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夢から醒める

作者: 砥堀 泊

愛などいらぬ。

そんな言葉がやたら頭を貫く。

どうしようもないこの世界で、僕は今日も潜在に潜む不安を隠しながら生きている。

どうしようもないとないとは言い過ぎか、どうしようもないというよりどうにもならない場所に一人、黙って空を見ながら立っている。

それ以外はといえば、白と黒の世界であって、唯一、間違いのように、目の先に群青が迫っている。濁り一つない空を誰が見ているのだろうか。

その群青を見ながら、ただただ溜め息をつくしかできない僕と、線画と、群青だけの世界で、僕以外に、この群青に捕らわれたかの如く、仰ぎ続ける人はいるのだろうか。

そんな事はわからない。

分かるわけがない。

仰いだ顔を僕はまだ動かしていない。

群青だけがある以外は、その線画に何があるかを全く知りはしない。

僕に色があるのか、まさか自分もまた線画の住人なのか。

本当は全くそんな事すらわかっていない。

いや、分かろうとしない。知るのが怖い。知ると同時に自分もまた線画の世界に取り込まれてしまうのではないのかと。

だから、群青を見続ける。群青に逃げている。

自分は群青なんだと言い聞かせながら、恐怖を感じながら、食い入るように見つめる。

しかし、人はいつしか線画に戻らなければならない。人間は果てしない線画の中にいてやっと人間なのだから。

ただ、線画の中に染まることはある種の死である。

群青を見つめ、群青であるはずと思い続けている自分の死以外のなにものでもない。

群青の自分を殺したくない。群青であるはずの自分と線画の世界は違う世界に生きる生き物のはずだと。

だから、黙って群青を見つめる。自分は群青なんだと。線画なんかではないんだと。

不安に捕まりながらも、仰ぎ見続ける。


いつしか声が聞こえはじめた。

少々上ずった、カン高い女性の声だった。

一人だと思っていた僕はいつしか温かな何かを感じ、振り向こうとし、また先程の恐怖にかられ、また上を向いた。

声は遠く、ここに来るには時間がかかることは明白であったし、なによりその声は僕を線画に引き摺るための何かのような気がしたからだ。

だから僕は無視を決めこんだ。

だが、その声はだんだんと近付いてくる。

近付いてくればくるほど、顔を向けたくなった。と同時に先程のものは声の大きさと比例したため、やはり顔を向けれずにいた。

無視を決め込んでいるのだから消えてくれないかとさえ思った。

線画になる気はない僕と引き摺りこもうとする声の闘いが始まった。そうさえ思えた。

するとどうであろうか。声が僕の隣に来てしまった。

そのカン高い声はボールを走ってとってきた犬の様に息を荒げながら、僕の名前を何度も呼ぶ。

僕の頬に目線を触れてきた。柔らかい、あたかも敵と思わせないような、優しい触れ方だった。

息を整えた声は、また僕の名前を口にした。

群青に静かに響く。

僕は空を仰いだままだ。

何度も僕の名前が響き渡る。無視を決め込んだままの僕。

いつしか声に嗚咽が混じり始めた。それでも僕の名前を呼び続ける。

無視を決め込んでいた僕も、胸に何かが刺さるのを気付かずにはいられなかった。

嗚咽が段々激しくなる。

激しさを増すと同時に胸に刺さる何かが、その傷口をさらにえぐってくる。

でも振り向きたくはなかった。早く帰ってくれとさえ思った。やはり自分は孤独であって、それは寂しくもあり楽であったと気付かされた。

誰かがいるとわかっていても、ただ胸にナイフを突き刺し、回してくるだけで、なにもしてくれはしないという事がわかった。

尚更、群青に逃げたくなった。いっそのこと、群青が自分を迎えにきてくれて、そのまま連れ去ってくれないかとさえ考えた。

しかし、いつまでたっても群青は迎えに来てくれない。


いつしか、僕の名前は消え、ただ、すすり泣く女性の声だけがこだました。

その声が嫌で嫌でたまらない僕は、ついに迎えにすら来てくれない群青を見放し、仰いだ顔を声が聞こえる方へ向いた。

声の方向には、多くの色があった。

桃色があり、黒があり、赤があり、緑があり……

その美しさに、先程までの胸をえぐった何かは消え、かわりに何かの新しい透き通った、爽やかな何かが身体の中に入ってきた。

初めてみた群青以外の色、そして、他人の顔、身体、涙…

涙でぐちゃぐちゃになった顔から笑顔が溢れ出てきた。

その笑顔をみた僕の瞳から、女性の瞳と同じものが流れた。

その瞬間、群青と線画だけの世界が爆発し、世界に、

色がついた。

しかし、気付いただけで、それ以上を気にする気はなかった。

色の元が気になって仕方なかったから。


僕と女性は泣きながら、微笑み、見つめあった。

女性の声が聞こえた。

「行こうよ。」

僕は頷き、線画だった世界を歩きだす。


一人だけだった世界に、新たなものが勝手に加わり、いつしかそれが全てのものに意味をつけた。

それらの意味を知るのはまだ遠いかもしれない。

しかし、とりあえずは、目の前にいる、全ての色の元凶を知ることから始めることになるだろう。

そしていつか全てを知った時に、何ゆえに元凶が現れたか。結果、どうなったかは分かることだろう。

何もわからない、色のついた世界を僕は、女性と歩く。

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