですよね?」
「そうだね。けれど、ここは少し特殊な場所でね。君には私の助手をしてもらいたくてここに呼んだんだよ」
久遠愛美。それが輝夜の本当の名前だった。そして、混乱している彼女に天帝は簡単に説明をしてくれた。
この世にはいくつもの世界が存在しているという。愛美が生きた世界と似た世界や、全く異なる世界が沢山存在しているらしい。そんな数多の世界を管理し傍観して見守っているのが天帝なのだという。そして、この空間は愛美の様な外界の者と会う時に使用される謁見の間だった。本来死んだ者は冥界に行き魂の審判を受け魂の選別が行われるらしい。しかし、愛美は冥界ではなく天帝自らここへ呼んだというのだ。
「あの、なぜ私はここに?」
「いや、君じゃなければっていう程の理由はないんだけどね。たまたま人手が足りなくて適当に選ばせてもらったんだ」
「……はあ」
「私はとても忙しい身の上でね。こうして数多の世界を管理している訳なんだけどね、稀に歪みが生じて我々管理者の手を入れて修正する必要があるんだよ。けれど私自らそんな事一々行う訳にはいかない。そこでね、君の様な人材を送り込んで修正しているわけだよ」
「……はあ」
天帝の話を聞き、なんだか面倒臭そうだと感じた愛美はやる気のない返事だけを返していた。そんな愛美を楽しそうに見つめている天帝は、更に言葉をつづけた。
「という訳で、君に助手を頼みたいんだ。あ、因みに拒否権はないんだけどね」
「……」
「勿論タダでという訳ではないよ? 私の助手になれば、君に美しい容姿と転生する事無く天界で過ごす権利をあげよう」
「……え! どういうことですか!?」
愛美が食いついてきたのを見て、天帝は口元をニヤリと歪ませる。
「君のその平凡な姿を誰もが目を見張るほどの美しい容姿へと変えてあげる。それと通常なら死した魂は輪廻転生しまた下界で生まれ変わるんだよ。でも下界って大変だろう? 上手くいかない事も嫌な事も沢山あるだろう。けれどね、転生せずに天界で暮らす事が出来ればそんな人生を歩むことをしなくていいんだよ。天界はとても綺麗で皆心優しい者ばかりだ。争いもなく、平和が保証された場所だ。君はそこで何もせずゆっくりと過ごす事が出来るんだ、ずっとね」
「やります! 私、やります! 天界ライフしたいです!」
久遠愛美という人間は、とにかく面倒な事が嫌いだった。年若く亡くなれば、普通もっと長く生きたかったとか後悔をしそうなものだが、彼女には一切なかった。寧ろ、やり切った、解放されると満足そうに死んでいったのだ。無気力で面倒臭がりな彼女にとって、天界でダラダラ何もせずに過ごせるというのは何よりも魅力的なものだった。このチャンスを逃してなるものかと、愛美は右手をピンと伸ばして天帝にキラキラした顔で訴えた。
「それは良かった。助手の仕事はとても大変だけど頑張れるかい?」
「勿論です! 天界ライフの為なら頑張ります!」
「そうか。良かった。では、君の助手としての名前は『輝夜』だ。分かったね、輝夜」
「はい、天帝様!」
名前を呼ばれると、輝夜の姿は光に包まれ美しい少女へと変貌する。鏡がないため輝夜は自分の姿を見る事は出来ないが、それでもぽっちゃり体系だった体が細くしかし胸はある体へと変化した事だけは分かった。生前であれば喜んでいたかもしれないが、今の輝夜にとって外見などは二の次だった為大して反応はなかった。
「じゃあ、輝夜。早速なんだけど行って欲しい世界があるんだよね」
そういって天帝は指をパチンと鳴らすと、ある一冊の本が現れ天帝はそれを手に取った。そして、その本を愛美に渡す。その本に書かれたタイトルは、誰もが知っている有名なお伽噺だった。
「え、これって……どういう事ですか?」
「そのお伽噺に似た世界なんだよ。そこで君には王子様の心を落としてほしいんだよね」
「……私が!?」
「意地悪な姉達の苛めに耐え、魔法使いにドレスとガラスの靴と馬車を用意してもらって、お城の舞踏会で王子様と踊って見初めてもらってガラスの靴を落として、城からの遣いの持ったガラスの靴を履いてお城に向かいめでたく王子様と結婚! 取り敢えず、どんな手段であれ最終的に王子と結婚する事が任務だよ。ね、簡単でしょ?」
「……まだきちんと理解出来てませんけど、取り敢えず物語通りに進んでいくんですよね? それに合わせていれば良いんですよね? だったら出来ると思います! 頑張ります!」
「良かった。じゃあ、いってらっしゃーい!」
「え……も、もう行くん――…」
天帝が手を振ると、輝夜の足元に魔法陣が浮かび上がり光と共に姿を消した。そして、そこに残ったのはさっきまで輝夜が持っていた本だけだった。天帝は本を取りページを捲ると、口元をニヤリとさせる。
「ふふ。さあ輝夜。頑張ってくれよ」
「……相変わらず悪趣味な人ですね、貴方は」
「……ロキ。なんだ、いたのか」
ロキと呼ばれた金髪碧眼の青年は、ひどく呆れたような顔を天帝に向けていた。その顔をよく向けられているのか、天帝は気にする様子もなくまた本に目を向ける。ニヤニヤと笑う天帝に、ロキはやれやれとため息を吐く。
輝夜が異世界へ旅立って5年後が経とうとしていた。時間が空けば本を開いては声を上げて笑っている天帝の姿が日常風景と化していた。酷い時はお腹を抱えて笑う天帝に、ロキは呆れた目を向けながら心の中で輝夜に同情するというのも見慣れた風景だ。しかし、そんな日々も突如終わりを迎える。異世界から輝夜が帰ってきたのだ。
「天帝様! なんなんですか、あれは! 全っ然ストーリー通りにならないし、なんなんですか!!」
憤りを露わにした輝夜に、天帝はにこやかに答える。
「それは当然だよ。世界は物語通りには進まないんだから。それで輝夜、君全然ダメだったじゃないか。期待してたのに、これじゃ助手を任せておけないなー」
約5年間奮闘した輝夜だったが、初任務は失敗に終わった。右も左も分からない異世界になぜか10歳の子供の姿で森の中に放り出され、無一文な上森の中というサバイバルから彼女の異世界生活は始まった。行き倒れたところをたまたま通りかかった商人に助けてもらい、教会の施設に預けられ生きていくことでいっぱいいっぱいだった輝夜は、貴族になることも魔法使いも見つけることも出来ず、お城で開かれる舞踏会にも参加することが出来ずに終わってしまったのだ。
「えっ! ちょ、ちょっと待ってください! 天界の話はどうなるんですか! 約束したじゃないですか!」
「仕事をちゃんとこなしてこそ一人前の助手だよ? 任務を失敗する者を助手とは認められないよー。君には助手は向いてないのかもしれないね。申し訳ないけど、この話は……」
「ちょ、ちょっと待ってください! 私頑張ります! 次こそは、次こそはちゃんと任務を果たします!」
輝夜の言葉に、天帝は口元をニヤリとさせる。
「ふふ、冗談だよ。私も鬼ではない。それに取り敢えず3回任務をしてもらう事にしていてね。その内一度でも任務を遂行したら君を天界へ連れて行こう」
「ではあと2回チャンスがあるんですね! 頑張ります!」
「うん、頑張ってね。もし3回とも失敗したら、最後の世界で死ぬまでいてもらう事になるし転生もその世界になるから」
「……わ、分かりました! 天界ライフの為に頑張ります!」
輝夜は少し躊躇いを見せたが、夢の天界ライフの為に奮起する。その様子にご満悦な天帝は、更に笑みを深めた。そして指をパチンと鳴らし、一冊の本が現れそれを手に取る。
「それじゃ、早速だけど次行こうか」
「え、ええ!? もうですか!? 少しは休ませて欲しいんですけど」
「おや、じゃあ諦めるかい?」
「い、いいえ! やります! やらせて頂きます!」
輝夜は天帝から本を受け取り、そのタイトルを見る。それは日本人なら誰もが知る有名なお伽噺だった。輝夜は前回よりは楽そうだと思い僅かに安堵する。
「今回も前回同様、そのお伽噺に似た世界だよ。無事月に帰れたら任務完了だ。どうだい、簡単だろう?」
「はい。これならなんとかなると思います」
「では、幸運を祈ってるよ。いってらっしゃーい」
「え、ちょ、聞きたいこ――…」
と、こうして異世界へ再び送り込まれ、輝夜は四苦八苦しながらも任務遂行の為頑張るのだった。そして冒頭の話に戻り現在に至る。
知っての通り、輝夜はまたしても失敗してしまったのだ。もう残されたチャンスは一度しかない輝夜は、どこか表情が暗い。目的の為とはいえ異世界にそれぞれ5年と10年、合わせて15年も行っていたのだ。15年といえば、生前過ごしたのとあまり変わらない年月になる。それほどの長い年月を費やしたにも関わらず任務を失敗してしまい落ち込んでいた。天界ライフの為とこれまで頑張っていた輝夜だったが、あまりにも長い時間異世界で過ごしていた為、やる気も失くしつつあった。
「はあ。次が最後、か」
「……どうしたの? 元気がないようだけど」
「いえ。随分と異世界生活が長かったので、なんか……」
その言葉に天帝は少し思案する。そしてパチンと指を鳴らし、一冊の本が現れた。その本を手に取り輝夜に渡す。戻ってきたばかりだというのにもう次の世界か、と輝夜は大きなため息を吐きながら渡された本を見やる。そして、そのタイトルがこれまでと違う事に気づき、眉を顰める。
「天帝様、これはなんです?」
「次の世界は君がいた世界にあったゲームに似た世界なんだよ。ここならそんな時間もかからずに終われるだろう。まあ、君次第だけどね」
「……それは助かります。えっと、それで今回はどんな任務で?」
「君はピンクの髪の少女を王子や宰相の息子など所謂『攻略対象者』ではない男と結婚させる事。そして君は婚約者と無事結婚する事。それが任務だよ」
輝夜は最後の任務を告げられ難しい表情を浮かべる。渡された本のタイトルが『私と5人の王子様』という事とこれがゲームという事から乙女ゲームだというのは直ぐに分かった。そして、ピンクの髪の少女とはきっとヒロインの事だろうという事も。任務の内の1つである、自分の婚約者と結婚するというのは難しいものではないだろう。しかし、ヒロインを『攻略対象者』以外の男と結婚させるという任務はかなりの難易度であった。というのも、輝夜はこのゲームの内容を知らない。内容が分からない為誰が『攻略対象者』なのかが不明というのは、今回の任務では大きな不安要素になる。ヒロインはとても可愛らしい外見と性格で男を虜にする術を持ち合わせているというのが一般的な設定だ。本人にその気がなくてもいつの間にか好意を寄せられてしまうというのがヒロイン特性というものだろう。そういった点を踏まえても今回の任務は相当に苦戦すること間違いない。
これまでで一番難しい任務だと分かり輝夜は盛大なため息を吐くと、ニヤニヤと笑う天帝に気づき思い切り顔を顰める。
「どうしたの? 折角の綺麗な顔が台無しだよ?」
「……天帝様って、良い人そうに見えて実は性格悪いですよね」
「ははは、なんだ今更だなー。けど、安心してよ。約束は守る男だよ? この任務に成功すれば天界に連れて行ってあげる」
「……はいはい、やりますよ! ここまでやってきたんだもの、最後までやって天界ライフを掴み取ってやりますよ!」
「うんうん。良い心がけだ。じゃあ、最後の任務だ頑張ってね! それじゃ、いってらっしゃーい!」
「相っ変わらず、人使い荒いですね! ちょっとは――…」
最後まで文句を言わせてもらえずに光の中に消えていった輝夜に、天帝は悪い笑顔を浮かべていた。輝夜がいなくなるとロキは姿を現し、ニヤニヤと笑みを浮かべて本を捲っている天帝に小さくため息を吐く。
「まったく、あなたという人は……」
こうして天帝の任務という名の暇つぶしに翻弄される輝夜は、異世界で任務を果たそうとヒロインの恋の邪魔をするなど奮闘するのだが、無事任務を完遂出来たかどうかは天帝のみぞ知る――。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
本編で書けなかったので少し補足なんですが、輝夜が異世界へ飛ばされる前に渡される本は実は記録媒体で、その本を触った人間の異世界での生活を記録していくというものです。本のタイトルについては天帝様が適当に付けるもので、今回はたまたま有名なお伽噺に似た世界だった為そのタイトルを付けたに過ぎません。
天帝様は色んな人間をそうやって異世界へ放り出しては、あたふたと異世界で苦悩する人間を遥か高みから観察するのが大好きな神様です。そんな天帝様の宝物は不憫な犠牲者の記録である本で、書庫には膨大な量の本があるとかないとか。
長くなってしまいましたが、最後までお付き合い頂きありがとうございました。