後実弾
「ごめんごめん、遊びのつもりだったんだ」
ヒロミがおっこちた穴から呆然と青い空を見上げていると、シュウヘイがニヤニヤしながら顔をのぞかせた。シュウヘイが笑いながら手を差し伸べた。ヒロミは何がなんだか分からないまま、傷だらけの手で彼の腕をつかんだ。
身の丈はあろうかと言うほどの即席の落とし穴から這い出すと、シュウヘイの連れが身を捩じらせて笑い転げていた。さっき落ちたとき、自分が悲鳴を上げると同時に聞こえた笑い声はこれか、とヒロミは理解した。こんな空き地に呼び出して一体なんだろうと思ったら、要するにいつものだ。自分を笑いものにして大喜びする、いつものみんなの遊び。
「悪かったよ、な?怪我無かったか?」
シュウヘイが笑いながらヒロミの肩をぽんぽんと叩いた。ヒロミは黙って頷いた。シャツは破け、ズボンは泥だらけだった。体中あちこち擦り傷ができ、じんじんと痛んでいた。
「おい、どこいくんだよ!」
ヒロミが出口に歩き出すのを見て、シュウヘイが叫んだ。ヒロミは振り返らなかった。今はみんなの顔を見たくなかったし、自分の顔も見られたくなかった。
「……-それで、ヒロミ君はどうなったの?」
修平が語り終わるのを待って、横にいた瑞穂が尋ねた。修平は白い息を吐きながら頭を振った。
「さぁな…それ以来、会ってないんだ。次の日には転校しちゃってさ。あいつも、俺たちには黙ったまま行っちまった」
そういって、修平は空き地に煙草を落とした。同棲している彼女とぶらりとやってきたのは、十数年前の思い出の場所だった。修平はあのころのままの空き地を見つめ、深くため息をついた。昔はたくさんの友達と一緒に、よくここで遊んでいたものだ。鬼ごっこやかくれんぼから、BB弾を使ったサバイバルゲームまで。今思えばいじめまがいの残酷な遊びも、平然と行われていた。此処に帰ってきた時、何故だか分からないが不思議とその事を思い出して、気がつくと修平は半ば懺悔するように彼女に語りだしていた。
「それにしても…変わってないなここは」
修平が一歩空き地に踏み出した、その時だった。突然、足を踏み外したような感覚が彼を襲い、そのまま修平は数メートル下へと叩き落された。何が起こったかわからず、彼はしばらく窮屈な体勢のまま身動きできなかった。
「修平さん!」
修平が声のする方へ首を曲げると、丸い地面の枠の中に、心配そうな彼女の顔が浮かんでいた。誰かが仕掛けた、落とし穴に落ちたのだと理解したのは数秒後だった。口に入ってくる土を吐き出しながら、修平は悪態をついた。だが、子供のころならともかく、大人になった今の修平を丸ごと落とす穴を掘るなど、悪戯どころの話ではない。一体誰が…まさか。いやな予感がして、彼は穴の中で背筋を凍らせた。
「気をつけろ瑞穂!近くにいるかも知れない!」
「え?」
困惑する彼女に、修平は声を荒げた。
「ヒロミだよ!さっき話してた奴!もしかしたら、俺に復讐するつもりなのかもしれない」
「まさか…」
一体あいつが、どうして俺が今日此処にやってくるのを知っていたかは分からない。だが、誰かが空き地にこんな大掛かりな落とし穴を仕掛ける理由など、修平には他に思いつかなかった。恐らく奴が、近くに潜んでいる。きっと俺に、あのときの復讐をする為に。だとしたら、彼女の身も危ない。修平は唇を噛んだ。
「瑞穂…!」
「そんな…復讐だなんて。ほんの遊びのつもりだったのよ」
そう言って微笑むと、彼女は落ちた修平を見下ろしながら、傷だらけの右手をそっと差し出した。